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街の事情

 中央エレベーターには街から5キロも離れたところにあった。しかし、そこにはガーベット女史の駆動車両で移動する事となった。

 駆動車両は装甲で武装されている。並みのバイオモンスターには襲われる心配も無いのだ。車両はそのまま巨大なエレベーターに乗り込んだ。エレベーターはフロアが100m×100m位のサイズの巨大なものだった。車両等を搭載したまま上下可能なのだ。

 一行を乗せた駆動車両はそのまま三階上の階層で降りる。そこは湿地帯のエリアだった。


「これでは駆動車両での移動はできませんね。二人とも、歩いていきましょう」


 ガーベット女史が中央エレベーターの脇の乾燥した土地の上に車両を置いた。ここからは楽な移動はできないようだ。

 ロットとピコも車両を降りる。ここからは徒歩となる。湿地帯の移動は慣れてはいなかった。


「二人とも。サイコバリアを展開しなさい。そうすれば靴の中に泥や水が入ってくる事はありません」


 そういうとガーベット女史はサイコバリアを展開した。二人も教師に習ってサイコバリアを展開する。

 そして湿地帯に足を踏み入れた。ガーベット女史の言うとおり、泥の中に足を突っ込んでも泥が靴の中にまでは入ってこなかった。


「これはいいや!」


 ロットがずかずかと調子に乗って歩いていく。


「ロット。この湿地には湿地の化け物がいる。油断しないように」


 ガーベット女史がロットを窘めた。

 湿地には足を取られる。すばやくは動けそうに無い。こんな所でバイオモンスターに襲われたら大変だろう。

 しかし、警戒して進みはしたが、街にたどり着くまでにモンスターに襲われることは無かった。

 第9990階層の街、エレドッグ。そこは湿地の中の街として知られていた。特産品は湿地で取れる蓮科の植物など。湿原のために病が発生しやすく、病気関連のラボが充実している。

