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小雪も凛も紫苑の話を真剣に耳を傾ける。特に小雪は今までの出来事が全て納得がいったようで話し終えると額に手を当てて苦笑いを浮かべた。
「どうりで次から次へと御当主様方があんたを追って現れたわけだ」
「姉さん達にまで迷惑をおかけしてすいません……」
「あんたが気にやむ事じゃないよ、いつだって男どもは自分勝手に動くものさ。それより紫苑、あんた妖猫の御当主についてどれだけ情報を持ってる?あそこはこの曼珠の園とは違った危険があるからね」
小雪はそういうと凛に何やら巻物のようなものをここに広げるよう指示する。
三人の前に広げられた巻物には人らしき名前がいくつも書かれており、その名前を結ぶように複雑に線が走っている。
「これは妖猫の御当主の周りの人物の関係性をまとめたものだよ。いいかい?妖猫の御当主には現在正妻はいない。けど、側室は三十二人いるんだ」
いきなり告げられた事実に思わず声が出てしまう。
「え!?三十二人も御側室がいるって……」
「妖猫の一族は慈愛深い一族として知られているんだよ。まあ、簡単にいうと博愛主義とも言えるかもね。代々側室の数が多く、七妖の中でも特に後継者争いが絶えない一族としても知られてるんだ」
そんな苛烈な後継者争いが日常的に行われている一族の中に紅は何の庇護も持たずに放り込まれたのだ。
小雪は続けて現在の妖猫の御当主の側近たちの情報をわかりやすく説明する。
現在当主に次ぐ地位を得ているのは茶々《ちゃちゃ》という女御だ。茶々の他に雛菊、蓬という側室がいてこの三人が屋敷内の実権を握っている。
下の里の管理は本来は正妻の勤めだが、妖猫の当主には正妻はいないため現状は上の位につく三名の側室が管理をしている。
側室の他にも気をつけなければならないのが当主の懐刀である最側近の燈骨だ。
彼は一見どこにでもいる優男に見えるが、実状は違う。
情報収集に長けており、一族のためならば笑顔で幼な子も殺すようなそんな奴だ。
小雪から一通りの妖猫の一族の情報を教えてもらうと、紫苑が想像していたよりも恐ろしい所へ足を踏み入れるのだと理解し血の気が引くのを感じる。
「大丈夫さ!だからこうして私たちが選ばれたんだよ。ただの侍女としてではなく、紫苑の身の安全を守りながらも手助けができるようにってね」
「選ばれたということは、姉さん達に今回の仕事を頼んだのは……」
「そうさ、店に直接御当主様の使いが来てね。紫苑のために登楼してほしいってさ。もちろん、たんまり報酬はいただくけどね」
月天は紫苑が小雪達に合わせて欲しいと何度も願ったことを忘れてはいなかったのだ。
それどころかこうして、正式な形で誰も口出しができないように全ての根回しをしてくれたいたのだ。
「何から何まで皆さんに助けられてばかりで、本当に私は進歩がない……」
紫苑が自分のことばかり考えている間もこうして月天や小雪達は紫苑のことを思って行動してくれていたというのに……。自分の情けなさに嫌気がする。
「それだよ!あんたのそのなんでも自分の所為にする癖!それこそ直すべきだね!紫苑の置かれた状況で自分のことを心配しない奴なんかいるもんか。あんたの行動は至って普通のことだ、それよりもこれからどうするかが大事だろ?ぐちぐち悩んでないでこれからの事を考えた方が有意義だろ?」
そうだ、こんなことで一々悩んでいる場合じゃない。振り返るのは全て終わった後で十分だ。
紫苑は瞳に溜まった涙を拭うと、小雪と凛を見つめる。
「小雪姉さん、凛。どうか力を貸してください」
「何をいうかと思えば……当たり前だよ」
「そうでありんす!そのために来んした」
「ありがとうございます」
◇◇◇
小雪達との顔合わせを無事に終えると、その翌日から小雪達は黄金について見習い期間が始まった。
そのおかげで天神祭に向けた出発までに小雪達との打ち合わせも進み、気づけば出発は明日へと迫っていた。
「紫苑、入るよ?」
最後の授業が無事に終わり月天の自室で休んでいると思わぬ声がかかる。
「あ、はい!どうぞ」
このところ月天は忙しいようでこうして夢幻楼の月天の自室まで訪ねてくるのは久しぶりだ。
逸る鼓動を抑えながらも声のした方へと近寄る。すると、紫苑の気配を感じ取っていたのか月天は部屋に入るとすぐに紫苑の腰を抱き寄せた。
「ここのところずっと会いに来れずすまない、天神祭のことで上ノ国で色々と済ませなければならないことがあってね」
いつものごとく流れるような所作で紫苑の髪を一束掬うと軽く口付けて微笑みかける。
「私が用意した侍女達は気に入ってくれたかい?」
思わず見入ってしまうほどの優美な仕草に一瞬惚けてしまうが、かけられた言葉にハッとし慌ててお礼を言う。
「そうでした!ありがとうございます、私がずっと小雪姉さん達のことを気にしていたから」
