拝啓、悪女だったあなたへ〜運命を呪いきれない私より〜
「あなたにはこの子の母親になってほしいの」
彼女は愛おしそうにわずかに大きくなった自身の腹を撫でながら言った。
「どのような意味……ですか」
王太子が学園での青春を謳歌した結果生まれた、婚約者争いという名の茶番劇。天才魔術師と呼ばれ国民の支持を集めただけの聖女役の私と、類い稀なる才覚と美貌を持ち幼い頃から高位貴族としての教育を受けた悪女役の彼女。
結果は彼女の圧倒的な勝利だった。
婚約者争いで生じたすべての問題を完璧に解決した彼女はとても優雅で尚且つ恐ろしくもあった。学園の卒業とともに私と彼女の関係は聖女と悪女から王室魔術師と王太子妃へと変化したのだった。
「わかっているでしょう」
美しい笑みをこちらに向ける彼女。王太子妃付きの医術師は王室魔術師の管轄である。報告は上がってきていた。
「私がなんとかします」
「えぇ、あなたのことは信じているわ」
「それなら……なぜ」
彼女の顔から笑みが消える。
「あなたのこと、信じているの。正しく現状を把握する力があるとね」
思わず言葉につまると、彼女は再び笑みを浮かべ、頷いた。
「そう、それでいいのよ」
だから、お願いね。そう続けると、美しい所作で白湯のはいったカップに口をつける。
「王室魔術師の誓約をお忘れですか……」
王室魔術師は王族との婚姻は出来ない。私はもう王太子と結婚できないのだ。
「殿下にはもう話をしてあるわ、この子は魔術師の養子になるの。次の妃候補はもう見繕っているから安心なさい」
「どういう」
「この子は女の子よ、後継者にはならない。でも私は死ぬの」
あぁ、この冷静さが判断力が私は恐ろしかったのだ。それと同時に危ういと思っていたのだ。
気にかけていたつもりだった。私が彼女の一番の味方であると信じていた。
しかし彼女は一人で自身の運命を受け入れ、子の命とその後の人生を思案し、答えをだしてから私を頼った。
彼女にとって私はいつまでも甘ったれた聖女のままらしい。
あぁ、本当に私が聖女のままであれば。神にこの身を捧げれば。この運命は訪れることはなかったのだろうか。
「わかりました。そのお話、お受けいたします。誠心誠意、立派な魔術師に育て上げましょう」
そう答えると、彼女は静かに頭を下げた。
「あなたの気持ちを利用して人生を奪う私を、許さないでいて」
「無礼を承知で……許す日など、来ないでしょう」
これはかつての私たちが呪った運命の末路なのだ。
部屋を退室し、そっと見えないように服の下につけているネックレスに触れる。彼女とのすこしの友情と呪いの証。
かつて親友だった私たち。役割を演じることを選び、決別を選んだ私たち。そして、別れを拒んだ私たち。
すべての選択を一つずつ積み上げて、最後に出来上がったものに私たちは名前をつけた。
「愛していた」
それはどちらの言葉だったか。いや、私たちではない、どこかの誰かの言葉だったかもしれない。
王太子妃の国葬は伝統に則って行われた。彼女の好きではない色の花に囲まれて、彼女の好きではない色のドレスに身を包み、彼女の好きではない、いや、大嫌いな、涙で溢れていた。
彼女の子は私の子として扱われるよう念入りに根回しされた。
死因が子の存在を決定づけると、妊娠も出産の事実もなぜ彼女が死んだのかすらも彼女の両親は知ることはない。
彼女の名は歴史の泥に沈む。
幼子を胸に抱き、前に進む。
愛しい私たちの子が健やかであるように、運命なんてものに憎しみを持たぬように。
最期を悟ったときでさえも、本当の言葉を伝えることをためらった彼女。
許さないでなんて、なんてわかりやすいのだろう。
『私を、忘れないで』
『一生、忘れることはないよ』
拝啓 悪女だったあなたへ
私はあなたとともに、この子と歩いて生きていくわ。
聖女だった私より 敬具
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