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月天に手を引かれ部屋の中に入ると仕事用の机の上にはまだ書類や巻物などが山積みにされたままだ。
(こんな遅くまで仕事してるんだ……)
宗介の姿の時もこの夢幻楼に来てからも紫苑は月天の働いている姿を見たことがなかったので、何だか不思議な気持ちになる。
「ほら、ここに座ってくれ。それにしても、肩掛けを羽織って寒いのか?」
季節はもうすぐ本格的な夏が始まろうとしているくらいだ、寒いわけがない。
正直まったく寒くはないが、この肩掛けを脱いだら下着同然の薄い寝衣になってしまうのでなんとしても月天が寝るまではこのままでいたい。
「少し湯冷めしてしまったようです」
紫苑はなんとか笑顔を取り繕って返事をするが、月天にはお見通しのようだ。
「そんなに警戒しなくても今晩は何もしない。ただ側で一緒にいてくれるだけで十分だ」
月天はそう言って紫苑の髪を撫でる。
「俄もやっと終わったことだ、これでしばらくは二人でゆっくり出来る」
そう言って笑いかけてくれた月天の表情を見ると、紫苑の中で誰かの面影と重なる。
思い出せそうなのに肝心の顔や名前が思い出せない。
突然ズキズキと痛み出した頭を片手で抑えると月天が心配そうに紫苑を覗き込む。
「何か思い出したのか?」
「いいえ、ただ何か思い出しそうな感じはあったのですが考えると頭痛がして」
「焦らなくてもいい、今夜はもう休もう」
月天はその場で軽々と紫苑を横抱きにすると隣りにある寝室へと紫苑を運び込む。
薄暗く部屋の隅に蝋燭が灯された部屋の中心に几帳で囲われた寝台が見える。
月天は優しく寝台のうえに紫苑を下ろすと側に腰をかける。
紫苑は慌てて起きあがろうとするが月天によってそれを止められる。
「何もしない。ただ私の隣にいておくれ」
紫苑を安心させるように、子供にするそれと同じような手つきで頭を撫でる。
(何だかこうしていると安心する)
「そう言えば、月天様は何歳なんですか?妖は長生きとは聞きますが」
「私の歳か?確か七百とちょっとくらいだった気がするな……」
「え?七百歳ってことですか?」
「七妖の里の当主になる者はだいたい数千を軽く超えるほどは生きるから私などまだ若い方だ」
妖といえどもせいぜい百や二百年くらいまでしか生きないと思っていたので想像を絶する答えに紫苑は驚きを隠せない。
「そういう紫苑も私よりも少し若いくらいだから、本来であれば四百ほどだったはずだ。まあ、七百や四百と言っても人の年齢で言えば十代、二十代くらいのものだからあまり気にする必要はないと思うぞ?」
「そうなんですね……もし私が本来の鬼の姿に戻ったら体の成長も今までとは変わってしまうのでしょうか?」
「そうだな、鬼の一族は七妖の中でも長寿な方だから老化の速度はかなり緩やかになるだろうな」
月天に頭を撫でられながらたわいもないことを話しているといつの間にか安心してしまい、紫苑はうとうととしはじめる。
紫苑の緊張がとけたのを確認すると月天はできるだけ物音を立てないように紫苑の隣に身を滑り込ませる。
紫苑が頑なに握っていた肩掛けを外してやり、布団をかけてやる。
「月天様……ありがとうございます……」
紫苑はそういうと今まで見せたことがない屈託の無い笑顔を月天に見せ、そのまま深い夢の中へと落ちていった。
紫苑がすっかり寝入ってしまうと月天は布団の中で紫苑の身体を優しく抱きしめる。
昔は紫苑と自分はさほど変わらない大きさだったのに、いつの間にか二人の体格差は大きくなり今ではすっぽりと紫苑を抱き抱えれるほどまで月天は大きくなってしまった。
「やっとこの手で抱きしめることができた」
月天は紫苑を優しく抱きしめながら、紫苑の髪や首筋の匂いを嗅ぐ。
首筋から鎖骨へと顔を動かすと我慢できずにそっと紫苑の鎖骨に口付けをする。
眠っている紫苑は少し身じろぎはしたが起きる様子はない。
一瞬月天の頭にこのまま紫苑の身体を自分のものにしてしまおうかと邪な考えがよぎるが、なんとか理性を取り戻し少しはだけた寝衣の合わせ目を整えてやる。
「何もしないとは言ったが、こうも無防備に寝られては逆に手が出しにくいではないか」
もし、紫苑がこちらを意識して逃げる素振りを見せたら多少強引にでも自分のものにしてしまおうと思っていたが、あんなに純粋な笑顔を見せられては約束を破ることなどできない。
月天はなんとか昂ぶった自分の心を押さえると、紫苑の身体を抱きしめて大人しく寝顔を眺め続けた。




