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愛しの侯爵様は、究極の尽くし型ロボットでした  作者: 矢間カオル


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16話 外伝『フローラの心臓5』ジルの命

フローラは、ジルが通る道をひたすら走って追いかけた。


こんなとき、駆けっこが早くて良かったと思う。


あの恐ろし気な殺し屋よりも、先に自分が見つけなければと、一生懸命に走る。


公園に入ってしばらく走ると、ジルの後姿を見つけた。


良かった、間に合った・・・。


フローラは周りを見て確かめたが、自分の前に一人歩いているだけで、殺し屋らしき人物は見当たらない。


もしかしたら、今日襲うのではなく、別の日なのかもしれない・・・。


フローラは、ほっとしてジルに近づいた。


フローラはこのとき、まったく思いもしていなかった。


殺し屋は、仕事をする際、顔を覚えられないように変装していると言うことを・・・。


フローラが見た殺し屋は、茶髪でだらしない服装をしていた。


目の前の男は、黒髪できちんとした服装をしている。


だから、気が付かなかったのだ。


男はフローラに気が付かないまま、肩から掛けたカバンから、キラリと光るものを取り出した。


えっ? 何?


フローラがまだ事態を飲み込めないうちに、男はナイフを持つ腕を上げ、ジルめがけて振りかざした。


「ジル!」


フローラは反射的に飛び出して、ジルと男の間に立ちはだかったが、男はそのままグサッとフローラの胸にナイフを突きさしてしまった。


「ジル!」と叫ぶ声でジルが後ろを振り向くと、フローラが目の前に飛び込んできて、男がフローラの胸に、グサッとナイフを突き立てた。


「フ、フローラ!?」


自分の目の前で起きた惨劇に、いったい何が起こったのか理解が追い付かないまま、フローラがその場に倒れ込む。


ジルは慌てて倒れるフローラを抱きかかえたが、それだけで精一杯だった。


「チッ、女が死んじまったら、お前を殺す意味がない。」


男は、そう捨て台詞を残して走り去った。


「フ、フローラ! しっかりしろ!」


ジルに抱きかかえられているフローラの胸から、血がどくどくと流れ出し止まらない。


「・・ジル・・・良かった・・・私・・間に合ったのね。・・ジルが・・殺されなくて・・・良かった・・・」


「よ、良くない、フローラ、フローラ、お願いだ、死なないでくれ!フローラ!」


必死でフローラに声をかけ続けるジルであったが・・・


「・・・ジル・・・愛して・・いる・・わ・・・」


その言葉を最後に、フローラの身体の力は抜けて、頭も腕もだらりと下がった。


「フ、フ、フローラ! 俺も愛してる。お願いだから目を開けてくれ。フローラ、愛しているんだ!」


ジルの黒い瞳から涙があふれだし、頬を伝ってフローラの顔にぽたぽたと落ちる。


涙は止まることなくぼろぼろと零れ落ち、フローラの顔を濡らし続けた。


「愛してるって言ってたのに。結婚しようって約束したのに・・・どうして、どうしてこんなことに・・・」


ジルは、天に向かって叫んだ。


「神様、俺たちは神様の前で結婚を誓った。結婚するまで俺たちを見守ってってお願いしたのに・・・どうして、どうしてフローラを守ってくれなかったんだ!」


ジルが天を仰ぎながら涙を流していると、夕方のまだ暗くなるには早い時間であるのに、辺り一面が急に暗くなり闇に包まれた。


ジルに見えるのは、抱いているフローラだけ。


驚くジルの目の前に、一点の光が現れた。


その小さな光は、パアッと広がり大きくなったかと思うと、さらに神々しい輝きを放ちながら、女神が現れた。


その姿は、いつもジルが祈りを捧げる女神。


驚き言葉を発することも忘れて見入るジルを、女神は悲しそうな目で見ている。


「ジル、あなたに会いに来ました。」


「あ、あなたは女神様・・・、お願いです。ど、どうかフローラを、助けてください!」


だが、女神の憐みの表情は変わらない。


「残念だけど、その娘は、心臓を貫かれました。生き返ることはできません。ですが、ひとつだけ方法があります。毎日、皆のために祈りを捧げに来る優しいあなただから、その方法を教えても良いのですが、辛い選択になります。それでも聞きたいですか?」


「フローラが、生き返る方法があるのですか? 辛くてもかまわない。俺は何でもします。だからその方法を教えてください。」


必死になって訴えるジルに、女神は、あることを問う。


「ジル、よく聞きなさい。フローラの壊れてしまった心臓の代わりに、あなたの心臓をフローラの中に入れるのです。だけど、心臓をとられたあなたは死んでしまいます。それでもいいのですか?」


俺の心臓を? フローラに渡せば生き返る?


