20話 王太子アーサー
王太子アーサーの姿を見て、ローズとジェフは立ち上がり、臣下の礼をとる。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。グローリ侯爵家の嫡男ジェフリー・グローリーと申します。」
ここに来る前に、ジェフではなく、ジェフリーで挨拶するようにと、ローズに念押しされていた。
ジェフにとって、管理者ローズの命令は絶対だ。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。ジェフリーの婚約者、クレマリー伯爵家の長女、ローズ・クレマリーでございます。」
「面を上げよ。」
アーサーの声で二人は顔を上げる。
先ほど、ちらりと見ただけでも、アーサーを美しいと思ったが、こうして顔を上げて間近で見ると、まさに美の集大成のような顔立ちをしている。
王族は代々美女しか娶っていないので、生まれる子もイケメンと美女揃いなのだと聞いているが、本当にその通りだとローズは思う。
だけど・・・、やっぱりジェフの方が上だわ! とローズは少し自慢気に思った。
「遠慮せずに、座ってくれ。」
アーサーの許しを得て、二人はアーサーの向かいに座る。
アーサーは何が気に入らないのか、しばらく睨むような目でジェフを見ていたが、唐突に本題に入った。
「父上は、そなたの父親に心酔しているようだが、私はそうではない。今更、親が子どもの友人作りに一役買うなど、どうかしている。そなたも、私の友人になれと親に言われて仕方なく来たのだろう?」
いきなり辛辣な言葉が飛び出し、ローズは面食らった。
王子様、もっと他に言いようがないの?
私たち、あなたに何も悪いことしていないわ・・・。
ジェフはどう思っているのだろうと、隣に座るジェフを見ると、ジェフは顔色一つ変えず、淡々とした表情のままだ。
いったい何を考えているのかしら・・・。
ジェフは、初めて訪問した王城内の情報を入力するのに忙しい。
城内の庭も、王宮の廊下も、応接室の中も、目の前に現れた王太子のことも、全て情報として記憶媒体に保存し続けている。
―王太子アーサーの表情解析完了:敵意20%、嫌悪感30%―
「その通りです。」
少し間を空けて、ジェフは悪びれもせず、平然と答えた。
ええっ、ここは、「そうではありません」じゃないの?
ローズはハラハラしてジェフを見たのだが、アーサーも意外そうな顔をしている。
「ははっ、その通りだって? ずいぶん正直だな。」
「厳密に言うと、父は、殿下の友人になれなくても、お前は優秀だから、きっと何か役に立てるだろうと言っておりました。」
その言葉に、アーサーは呆れたように苦笑いをする。
「ほう、それだけ優秀なら、証明してもらおうか。この国の初代から代々の王の名前でも言ってみよ。」
その顔には、意地悪い笑みが見え隠れする。
だが、ジェフにとって、この問いに答えることは、いとも簡単なことなのである。
歴史書は全て入力済みだ。
「初代の王はダニエル・ブランシェットで、その妻はメラニー、二人は二十五歳と二十歳で結婚しており、三人の子の中で、次の王になったのは次男のル―デン、ル―デンは十八で、二つ年上のソフィアと結婚し・・・」
ジェフがすらすらと、代々の王と王妃の名前を述べていく。
五代目のところまで話したところで、アーサーが慌てて止めた。
「わ、わかった・・・もうよい。そなたが優秀なことはよくわかった。」
このまま黙っていれば、おそらく現国王ウイリアムの代まで、延々と聞かされる・・・。
「そなたは、我が国の歴史書は暗記しているようだな。では、産業はどうだ? 各地方で発達している産業は言えるのか?」
その問いにも、ジェフはさらさらと立て板に水を流すようにしゃべり始める。
これについても、アーサーは途中で止めた。
「ふむ・・・、そなたの話を聞いていると、まるで人間味がないな。まるで書物が口を開いて話しているようだ。」
ローズは、何も言わなかったが、アーサーの言葉に怒りを感じた。
人間味がない?
ジェフは病気で寝込んでいたときに、人形のようだと言われて辛い思いをしていたのに・・・
いくら王族でも、言って良いことと悪いことがあるわ。
いったい、自分を何様だと思っているの? あっ、王子様だったわね。
一人沸々と怒りをたぎらせているローズであったが、ジェフを見ても、全く気にしている様子はない。
自分の心が狭いのだろうか・・・と自問する。
「お茶をお持ちしました。」
メイドが暖かいお茶を持って来た。
「そちら様も、新しいお茶と交換いたします。」
メイドは慣れた手つきで、アーサーの前にお茶を置き、ローズとジェフのティーカップを新しいものと交換する。
「ああ、ありがとう。」
へっ?
