犬と団子
父と共に地下に降り、ケルベロスの前に立つ。
グルル…グオォ…
青白く眩い光に囚われたケルベロスは、こちらに気付くなり耳を立て牙を剥き低い声で唸る。
尻尾の振り方も硬い。
これはかなり警戒している様子だ。
3年前に初めて見た時は驚いてすぐに部屋から出てしまったが、改めてじっくり観察してみる。
美しいシルバーブルーの毛並みに燃えるような赤い鬣と尻尾。
三つの首には濃い珈琲色の光沢のある首輪、そこに鎖が巻き付いている。
ケルベロスは封印時の姿のままらしく傷だらけで如何にも弱っている様子だが、威厳すら感じるその巨体と迫力には圧倒される。
そしてよく観察した所、あることに気づいた。
(コレどう見てもまんまあの台に出てくるケルベロスやん…)
これは一体どういうことなのか。
神話に出てくるケルベロスは尻尾が蛇だというのが定説だが、目の前の魔獣の姿はよくパチンコ屋で見た馴染み深いあの犬である。
俺は元の世界ではパチスロが大好きで、このケルベロスが出てくる台をよく打っていた時期がある。
その時に何度も何度も繰り返し、目に焼きつくぐらいコイツを見たから見間違いなどでは無い。
その鳴き声すらも脳内で再生出来るほどだ。
しかし当然ながらこの世界にパチスロなんて物はない。
「父上。あの魔獣の尻尾は蛇ですか?」
「いや、赤い尾に見えるぞ。蛇ではない」
「そうですか…」
どうやら人によって見え方が違うわけでもないようだ。
(もしかしてコイツはこの世界の魔物じゃないんじゃないか…?)
いくら考えても結論は出ない。
とにかくこの世界は分からないことだらけだ。
三ツ首の魔獣を観察しながら、この調子ならペルセポネやハーデスがいつ出てきてもおかしくないな、などと考えていると魔獣の唸り声がピタッと止んだ。
どうしたのかと顔を見ると、六つの瞳が一点を見つめていた。
お腰につけたきび団子だ。
正確には霊薬だが。
(釣れた!)
(犬は鼻が効くからこの甘くて美味そうな香りはたまらんだろう。鼻も三つあるし)
「ケルベロスよ。これが欲しいのか?」
霊薬を入れた袋を腰から外すと胸の前に持ってくる。
ケルベロスの目線は明らかに霊薬を追っていた。
童話と同じであれば必ず食いつくと考えていたが、ここまで思い通りになるとは。
「欲しいならくれてやる」
ケルベロスは今までの警戒心は何処へやら、アオォン!と嬉しそうに声をあげ千切れんばかりに尻尾を振っている。
言葉が通じているのかは分からないがコミュニケーションは問題なく取れるようだ。
(しかし、これは完全に犬だな。ちょっと可愛いかも…)
「ゴホン。ただし条件がある」
ケルベロスは不安を感じているのか、その巨体に似合わず頭を下げ目を逸らしキュンキュンと鳴いている。
(コ、コイツ可愛すぎないか…?)
こちらも内心キュンキュンしながら条件を話す。
「俺の仲間になって一緒に鬼退治をしてくれ。それがこれをくれてや」
アオン!
言い終わる前に食い気味に返事をするケルベロス。
しまいにはゴロンと横になり腹を見せている。
(チ、チョロスギィ!)
「約束だぞ!いいな!」
アオン!
「よし!食え!」
と言うと俺は三つの口目掛けて霊薬を投げた。
ケルベロスは嬉しそうに全ての霊薬をキャッチすると、例の如く恍惚の表情でゆっくり味わって咀嚼している。
ア…アオ…アオン
(犬もアホになるようだ)
至福の食事を終え、すっかり傷の癒えたケルベロスは封印の壁に手をつき尻尾をブンブン振っている。
アナライズには使役中の表示。
問題なく使役に成功したようだ。
「父上。使役が完了しました。約束通り封印を解いていただけますか」
「わ、分かった…」
父が何やら手で印を結んで、ふんとその手をかざすと封印がアッサリ消えた。
(あれ、今の見た事あるような)
封印が解けた瞬間、ワフ!とケルベロスが飛びかかってきた!
一瞬驚いたが、ケルベロスは俺にスリスリしたかっただけのようだ。
よしよし、と頭を撫でるとワン!と喜び尻尾を振った。
「上手くいきましたね、父上」
…そう言って振り返ると父は腰を抜かしていた。




