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呪われた令嬢と寡黙な護衛騎士〜私の呪いを解いてくれたのは、あなたですか?〜

作者: 桜百合

お読み頂きありがとうございます。

こちらでは初投稿です。

 「ああ! レティ、目覚めたんだね。気分はどうだい? 本当によかった! 」


 随分と長い間眠っていたような気がする。

 カシーナ国の公爵令嬢である十八歳のレティは、見慣れた自室で目を覚ました。

 目の前にいるのは婚約者である王太子、ノアである。

 金髪碧眼で見る者全てを虜にするような見た目の王太子は、レティが十四歳の頃からの婚約者だ。

 

 「私……? 」

 「ああ、やはり記憶を失ってしまったんだね。可哀想に。でも私が側についているから、安心しておくれ」


 そう言ってノアはレティの額に手を触れた。

 そしてその様子を、レティの護衛騎士であるステアがジッと見守る。



 レティが何者かの手によって突然呪いにかけられたのは、今から一年前のこと。

 思い当たる節は何もないのだが、ある日を境に体調を崩すことが多くなった。

 手足に力が入りづらくなり、頭も働かない。

 心配した公爵夫妻が国中の名医を集めて診察させたところ、レティの状態は医療の範疇外であると告げられたのである。

 そして代わりに連れてこられたのは、呪術師であった。

 この国では数は少ないものの、呪術を操ることが出来る者が存在している。

 どうやらレティはその呪術の類にかかってしまったらしい。

 かけられた呪いは複雑で、解術はおろか呪いをかけた人物もわからずじまいであった。

 優秀な呪術師達が集められ、昼夜問わずレティの呪いを研究した結果、いくつか分かったことがある。

 それは、このまま呪いが解けなければレティの余命は一年であるということと、レティと心から愛し合っている者の口付けが必要であるということ。

 そして最後に、無事呪いが解けてもその代償として呪いがかけられた前後の記憶を失う、というものであった。



 だがこうして王太子が喜んでいる様子を見ると、どうやらレティの呪いは無事に解術されたらしい。

 そして、解術のためにレティに口付けたのは、婚約者であるノアなのだろう。


 「レティの体調が落ち着いたならば、すぐに式を挙げよう」

 「まだ結婚は早いのではないですか? 確か以前ノア様がそう仰っていたような……」


 これはレティが呪いにかかるよりも、前のこと。

 ノアはレティとの交流にいささか非協力的であった。

 二人の仲を深めるという名目のお茶会に欠席することは日常茶飯事で、彼がエスコートするはずであった舞踏会を、ステアのエスコートで参加したことなど数知れない。

 レティが思うに、ノアには他に好きな女性がいるのだ。

 幼い頃からの政略結婚のため、そこに愛や恋は存在しないことなどわかりきっている。

 レティは別にそれでもいいと思っていた。

 心のどこかでは、自分だけを愛してくれる男性を求めていたのだが。


 「そんなこと、僕が言ったかな? 君の記憶違いではないかい? 君はここしばらく呪いの影響で寝たり起きたりしていたから」

 「そうでしょうか」

 「きっとそうだよ。挙式は半年後でどうだろうか? 」

 「少し早すぎませんか? まだ何も準備も整えておりませんのに……」

 「準備など、どうとでもなるさ。だからそれまでにしっかり体を休めておいてくれ。また来るからね」


 ノアはそう言って城へと戻っていく。



 それから頻繁にノアは城を抜け出しレティの元を訪れ、甲斐甲斐しく世話を焼くようになった。

 その後周囲に聞いた話によると、やはりノアがレティの呪いを解いてくれたらしい。

 となると、ノアはレティに口付けたのか。

