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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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17話 トリセツ

領地から戻った三日後、ローズはジェフと買い物出かけ、本屋でローズが大好きな恋愛小説を三冊買った。


と言っても、その内の一冊は、『フローラの心臓』で、ジェフからのプレゼントだ。


プレゼントされたということだけでも嬉しかったのだが、ピンクのリボンをかけてくれたことが、一層その本を愛おしく思わせる。


早く屋敷に帰って読みたいわ・・・でも、ジェフとも一緒にいたいし・・・


恋する乙女の心は複雑だ。


雑貨屋の前を通ると、シンバルを叩いている可愛らしいぬいぐるみを見つけた。


猿とウサギとクマのぬいぐるみが、両手を胸で合わせてシャンシャンとシンバルを叩いている。


「まあ、可愛い!」


ローズが見入っていると、店主が声をかけてきた。


「お嬢さん、最近、このおもちゃが流行ってるんですよ。ゼンマイの仕掛けで動くんです。」


「ゼンマイ?」


「こうやってネジを巻いて・・・」


店主が実際にネジを巻いて見せてくれた。


ネジを巻かれたウサギが、忙しそうにシンバルをシャンシャンと音を立てて鳴らし出す


―ローズは、ウサギを欲しがっている―


「ローズ、俺が買うよ。」


「え、でも・・・小説も買ってもらったし・・・」


「遠慮しないで。店主、これを買うよ。」


「はい。毎度ありがとうございます。」


店主は奥から、箱に入ったうさぎのおもちゃを持って来た。


「それから、これは取り扱い説明書です。長持ちさせたかったら、ここに書いてある注意書きをよく読んで使ってくださいね。」


ローズは、箱と一緒に注意書きを書いた紙も渡された。


店を出てから、ローズは注意書きに目を通す。


「えーと・・・、水に濡らさないでください。落としたり激しい振動は与えないようにしてください。ネジを強く巻き過ぎないでください。それから・・・」


ローズは一つ一つ声を出して読み始める。


「結局、たいしたことは書いてないのね。どれも当たり前のことみたいだわ。」


「子どもには必要なことなのかもしれないね。ところで、ローズは、俺の取説、まだ見てなかったよね。」


「トリセツ?」


ローズは初めて聞く言葉に首を傾げる。


「取り扱い説明書のことだよ。本来ならネットに繋いでモニターで見るか、プリントアウトして読むんだけど・・・」


「また、訳のわからないこと言ってる・・・」


ローズもジェフの言葉には慣れたもので、意味の分からない言葉を聞いても、さほど驚かないようになっている。


「ネットなら、私の家に虫取り網があるわよ。」


「うーん、そうじゃなくて・・・」


「あら、違うの? でも、ネットのことはわからなくても、ジェフの取り扱い方なら、私、知ってるわ。」


「知ってるってどんな?」


ローズはえへんと胸を張り、自慢げに話し出す。


「まず、時々訳のわからないことを話すけど、いちいち気にしないこと。それから、よく質問して来るけど、それに関しては、めんどくさがらずに丁寧に答えること・・・これぐらいかな。後は・・・とっても素敵な、最高の恋人だわ。私には・・・」


