籠の中の小鳥たち
遥か未来。人々は巨大な塔の中に住んでいた。それはもはや天を貫き、雲の上まで聳え立つ高さだった。
第9987階層。そこは塔の中階層クラスの上位に当たる。階層の特徴は無い。中階層の住民は自分達で必要な物は自らが生産して暮らしている。上階層の者達は低階層から物資を収奪して暮らしているが、そんな搾取を受けてはいない。してもいない。
世界の果ての壁がある麓。そこに辺境の町は存在した。農業と畜産業を営む者が多い。それほど規模は大きくはない町だった。
ぴーちちちち。小鳥達が天井のある空の下を飛び交う。世界はまるで巨大な鳥かごだ。真に自由の空を鳥達は知らない。人もまた、同じであろう。
街は半球形の建物が並ぶ。丸い窓がついている。街中は清掃ロボットが走り回り、とても綺麗なものだった。道路は無人運転のマイクロバスが走っている。ほぼ自動化されているようだ。人の営みは地球のそれと変わらない。ともすると、それは地球の未来の姿を思わせる。飽くなき発展の先に人々は自らの世界を作り出したのだろうか。天候も水も空気も完全に塔の管理制御下に置かれている。人は自然をも支配したようだ。今は昼の時間。太陽光と同様の明かりをもたらすソーラーライトが地上をあまねく照らしている。
そのまた外れの町外れ。大きな牧舎を抱える家があった。牧舎は箱型をしている。中には羊達がいた。それは地球にいた羊とまったく同じ姿をしていた。
牧場の脇道を女の子が歩いている。年齢は15、6歳くらいであろうか。
「おじゃましまーす!」
女の子が家の玄関から声をかけた。玄関をあけて出てきたのは女性。
「あら、ピコちゃん。今日も来てくれたのね。・・・・・・ロットー! 早くなさい! ピコちゃんが来てくれているわよ!」
女性はどうやら母親のようだった。家の奥から寝癖がついた頭のままの少年が出てくる。
「聞こえてるよ! 今行くよ」
ロットと呼ばれた少年が、鞄を手に取りボーラーハットを被った。
「やだ、ロットったら、寝癖をごまかす為に帽子を被っていらしたの?」
ピコがくすりと笑った。ロットのだらしなさがおかしいのだ。
「ほんと、我が息子ながら恥ずかしいわぁ。こんなので大人になってもやっていけるのかしら」
母親が腕組みをしながら心配そうに息子を見る。
「16歳になったら大人の仲間入りですものね。学校卒業も、もうすぐになりますわね」
ピコが母親に答えた。少年と少女はまだ学生の身分のようだった。
「準備おっけー。行こうぜ」
ロットが家を駆け出していった。母親が「いってらっしゃい」と手を振る。
ロットとピコは牧場を出てすぐのバス停に並んだ。しばらくして学生向けの黄色いシャトルバスが到着する。二人は乗り込んでいった。
シャトルバスは完全自動運転。決められた順路を巡回しているのだ。行き着く先は学校だろう。何せ、乗っている乗客は全員学生なのだから。
「やぁ、お二人さん。こっちこっち」
バスの席で手を振る少年がいた。
「カルマ。お前はいつも座れていいよな」
ロットが少年に声をかけた。
「ははっ、うちはバスの始発が近いものでね。ある種の特権さ!」
座っていた少年、カルマが笑った。背丈はロットより高く、くせっ毛の強い茶髪が目立つ。「カルマのおうちは消防士ですもの。街全域の主要設備があるエリアの近くに家があるから当然ですわ」
「うらやましいぜー。俺とピコは町外れの方だもんな」
「うちのパン屋も街の中央に店を構えられたら、もっとお客が来そうですのに。残念ですわ」
ピコの家はパン屋だった。彼女自身もパンを作るのが大好きだ。ロットやカルマの昼飯にとパンをよく持ってきてくれる。
「あーあ。俺ももっと不便じゃない地域に住んでみたいな」
ロットがぼやいた。
「ロット。君の家は羊の牧畜をやっているだろう。大きな土地が必要になる。町外れ以外は無理なんじゃないかい?」
「カルマ。俺は羊の牧畜農家なんて引き継ぎたくねぇんだよ。俺はガーダーになる!」
ガーダーとは塔のエレベーターなどを守護するガードマンである。要人警護なども行うことがある。当然危険な仕事なのだ。しかし、ロットがガーダーになりたいといったのにはわけがあった。
「普通は家の仕事を引き継ぐしかないですものね。しかし、ガーダーなら学校の闘錬大会で優勝すれば、特例で推薦を受ける事ができる。つまり、ロットは学園最強を目指すってことですの?」
ピコの言うとおり、塔の中の住人に職業選択の自由は無い。そこで目指すのがガーダーなのだ。ガーダーは才能さえあればの前提が付くが、唯一自由意志で選択できる職業。
「そっか。ならロットは僕のライバルだね。僕もガーダーを目指しているから。闘錬じゃあ僕は負けないよ」
カルマが自信満々に語る。彼は優等生だ。座学も闘錬もそつなくこなす。そして成績は最優秀。顔がハンサムなのと相まって、クラスではモテモテのパーフェクトボーイだった。
「へへっ、闘錬じゃあいつもカルマに負けているけれど、俺だっていつかは勝てるようになって見せるぜ!」
ロットとカルマの戦績はロットの1勝398敗だった。絶賛398連敗中。
「ふふふ、今のままじゃあ僕がガーダーの座を掻っ攫っちゃうよ。もっと心身共に鍛えなきゃ僕には勝てないだろうね!」
「こいつぅ! 言わせておけば!」
ロットとカルマがじゃれあっている。
「ほらほら、御二人とも。そろそろ学校に着きますわよ」
バスは大きな学校の前に到着しようとしていた。自動ドアが開き、乗客が次々と降りていく。三人もそのままバスを降りた。