 何はともあれ彼のお陰で呪いが解けたということは、記憶を失っていた期間にノアとレティは心を通い合わせた、ということなのだろう。


 「ねえステア。あなたも見ていたの? 」

 「……何をでしょう」

 「ノア様が、私の呪いを解いてくださったところを」


 レティは自らの側に張り付くように立っている護衛騎士に、そう話しかけた。

 ステア・リュードはレティが幼い頃からの護衛騎士である。

 伯爵家の三男である彼は、伯爵家の跡を継ぐことはできない。

 そのため幼い頃より、公爵家に奉公に出されていたのだ。

 白銀の髪を後ろで一つに束ねたステアは、切長の目に形の整った唇と、かなり見目麗しい。

 だがその口は常に固く結ばれ眉間に皺が寄っており、折角の美丈夫が台無しになる程常に不機嫌な顔をしていた。

 しかしレティにとっては見慣れたものであり、微塵も恐ろしさは感じない。


 「はい。見ておりました」

 「そう……どうだった? 」

 「は……どうだった、とは……? 」


 護衛騎士はレティの質問に、珍しく片眉を上げて反応した。


 「私、ノア様と口付けした実感がないというか……。あのお方が私を呪いから救ってくださったということは、確かに口付けをしたのだろうけど」

 「……お二人は、しっかり……お似合いでした」

 「そう……」


 ステアはふいと顔を横に背けながらそう言ったので、どのような表情をしているのかレティにはわからなかった。


 ステアはレティが四歳の時に公爵家へとやってきた。

 当時十歳であったステアは、レティよりも六歳年上のため、よくレティの遊び相手をしてくれた。

 自分よりも遥かに早く大人になっていくステアの姿が、レティには眩しく見えたことを思い出す。

 そしていつからだろうか。

 レティが年上の護衛騎士に叶わぬ恋心を抱き始めたのは。

 伯爵家の三男であるステアと、公爵令嬢であるレティが結ばれるはずもなく。

 ましてやレティが恋心に気付いた時には、すでにノアとの婚約が定められていた。

 心の中で思うだけなら、罪にはならないだろう。

 結婚までの間だけ、彼のことを思っていたい。

 レティはそんな叶わぬ初恋を胸に抱いたまま、十八歳まで生きていたのである。




 「レティ、今日も君は美しいね」


 相変わらずせっせとレティの元を訪れる王太子ノアは、今日も歯が浮くようなセリフをレティに囁く。

 呪いの影響でしばらく寝たきりであったレティも、今ではすっかり本調子になり。

 一日中通して起きていられるようになった。


 「ノア様。私もうすっかり元気になりました。これからは、毎日いらっしゃらなくても大丈夫ですわ」

 「僕の婚約者はつれないことを言うね……僕が君に会いたくて来ているんだ」

 「ですが、王太子様にそのようなこと……」

 「いいかい? 僕は王太子の前に君の婚約者だ。僕たちは夫婦になるんだから。遠慮はしないでほしい」


 ノアは優しい。

 一国の王太子であり聡明で、抜群の美丈夫だ。

 だがそんな彼に尽くされても、レティの心はどこか落ち着かない。

 なぜだかわからないが胸がざわつくのだ。



 「レティ、今度の舞踏会で、正式に君との結婚を宣言したい」

 「……それは……」

 「いいだろう? 僕たちは婚約してもう四年になるんだから。誰も反対などしない」


 王家主催の舞踏会。

 そこで結婚宣言を行えば、正式な挙式の前でも、実質二人は結婚したものとみなされるこの国特有のルールがあった。


 「ですが、どうせ挙式ももうすぐですしその時でも……」

 「レティは僕と結婚したくないのかい? 」

 「いえ、そういうわけでは……」

 「なら、構わないよね。早く君と夫婦であることを公に認識してもらいたい」


