救いの手
その攻撃のミスに対し、他の犬の魔物は黙って見てはいなかった。横から更に飛び掛る。
「ロット!」
ピコは叫び、思わず目を閉じた。
ザシュッ!
それは切り裂く音。ピコがゆっくり目を開けると、無事なロットの姿が見えた。
「せ、先生!」
驚き声を上げるロットが見ているのは、サイコソードを構えたガーベット女史だった。
「あなた達。こんなところで何をしているのです!」
「先生! 私達は・・・・・・」
ピコが説明しようとするが、犬の獣が唸り声を上げている。仲間をやられて興奮しているようだ。
「話は後です。まずはこのバイオモンスターを倒しましょう。二人とも。闘錬の内容は覚えていますね? 敵が現われたのならば、即座にサイコバリアを展開しなさい」
教師の言葉を受けて、ロットとピコははっとなった。そう、サイコバリアを展開していないのだ。二人とも危険地帯での実戦には慣れていなかった。
二人がサイコバリアを展開する。ヴヴヴヴと言う音と共に、青い光が身を包む。
「これでよし。犬っころめ、掛かってこ!」
ロットが余裕を出してサイコダガーを構えた。
「ロット、上です!」
ガーベット女史はそういうと滑空してきた鴉の魔物をサイコソードで引き裂いた。どうやら犬の魔物の旗色が悪いと見て襲ってきたようだ。
一羽の鴉がロットを襲う! ロットは闇雲にサイコダガーを振るい、鴉を叩き落とす。ふとピコを見ると、三羽目の鴉に襲われそうになっていた。
「ピコ!」
ロットが思わず叫んだ。だが、駆けつけようにも間に合わないだろう。
「させません!」
ガーベット女史は一気にピコのそばに駆け寄り、一瞬で鴉を切り裂いた。教師のその身のこなしは超人的にすばやかった。
「せ、先生。助かりましたわ・・・・・・」
「残りを殲滅します。じっとしていなさい」
ガーベット女史はそういうとすばやい身のこなしで犬との間合いをつめて、一撃で切り裂いて倒してしまった。
敵は全滅した。
二人が教師の下に集まる。
「先生。今の身のこなしは一体なんですか?」
ロットが興奮気味に尋ねる。それは人間離れした動きだった。
「オーバーブーストと言う。瞬間的に瞬発力を上げる技です。闘錬では基礎学習しか教えないので学校では教えませんが、上級職学校に進学すれば学ぶ事ができるでしょう。そんな事より、二人とも。こんなところで何をやっているのですか!」
ガーベット女史が二人を叱った。
「せ、先生。私達は病毒に犯されたカルマの為に、第9990階層まで特効薬を取りに行くのですわ!」
ピコが慌てて説明した。
「なぜカルマが特定の病毒に犯されていることがわかったのですか? 病毒の同定をするだけでも大変な事。少なくともそのような事は教えていないはずですが」
ガーベット女史はピコの説明に納得しないようだった。
「先生。これです。この辞典で調べました」
ロットは諦めて魔物図鑑をガーベット女史に見せた。
「これは・・・・・・バイオモンスターの図鑑? なぜこんなものが・・・・・・そもそもバイオモンスターの研究は禁忌のはず。・・・・・・カルマが大怪我を負った事は知っていましたが、あなた達はあの研究跡地に侵入しましたね?」
ガーベット女史は怒っていた。進入禁止区域への無断侵入も罰せられてしかるべき事なのだ。
「もうしわけありません・・・・・・」
ピコが素直に謝った。
「あなたが謝ったところで、カルマの病毒が治るわけではありません。困りましたね。これでは確かに特効薬を取りに行かなければカルマは死んでしまうでしょう。・・・・・・あなた達は二人きりで三階層上の街まで行くつもりだったのですか?」
ガーベット女史の問いに二人は黙って頷いた。
「そうです。親に相談しても、ダメだと言われると思って黙って出てきました」
「ロット。事情がわかれば大人に相談すれば良いのです。そうすれば何らかの手立ては講じるはず。しかし、カルマの病毒がバイオモンスター研究所の魔物だと知られれば、街が混乱に包まれるのは必定。あそこは神の裁きを受けた地として知られていますからね。あなた達三人には追って処分が必要でしょうが、今はカルマの命を優先です。命は何より尊い。それが損なわれる事があってはなりません。特効薬を取ってきましょう。三階層上の街とは交流はありません。誰かが取って来る以外にない。それを人に頼めるものではないのなら、確かにあなた達二人が行く以外に無い。ならばわたくしも同行します」
ガーベット女史の申し出、それは意外なものだった。手助け得られないと思っていたからだ。
「先生、良いんですの?」
「ピコ。なんらよろしくはありませんよ。あなた達が立ち入り禁止区域に侵入した件、不問とは致しませんから覚悟なさい」
ガーベット女史は厳しい口調でそう語った。
「カルマが助かるなら何だっていいさ。行こうぜ!」
ロットは先を急ぐ選択をした。三人はそのまま中央エレベーターを目指す。