サイコショットの威力
翌日。ロットが目覚めた頃には塔の光源は再び灯っていた。昼の時間の到来である。
宿泊先を出た三人は町を出て西側の山へと向かう。目的地はそこにあるダムの管制塔。外部通信が効かないので手動切り替えを行うしかない。だが、街の人間の話を聞く分にはバイオモンスターが沢山出没し、危険で誰も近づけないのだという。
再び湿地帯を歩く羽目になったが、サイコバリアが泥や水を弾いてくれるので汚れる事はなかった。ガーベット女史のサイコバリアは他の二人と違い、球形のバリアとなっている。それはそれは見事な青い色をしていた。
「先生のサイコバリアって見事な球形だよな。何度まで敵の攻撃を阻めるのさ?」
ロットは自分の身を包む体に沿って展開されるサイコバリアを見ながらそう言った。
「7度までは防げます。球形にしているのはそれが楽だからです。慣れた者ならば、あなた達のように体に纏わり付かせるような形にしますよ」
「先生のは出力が強すぎてそうなっているんじゃないのさ?」
「そうですね。展開を抑えなければこうなります。ですが、これでは敵の攻撃に当たりやすくなるので、自分の身体すれすれの範囲にするのは合理的なのですよ。サイコバリアの使い方になれない者は自分の体を纏うようにするのが限界ですが、それはそれで合理的な展開の仕方なのですよ」
ガーベット女史が説明する。まるで闘錬の授業のようであった。
「しかし7回とはすごいですわね。私やロットは2回までが限界。どうすればそこまでの領域に達する事ができるのですか?」
「ピコ、これは毎日の鍛錬の賜物。全ては努力あるのみ。あなたは闘錬の修行なんかよりもパンを焼く修行の方を毎日やっているでしょう。人は何か一つに打ち込むほうがよい。ですので、ロット。あなたもあなたの得意とする何かを見つけなさい」
「うわっ、ピコの話がこっちに飛び火した!」
ロットは慌てた。得意な何かなんてものもみつかっていない。闘錬に打ち込んでいるが、それだってカルマには勝てないのだ。
「話を聞いていましたか、ロット?」
「聞いてますよぉ。俺だって基礎体術の練習くらいは毎日やっていますってんだ!」
「なら、それを誰にも負けないくらいのレベルまで高めなさい。それが生きる為の道になる」
ガーベット女史は道すがら、二人に授業を行っていたようだった。
そうして進むうちに湿地帯を抜けて山岳地帯へ入る。そこから先はダムまですぐのはずだった。
のそりと現われたのは羆ぐらいの大きさの巨大なバイオモンスター。豪腕。そして豪爪。その瞳は人間に対して明確な敵意を持っている。
三人が武器を抜き放つ。ヴヴヴンと青い刃が展開する。
「二人とも。この敵は危険です。下がっていなさい」
そういうとガーベット女史は一気にバイオモンスターに切りかかった。しかしその一撃をバイオモンスターは腕を振るい弾き飛ばす。流石のガーベット女史でも楽な相手ではないようだった。
何度も執拗に振るわれる豪腕。それをガーベット女史は的確に交わしていた。見事な足捌き、そして身のこなし。闘錬でも見せた事のない実戦的な動き。見慣れぬ教師の動きにロットとピコは目を奪われた。巨体の相手でも一歩もその場から引かない獅子奮迅の戦いぶり。
バイオモンスターが雄たけびを上げてその腕を横薙ぎに払う。しかし、ガーベット女史はバックステップでかわして、それから一気に距離をつめた。サイコソードの一撃がバイオモンスターのわき腹を切り裂いた。
しかし、なんという事だろうか。切り裂かれたバイオモンスターのわき腹はしゅわしゅわとあわ立ち、あっという間に傷を修復してしまう。
「再生能力!」
ガーベット女史が声を上げた。その声にロットとピコに緊張が走る。授業でも一度聞いたことがあった。傷をあっという間に治してしまうバイオモンスターがいると。その再生能力を超えたダメージを与えなければ倒す事はできない。非常に危険なバイオモンスターの例として授業では挙げられていた。それは一人で戦う類の敵ではないという事も。
「どうしよう、ロット。このままじゃ先生危ないかも・・・・・・」
ピコが不安そうな声を上げた。魔物は魔物。人の脅威。だから人々は気軽に階層間の移動もしない。手だれのガーベット女史であっても苦戦する相手は苦戦する。
「そうだ。俺にはあれがある!」
ロットは研究所の地下で手に入れたサイコショットを取り出した。そしてグリップを握る。
キュィイイイイイイと音が鳴る。そして、「エネルギー充填、100%」とアナウンスの声が流れた。
「よし、ロット。やっちゃえ!」
「先生、横に避けてくれ!」
ロットの声にガーベット女史は横へ避けた。そしてその直後に放たれるサイコショット。ドウッと言う音と共に光線がバイオモンスターを直撃する。大爆発。
あたりにはバラバラになったバイオモンスターが破片と散らばる。
「ロット、なんですか今のは!」
流石にガーベット女史も驚いたようだ。
「研究所の地下で手に入れたサイコショットです。威力が高すぎたなぁ。威力調整できるみたいだ。普段はもっと威力を下げておこう」
「サイコショットですって? そんな物を子供が所持していいわけ無いでしょう!」
「先生。サイコショットは普通貸与されないですが、所持そのものを禁止されているわけではないから問題ないはずですよ」
「それはそうですが、いまの威力は危険すぎます。・・・・・・ロット。人前でサイコショットを使うのは極力控えなさい。それは権力の象徴でもあるのです。管理局の人間に見つかったらいい顔されないでしょう」
「ええー。せっかく手に入れたのに!」
「元は立ち入り禁止区域に不法侵入して手に入れたもの。ならば限りなくグレーゾーンの代物です」
ガーベット女史はびしりと指摘した。だが、これはおそらくロットを思っての事だろう。
「へいへい、わかりましたよ」
そういうとロットはサイコショットを仕舞った。
「それはそれとして、厄介な相手を楽に倒せました。感謝しますよ」
「先生でもさっきのバイオモンスターは倒せないの?」
「ピコ。倒せない相手ではありませんよ。二度と立ち上がれないくらいに切り刻む必要はありましたからね。そうする必要が無くなり、楽になったという話です」
「先生に倒せない相手なんていないのかよ! すげーな先生!」
「私でも1万階以上の階層のバイオモンスターの相手はきついですよ。あれくらいの階層になると、出てくるのも正真正銘の化け物です。精神攻撃などもしてくるのですから」
「上流階層って怖いところだなぁ。俺達はまだ平穏なところに住んでいたんだな」
ロットとピコは身震いした。この世には本当に人間の手には負えない魔物がいる、と。
「それはさておき管制塔まではもうすぐです。先を急ぎましょう」
ガーベット女史は再び歩き始めた。彼女の目指す先にはコンクリートで打ち立てられた塔が立っている。間違いなくダムの水門の開閉を行っている場所だろう。
幸いのことだが管制塔まで向かう間、それ以上のバイオモンスターには襲われなかった。先ほどの巨体のバイオモンスターの縄張りだったのだろう。




