102話 外伝『転生極悪令嬢メリッサの場合2』メリッサとフィオナ
メリッサは、信じられない面持ちで、目を大きく見開き、口もぽかんと開けていた。
心の中は、激しく混乱していたが、ともかく落ち着かなくては・・・と自分に言い聞かせていた。
そんなメリッサをルリアは不思議そうな顔をして見ていたが、いつまでも、お嬢様の遊びに付き合ってはいられない。
「さあ、お嬢様、お遊びはここらへんにして、お支度いたしましょう。」
ルリアに促されてドレッサーの前に座ると、目の前の鏡に可愛らしい女の子が映ってい
た。
水色の軽くウエープのかかった長い髪、鏡を見つめる瞳は宝石のようなピンク色。
滑らかで、スベスベの白い肌に、ピンクの唇がとってもチャーミングだ。
メリッサは、鏡に映る自分を見て、やっと今の状況を受け入れることができた。
「これが私? フィオナなのね。なんて可愛い! でも・・・、メリッサの美貌には負けてるわね。」
「あらあら、お嬢様ったら・・・。メリッサ様がどなたか存じませんが、フィオナお嬢様の美しさが一番ですよ。」
「ええと、私はいくつ?」
「まあ、まだ続けるおつもりですか?八歳ですよ。もしかしたら、明日、王太子殿下と初顔合わせなので、緊張していらっしゃるのですか?」
最後の言葉にメリッサはドキッとする。
「王太子殿下・・・って?」
なんだか嫌な予感がする。
また、あの牢獄に逆戻りするのだろうか・・・?
「お嬢様の婚約者であらせられるエドワード・ハウエルズ殿下ではございませんか。」
「エドワード・ハウエルズ?」
良かった・・・、アーサーではないのね。
でもその名前、どこかで聞いたことがある・・・
メリッサは、遠い記憶を引っ張り出した。
・・・思い出した!
牢獄で神書と一緒に差し入れられたあの小説『あなたの腕の中で』に出てきた王子の名前だわ。
でも、そんな偶然ってある?
メリッサは、偶然なのか確かめたくなった。
「もしかして、その王子さまの幼馴染って、濃紺の髪色じゃない? 名前は・・・、確か、フレッドだったような・・・」
「まあ、よくご存じですね。殿下の乳母様は、ホプキンス伯爵家のご夫人で、そのご子息であられるフレッド様は濃紺の髪色をしていらっしゃいます。殿下とは乳兄弟でもありますよ。」
やっぱり・・・、そうなのだわ。
この世界は、私が読んだ小説、『あなたの腕の中で』の世界なのだわ。
神様が、私の願いを叶えてくださったのね。
生まれ変わったら幸せになりたいって言う私の願いを・・・。
だから、身分の高い侯爵家に令嬢になれたのだわ。
でも、私は神様に約束したわ。
生まれ変わったら、もう欲に溺れません、他人の幸せを願いますって・・・
もし、約束を破ってしまったら、またあの惨めで苦しい最期を迎えることになるのかしら・・・。
それだけは絶対に嫌!
神様、私を試しているのなら、どうか見ていてください。
生まれ変わった私は、欲に溺れません。他人の幸せを願います!
