友を救う旅立ち
全ては終わってはいなかった。
三人が研究所へと侵入した翌日。ロットとピコはカルマの見舞いに病院を訪れた。病院の受付でカルマの名を出したが、面会謝絶となっているようだ。
「現在患者は高熱を出して安静にしています。お会いになる事は出来ません」
看護婦がきっぱりと告げる。
「なぜ高熱を出しているんですの!」
ロットとピコは納得がいっていなかった。カルマは昨日怪我を負っただけだ。熱を出すという事と因果関係がわからないのだ。
「現在抗生物質を投与して経過観察していますが、・・・・・・どうもこの近辺の階層にはいないバイオモンスターの病毒の影響かと。ですので今はお会いにはなれません。御引取りください」
「そんな! ロットは治るんですか!」
ロットが引き下がらずに看護婦に食い下がる。看護婦は困り顔を浮かべていたが、そこを医者が通りかかる。
「君達はその患者の知り合いかね?」
医者がロット達に尋ねた。
「はい、そうですわ!」
「そうか。君たちは何か知らんかね? 患者を襲った相手の事を。解毒剤がないのだよ。そもそも見当も付けられていないのだがね。・・・・・・あのバイオモンスター研究跡地から逃げ出したバイオモンスターがまだ巣食っていたのだろうか。そうなると患者を助ける事ができんのだよ。薬自体がこの階層には無いだろう」
医者が首を横に振った。打つ手なしといった風である。
ロットとピコは顔を見合わせた。想像以上に状況は悪いようだった。ロットとピコは医者達の前を立ち去り、病院の待合室の椅子に座って途方にくれる。
「困りましたわ! 地下にいたバイオモンスターが病毒持ちだっただなんて!」
「このままではカルマがヤバイな。俺達で何とかできないだろうか・・・・・・」
「どうすればよいかもわかりませんわ! そもそもあの化け物はなんなんですの?」
「医者すらもわからないようなものを、俺達がわかるわけが・・・・・・」
ロットはカルマの荷物を持ってきていた事を思い出した。そうだ。研究所で手に入れた魔物図鑑がある。ロットは背負い鞄から図鑑を取り出した。
「ロット、そんな本を取り出してどうしたんですの?」
「地下にいたバイオモンスターの情報もこの本にあるんじゃないかと思ってな!」
そういうとロットはぱらぱらと図鑑をめくりだした。ピコも覗き込む。
「あっ、このモンスターですわ!」
ピコが指差した先。そこにはまさにロット達が研究所の地下で戦った魔物の写真が載っていた。種を特定する個体名称は試験体2037と書かれている。培養槽のプレートの名称と同一だ。辞書には個体の特性が書かれていた。そしてその触手には病毒を持つと。病毒は1ヶ月の間熱にうなされ続け、やがて死に至るという。同位体は第9990階層に生息し、きわめて凶暴で人を襲うと書かれていた。病毒には特効薬「エルブレム」が存在し、第9990階層のラボで生産されている、とも記述されていた。混迷の暗黒のさなか、ほんの一筋の光明が見えた。
「これだな! 第9990階層のラボに行けば特効薬があるようだ。交易のない階層だから、誰かが直接行かなければいけない。俺はこれを取りに行こうと思う」
「別の階は勝手もわからないですし、危ないですわよ!」
「大丈夫さ。カルマのサイコダガーを借りるし、なんならサイコショットもある。俺は特効薬を買ってくる」
「なら私も付いて行きますわ。ロットだけでは不安ですもの」
ピコが胸に手を当ててにっこりと笑った。彼女もこのままじっとしている事はできないと思ったようだ。
「家族には黙って出発しようぜ。うち、門限あるんだよ。外泊も禁止なんだ。本当の事を言ったら反対されるに決まっているし」
「我が家もですわ。黙っていきましょう。もう出発しますの?」
「ああ」
ロットが背負い鞄を背負う。そして椅子から立ち上がった。ピコも慌ててロットの後を追う。
二人は街の循環バスでもっとも外周のバス停に降りる。そこは塔の中央エレベーターへと道が続く高級住宅地のある場所だった。中央エレベーターへたどり着くには、街から出てしばらく荒野を歩く必要がある。当然だがバイオモンスターの住処となっている。護衛も無しに移動をするのは危険とされている。
「ロット。徒歩で行きますの?」
「俺達は駆動車両の免許を持っていねぇだろう。公共機関は危険だから荒野を走らねぇし、歩いていくしかねぇさ。そもそも俺達は駆動車両の操作方法も知らねぇだろう」
「そうですわね。では、行きましょうか」
二人が街の外周の壁伝いに歩く。やがて門が見えてくるはずだ。バイオモンスターが入らないように門番はいるが、人間に対しての番ではないので出入り自由だった。
真っ直ぐ門を目指す二人の姿を、街中で見ている者がいた。二人はまだ気が付かない。
二人は荒野へと出た。そこには草木がまばらに生える場所。他に人造物は何もない。人の手が入っていないのだ。塔の中は完全に人間の勢力圏と言うわけではない。人知の及ばぬ土地もある。第9987階層は比較的人間の手で開墾された土地ではあるが、それでもこの有様なのだ。それもこれも、すべてはバイオモンスターの存在のせいである。
二人の旅が始まってすぐにそれは訪れた。
ピコがふと足元の影に気が付く。それは空を飛び交うモノだった。黒い影が飛んでいる。否、それは影ではなく黒い体をしたもの。カラスのようなバイオモンスター。そして地上には犬のようなバイオモンスターまでもが現われた。それぞれ三体ずつが行く手を阻む。
「ピコ。下がっていろ!」
ロットはサイコダガーを引き抜いた。ヴウウンと言う音と共に青い光が刀身を包む。
犬の魔物は散開し、逃げられないように周囲を囲む。そしてジリジリと距離を縮めてきている。「ウウウウ!」と唸り声を上げている。明確に敵意、害意、殺意が見て取れる。それは空のカラスの魔物も同じだった。だがこちらは犬の魔物のおこぼれに預かろうという狡猾さを持っているのだ。今のところ直接的に仕掛けてこようという意志は見えない。
「ガウウウウッ!」っと、一頭の犬の魔物がロットに飛び掛る!
「このやろうっ!」
ロットがサイコダガーで迎え撃つ! しかし、その攻撃は空振った。犬の魔物はその知性によって回避行動を取ったのだ。ただの野の獣にあらず。それはやはり怪物だった。