今、お礼の言葉を発したのは殿下?
メイドにお礼の言葉をかけるなんて・・・。
それも、とても自然だった。
言われたメイドも当たり前のように受け止めている・・・。
これって普段から、メイドにありがとうって言ってるってことよね・・・。
ローズは、自分たちに冷たい態度をとるアーサーが、もしかしたら、本当は優しい人なのかもしれないと、思いを新たにして、お茶の飲むアーサーを見た。
そして気がついた。
お茶の飲むアーサーの美しい所作に・・・。
カップの持ち方から始まり、背筋の伸ばし方、口に含む角度に至るまで、非の打ちどころがなく、今まで見てきた人の中で、一番美しい飲み方をしている。
最高に美しい顔で、この美しい飲み方・・・
もしも芸術の巨匠がここにいるならば、この一面だけ切り取って、神に捧げるのではないかと思うほど。
ローズは、ぼーっとアーサーを眺めてしまった・・・。
「ローズ!」
ジェフに名前を呼ばれて、ローズはハッと我に返った。
ぼーっと王子様を見つめていたなんて・・・、恥ずかしい。
とりあえずごまかしたくて、ジェフに問う。
「ジェ、ジェフ、あの・・なあに?」
「・・・・・・」
ところがジェフは黙り込んだ。
ジェフが聞かれたことに答えない。
こんなことは珍しい。
「ジェ、ジェフ、どうしたの? あなたが何も答えないなんて・・・」
―バグ発生・解析中・・・解析不可能:どうしてローズの名前を呼んだのかわからない―
二人のやり取りを見て、アーサーが笑い出した。
「ははははっ、そなたにも人間らしいところがあったのだな。俺に嫉妬するなんてな。はははっ」
「嫉妬?」
ジェフは、嫉妬という言葉に反応する。
「ふふふっ、もし、違ってたらすまない。俺は今までこういう場面に何度も遭遇しているのでな。婚約者殿も気を悪くしたら申し訳ない。でも、ふふふっ、はははっ」
アーサーはどうやら笑いの壺に入ってしまったようで、笑いが止まらない。
方やジェフは、嫉妬の意味を分析中だ。
―嫉妬とは自分の愛する者の愛情が他にむくのを恨み憎むこと・・・バグの原因判明:嫉妬―
「そうか、これは嫉妬だったんだ・・・。」
ジェフは嫉妬の感情を理解した。
「ぷぷっ、君って、意外と面白いヤツなんだな。あははっ」
アーサーの笑いが、増々大きくなっていく。
二人のやり取りを、穴があれば入りたいほど真っ赤になって聞いていたローズであったが、真実を語らねばと思い、勇気を出した。
「あ、あの・・・、私が殿下を見てしまったのは・・・、その・・・、お茶の飲み方が美しかったからだけなのです。決して顔が良いからと言う訳ではなく・・・あっ、今失礼なことを言ってしまいました。も、申し訳ございません。で、ですが、その、私にはジェフの方がイケメン・・・あっ、また失礼なことを・・・ああ、ごめんなさい!」
しゃべればしゃべるほど墓穴を掘るローズに、アーサーはまたまた腹を抱えて笑い出し、目に浮かぶ涙を指で拭う。
「いやー、こんなに笑ったのは久しぶりだ。そうだ、人間味あふれる二人に、一つ頼みごとをしても良いだろうか。」
そう話すアーサーの目には、初めに浮かんでいた敵意が消えていた。
「あ、あの・・・何でしょうか? 私たちでできることなら、お引き受けいたしますが・・・」
ローズは自分の失態を挽回したくて、アーサーの依頼を引き受けることにする。
「ジェフもいいわよね。」
「ローズが望むことなら、俺は何でも引き受けるよ。」
「ははは、二人は本当に仲が良いのだな。では・・・」
アーサーは、人払いをした後、ローズとジェフに依頼事項を説明した。
だが、それは、決して二人を信頼しているからではなかった。
嫉妬:出典デジタル大辞泉(小学館)