 ノアに強引に押し切られたレティは、黙り込む。

 呪いをノアに解いてもらった手前、彼には多大な恩が残っているのだ。

 それに、元々婚約者である二人が結婚宣言をするのに何も問題はない。




 「舞踏会に、参加するのですか」


 ノアが城へ戻り二人きりになると、珍しくステアが口を開いた。

 寡黙なステアは、滅多なことでは自分から話しかけることはない。

 レティが幼い頃は色々なことを話したのだが、互いが成長してからはめっきり会話も減ってしまった。

 公爵令嬢であるレティと護衛騎士である自らの身分差を、意識してのことだろうか。


 「ええ、そうよ」


 レティは大したことではないといった様子を繕って、さらりと答える。


 「結婚宣言をなさるのですか」

 「……そのようね。王太子殿下という御身分に加えて、ノア様には呪いを解いてもらったでしょう? それ以来うちの両親も頭が上がらないのよ」

 「レティ様は、それでよろしいのですか? 」

 「いいもなにも。私に決める力はないわ……」


 そう言って寂しげに微笑むレティに対し、ステアはそれきり口を開かなかった。




 「レティ、僕が贈ったドレスがよく似合う」

 「ありがとうございます、ノア様」

 「君には薄桃色がよく映える。その色のドレスを着ている君が一番好きだよ」


 翌月、レティはノアと共に王城の舞踏会に参加していた。

 これからまさに、皆の前で結婚宣言を行うところである。

 ノアに贈られた薄桃色のドレスは、確かにレティの蜂蜜色の髪色によく似合う。

 だが実はレティは薄桃色よりも、水色が好きなのだ。

 以前ノアにはさりげなく伝えたことがあるのだが、恐らく彼は覚えていなかったのだろう。


 レティはノアに手を引かれ、国王夫妻のいる大広間の中央へと足を運んだ。

 王太子とその婚約者の姿を一目見ようと、参加者たちが一斉に二人を囲み始める。


 「皆の者、静粛に」


 息子の到着を確認した国王は、片手を挙げて招待客達を制した。


 「我が息子で王太子のノアが、婚約者であるシルク公爵令嬢と結婚宣言を行うこととなった。正式な婚儀は半年後の予定であるが、ぜひ見届けてやってほしい」


 国王の発言に貴族達は皆頭を下げる。

 一同が静まり返ったことを確認すると、早速ノアは声高々に宣言した。


 「私、ノア・ボルドーはこのレティ・シルクと結婚することを宣言する。彼女は忌々しい呪いに侵されたが、私の口付けにより無事に呪いは解かれた。二人の愛の力が証明されたのだ」


 貴族たちからは二人を祝福するために、溢れんばかりの拍手が贈られた。

 満足気な表情を浮かべたノアは、レティの方を向いて、顎に手をやる。

 結婚宣言は、最後に二人が皆の前で口付けを行い、仮の指輪を交換することで完了するのである。


 「レティ、愛してる」


 ノアはレティと口付けた。

 その瞬間、レティの全身にザワザワとした何かが駆け巡る。


 「え、嘘……違う……」

 「ん? 違う? 」

 「あなたではないわ……」

 「何がだい? レティ」


 ノアは怪訝そうな顔でレティの顔を覗き込むが、レティの頭の中にはもはやノアの存在は無かった。


 「レティ? ……って、おい! レティ!? レティ! 」


 気付けばレティは彼の突き放すようにしてその腕をすり抜け、大広間を走り抜けて行く。

 唖然とした表情のノアを始め、大勢の貴族達が騒然とする中、レティは遂に大広間を出て中庭へと去って行ってしまった。




 「はあっ……はぁっ……」


 久しぶりに走ったせいか、息が切れて胸が苦しい。


 「レティ様!? 」


 気付けば、ステアがレティを追いかけて来たようだ。

 胸に手を当てて苦しげにしているレティを見て、心配そうにこちらへ駆け寄ってくる。

 