「かまわない。俺の命よりも、フローラの方が大切なんだ。女神様、俺の心臓を早く取ってください。」


女神の問いに、ジルは迷うことなく答えた。


「そうですか。その言葉に二言はありませんね。」


「もちろんです。女神様、俺は、俺の命をあなたに捧げます。」


女神は表情一つ変えず、しばらくジルを見ていたが、「わかりました。では・・・」と、右手をジルの胸にかざした。


「ウッ・・・」


ジルの胸が激しく痛んだ。


心臓がちぎりとられる痛みに、ジルの顔が激しく歪む。


「ウウッ・・・、め、女神様、これでフローラは助かるのですね。俺はあなたに感謝します・・・」


ジルは気が遠くなりそうな中、女神に最後の感謝の言葉を捧げた。


女神の手に、ジルの心臓が握られ、そのままフローラの胸にかざすと、心臓がフッと消えた。


「フローラにジルの心臓を入れました。これでフローラは生き返ります。」


ジルの胸の痛みは消えたが、これでもう死んでしまうのだと思った・・・のだが、何故か、ジルはまだ生きている。


「女神様、俺はいつ死ぬのですか?」


今死なないのなら、いつ死んでしまうのか聞いておきたい。


「ジル、私はあなたの命をかけた愛に感動しました。あなたを死なせてしまうのは惜しい。ですから、あなたの心臓を半分だけとってフローラの胸に入れたのです。二人とも、末永く幸せに暮らしなさい。」


女神は慈愛のこもった笑みを浮かべ、その言葉を最後にフッといなくなった。


同時に闇は消え、辺りは夕日に照らされている。


フローラにも夕日が当たり、全身がオレンジ色に輝いた。


その輝きの中で、フローラの傷口は塞がり、衣服についた血痕までも消えてしまった。


「・・・う・ううん・・・」


まるで眠りから目覚めたような声を出し、フローラが目を開けた。


「フ、フローラ! 良かった、フローラが生き返った。フローラ、フローラ。」


ジルが嬉しさと感動に包まれて、涙を流しながら何度も何度もフローラの名前を呼ぶ。


まだ、ぼんやりとした意識の中でフローラがジルを見ると、ジルの目から涙がボロボロと零れている。


「ジル・・・、私、胸を刺されたとき、死ぬって思ったの・・・」


フローラは涙で濡れているジルの頬をそっとなでた。


ジルの涙が移ったかのように、フローラの緑の瞳から涙がボロボロと零れ落ちる。


「でも・・・、私・・・、生きてるのね・・・。」


「ああ、ああ、そうだよ。女神さまが俺たちの願いを聞いてくれたんだ。」


「女神さまが? ああ、私の傷が治ってる。服も血で汚れてない・・・。」


「それも全て、女神さまのお陰なんだ。」


「そう。女神さまが私を助けてくれたのね。ジル、あのね。刺されたとき、胸が凄く痛かったの。でもね、今は何故かとっても暖かいの・・・。まるで、ジルの愛に包まれているみたい・・・。」


「フローラ、愛しているよ。」


「ジル、私も愛しているわ。」




この後、二人は神殿に行き、女神に感謝の祈りを捧げた。


そして、その足で二人は警察に出向き、フローラの証言によりドルトンの悪事が暴かれ、ドルトンと殺し屋は逮捕された。


事件が落着した後、ジルはますます仕事に精を出し、誰よりも早く一人前の仕事がこなせるようになった。


大人になったジルとフローラは結婚し、ジルによく似た男の子とフローラによく似た女の子に恵まれ、二人は末永く幸せに暮らしたのである。




ローズは、ぱたんと表紙を閉じた後も、しばらく涙が止まらなかった。


舞台の感動が蘇ってくる。


ジルとフローラの愛の深さと、自分たちの愛が重なる・・・。


ふう・・・とため息をつくと、ドアをノックする音が聞こえた。


「どうぞ。」


ローズの声に反応してガチャリとドアが開くと、そこにはジェフがいた。


「あら、ジェフ、どうしたの?」


ジェフに向けた顔には、涙の痕がしっかりと残っている。


「会いたくて来たんだけど・・・、ローズ、泣いていたんだね。どうして泣いているの? いや、当ててみるよ。・・・感動の涙・・・だね。」


「ふふ、そうよ。感動の涙なの・・・。」


ジェフはローズの涙をハンカチでそっと拭う。


「泣いている顔も可愛い。愛してる。」


ジェフはローズの唇に、そっと優しいキスをした。

外伝の最終話です。次回から本編が始まります。どうぞ引き続き読んでください。

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