一人、心の中で決意を新たにしているフィオナを、ルリアは不思議そうな顔をしてみていた。
「ところでお嬢様、眠っているとき、とても苦しそうにしていらっしゃいました。また、領地の辛い出来事が夢にでてきたのですか?」
「領地? 辛い出来事?」
その瞬間、メリッサの頭の中に、フィオナの思い出がドンとよみがえった。
昨年、領地の視察に父と一緒に行った際、豪雨に襲われた。
幸い、フィオナが泊まっていた領主の屋敷は頑丈で被害はなかったが、後から視察に出かけた村々は、大きな被害を受けていた。
家は流され、倒れた家も多く、実り多かったはずの畑は泥だらけになっていて、収穫ができる状態ではなくなっていた。
水から引き揚げられた死人が数えきれないほど地面に寝かされていて、その身体に縋り泣き叫ぶ人々の声が、村中に響いていた。
その悲惨な状況を目の当たりにし、フィオナは涙が止まらなかった。
領主の娘であっても何もできない無力さに、ただただ呆然としているのだった。
それから時々、あの悲惨な状況を夢に見てうなされるようになったのである。
ああ、思い出したわ。
私はメリッサじゃない。
フィオナだわ。
フィオナ・ラードナー侯爵令嬢よ。
生まれてこのかた、ずっと父に愛されてきた娘。
優しかったお母様は、五歳の年に死んじゃったけど・・・。
メリッサは私の前世の記憶。
私はメリッサの記憶を持ったまま、フィオナに生まれ変わったのだわ。
フィオナはようやく理解した。
一瞬フィオナであることを忘れてしまったのは、あまりにもメリッサの記憶が強烈すぎたから。
メリッサの記憶を思い出した瞬間、その激しく辛い衝撃的な記憶が、フィオナの記憶を隅に追いやってしまって、あたかも記憶喪失のようになってしまった・・・。
そして怖くなった。
またメリッサの記憶に支配されてしまったら、フィオナはどこかへ消えてしまうかもしれない・・・。
メリッサに支配されないように、フィオナであり続けることができるように、心を強く持たなければ・・・。
「お嬢様、お支度が終わりましたよ。」
フィオナが考えを巡らせている間に、ルリアは服を着替えさせ、髪の毛も整え終わっていた。
水色の髪に、白い花模様の髪飾りがとても可愛らしい。
「ねえ、ルリア、殿下とお会いするのはいつだったっけ?」
「明日ですよ。」
そうだった。
明日会うことを、私はすっかり忘れていたわ。
でも・・・
「ねえ、私は何番目の婚約者候補なの?」
その言葉にルリアはキョトンとした顔をする。
「まあ、おかしなことをおっしゃいますね。お嬢様は、殿下にとって、唯一無二、たったお一人の婚約者でいらっしゃいますよ。」
唯一無二? たった一人?
あんのくそ王子、唯一無二の婚約者がいながら、男爵令嬢に一目ぼれしたの????
フィオナは、小説の中でしか知らないエドワードに怒りを覚えた。
前世のメリッサの場合は、婚約者候補が三人もいて、誰が選ばれるのか最後までわからなかったから、自分が選ばれなくても仕方がないと諦めることもできる。
でも、今世では、私一人なのに・・・。
二十歳になったら、エドワードは医師で男爵令嬢のアデルに出会って一目ぼれをする。
いったい、それまで私との関係はどうなっているの?
残念ながら、前世のメリッサは、あなたの腕の中での小説を最後まで読んでいない。
否、読めなかったのだ。
最初の数ページを読んだだけで、怒りが込み上げた。
ヒロインのアデルが、スザンヌと同じピンクブロンドの髪色で瞳の色も同じ水色だったことも理由の一つだ。
それでも、なんとか読み進めていたのだが、アデルが病気で寝込んでいる老婆を見舞いに行ったところで、怒りは頂点に達し、本を壁に向かって投げつけた。
手垢だらけのぼろぼろだった本は、バシン!と大きな悲鳴を上げて閉じ紐がちぎれ、バラバラと崩れて床に落ちた。
悪意を感じた。
この小説を差し入れたという若い女は、わざとこの小説を選んだのだ。
王太子と結ばれるのは、身分など関係なく、心の優しい娘なのだ。
あなたのように心の汚れた女は、王太子と結ばれることなんて絶対にない!
そう言われたような気がした。
メリッサが読んだのはここまでであったが、どのような結末を迎えるのかは、およそ想像がつく。
あの手の小説は、身分違いの恋人同士が様々な困難を克服し、結ばれるまでを描くもの。
そして、様々な困難の一つが、婚約者なのだろう。
フィオナは思った。
きっと自分は二人の邪魔者でしかないのだろう。
もしも、アデルを恨み、欲に溺れて悪しきことを企んだら・・・
きっとメリッサと同じ、最後は惨めで辛い結末を迎えることになる・・・。
「そうだわ!初めから婚約なんてしなかったらいいのよ。唯一無二の婚約者なんてやめてしまえば、私は他人を恨まなくて済むわ。」
そう思ったらいてもたってもいられず、フィオナはすくっと立ち上がって、父親である侯爵の書斎に急いだ。
「お、お嬢様!いったいどうしたのですか?」
背後からルリアの叫び声が聞こえたが、フィオナは無視して歩を進めた。
「お父様に会って、お願いするのよ。婚約を破棄してくださいって・・・」