 「あなた、私に嘘をついたのね!? 」


 ステアはレティの責めるような声色にその足を止め、目を丸くした。

 だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの無愛想な表情に戻ってしまう。


 「なぜ、嘘をついたの!? 」

 「……レティ様の仰る嘘が何のことだか、私にはわからないのですが」

 「誤魔化さないで。私の呪いを解いたのは、ノア様ではないわ! 」


 ステアは俯き、何も言葉を発しない。

 二人の間に重苦しい空気が流れた。


 ノアと唇を重ねた途端、これまでレティが感じていた違和感が大きくなって押し寄せて来たのである。

 体がざわめくような不快な感覚は、レティの本能なのであろうか。

 ノアではないのなら、一体自分は誰と口付けを交わしたのか。

 だが彼と心が通い合っていたわけではないことは確実だ。



 「ここにいたのか、レティ! 」

 「……ノア様……」


 同じくノアが息を切らしながらレティを追って、中庭へとやってきた。


 「……ステア・リュード。お前は下がっていろ」


 ノアはチラとステアを目に入れると、吐き捨てるようにそう告げた。

 彼はなぜか昔からステアのことが気に入らないらしい。

 今も忌々しげにステアを睨みつけているが、ステアは大して気にしていない様子。


 「私はレティ様の護衛騎士ですので。殿下とレティ様が正式にご結婚なさるまでは、レティ様のお側についております」

 「王太子である僕が、下がれと言っているんだ! 」

 「大切な主人に勝手に呪いをかけるようなお方とは、二人きりにすることなどできません」


 その瞬間、三人を取り巻く空気が変わった。


 「え、ステア……? 今、なんて……」


 ステアは、レティに呪いをかけたのはノアであると言う。


 「あなた様に呪いをかけたのは、他でもない王太子殿下です」

 「っ貴様、無礼だぞ! そ、そのようなデタラメを申すな! 」

 「殿下から依頼を受けたという呪術師を、先程公爵夫妻が見つけられたようだ。証言が得られれば、殿下の嘘が明るみに出ますね」


 ノアは怒りのあまり拳を握りしめてわなわなと震えている。


 「くそ! 一度レティに口付けたくらいで、彼女を手に入れたつもりか!? 」

 「……え? 」


 今ノアはなんと言っただろうか。

 次から次に明らかになる事実に、レティの頭の中は真っ白になる。


 「あの、ノア様……今なんと……? 」


 するとノアはしまったとばかりに、みるみるうちに表情が無くなっていった。

 先程まで真っ赤になっていたはずのその顔色は、今では真っ青になっている。


 ノアは、ステアがレティに口付けたと言った。

 だがレティにはそのような記憶はない。

 ステアはこれまでずっとレティの護衛騎士のままであって、秘めた恋心はレティが一方的に抱いていたものである。

 それでは一体なぜステアがレティに口付けを……?


 レティはちらとステアの方を見るが、ステアの表情は変わっていない。

 相変わらず、眉を寄せた無愛想な顔だ。


 「ステア、どういうことなの? あなたは私に口付けたの? 」

 「……それは……」

 「正直に話しなさい。これは私からの命です」


 レティがそう断言すると、これまで俯いていたステアはため息をつき、真っ直ぐレティの顔を見据えた。


 「ええ。その通りですレティ様」

 「では、私の呪いを解いたのはあなたなの? 」

 「違う! 君の呪いを解いたのはそいつではない! 僕だ! 」


 何やら後ろの方でノアが騒いでいるが、彼がその相手ではないことはもはや確実なのだ。

 最後の悪あがきとでもいうべきか。


 「私はあなたに聞いているの、ステア」


 レティがステアの目を捉えてじっと見つめると、ステアは再び観念したかのようにこう告げた。


 「ええ、そうですレティ様。あなたに口付け、あなたにかけられた呪いを解いたのは、この私です」

 「やっぱり、そうなのね」


 レティはステアの元へ駆け寄り、抱き締めようとした。

 だがその体はステアによって制止される。


 「いけません、レティ様。私はあなたの護衛騎士。あなたは私の主人です」

 「私はあなたが好きなの、ステア」

 「っ……」


 レティの告白に、ステアは息を呑む。

 いつもの無愛想な顔に、困惑の色が浮かんだ。


 「ずっと、ずっと、好きだったわ」

 「レティ様……」

 「私のこの気持ちは、迷惑かしら? 」


 少し涙に濡れた瞳で泣き笑いを浮かべたレティを、ステアはたまらず抱き締めた。


 「あなたという人はっ……私がこれまでどれほど耐えてきたか……」

 「ステア……あなたも同じ気持ちなの? 」


 ステアは返事の代わりに、口付けた。

 その瞬間、レティの中を熱い何かが駆け巡り、全身の血が騒ぎ立てるような感覚に陥った。


 「ステア、私……」


 失われたと思っていたレティの記憶が、蘇ったのだ。




 レティが呪いに侵されたと判明した時、真っ先にレティに口付けると言い出したのは他でもない婚約者のノアであった。

 もちろん周囲から見てもその判断は妥当であったし、当たり前のことだろう。

 だが問題は、ノアの口付けではレティの呪いが解けなかったということだろうか。


 もっともレティには、ノアに呪いを解くことはできないということがわかっていた。

 レティが愛し愛される男性からの口付けでないと、呪いは解けない。

 レティが愛しているのはノアではなく、ステアだった。

 レティに一方的な恋心を抱くノアの口付けでは、彼女の呪いが解ける訳がないのだ。

 だかステアも同じように、レティのことを好いてくれているとは限らない。

 彼にとってレティはいつまでも妹のような存在であり、女性として見てくれているとは思えなかったからだ。

 