私には勿体ないくらい・・・と言いかけたが、その言葉を口にするのは止めた。


声に出してしまったら、誰かに盗られてしまいそうな気がする・・・。


「ローズは俺にとっても、最高の恋人だよ。」


ジェフは、眩しい笑顔をローズに向ける。


はあ、ジェフ、あなたのそんなところも大好きなの・・・。


「明日、会いに行くとき、手書きの取説を持って行くよ。」


トリセツなんていらないのに・・・けど、ジェフがそうしたいのなら・・・


「ふふっ、はいはい、わかったわ。」




この日、ジェフと別れた後、ローズはすぐに自室にこもり『フローラの心臓』を読んだ。


読み終わり、感動の涙で頬がまだ濡れているときに、ジェフがローズに会いに来た。


ジェフは会いたくて来たのだが、実は、ローズに渡したいものがあったのだ。


ローズの涙をハンカチで拭い、唇にそっとキスをした後、ポケットからそれを取り出した。


「ローズ、これ、話してた取説。」


ジェフは白い封筒をローズに渡す。


「まあ、明日持ってくるって言ってたのに・・・。わざわざ持ってきてくれたの? ありがとう。」


ローズは手渡された白い封筒を、不思議な物を見るような目で見る。


「でも・・・ふふっ、ジェフのトリセツなんて・・・、なんか変なの・・・」


「本来は使用前に読むべきなんだけど、面倒なら、俺の調子が悪くなったときに読めばいいよ。」


「はいはい、わかりました。後で読むわね。」


少し呆れたようにローズは返事をしたが、もらった封筒は大切に引き出しの中にしまった。


ジェフが帰った後は、買って来たうさぎのおもちゃを箱から取り出して、ネジを巻いた。


取り扱い説明書に書かれていたことを思い出し、ねじをきつく巻きすぎないように気を付けた。


ウサギは忙しそうに動き出し、シンバルをシャンシャンと鳴らし続ける。


うさぎの動きが可愛らしくて、しばらく見ているうちに、ローズはすっかり引き出しの中に入れたジェフの取説を読むことを忘れてしまっていた。




マチス・グローリー侯爵は、王城に向かう馬車に揺られながら、久しぶりの王城行きを懐かしく感じていた。


王城から足が遠のいて、かれこれ十年。


本日、マチスを呼び出した国王は、今も健在で、しっかりとこの国を治めている。


マチスにとっては、かつての教え子でもあるウイリアム・ブランシェット国王陛下のことを、この国の立派な王になられたと、マチスは誇らしく思っている。


マチスが呼ばれた理由については、手紙には書かれていなかったが、きっとあの約束のことだろうと、大方の予想はついていた。


王宮に入ると、マチスは公的な謁見の間でもなく、王の執務室でもなく、プライベートに使われる王の応接室に案内された。


国王ウイリアムは、既に応接室で待っていた。


短くまとめた銀髪に深い紫の瞳を持つウイリアムは、眩しい笑顔でマチスを迎える。


「我が国の太陽であらせられる国王陛下、お久しぶりでございます。」


マチスが恭しく挨拶をする。


「先生、お久しぶりです。どうぞおかけください。」


ウイリアムは、嬉しそうにマチスに席を勧めた。


「陛下、もう私は、陛下の教師ではございません。普通に侯爵とお呼びください。」


「ここは公的な場ではなく、私的な場です。だから、昔のように先生と呼ばせてほしいのです。今もあなたは私の師であり、私を救ってくれた恩人なのだから・・・」


マチスがウイリアム王太子の教育係に任命される前は、新人騎士たちに剣術と教養を教えていた。


マチスが二十九歳の年、初夏の少し汗ばむ季節になった頃、王城の庭を歩いている際に、植え込みに隠れるようにしてうずくまっているウイリアムを見つけた。


周りを見渡すと、護衛が一人もついていない。


顔を隠し、何かに怯えているように見えるその姿から、とてもかくれんぼをして遊んでいるようには見えなかった。


「殿下、こんなところで何をしているのですか?」


マチスが声をかけると、ウイリアムはビクッと肩を震わせ、ふるふると首を振るだけで、何も答えようとしない。


「私がお部屋までご一緒しましょうか?」


その問いにも答えず、首を振り、怯えたような紫の目をマチスに向けるだけだった。


その顔には、子どもとは思えない絶望感が漂っている。


マチスは、はっとして何故子どもがこのような顔を・・・と訝しんだ。


力ずくで抱き上げて、部屋まで運ぶことも可能だったが、ウイリアムはそれを望んでいない。


かと言って、このまま放置することもできない。


マチスは、他の誰かがウイリアムを見つけて安全が確保されるまで、少し離れた場所で見守ることにした。


おそらく今は、勉学に励まれている時間のはずだ。


そこから逃げ出したのかもしれない・・・。


しばらくすると、ウイリアム専属の教育係であるバッカス侯爵が現れた。


彼は、初老の男だが、王宮のしきたりや伝統に詳しく、勉学においても秀でたものを持っており、この国の生き字引とまで言われるほどの人物である。


そこを見込まれてウイリアムの教育係に任命され、数人いる教育係の長を担っていたのだが、かなり頑固なことでも有名な人物であった。


「殿下、こんなところに隠れていたのですか? 勉学から逃げるなんてもってのほかです。殿下は未来の国王なのですよ。未来の国王たるもの、これぐらいの厳しさに耐えられなくてどうするのです。この国の未来は殿下の肩にかかっているのですよ。その自覚をお持ちください。」


けたたましく説教をまくしたてるバッカス侯爵に、ウイリアムは覇気のない顔を向け、何も言い返すこともせず、結局部屋に連れて行かれたのだった。


まだ、殿下はたった八歳の子どもだぞ。


子どもがあのような表情でいいのか?


バッカス侯爵が己の責務を果たそうと躍起になっているのはわかるが、ものには限度と言うものがある。


わずか八歳の子どもに、国の未来を押し付けてどうする!


マチスの心に怒りが込み上げた。

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