別階層の暮らし
「先生! こんな危険な事に首を突っ込むのかよ!」
ロットが叫ぶ。彼は理不尽な仕打ちを受け続けている事が我慢できなかった。
「そうですね。カルマの命を救うためです。多少危険な賭けですが、行う価値はあるかと。あなた達は付いて来なくて結構ですよ」
「そうはいかねぇぜ。元をただせば俺のせいなんだからよ。研究所に忍び込もうと言ったカルマを止めなかった俺が悪いんだ」
ロットが自分を省みる。サイコショット欲しさに話に乗った愚かさを呪っている。
「ロットだけじゃありませんわ! 私も二人を止めていればこんなことには・・・・・・」
「今は反省会の時間ではなく、これからどうすべきかを考える時間です。ならば危険を承知で臨むのみ。ピコ、このサイコダガーを渡しておきます。いざという時は自分の身は自分で守りなさい」
ガーベット女史は一振りのサイコダガーをピコに手渡した。
「先生、サイコダガーも持っていたのかよ」
「ロット、私は元々サイコソードとの二刀流です。ですが、これはピコに預けておきます。戦いに赴くというのならばそれ相応の備えが必要と言うもの」
「はい、先生。私、頑張ります!」
ピコは元気よく返事した。彼女も闘錬の授業はやっているので戦える。
三人がそんなやり取りをしていると、急にあたりが暗くなり始めた。塔の天井の光源が消えていっているのだ。
「二人とも。夜の時間となりました。今日はこの街に一泊していきましょう。まずは夕飯ですね」
三人は街の中央に向かう。そこには色々な屋台が出ていた。屋外で食事をしようというのだ。
クトプラック(豆腐や野菜。餅や春雨をピーナッツであえた料理)を手にしてロットが椅子に座った。他の二人は料理を買いに行っているようだ。仕方が無いのでロットは一人で待っていた。・・・・・・そこに、一人の男が通りすがる。年齢は60歳前後であろうか。
「もし、お若いの。少し話をよろしいかね?」
ロットは怪訝な表情で男を見た。
「なんすか?」
「お主は数奇な運命に見初められておる。このままでは厄介な出来事に巻き困れることとだろだろう。そう、精霊達が告げておる」
男はシャーマンであろうか。ロットは胡散臭そうに男を見た。
「すでに厄介ごとは起きているので、そんなこれ以上のことなんてないさ」
「ううむ。そなたは天秤の釣り合う選択肢に迷う事になろう。すなわち比べようも無いような、比較のしようも無いような。なし崩しの選択肢に流されて生きる事になろう。爺の世迷言と思うなかれよ。邪魔したな・・・・・・」
そういうと男は去って行った。
「なんだったんだ」
ロットはただ男の背姿を見送るばかりであった。
「ロット、おまたせいたしました! 先に食べていてって言われたわ。先生は宿を取っておくとのことですわ」
ピコが料理皿を手にして戻ってくる。
「初めての料理だ。見た事無いものばかりだぜ!」
「そうだね。新たなパンの為の勉強になるから素晴らしいですわ!」
二人は料理に口をつける。普段食べ慣れない料理ばかりなので、半分ずつ分け合ったりして料理を食べた。
この世界に住んでいる階層以外の階へと行くような習慣はない。大体の者が生まれた階層だけで暮らして死んでゆく。階層間を移動するのは物資の運搬をする者の少数、あるいは管理局に所属する上位官僚くらいだった。別段行き来が禁止されているわけではない。しかし危険を冒してまで移動する者はいない。街を出ればそこはバイオモンスターの巣なのだから。だから二人は今を楽しんでいる。
二人がきゃっきゃと食事を済ませていると、そこにガーベット女史が現われた。
「二人とも。明日は危険地帯に乗り込むので、今日は早めに休みますよ。食事が終わったようなら
宿へ案内します」
ガーベット女史はそういうと二人に早々に片付けるように命じた。二人は黙って従う。
そしてガーベット女史の案内で宿泊施設へと向かう。元々旅行などをするような人は少ないので、ビジネス向けのホテルが細々とやっているくらいだ。ガーベット女史がチェックインを済ませたのもそんなビジネスホテルだった。
ガーベット女史はピコの一緒の部屋。ロットは一人部屋をあてがわれた。
質素なベットだけがある飾り気の無い部屋。テレビと冷蔵庫は置いてあるが、他にはなにも無い。
ロットは見慣れないテレビ番組に夢中になったが、就寝したか様子を見に来たガーベット女史に怒られて、おとなしく寝る羽目となった。