 やがてレティは、呪いが広がって命を落としても構わないと思うようになっていく。

 身分違いもあって、ステアへの想いが実ることはないだろう。

 彼と想いが通じ合わない限り、この呪いが解けることはなく、命の灯火はもはや消えかかっている。



 そんな時、ステアがこう切り出したのだ。


 「あなた様には、どなたか思う男性がおられるのでしょうか? もしいらっしゃるのならば、私が命を賭してその方をここへ連れて参ります」


 ステアの目は真剣で、心からレティを心配してくれている様子だった。

 レティは長年の片思いを白日の下に晒すことを決めた。


 「私はあなたが好きなの、ステア」


 当初ステアは、信じられないと言った様子で言葉を失っていた。

 だがやがて彼女の言葉に嘘偽りがないとわかると、覚悟を決めたのかこう告げたのだ。


 「私もあなたが好きです。ずっとお慕いしておりました、レティ様」

 「本当に……? 」


 レティは夢の中のいるようだった。

 ステアも自分と同じ気持ちでいてくれたのだ。


 「私の、呪いを解いてくれる? 」


 ステアを見上げるようにそうねだる彼女に、彼の顔は赤らんだ。

 それはレティが初めて目にする、彼の男の一面であった。


 ステアは戸惑いながらも頷き、レティにそっと口付けを落とす。

 すると先ほど感じた時と同じように、レティの全身を血が駆け巡り、呪いが解かれた。

 二人は正真正銘心から愛し合っていたのだ。

 だがその結果呪いの代償として、レティはこのステアとの記憶を失った。



 「あなた様が目覚めた時、すぐに真実をお話ししようと思いました。ですが、殿下に口止めされてしまい身動きが取れなかったのです……」

 「ノア様が? 」

 「ええ。あのお方は、以前からあなた様がご自分に気がないことを、知っておられました。自分だけがあなたに夢中であると。そしてあなた様のそばに付き添っていた私とあなた様の仲を、疑っておられた」

 「でもノア様は、以前から私には興味がないようだったわ」

 「あれは照れ隠しです。あなた様に嫉妬して欲しかったのでしょう。あのお方は、愛の意味を履き違えておられる」


 だがレティは、そんなノアの作戦に期待通りの反応を見せてはくれなかった。

 そしてノアは、レティのステアに対する秘めた想いにも気付いていたのだ。

 彼女の心が欲しいと焦った彼は、安易な考えで呪術に手を出した。

 金ならいくらでもあるノアにとって、高額な見返りを必要とする呪術師を探すことは容易であったらしい。

 レティを心から愛する者の口付けで目覚める呪いをかけて、自分がその呪いを解くことができれば。

 周囲の皆からも祝福され、レティからも感謝されるだろう。

 極め付けは、記憶を失うこと。

 これでレティのステアへと向けられた思いも、消えてなくなるはず。


 だがそんな企みは儚く崩れ去る。

 レティは、ノアの口付けでは呪いが解けなかったのだ。

 

 「なぜだ、僕はレティを心から愛しているというのに……」


 呪術というのは複雑で、相手にかけた際にその内容が若干の変化を起こすことがよくあるらしく。

 レティにかけられた呪いも、当初は彼女の事を愛する男性の口付けで解けるはずであった。

 しかしいつのまにか、彼女もその男性のことを愛していなければならない、という条件が加わってしまったのだ。


 呪いが広がり毎日のように寝たり起きたりを繰り返すレティを見舞いに来たノアは、そばに控えるステアに八つ当たりした。


 「どうせお前なんだろう!? レティの呪いを解けるのは! 」

 「そのような。恐れ多いことです」


 ステア自身はそんなはすがない、とその言葉を鵜呑みにはしておらず。

 公爵家に来てからずっとそばで見てきた令嬢は、いつしかステアの最愛の女性となっていた。

 だが彼女は自分の主人であり、自分は彼女の護衛騎士だ。

 この立場が覆ることはなく、彼女と結ばれることなど夢のまた夢。

 ノアの主張も聞き流す毎日であったというのに。



 「私はあなたが好きなの、ステア」


 

 信じられないことに、最愛の女性はその心を自分に与えてくれたのだ。

 レティの命を失うような真似はしたくない。

 レティに請われ、ステアは迷うことなくその唇に口付け、彼女にかけられた呪いを解いた。

 と、ここまでは良かったのだが。


 ステアが呪いを解いたことに気付いた王太子ノアは、レティの記憶が失われたことを良いことに、その功績を我が物にしようとしたのだ。


 「いいか、覚えておけ。お前が彼女に口付けて呪いを解いたことを誰かに話しでもしたら、レティに無理やり手を出した罪で流罪にしてやるからな。又は再びレティに呪いをかけてやっても良い」


 ノアは卑怯にも、このような手を使ってステアを黙らせたのだ。


 「記憶を失い、王太子殿下と仲睦まじく過ごすあなた様を見ているのは、とても辛かった……」


 ステアはその美しい顔を歪めた。


 「公爵夫妻もあなた様に呪いをかけた呪術師を総出で探しておられましたが、なかなか朗報は得られず。あの舞踏会で結婚宣言をされてしまったならば、もう手遅れだと思いました。ただの護衛騎士の自分にはどうすることもできないと……」

