交渉
「…というわけで、鬼ノ城を根城にしている温羅という鬼の討伐に向かいたいと思っております。」
「うむ。よかろう。温羅討伐はお前に任せた」
俺は都に戻り、ことの顛末の報告と、あるお願いをしていた。
「ところで父上。お願いがあるのですが」
「何だ。申してみよ」
「実は小鬼討伐の際に持たせていただいた霊薬を使い果たしてしまいました。宜しければ温羅討伐にいくつか追加で頂戴できませんか」
「ふむ…霊薬は大変貴重な品だが…。まあ、あれはそもそも今回平定したムラが生産地ゆえ今後は生産も捗るであろうな…」
「よかろう。持ってゆくがよい」
「ありがとうございます。それともう一つ」
「ふむ、今度は何だ」
「…地下の魔獣の封印を解いていただきたいのです」
「なに…?それはならん!あれは先代でも封印するのがやっとであった強力な魔獣だぞ!解き放てば都が滅ぶやもしれん!絶対にそのような事はあってはならんのだ!」
普段は穏やかで怒った姿など見た事もない父が烈火の如く怒り出す。
「はい、そのことはよく存じております。ただ魔獣の封印を解いただけならば、父上の仰る通り、都が滅んでしまうかもしれません」
怒っている相手の主張は絶対に否定したりムキになって言い返したりせず、肯定することが交渉を成功させる上での鉄則。
なぜならいくら怒っていても、その主張をまるきり肯定されると怒りの矛先を向ける場がなくなり大抵の相手は落ち着くからだ。
こちらと元々信頼関係があり、さらに賢い相手なら尚更だ。
そして冷静になった相手はこちらが何を考えているのか、何を言いたいのか必ず疑問に思う。
「…では何故そのようなことを」
こんなふうに。
相手が質問をしてきたら、答えつつ自分の主張の正当性や必要性を相手の逃げ道を塞ぐように一気に畳み掛ける。
「温羅という鬼はこちらに罠を張るような狡猾な魔物であり、かつ長年の修行を積んだ高僧を倒すなど、その戦闘力も相当なものです」
交渉の成功の為には話を少し盛ることも必要だ。
「そして鬼ノ城を中心に大きな縄張りを持ち、配下の鬼も多くいます」
「さらに先日の小鬼討伐の際に現れた鬼に対して、私が連れた精鋭の戦士達は全く歯が立たず、敵に一矢報いることもかなわず全滅してしまいました」
「父上のように特殊な訓練を長くしてきた剣の達人ならともかく、普通の人間には鬼は倒せませんし、今からそのような訓練を施す時間もありません」
自然な流れで相手に特別感を持たせるヨイショも織り交ぜる。
相応の根拠を示したらあとは提案だ。
「温羅討伐にはあの魔獣の力が必要なのです。それに、私であれば奴を従えることができます」
「なに?どういうことだ」
「こちらをご覧下さい。ゴクウ、鳴女、出ろ」
指示を出すとゴクウと鳴女が俺の後ろに音もなく現れる。
ゴクウは人と同じぐらいに小さくなっていた。
コイツは身体の大きさをある程度変化させる事が出来るらしい。
鳴女は大きな雉の姿だ。
「な…何だこ奴らは?!」
(そりゃ驚くわな。目の前に突然魔物が現れたんだから)
俺はこの交渉を上手く進めるために、魔物を仲間にしたことは報告の際にあえて伏せておいたのだ。
交渉はサプライズがあればより有利になる。
「父上、大丈夫です。この者達は魔物ではありますが私の仲間です。ゴクウは狒々、鳴女は雉の化身です。二人とは小鬼討伐の際に出会いました。そして同じ目的を持つ者として我々は契約を交わし、共に温羅討伐に向かうことになりました」
俺は二人との出会いの経緯や目的を手短かに説明した。
父は口を開けた表情で唖然としながらも頷きはしている。
一応話は理解しているようだ。
「この者達であれば鬼とも対等以上に戦えます。ですが戦力は多ければ多いほど良い」
「それに、魔獣が地下からいなくなれば父上の管理の負担も格段に減るでしょう」
要求を呑んだ場合の相手のメリットも提示しておく。
「父上。魔物と契約を交わせるのはごく限られた人間だけです」
「私にあの魔獣を使役する機会をいただきたい。使役に失敗するようであれば封印は解かなくて結構でございます」
交渉は先に無茶な提案をして拒否させておいて、最後に少し譲歩した案を出すのが定石。
そうすれば相手は主導権を持っていると感じ、こちらの要求を呑みやすくなる。
リスクが殆どないような要求なら尚更。
「…分かった。試してみるがよい。」
しばしの間をおいて父は答えた。
…営業マンはこのようにして契約を取るのだ。
「ありがとうございます、父上」
「ふむ!そういえば私はお前に口で勝ったことがないのだったな!最初からこうなることは分かっていたのだろう。可愛くない奴め!」
そう言って父は楽しそうに笑った。




