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いつの間にか道中は終わりに近づき、夢幻楼の前までたどり着く。
時間にしてほんの一刻ほどにも関わらず半日ほど歩いていたんじゃないかというほど気疲れしてしまった。
しかし、本番はこれからなのだ。あくまでも道中は一般客向けの催しであって本当に疲れるのはこれからだ。
先に夢幻楼についた曙楼と月紗楼の花魁達はすでに夢幻楼の前にかかる太鼓橋を渡っており夢幻楼の正面玄関の前で待っている。
太鼓橋の前で用意された履物に取り替えると小雪を先頭にして太鼓橋を渡る。
緊張しつつ太鼓橋に足を踏み込むと一瞬ぐにゃりと足元がぬかるみに入り込んだような錯覚に陥る。
「ここからは御当主様の結界の中だ、気を緩めると飲み込まれるよ」
小雪は前を見据えたまま自分の後ろに続く紫苑達にそういうと歩みを止めることなく太鼓橋を渡り切る。
太鼓橋を渡りきり夢幻楼の敷地内に入るとそこは同じ曼珠の園の中とは思えないほど空気が澄んでいてまさに聖域という言葉がしっくりくるほど澱みや汚れというものがなかった。
夢幻楼の正面玄関には左右に列をなすように狐の面をした者達がずらりと並んでいる。
遠くで俄の初日を彩る祭囃子などが聞こえてくるが夢幻楼の敷地内は静寂に包まれており一言も発する者はいない。
正面で迎えの者を待つ花魁達の隣に小雪が加わると玄関傍に立つ者が己の手に持った錫杖の様なものをシャンッとひと鳴らしする。
音が静寂の中響くと玄関の奥から数名の従者を引き連れた狐の反面をつけた者が現れる。
紫苑は小雪の後ろからこっそり前の方を盗み見るとちょうど玄関から半面をつけた少年風の者が現れるところでその姿を見て息を呑む。
(ッ!あの人は前幻灯楼の前に立っていた人と同じ……?)
以前、なかなか寝付けず通りを眺めていた時に妖狐の者らしき姿を見たことがあったのだ。
紫苑は思わず、すぐさま小雪の後ろに隠れて顔を下に向ける。
「本日はようこそおいでくださいました。ここからは御当主の側近を務めます私、白夜とこちらの極夜がご案内いたします」
白い狐の反面に白金の背中までかかる長髪の白夜と名乗った青年がそういうと後ろに付き従っていた従者たちは紫苑達の後ろに控える。
「では参りましょうか。詳しいお話は歩きながらさせていただきます」
白夜と極夜は予定の人数が揃っているのを確認すると踵を返し夢幻楼の屋敷の中へと入っていく。
白夜たちの後に続くように曙楼、月紗楼の花魁たちが屋敷に入っていくと続いて小雪もそれに従う。
屋敷の中に入るとそこには左右、正面と長い廊下が続いており不思議な雰囲気が満ちている。まるで迷路の中にでも入り込んでしまったかの様だ。
「これよりいく場所は聖域となりますのでどうぞそちらの足袋をお使いください」
紫苑たちの周りに控えていた従者から人数分の足袋を渡されると、紫苑はすぐに小雪のそばに立ち小雪に肩を貸す。
小雪が片足ずつあげるのに合わせて凛と紅が小雪に足袋を履かせる。花魁道中のための打掛はは普段着る物よりも特に重く一人ではしゃがんだりすることは困難なのだ。
全員が支度を済ませるのを確認すると白夜は正面の大きな廊下を歩き出す。
それに従って正面の廊下を歩き出すとしばらくすると廊下の左手側が硝子戸になっており中庭の様子が見える。
中にはには色とりどりの季節の花が咲き乱れており極楽浄土があるならばきっとこのような風景をしているに違いない。
紫苑は少しするとこれだけの人数がいるにも関わらず着物の擦れる音と簪がしゃらしゃらと鳴る音だけが聞こえるこの異様な状態に気づく。
(確か私の後ろにも四人くらい従者の方がいたはず……)
紫苑が自分の後ろが気になって首を捻り後ろに人がいるか確認すると、そこには誰もおらず何もない廊下があるだけだ。
いつの間にか自分の後ろにいたはずの従者の姿がなくなっていることに気づき少し驚くが、それよりも紫苑を驚かせることが起きた。
今さっき歩いてきた廊下は左手が硝子戸になっていてそこからは中庭が見えていたのに、今自分が振り返って見ているのは左右とも壁に覆われており遠くに突き当たりが見えている。
「え!?」
思わず声が出てしまい慌てて両手で口元を押さえるが、先頭を歩く白夜と極夜にも聞こえたらしく皆の視線が紫苑に注がれる。
「どうかしましたか?」
白夜が抑揚のない声で紫苑に問いかける。
紫苑は気恥ずかしさを感じつつもこのまま黙っていたら心証を悪くするのではないかと思いなんとか言葉を紡ぐ。
「すみません、通ってきた道が変わっていたもので……」
くすくすくす……。
どこからともなく女の忍び笑いが聞こえてきて紫苑は俯いてしまう。
「あぁ、貴女は人の子でしたね。この夢幻楼の中は曼珠の園と同様に御当主の術により複雑に入れ替わるようになっています。なので私からくれぐれも離れないようお願いしますね」
紫苑がこくこくと頷き返すのを確認すると白夜は再び歩き出す。玄関を出て五分ほど歩くと正面に赤い毛氈が敷かれた幅にして二間はあろうかという立派な階段が見えてくる。
白夜と極夜は階段の前までくると歩みを止めて全員ついてきているか確認する。
「ここより先は御当主様の特殊な術の中へと入ります。皆様方こちらをどうぞ」
白夜がそういうと隣に立っていた極夜は懐から人数分の札を出して一人ずつ持たせる。
最後に紫苑の元にきて札を渡す時、仮面越しでもわかるほどの敵意を向けられ思わず一歩後ずさるといつの間にか後ろに立っていた白夜にぶつかってしまう。
「あ、すいません」
紫苑は慌ててぶつかってしまった背後の白夜に頭を下げるが白夜は紫苑の方を見ることなく元居た位置へと戻ってしまった。
「では、今お渡しした札を自分の左掌の上においてください」
全員が指示に従い渡された札を掌に置くと極夜が素早く印を結ぶ。極夜の印に合わせて札は燃え上がると自分の掌には墨で書いた様な目が現れる。
手のひらの目はぎょろぎょろと四方を確認するように動いており正直気持ちが悪い。
「そちらの術は貴女方を常に見ています。くれぐれもおかしなことはしないように。では先に進みましょうか」
承諾もなしにいきなり呪詛を刻まれ息を呑む音が聞こえるが、花魁方は表情を一切崩さずいつも通りの笑みを浮かべている。
紫苑は自分の掌に刻まれた目が何故かずっと自分方だけを見ていることを気にしつつも遅れないようにと小雪たちの後に続いた。




