【三】拐われた先
・レン視点
次に目覚めたのは、豪華な寝台の上だった。
「いてえ……」
────殴られた所がズキズキと痛い。あの騎士のやろう、本気でおれの頭を殴りやがった。今度会ったら絶対にブッ殺す。
ムカつく騎士の顔を思い浮かべて、舌打ちする。
逃げる時、二人ほど騎士団を殺っちまった。
だが、先に手を出したのは騎士団の方だ。あの連中はナダルを殺害し、キリアを殴り、ソラの家を燃やしやがった。挙句の果てに、大事な親友を殺して、"裂け目"に捨ててしまった。
全員ぶち殺してもまだ足りない。全然足りない。
騎士団が日常的にやってる悪魔のような所業に比べれば、そよ風以下だ。
だが、怒りはひとまず置いておく。さしあたって、現状を把握せねばならないだろう。復讐をするにしても、何にしても。
寝転がったまま、視線だけで室内を確認する。これほど豪華な寝台に寝かされてるなら、今すぐ殺されるなんて事は無いだろう。多分。
おれは改めて誓った。機を見計らってここを脱出し、ソラの復讐をしてやる。絶対にだ。
「…………つうかどこだよ、ここは」
身動ぎすると、じゃらり、と金属の擦れる音がした。手首がやたら重い。眉間に皺を寄せ、手を持ち上げた。
そこにある物を見て、おれは再度舌打ちした。手首には枷のような鉄の輪が嵌められており、輪っかから伸びた頑丈な鎖は、ヘッドボードの格子にガッチリと繋がっていた。まるで囚人だ。
「趣味悪すぎ」
吐き捨てるように言って身を起こす。自分を見下ろすと、服も全部変わっていた。寝てる間に、汚れた作業服から女性用のドレスへ着替えさせられたらしい。
が、ドレスなんぞ着たくもない。何もかもが気に入らねえ、と思っていた時だった。
「……お目覚めかな。気分はどうだい、聖女様」
声の方を振り返る。部屋の中程に置かれた長椅子に、男が一人座っていた。
年は二十代前半。長い銀髪を背に垂らした、美しい男だった。長い足を優雅に組んで背もたれに片肘をつき、誰もが見とれるような笑みを湛えている。
確かに容姿端麗で、目を惹くオーラの持ち主だが──非常に胡散臭かった。張りつけた笑みが完璧過ぎて、かえって底意地の悪い腹黒さを際立たせている。
正直に言おう。こいつは、おれの最も嫌いなタイプだった。
いくら顔が良くても、こういう男は殴って逃げるのがベストな対応だ。
「気分? 最悪だな。つうかここから出せよ」
「それは無理な相談だね」
不機嫌に返すと、何が面白いのか相手はクスクス笑った。何だこいつ……と心底げんなりする。
「じゃあ手枷を外せ」
「それも無理かな。君は騎士を二人も殺し、さらにもう一人を一時無力化したというじゃないか。僕も彼らも、君を捕まえるのにそこまで手こずるなんて、想像もしてなかったよ。
君を侮ってたのは事実だ。同じ轍は踏みたくないんだよ、ラジュレーン」
「…………あ? 誰だ、おめーは」
「はは、君は八歳まで"天州"にいたんだろう。それに、僕の婚約者候補でもあった。忘れるなんてひどいな」
男はわざとらしく嘆いてみせた。
持って回った言い方は、"天州"の貴族階級では一般的な会話術だが、それ以上に、こいつの場合は得体の知れなさを感じさせる。
騎士団の襲撃も、おそらくこいつの命令だったのだろう。復讐リストの暫定一位は、この野郎で決定だ。
おれは古い記憶の奥底から、ある少年の名前を探し当てた。ついでに、そいつの婚約者候補であった事も思い出した。
だが、幼い頃のほんの一時の話だ。すぐに立ち消えてしまったので、相手と話した事もない。
遠目に見るのがせいぜいで、血縁ではあったが、雲の上の存在だった少年。
──そう、自分の予想が正しければ、こいつは。
現皇帝に嫁いだ叔母の息子で、おれの従兄。そしてガルノール皇家における、現在唯一の皇子。
「…………お前は、アイオレート皇太子なのか?」
「正解、よく出来ました」
男はにっこりと笑みを浮かべた。
──かつて四人もいた皇子がたった一人になったのは、現皇帝の暴虐のせいだ。
八年前、皇帝は、"血の晩餐"で自分の一族の大半を葬り去った。皇帝の息子達で生き残ったのは、ただ一人、アイオレートのみ。
第五皇子のアイオレートは継承権が低く、当初は皇位を継ぐ可能性は無いと思われてた。
だが他の皇子が粛清され、状況が変わった。皇太子の地位は自動的に彼のものとなったのだ。そしておれとナダルは、そのどさくさに乗じて"地界"に下った。
皇家の跡目争いは常に熾烈を極め、こういう血生臭い話も珍しくない。が、積極的に関わりたいかといえば、絶対にお断りだ。
だがすでに巻き込まれたのだろう。この最低な予想は、続くアイオレートの言葉で確信に変わった。
「長い間、父上は血眼になって君を探していたけれど、父上を出し抜いて、有能な僕が君を先に見つけたんだ。君は本当に運が良かったね」
「自分に酔ってんじゃねえ、恩着せがましい」
やっぱり……と思いつつ、憎悪の籠った目で睨みつける。
こいつとは会話が噛み合わない。それがいっそう薄ら寒い。こんな奴と話してると頭がおかしくなりそうだ。
「ペラペラうるせえんだよ。一応確認しておくが、おれの家に騎士団をけしかけたのはてめぇか?」
「そうだと言ったら?」
「なら、いつかお前を血祭りに上げてやる。必ずだ、楽しみにしてろ」
「ふふ、威勢がいいのは嫌いじゃないよ。それくらいでないと、"地界"で生き残れなかっただろうしね。
でも君は女の子だし、言葉に気をつけた方が良い」
「あぁ?」
思わずカッとなる。ベッドから飛び降りて、アイオレートに飛びかかろうとしたが、あと一歩の所でガシャンと鎖が鳴った。
「くそっ」
鎖に阻まれて、これ以上は近寄れない。悔しげなおれを見ながら、アイオレートはくすくす笑った。
「残念だったね。僕はもう行くけれど、近々また会いに来るよ。それまで大人しくしてくれたら嬉しい。
じゃあね、ラジュレーン」
「…………」
ひらりと手を振って、アイオレートは扉から出ていった。部屋がシンと静まり返る。
「おえー」
扉に向かって、べっと舌を出す。
「……………ソラ」
無性に、あの気のいい親友に会いたかった。
大きく息を吐き出したその時、部屋の隅から声がした。
『…………あなたは、だあれ?』
振り返って、目を見開く。
部屋の角の暗がりに、あどけない少女が小さく首をかしげて立っていた。
ストックはここまで。
続きは未定。




