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答えた紫苑の瞳には、もう迷いは無く先ほどまで不安げに揺れていたのが嘘かのように力強く琥珀を正面から見つめ返す。
(へぇ、たかが人間のくせに面白いじゃん)
琥珀は笑みを深めるとそれは良かったと紫苑の手を握ろうとするが、それは月天から飛んできた扇子のせいで止められる。
「誰が触れることを許した?……天神祭の件はあらかた承知したが、紫苑が行くとなるとこちらからもいくつか条件を出させてもらう。まずは、紫苑の側付きには双子をおく。それに加え、天神祭の警備諸々は双子直轄の部下のみで構成する。そして、妖猫の屋敷に滞在中は紫苑を私の婚約者としてくれぐれも丁重に扱うように」
月天から出された条件は妖猫の一族にとって決して良い条件とは言えないものも、今回に限っては人の子である紫苑を借りることができなければもっと面倒なことになる。
琥珀は渋々ながらも承諾すると、後の細かな条件や契約については追って公式文書にて知らせると言い挨拶もほどほどにして部屋を出て行った。
「月天様、我が里を出るまで監視しますか?」
琥珀たちが出て行った後を見てすぐに白夜がそう言うが月天は放っておけと言い羽織っていた黒羽織を乱雑に脱ぎ捨てる。
「して、ここに呼ばれた理由は分かっているな?」
少し着物を着崩して脇息にもたれ掛かる姿は何とも優美で、思わず見惚れてしまう。
(こんなに何をしてても様になるなんて……あれ?いつからだろうこんなに月天様の事を目で追うようになったのは)
「紫苑?」
思わず見入ってしまっていると怪訝な顔で名前を呼ばれてしまった。
「あっ、ごめんなさい……。ここに呼ばれた理由は言いつけを破って上ノ国のお屋敷まで来たからですよね」
月天は今日何度目になるかと言うため息をついてからいつもの優しい声ではなく、当主らしい圧を感じさせるような声で話す。
「あまりにも私の言う事が聞けないようであれば、紫苑を閉じ込めなければならなくなる。分かるだろ?この幽世は人の子姿である紫苑にとって危険なモノばかりだ。次、私との約束を違えれば泣こうが喚こうが無理にでも安全な箱庭に閉じ込める。分かったね?」
否とは言わせない雰囲気に紫苑はただ縦に首を振り頷く。
「それと、正式に婚約の儀を行うまでは決してこの上ノ国へは足を踏み入れないこと。下の里と違いこの上ノ国は生粋の妖のみが生活している、正式な身分のないまま足を踏み入れれば何をされても文句は言えない。分かったね?」
「……わかりました」
紫苑は渋々ながらも頷くと月天はとりあえずは納得したようで、視線を紫苑から双子へと移す。
「此度の勝手な行動、決して許されるものではないと分かっているな?」
双子はすぐさま短く返事をすると、深々と頭を下げたまま月天の言葉を待つ。
「お前たちのことだ、黒子の動きを封じるためこの上ノ国までやって来たのだろうが、今後は慎重に動くことだ。お前たち双子はまだ考えが幼すぎる部分がある。今回は琥珀だったからまだ良いものも……これが大天狗や白桜であれば今頃紫苑はどうなっていたか分からない」
いつもであればすぐに処罰を言いつけて部屋から追い出すのが常なのに、今回ばかりは月天も考えを改めたのか珍しく双子の意を汲んだ話し方をする。
「黒子が動き出した今、私が心から信頼できるのはお前たち双子と黄金だけだ。これからは決して私のこの信頼を裏切るような真似はするな」
『御意』
深く頭を下げて傅く双子の肩は小さく震えていた。
◇◇◇
月天との話を終えると、紫苑はすぐに月天によって夢幻楼の月天の自室へとおくられた。
月天は今日の件が片付くまでは上ノ国のお屋敷を離れるわけにはいかないらしく、その間の身の回りの世話は引き続き黄金と双子を置いてくれた。
部屋に帰ると黄金は目に涙をいっぱい溜めながら、紫苑に抱きついてくる。
いつも冷静な黄金がこんなに心配するほどのことを自分はしてしまったのかと思うと、もう二度とこんな心配をかけるようなことはしないでおこうと思う。
この幽世にきて自分を取り巻く環境だけでは無く、今まで知ることのなかった自分の本当の秘密を少しだが知ることができた。
このまま、この幽世で生きていくのか、人世に戻り前と同じ生活を選ぶのか現段階ではまだ分からないが今できることを精一杯やろうと決意を胸に長い長い一日を終えたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
今月中には完結です!
第二部の夜市編は夏辺りには公開できればと思っています。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです!
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