 街中の路面は舗装されていた。流石に街中まで湿地と言うわけではない。街の建物は湿原に沈まないように軽量な石で建築されていた。


「うわぁ、生まれた階層と違う階層の街に来るのは初めてですわ!」

「俺もだよ! この階層は湿地だらけだし、俺達のような荒野とはまったく違うんだな」


 物珍しそうにきょろきょろしているロットとピコ。そんな二人を通行人は冷ややかな目で見ながら通り過ぎていく。二人があまりにも余所者感がありすぎるのだ。


「二人とも。観光に来たのではありませんよ。ラボに行きましょう。この湿地帯に住む病毒持ちのバイオモンスターの特効薬を入手するのです」


 ガーベット女史はそういうと、最寄の薬屋の中へと入っていった。

 ラボの中は飾り気の無い白い建物となっていた。どこか薬くさい。


「どんなご用件でございましょう?」


 カウンターで従業員の女が笑顔を差し向けてくる。


「このあたりに住むバイオモンスターの病毒の特効薬をいただきたいのです」


 ガーベット女史が交渉に当たる。


「このあたりの病毒をもったバイオモンスター、ですか。どのような姿をしておりましたか?」


 薬局の従業員が、近辺のバイオモンスターの一覧の写真を取り出した。

 ガーベット女史がロットとピコを見る。二人はカウンターに駆け寄った。


「これです! このバイオモンスターです!」


 ピコが一体のバイオモンスターを指差す。それは間違いなく研究所の地下で襲い掛かってきた触手を持ったバイオモンスターだった。


「こちらの、ですか。かしこまりました。ただいまご用意いたします。その前に、住民カードの提示をお願い致します」


 ガーベット女史が身分証の住人カードを差し出した。薬局の従業員がカードリーダーにかざした。

 ピッという音が鳴る。その後にピロリロリンという、何か不吉な音。


「あら、・・・・・・下の階層の方でしたか。申し訳ございません。現在薬をお買い上げになることは出来ません」


 従業員はすっと住民カードを返却してそう答えた。


「なぜ! なぜダメなんですか!」


 ロットが思わず反応する。


「そう申されましても、決まりでそうなっておりますので・・・・・・」


 従業員が困り顔をした。


「そうですね。低い階層の者に薬剤を販売してはならないと言う法はなかったはず。どういう了見でしょうか?」


 ガーベット女史も納得がいかないようで尋ねた。


「・・・・・・実は、街の上流のダムで異変がありまして、薬工場に引き込んでいる工業用水が使えなくなってしまっているのです。それで当面の間、薬はこの階の住人以上の階層の者にしか販売しないようにと決定されたのです。ですので、薬をお売りする事はできません」


 薬局の人間は暗に階層間の差別を含んだ住民の意思決定の話をしていた。


「なぜ上の階の人間はよくて、俺達はダメなんだ!」


 当然ロットは食い下がる。背景に下層の人間への軽視という見下しがある事を察する事ができないのだ。


「ロット、おやめなさい」


 背景を把握するガーベット女史がロットを引き止めた。


「だがよ、先生!」

「そのダムの問題が解決すれば問題は無いのでしょう。事情を伺いましょうか」


 ガーベット女史は一歩話を踏み込んだ。そもそもの異変とはなんなのか、である。

 従業員の女が話すには、ダムの制御装置が不具合で閉門してしまい水が供給されないのだという。通信は遮断されてしまっている為に現地に赴かなければ開門できないが、その途上でバイオモンスターの群れがたむろしていて人員を派遣できないのだという。


「そんなバイオモンスターを蹴散らせないのかよ!」


 ロットがいきり立つ。彼は自分の住む階層に巣食うバイオモンスターしか知らなかった。もっと強大な危険性を持つ個体の群れを知らないのだ。


「おやめなさい。・・・・・・さて、では我々がそのダムを開門できれば、あなた方は私達に薬を売る事ができる。そう考えても差し支えないでしょうか?」


 ガーベット女史は本題を切り出した。この問題に介入するつもりのようだ。


「少々お待ちください・・・・・・」


 従業員はどこかへと電話をする。上の人間の判断を仰いでいるようだった。電話から声がもれ聞こえてくる。危険な目に遭うのは下の階層の人間なんだから止める理由はない。解決するのならなお良しだと。

 ピコも、特にロットが、であるが彼らは居心地の悪い想いを感じていた。どこまでも自分達の扱いがひどいのだ。

 やがて従業員の電話が切られる。


「さて、どうでしたか?」


 ガーベット女史が話を促がすと、従業員は頷いた。


「はい。その条件ででしたら問題は無いそうです。ですが、途中で力及ばず戻られた時に、あなた方に薬が必要になったとしてもお売りは出来ないとの事です。向かわれるのであれば覚悟のうえでお願い致します」


 従業員は冷ややかな宣告をしてきた。毒をもつバイオモンスターが多いこの地方で、毒に侵されても解毒薬は処方できないというのだ。それは死の宣告に等しい。


「そうですか。決まりを承知で行くのであれば、仕方が無いと言う話ですね」


 そう言ってガーベット女史は引き下がる。


「・・・・・・街の調査員達も戻らないのです。出来ればで構いませんので、彼らの安否確認もお願いできないでしょうか?」

「・・・・・・わかりました」


 ガーベット女史は短く返事を返した。協力は出来ないと言っていながら助けを求める厚顔さにたいしては何か言いたげであったが、彼女は大人の対応をした。


「では、この解毒剤をお持ちください。湿地帯の毒をもつ生物達の毒を中和する万能解毒剤です」


 従業員は三本の解毒薬を手渡してきた。


「よろしいのですか? 下の階層の者には販売できないのでは?」


 ガーベット女史は解毒薬を受け取った。


「構いません。わたくしが個人用に買った物をどうしようが、わたくしの勝手でございましょう。せめてこれくらいのご協力をさせていただかなくては」

「・・・・・・ありがとうございます」


 三人は薬局を後にして、一旦通りの片隅に集まった。


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