105話 外伝『転生極悪令嬢メリッサの場合5』図書館
翌日、エドワードは舞踏会会場に来たけれど、フィオナが帰った後だったので、誰とも踊らずすぐに帰ったと聞かされた。
フィオナが会場を去る際に、殿下に連絡をして欲しいと伝えていたのだが、どうやら行き違いになったらしい。
エドワードに恥をかかせてしまったことに申し訳ない気持ちになるのだが、こればかりは仕方がないのだと、フィオナは自分に言い聞かせた。
アカデミーを一年休学することにしたフィオナは、家庭教師に一年生と同じ教科を学び、一年後、二年生の編入試験で好成績を上げて編入することができた。
女子生徒の間では、一年生の間に仲良しグループができあがっており、舞踏会で出会った三人もいつも一緒に行動している。
その三人グループは、フィオナも一緒に行動しようと誘ってくるのだが、丁重に断り、できるだけ関わらないようにしている。
関わらない方法として選んだのが、図書館での読書である。
読書中、意地悪な令嬢は、自分より下の身分の令嬢に上から目線で声をかけることがたまにあるが、ラードナー侯爵家の令嬢であるフィオナには、皆、気を遣って声をかけることができない。
つまり図書館で本を読んでいれば、誰にも邪魔されることはなく、関わることもなく、時間を過ごすことができるのである。
フィオナが好んで読んだ本は、子どもの頃から家庭教師として教えに来てくれたアダムス・シブザー博士の経済学の本であった。
経済学以外にも数多くの著作物があり、アカデミーには、彼の全集が置かれている。
『税の徴収と国民の幸福論』『国の経済を活性化する流通における課題』『人類の幸福論』『民の頂点に立つ者の心得』など、どれも皆、難しそうな題名で、中身も難解な文章で書かれている。
しかし、博士から直接、詳しくわかりやすい授業を受けていたフィオナにとって、内容を理解するのはたやすいことであった。
昼休み、ずっと一人で過ごしていたのだが、フィオナと同じように一人で図書館に来て、熱心に読書をする青年がいた。
蜂蜜色の金髪に、青く輝く瞳を持ち、どの角度から見ても一点の曇りもない見目麗しい顔立ちの青年の名前は、他人と関わることが少ないフィオナでも知っていた。
この国の第二王子レオナルド・ハウエルズである。
アカデミーに通う女学生たちは、レオナルドのことをよく話題にしていて、自然とフィオナの耳にも入ってくる。
この国で一番の美男子だとか、目が合って嬉しくて倒れそうになったとか、殿下が食べたランチと同じものを選んだとか・・・、何かと話題の絶えない王子なのである。
いつも少し離れた場所に座っているレオナルドは、フィオナに声をかけることはなく、熱心に読書をしている。
初めは、もしかしたら美しい私に興味があるのでは? と一瞬自惚れた気持ちが湧き出たのだが、まったく話しかける素振りすら見せないレオナルドに、フィオナはその自惚れを否定した。
自惚れた気持ちは欲を生む。
欲に溺れないと決めたのだ。
要らぬ期待はするものではない・・・。
それに、見ているだけで充分だとも思う。
読書で疲れた目に、あの美しさは目の保養になる。
フィオナは、時々、レオナルドにバレないように、こっそりと彼の顔を盗み見ていた。
フィオナには、レオナルド以外にも気になる人物がいた。
『あなたの腕の中で』のヒロイン、アデル・ブルクハルトである。
メリッサが読んだ数ページの中に、アデルに関する情報が書かれていた。
アデルがエドワードと出会う年は十八歳、医師であるランドン・ブルクハルト男爵の長女で、他に兄弟姉妹はいない。
まだ、アデルはエドワードと出会っていないが、年齢から考えて、昨年からアカデミーに通っているはずなのだ。
ピンクブロンドの髪色はこの国には珍しいので、一目見たらわかると思っていたのだが、それらしい令嬢は見たことがなかった。
フィオナと同じ学年だから、嫌でも顔を合わせることになるだろうと思っていたのに・・・。
もしかしたら、医師になる専門学校でもあるのかしら・・・?
フィオナは医学書が並ぶ本棚の中から『医学の心得』というタイトルの本を手に取った。
医師になるための手順も、きっと書かれているだろう。
読んで納得した。
医師になるためには、医師の下で三年以上修行を積む必要があり、その後で医師の推薦状をもらえた者だけが国家試験を受けることができると記されていた。
国家試験を受けることができるのは十七歳以上で、試験科目は、医学、薬学、一般教養と幅が広い。
一般教養をアカデミーで習得してから受験することもできるのだが、十八歳で医師として働いているアデルは、修行優先でアカデミーには通っていないのだろう。
きっと今頃、国家試験に向けて、父親から指導を受けたり、家庭教師を雇うなりして自宅で学習していることだろう。
フィオナは、医師を目指して一心不乱に勉強しているアデルを想像するのだった。
長らく、レオナルドと話をすることがなく時間が過ぎて行ったが、ある日突然、彼の方から話しかけて来た。
フィオナが読んでいた本を本棚に返そうとしたときに、レオナルドがそばに来て、声をかけてきたのだ。
「ご令嬢、その本はもう読み終わったのですか? 僕も読みたかったのですが、次は僕が借りても?」
近寄ってきたときは、何故私に? と思ったのだが、理由を聞いて、少し恥ずかしくなった。
うっかり自惚れてしまうところだった。
「まあ、申し訳ございません。昼休みの度に、私が独り占めしてしまったようですね。読み終わりましたので、どうぞお読みになってください。」
本を渡せば、それで終わりだと思ったのだが、レオナルドはさらに問いかけてきた。
「あなたは、この本がお好きなようですね。」
あら、彼は、本の情報が欲しいのかしら?
「ええ。私はこの本の著者である経済学者アダムス・シブザー博士が好きなのです。難しい内容もわかりやすく書いているので、本当に良い勉強になりますわ。」
「そ、そうですね。アダムス・シブザー博士、確かにこの著者の本はわかりやすい・・・。」
まあ、アダムス先生の本をわかりやすいと言う人に初めて出会ったわ。
「まあ、あなたもそう思われるのですね。なかなか賛同していただける方にお会いできなくて・・・。」
私は直接授業を受けたからわかるのだけれど・・・、アダムス先生の良さがわかるのなら、 私たち、気が合うかも・・・
フィオナが頭の中であれやこれやと考えていると、レオナルドから思わぬ申し出があった。
「ご令嬢、本が取り持つ不思議な縁を感じます。よろしかったら、学校が終わってから一緒にお茶でもいかがですか?」
しかも、特別最高の笑顔で・・・。




