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黄金が双子を部屋から追い出すと、月天に抱き抱えられる様にしてソファの上に座らされる。
黄金がすぐにお茶の用意をしに下がり、月天は優しげな笑みを浮かべ甘い声色で問いかけてくる。
「紫苑、術を返したばかりで疲れているところ悪いのだが……夢の中で何があったのか教えてくれないか?」
紫苑は月天の瞳を見てから頷くと、夢の中であった出来事を包み隠さず全て話す。
「……と言う訳なんです」
紫苑が話を終えると、月天は何やら少し考えこむそぶりを見せ、紫苑に今日は疲れただろうからゆっくり休むようにと言って紫苑をようやく膝の上から下ろしてくれた。
「白桜たちはもう曼珠の園から出て行った。夢の中に入り込まれる心配はもう無いからゆっくりお休み」
紫苑の額に軽く唇を落とすと月天はそのまま振り返らずに部屋を出て行った。
その日は嫌に静かな夜で寝ようとする程目が冴えてなかなか眠れなかった。
◇◇◇
翌日朝目覚めると、何やら隣の応接室のほうが慌しいことに気づく。
いつもなら紫苑の眠りを妨げないようにと黄金が静かに食事や衣類の準備をしているのだが、今日はどうやら数名の侍女たちが出入りして何か準備をしているようだ。
いつもと違う雰囲気に不安になりながら応接室へと行くと、慌ただしく行き来している黄金が紫苑に気づきすぐにそばに来てくれる。
「おはようございます紫苑様。よく眠れましたか?」
紫苑はあいさつを返し曖昧に微笑むと、それよりも今日はなぜこんなに慌ただしく侍女達が働いているのかと聞く。
「騒々しくしてしまい申し訳ありません。実は昨晩の件でこちらの月天様の自室に白桜様の残り香が残ってしまったので調度品など全て新しい物とお取り返しているのですよ。もう少しで終わりますので」
人間の鼻ではいつもと同じ香り以外に感じるものはないのだが、どうやら妖狐の鼻には鬼の残り香が残っているらしい。
それにしても、香りが少し気になるからと言って調度品など全て入れ替えるなどよほど白桜のことが嫌いなのか……それとも妖怪というもの自体が他の妖怪の痕跡を嫌うのか……人間の紫苑には共感できないことばかりだ。
いつもより忙しそうにしている侍女たちの姿を見て、このままここに居ても気を遣わせるだけかと思い黄金に双子の元に様子を見に行きたいと言う。
黄金は少し困ったような表情をしてから、月天の許可がなければこの部屋から紫苑を出すことはできないと申し訳なさそうに謝られる。
「代わりと言ってはなんですが、月天様へ手紙を書かれてはいかがでしょうか?本日は月天様は上ノ国のお屋敷にお戻りになっているのでこちらに戻って来れるのは何時になるか分かりませんので」
黄金に勧められるまま取り替えられた真新しい文机に座らせられると、曼珠沙華の花が透かしで入っている便箋を用意される。
「では紫苑様、お手紙ができましたらお声がけください」
黄金はそういうと相変わらず忙しく行き交う侍女たちの中へと消えていく。
手紙を書いたらどうかと言われても、ほとんど毎日のように顔を合わせる月天へ何を書いたらいいものかと頭を悩ませていると部屋の入り口の方から今まで感じたことのない気配があることに気づく。
紫苑が警戒して入り口の方を見るとそこには狐の半面をつけた線の細い男が立っていた。
男は侍女たちに軽く挨拶をしながら紫苑の座る文机の方へと迷いなく進んでくる。
「おはよう御座います紫苑様。昨晩は何やら大変な目に遭われたとか……」
男の態度はどこか飄々としており、今まであったどの妖怪にも感じなかった得体の知れない気味悪さを覚える。
「あの……失礼ですがどなたでしょうか?以前お会いしたことが?」
紫苑が恐る恐る尋ねると、男は仰々しく礼をとり名を名乗る。
「これは失礼しました。私、月天様の配下の一人で黒子と申します。以後お見知り置きを」
黒子はそう言い深い笑みを浮かべる。半面の隙間から見える瞳は三日月のように細められておりこの状況でなければ人の良さそうな人物に見えただろう。
これ以上この男の側に居るべきではないと本能的に察すると、紫苑は文机の上に置いてあった適当な本を手に取り挨拶もそこそこにこの場を切り上げようとする。
「おや?紫苑様は特級呪術に興味がおありですか?でしたら余計に天神祭のお役目は魅力的なのでは?」
紫苑が手に取った本は特級呪術に関する呪術書のようで、どうやら月天の私物のようだ。
紫苑は曖昧に笑ってその場を凌ごうとするが、黒子はそんな紫苑の気持ちなど気付かないまま話を続ける。
「特級呪術といえば、昔鬼の一族に輿入れした人間の娘が大層な呪術師だったらしく珍しい特級呪術を使っていたと聞きましたね。なんでも時を渡るとか」
黒子の口からでた情報に紫苑は思わず聞き返してしまう。
「その鬼の一族に輿入れした人間の娘って何という名前かわかりますか?」
もしかしたら母の情報を何か得ることができるかもと期待して聞き返すが、黒子は名前までは覚えていないらしく曖昧な返事しかもらえない。
「紫苑様は鬼の一族に興味がおありで?ならば天神祭の時に解放される夜市に行かれると良いですよ。あそこは自分の望むモノを与えてくれる場所ですから」
「けど夜市は妖猫の一族の許可を得た者しか出入りできないと聞きましたが?」
以前幻灯楼で聞いた夜市の話を思い出してそう言うと、黒子は笑いながら天神祭のことを話しだす。
天神祭は七日間行われる大きなお祭りで妖猫の一族が取り仕切る区画で行われる。夜市もその区画に入っており天神祭の開催期間中は夜市への出入り口が全ての者に解放されて様々な時空、場所と繋がるらしい。
そのため、天神祭の期間中は問題が起きやすくそれを取り締まる警備や護衛の任を各里持ち回りで受け持っているのだ。
今年は妖狐の里の番らしく、例年でいうと月天がその仕事を行うらしいのだが先日の顔見せの際に天神祭のお役目を紫苑にやらせては?と黒子が言ったため棚上げになっているようだ。
「私は紫苑様が憎くてあの様なことを言った訳ではありませんよ?ああでも言わなければ月天様は旧派閥の者達を力で捩じ伏せ無理にでも話をおすすめになったでしょう。そうなれば一族間に深い亀裂が走ります。紫苑様と月天様のことを想えばこそ天神祭という大きな舞台で目に見える成果を残すことがお二人にとって良いと思ったのです」
黒子はもっともらしい言葉を並べているが、どうしてもこの男を取り巻く胡散臭さが紫苑の警戒心を刺激する。
「あぁ、そうそうそれと、誰も教えてくれないと思いますので私がこっそりお教えしますが……」
そう言って黒子は紫苑の耳元へ顔を寄せると意地の悪い笑みを浮かべ囁く。
「何やら月天様はここ最近起きた一連の責を取って尾を一つ落とされるとか」
黒子はそれだけ言うと、ここに来た時と同じ笑みを浮かべ紫苑に恭しく礼をしてから背を向けて歩き出す。
「待ってください!それってどう言う事ですか!!」
紫苑が慌てて黒子を引き止めようとするが、黒子の姿はあっという間に侍女達の姿にかき消されて居なくなってしまった。