月天の気持ちが嬉しくて思わず月天の胸の前で軽く握られたままの両手をぎゅっと強く握りしめる。
「紫苑、立話もなんだからあちらで少し話そうか」
いつの間にか自分の方から月天の体にくっ付くようにして寄り添っている体勢に気づき紫苑は慌てて距離を取ろうとするが、月天の軽々抱き上げられて近くのソファに降ろされる。
紫苑をソファに下ろすと月天は近くにある茶器を術で生み出したモノ達に運ばせあっという間に御茶請けの準備まで済ませてしまった。
「今日も講義が入っていて疲れたろう?菓子でもつまみながら少し話そうか」
いつの間にか準備をしていた影達の姿は消え、部屋には月天と紫苑の二人だけになった。
「いよいよ明日ここを発つが、不安なことはないかい?」
今日まで月天が紫苑のために色々と手を尽くしてくれていることは小雪から聞いて知っている。
本音は不安な事だらけでいっそのことどこかに逃げ出してしまいたい位だが、母の事や紅の事を放って逃げ出すなどできない。
紫苑は精一杯の笑みを浮かべて月天に心配しないでと答える。
「紫苑、本当は君をこの園から出すのは嫌なんだ。私の力が及ばないばかりに君に負担をかけてしまって申し訳ない。天神祭でのお役目は双子が中心となって執り行うことになっているから、君は自分の身の安全だけを第一に考えていて欲しい」
言葉の端々に悔しさを滲ませてそう言う月天の姿は紫苑が夢で見た幼い頃の月天の姿とどこか重なり思わず月天の手を握る。
「大丈夫です、今回の天神祭は私のとっても自分を知るいい機会だと思います。現に天神祭のおかげで知ることのなかった他の一族のことやこの幽世のことも知ることができました」
「……君はいつもそうだね」
「え?」
「いや、それより最後に妖猫の一族と夜市について警告をしておこうと思って今日は来たんだ」
月天はそう言うと紫苑がどこまで小雪から内情を聞いているか確認し、それを補うように話始める。
「雪江から聞いている情報は大方あっているが、一番気を付けないとならないのは琥珀だ。あいつは化け猫よろしくいつも猫を被っているからそうと気付かないがああ見えて気性が荒い。数百年前には大きな村一つ焼け野原にしたほどだ」
数回会っただけだが、琥珀は月天や白桜と違い社交性もありどちらかというと争いを嫌っているのかと思っていたので月天から言われた言葉は驚きだった。
「村を焼け野原にしたとはどういうことですか?」
「昔琥珀が気に入っていた人間の女がいたのだが、その女がある事件のせいで死んでね。それが琥珀の逆鱗に触れたらしく由縁のあった村が一晩のうちに焼け野原になったと言う話さ。まあ、その気持ちは分からなくもない。私も万が一紫苑の身に何かあれば村一つでは済まないだろうからね」
軽い冗談話のように笑って話す月天を見てやはり自分の感覚とはかけ離れているなと思いつつ、話の先を促す。
「琥珀はその一件以降とにかく大人扱いされるのを嫌がるようになってね、彼奴の地雷を踏もうものならその者の首は地に転がるだろう。だから紫苑、この曼珠の園を出てからは決して琥珀を『大人』扱いしてはいけないよ」
「そんな、いくらなんでも私よりも目上の方をそのように扱うなんて……」
「あぁ、君は人間の性が強いからそう思うのかもしれないが我々大妖怪と言われる妖怪は非常に傲慢で我儘なんだよ。その日の気分次第で周りの者の命を刈り取るなんて息をするのと同じくらいの感覚さ。だからこそ付け入る隙を与えないよう気をつける必要がある」
「そんなこと言って私を脅しているだけですよね?」
苦笑いを浮かべて月天から距離を取ろうとするが、握った手を引き寄せられ顔と顔が近くまで寄る。
「紫苑、忘れたのかい私がこの園でしてきた事を」
見つめ合った月天の瞳はいつもと違っていて、それは獰猛な獣が獲物を見つめる目とそっくりだった。
慌てて手を振り払い距離を取ると、月天の瞳はいつも通りの柔らかなものに変わっており思わずほっと小さく息を吐いてしまう。
「紫苑、君を脅すわけではないがこの曼珠の園を一歩でも出ると私の庇護も薄まる。だからこそ誰にもつけ入られないように気を付けて欲しい。それと、夜市に入る時は絶対に雪江を共に連れて行くように。妖猫の一族の者は誰も信用できない、特に琥珀と二人では絶対に行かないように」
「御当主さまの琥珀様と二人で夜市に行くようなことはないと思いますよ。月天様は心配しすぎです」
「私の心配が杞憂で終わればいいのだが、今回の一件はどうも気になることが多すぎる。こちらのことが済み次第私も紫苑の元へ向かうから、絶対に無理はしないでおくれ」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついにあと1話で第1部の幽世の花街編完結です!
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続編も執筆中ですので是非とも応援よろしくお願いします。