 「お父様達は、このことに気付いていたというの? 」

 「殿下とおられるあなた様の様子を見て、何かおかしいと思われていたようです」


 両親は、レティとノアの間に流れる空気の違和感に気付いていたらしい。

 だが決定的な証拠もなく、ノアの王太子という立場もあって太刀打ちできなかったのだとか。


 「あなたはお父様達に、口付けのことはお話したの? 」

 「いえ……お話しておりません。ただ、呪いを解いたのは王太子殿下ではないだろう、ということはお伝えしてあります」

 「そう……」

 「申し訳ありません。私は殿下に太刀打ちできないひ弱な騎士です……」


 そう言って項垂れるステアの両手を、レティはそっと握る。

 恐らく両親は、ステアがレティの呪いを解いたその人である、と気付いているのではないかと思った。


 「でも、あなたの口付けが私を救ってくれたのよ」


 ステアは心からレティの事を愛してくれていたのだ。

 その事実だけで十分だ。


 「ステア、愛しているわ。ずっと昔から、あなたのことだけ見てきたの」

 「レティ様……私もあなたを心から愛してしまった。私はしがない伯爵家の三男。あなたに相応しい相手ではないというのに……」


 ステアは切なげに顔を歪めながらそう言った。

 レティはそんな彼の発言を否定するように、ゆっくりと首を振り微笑む。


 「いいえ。私はあなたがいいの。あなたがどこの誰でも、あなたでないと嫌なの。あなたのためなら、公爵家を出る覚悟もできているわ」

 「レティ様……」


 ステアの目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。


 「レティと、呼んで」

 「しかしっ……」

 「私はあなたのものだったのよ。ずうっと昔からね」

 「……レティ……」


 二人はそっと抱き締め合った。




 そんな二人であったが、事態は思いがけず良い方向に進んで行った。


 レティは両親である公爵夫妻に、ステアが自分の呪いを解いてくれた恩人であることを告げた。

 かねてよりレティがステアに思いを寄せていたことに気付いていた両親は、今回の件をもってステアとの結婚を認めることにしたのだ。


 それだけではない。

 公爵夫妻の手によって見つけ出され捕らえられた呪術師が、レティにかけられた呪いに王太子ノアが関与していることを仄めかしたのだ。

 その騒ぎを聞きつけた国王が慌てて公爵家に対し謝罪を行い、レティとノアの婚約は正式に破棄された。

 王太子の醜態を国中に広めることだけは避けたかったのだろう。


 せめてもの罪滅ぼしとして……と、国王はステアに子爵位を与えた。

 これによりステアとレティの結婚を妨げる障壁は、完全に取り払われたのである。



 ちなみに王太子ノアはと言うと、父王からきつくお灸を据えられたらしく。

 個人の財産の没収、行動の際には監視を付けること、などの条件で未だ王太子の座にいるらしいのだが。

 肝心の本人はレティを失った喪失感から、王位などいらないと言い始めているらしいから困ったものである。



 

  「レティ、ここにいたのですか」


 半年後、二人は結婚式を挙げて正式な夫婦となった。

 親しい間柄の人々のみを招待したこじんまりとした式であったが、居心地の良い素敵な式にすることができた。


 ステアは伯爵となり、レティは伯爵夫人として、慣れない夫の社交をサポートしている。


 未だにステアはレティに対して敬語を使う癖が抜けないらしく。


 「あなたは私にとって、いつまでも高嶺の花なので」


 いつまでもこんなことを言っている。


 「ふふ。またあなたはそんなことを言って。この子が生まれたら、困ってしまうわよ? 」


 レティの腹には新たな命が宿っていた。


 「お父様らしく、堂々として欲しいわ 」

 「……善処致します」

 「ああ! もうダメじゃない! 」

 「無理ですレティっ……」


 二人の間には幸せな空気が流れていた。



 ……実はレティにかけられた呪いには、未だ知られていない秘密があった。

呪いをかけられた人物は愛し愛された人物からの口付けにより記憶を失った後、再度同じ相手と口付けを交わすと失った記憶を取り戻すのだ。

 

 二人がその事実を知ることは生涯無いであろう。





 


 




おまけ小話


 「レティ、あなたにこれを」

 「まあ、素敵なドレス。ありがとうステア」

 「喜んでもらえてよかったです」

 「それにしても私が水色が好きだってこと、よく知ってるのね」

 「私はずっと、あなたのことだけしか見ておりませんから」

 「ふふふ、さすが私の旦那様だわ」



最後までお読み頂きありがとうございました!


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