101話 外伝『転生極悪令嬢メリッサの場合1』転生
今話から、『転生極悪令嬢メリッサの場合』が始まります。
この話は前外伝『あなたの腕の中で』のパラレルストーリーになっています。
楽しんでいただけたら幸いです。
『転生極悪令嬢メリッサの場合』
メリッサの置かれている状況は、すごく過酷であった。
女子刑務所に移送されたが、女性専用と言っても、世話人が男から女に変わっただけで、牢獄の厳しさは何も変わらない。
鉄格子の中には、毛布一枚と便壺一つ置かれているだけで、じめじめした固い石畳の上に毛布一枚で寝なければならなかった。
普段ベッドの上で柔らかい布団に包まれて眠ることが当たり前だったメリッサにとって、それは、とても耐えがたい環境なのである。
美しく着飾っていたドレスや宝石は剥ぎ取れ、薄汚れた灰色の囚人服で身を包む姿がなんとも情けなく思える。
死刑囚であるにも関わらず、毎日固いバンとスープは与えられた。
食べたくないと思っても、生きていればお腹は空く。
生まれて初めて食べる粗末で不味いパンとスープに、初めこそ我慢していたが、とうとう苛立ちが押さえられなくなった。
「ちよっと、なんとかならないの? こんなまずいパンとスープ、私は侯爵令嬢なのよ。」
つい文句を言ってしまったが、看守の中年女性は鼻であしらった。
「ふん、あんたはもう侯爵令嬢なんかじゃない。シャロン侯爵は爵位を剥奪され、処刑を待つ身だよ。今じゃ、あんたは平民以下のご身分なんだ。まったくわかっているのかねえ。」
平民女性のこの看守は、たたき上げで看守の地位まで昇格したのだ。
たとえ元高位貴族であろうとも、気後れもせず、容赦もしない。
「だったら早く殺しなさいよ。その方があなたたちも嬉しいんでしょ。」
そこへ、掃除婦の老婆が現れた。
「まったく、さっきからごちゃこちゃとうるさい人だねえ。私の息子はあんたの父親の薬のせいで身を持ち崩して、死んじまったんだよ。真面目でいい息子だったのに。」
「そんなこと私の知ったことではないわ。」
「はあ、まったく。親が親なら子も子だねえ。世間ではあんたのことをなんて呼んでいるか知っているかい?二人も殺した極悪令嬢だって言ってるよ。」
「極悪令嬢?」
子どものころから、皆に美しいと誉めそやされてきた私が極悪令嬢ですって?
「よくもそんなことを・・・」
メリッサは悔しさのあまり、唇を強く噛んだ。
「二人とも、そこらへんにしなさい。」
口げんかになりかけたところを、看守がぴしゃりと止めた。
「息子が殺されたようなもんだから、あんたの気持ちもわかるけど、このお嬢さん、自分が犯した罪の重さも理解できない人なんだから、何を言っても無駄だよ。」
老婆はその言葉に溜飲が下がったようで、もう何も言わなくなった。
看守はメリッサを見て、ふと思い出したように口を開いた。
「そうそう、あんたに神官様から差し入れがあったんだ。取ってくるよ。」
しばらくして戻って来た看守の手には、二冊の本が握られていた。
「神書は神官様からだけど、もう一冊は若い娘の信者さんかららしいよ。死刑囚にわざわざ差し入れなんて、ありがたいこったね。」
看守が去った後、メリッサは神書を開いた。
何度も神殿で神官の説教を聞いているが、まったく面白みがなく、いつも眠たくなってしまう。
面白くないから、自分から神書を読みたいなどと思ったことはなかった。
だが、このときは、よほど退屈だったのか、読む気になってぱらりとページをめくった。
メリッサの目に、一番に飛び込んできた神書の一節。
「汝、幸せを望むのなら、欲に溺れることなく、他人の幸せを願いなさい。」
この一節も、神殿で何度も聞いた言葉である。
その度に、神官の嘘くさい説教に半ば呆れていた。
何故、自分の幸せのために、他人の幸せを願わなければならないの?
自分の幸せのためなら、まず自分の幸せを願うべきでしょう?
ところが、牢獄の環境がメリッサの心を変えたのか、この一節がずんと、心に響いた。
「欲に溺れることなく他人の幸せを願えって?」
自分が置かれている状況は、欲に溺れたせい・・・?
思えば、何故あんなにもアーサーに執着したのか・・・?
