邂逅
その頃、由佳は太宰府天満宮に来ていた。
どうにも不安で居ても立っても居られなくなって、善訓が無事に帰ってくるように神様にお願いしようと思ったのだ。
(私に出来るのは神頼みぐらいだもの)
手水舎で手と口を清め、神前に進む。
姿勢を正しゆっくり二拝し、柏手を打つ。
ぱんっ ぱんっ
(どうか善訓が無事に帰りますように)
最後にゆっくり一拝をすると、ビュウ…と強い風が吹いた。
「その願い、聞き届けたり!」
背後で突然声が聞こえたので驚き思わず振り返る。
そこには時代劇で見るような帽子を被り、着物を着た老齢の男性が立っていた。
(いつのまに後ろに…?それにこの格好は)
「お主の願い、叶えて進ぜよう!ほっほっほっ」
老人は優しい笑顔で笑った。
「あ、あの、どちら様でしょうか」
老人はニコニコしながら答えた。
「今し方おぬしが願った神ぢゃ!ほっほっ」
(神様?え?突然何を言ってるのこの人。近所のボケ老人かしら。にしても変な笑い方をするおじいさんだなぁ)
「ワシはボケてなぞおらんぞ。それに変な笑い方とは失礼なおなごぢゃ。ほっほっほっ」
(え?なんで私の考えていることが分かったの?まさか心を読まれてるとか?)
「おぬしの思考はワシにはすべて筒抜けぢゃ!ほっほっほっ」
由佳は唖然とした。突然現れたこの老人は自分を神と称し、どうやら私の心を読んでいる。
(ここに祀られている神様といえば…)
「そうぢゃ!何を隠そう!ワシは菅原道真なのぢゃ!」
老人はえっへんしながらほっほっほと笑っている。
由佳は初対面のこの老人が嘘を言っているようには思えなかった。
新卒時代から看護師として内科病棟勤務をしていた由佳は老人との折衝を数え切れない程してきた。
虚言癖のある老人やボケ老人の妄想はそれはもうたくさんみてきた。
(でもこの人はそういう人達とは違う…)
それに、目の前にいる一見普通の老人の中に何とも言えない神々しさのようなものを感じる。
(たぶんこの老人の言っていることは本当だ)
「ようやく信じたようぢゃのう。ワシがおぬしの伴侶が無事に帰れるよう手助けをして進ぜよう」
「そのかわり、ひとつワシからお願いがあるのぢゃ。交換条件というわけぢゃな。ほっほっほっ」
「は、はい!お願いします!善訓が無事に戻れるなら何でもします!必要なら私の命を捧げても!」
「何を言うておる。ワシはそのような大きな対価を求めるような無慈悲な神ではないのぢゃ。それにおぬしに死なれては困るのぢゃ」
「なあに、簡単なお願いぢゃ。今回の事が済んだら善訓をここに連れてきてほしいのぢゃ」
「そ、それだけでいいんですか…?」
「そうぢゃ!ほっほっほっ」
「わ、わかりました!必ず連れてきます!」
「よしよし。よろしく頼むのぢゃ!ほっほっほっ」
またビュウ…と強い風が吹いた。思わず顔を背ける。
…再び顔を上げるともうそこに老人はいなかった。
主要人物紹介
菅原道真:太宰府天満宮に祀られている神。元は平安時代の貴族で醍醐天皇の右大臣をしていたが、謀反の疑いで太宰府に左遷される。死後に怨霊と化したが、天満天神として祀られることで神となった。学問や受験を司る。