アーサーを愛していたのかと自問しても、答えははっきりしている。
アーサーのことを愛していると思ったことは一度もない。
じゃあ何故、人を殺してまで彼に執着したのか・・・?
執着したのはアーサー自身ではなく、王太子妃、つまりは未来の王妃の地位だった。
女性の中で、もっとも身分が高い地位。
それこそが自分に相応しい場所だと思っていたのだ。
だが、その欲に溺れて、冷静な判断ができなくなってしまった・・・。
もう過ぎてしまったことで、今更どうすることもできないけれど、もしやり直せるなら、あんな男に執着せずに、自分の幸せをだけを考えて暮らしたい。
アーサーに執着しなければ、金持ちで身分の高い貴族令息などいくらでもいたのだから・・・。
翌日も掃除婦の老婆が仕事に来たが、メリッサのことが気に入らない老婆は執拗にメリッサを辱めた。
「ああ、臭い臭い。もとお貴族様かもしれないけれど、出すもんは、私らと一緒だねぇ。」
便壺の交換の度に嫌味を言った。
「うるさいわね。それがあなたの仕事でしょ。黙って仕事をしたらどう?」
メリッサも苛立ち、言い返していたが、老婆と口喧嘩ができる気力も体力も、そう長くは続かなかった。
生活の変化は、メリッサの体調を著しく害したのだ。
ゴホゴホと咳き込むようになり、そのうちに、体が燃えるように熱くなった。
それなのに、身体全身がブルブルと震えてくる。
熱い、寒い、い、息ができない・・・く、苦しい、苦しくてたまらない・・・。
メリッサは、立ち上がることもできず、毛布にくるまり固くじめじめした石畳の上に、寝そべることしかできなくなった。
死刑囚のメリッサには医師による治療も投薬もなく、苦しさはますます激しくなり、メリッサは、自分の死を予感する。
ああ、私はこんな場所で苦しみながら惨めに死んでいくのね・・・
その瞬間、神書の一節が脳裏を過ぎった。
― 汝、幸せを望むのなら、欲に溺れることなく他人の幸せを願いなさい。―
今の私のこの状態が、欲に溺れた末路なのか・・・。
こんなに苦しみながら死ぬことになるのなら、欲に溺れなければよかった・・・。
私は欲に溺れ、欲の沼に沈み込んでしまった。
二度と浮かび上がることができない沼の底へ・・・。
ああ、神様、もしも、もしも私の願いを聞いてくださるのなら・・・誓います。
もう二度と、欲に溺れません。
他人の幸せを願います。
だから、だから、もしも生まれ変わったら、どうか私に幸せを・・・
ゴホゴホゴホゴホゴホ・・・
い、息が、できない・・、く、苦しい・・・お願い・・・た・す・け・て・・・
メリッサの目の前は真っ暗になり、もう、何も考えられなくなった・・・。
「お嬢様、お目覚めの時間ですよ。」
「誰? 誰が私を呼んでるの?」
メリッサが目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。
かわいらしい白いレースのカーテン、部屋に飾られた甘い香りの花、何より寝ている場所は、固くじめじめした石畳ではなく、ふかふかのベッドだった。
「お嬢様、やっとお目覚めになりましたね。さあ、朝の支度をいたしましょう。」
メリッサに話しかけているのは、見知らぬ若い女性で、モスグリーンのメイド服に白いエプロン姿の使用人である。
「あなたは誰? そしてここはどこ? 私はなぜここにいるの?」
不安にかられて立て続けに質問をしたが、使用人は、ふふっと笑顔を浮かべて優しく言った。
「お嬢様、新しい遊びですか? それなら、私はその遊びに付き合わないといけませんね。私は、お嬢様の専属侍女のルリアですよ。」
「ル、ルリア? 専属侍女ですって?」
おかしいわ。私の専属侍女は、こんなに若くなかったし、名前だって・・・。
ルリアは少し驚いた顔をしたが、そのまま質問の答えを続ける。
「それから、ここは、ラードナー侯爵様のお屋敷ですよ。フィオナお嬢様は侯爵家のお嬢様でいらっしゃいますから、当然、ここにいるのですわ。」
その言葉に、メリッサは驚いて、飛び上がりそうになった。
「えっ? フィオナ? 侯爵家の娘?」
私・・・、メリッサじゃないの?
もしかして・・・、私、生まれ変わった???




