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昼に小雪から聞かされた話はどれも突拍子もなさすぎて自分のことなのにどこか他人事のように思えるから不思議だ。
今思い返せば、夢の話をした時も背中の呪印について聞いた時も母はいつも私をはぐらかすようなことばかり言って詳しくは何も教えてくれなかった。
もし夢の内容が自分に封印されている鬼のものだとしたら私は夢の中で鬼の体に入り込んで追体験をしていたということになるのだろうか?
けど、どの夢も紫苑自身どこか懐かしいようにさえ感じる夢で、とても他人の記憶とは思えないのだ。
これ以上考えても答えが出るわけではないと一旦そのことを考えるのはやめて、この後来るユウキ様とのことを考える。
ユウキ様とは座敷で顔を合わせるだけの関係で親しいわけでもないのだが、なぜ自分のような人間の娘を身請けしたいなどと申し出たんだろう……。
以前小雪姉さんが言っていたように犬神の妖なら人の子である紫苑を喰いたいがために身請けを申し出たのではないか?そんなことを考えていると凛と紅が自分を呼ぶ声がする。
「はーい!今行くわー」
自分を呼ぶ声がする小雪の部屋まで行くとそこには新しい着物がずらりと並んでいて凛と紅が嬉しそうにはしゃいでいる。
「ユウキ様からの贈り物でありんす!わっちらの着物や帯まであるなんてユウキ様は本当に素敵な殿方でありんす!」
一目で見てもかなり上等な着物がずらりと並んでおり驚くが、肝心の小雪はというとあまり嬉しそうな感じはしない。
紫苑が着物には興味がないとばかりに外を眺めながら煙管をふかす小雪の様子を気にかけていると凛が小声で紫苑に話しかける。
「小雪姉さんはあまりユウキ様のことは好かないんでありんすよ……ユウキ様からはどうも鬼の」
凛が続けて話そうとするが小雪がそれを止めるかのように紫苑達に今日の座敷はそこの着物を着て出るようにと言うと、自分は隣の部屋にすでに用意されている着物に袖を通し着付け師に着付けてもらう。
小雪の着付けが終わると紫苑たちもユウキ様から届いた着物を着付けてもらい座敷の準備をする。
しばらくして、月が高くのぼりあたりが暗くなるとユウキ様が来たと見世のものが部屋まで呼びに来る。
いつもであれば紫苑達が先に座敷に上がって小雪が来るまでの間相手をするのだが、今日は珍しく最初から小雪が座敷に上がるという。
小雪に付き従い座敷まで行くと座敷にはいつもと同じように柔らかな笑みを浮かべたユウキ様が一人で座っている。
小雪が笑みを浮かべて滑るようにユウキ様の元に行くと紫苑たちはすぐに酒やつまみの用意を整える。
「ユウキ様前回はわっちに会うことなく帰られるなんて、どれだけわっちが傷ついたことか……」
小雪は扇で口元を隠してしくしくと悲しそうな表情でユウキ様を見上げる。
「あぁ、小雪花魁には悪いことをしたね。お詫びじゃないが贈った着物は気に入っていただけたかな?」
紫苑達はユウキから送られてきた着物を着ているが小雪は送られてきた着物ではなく他の着物を身に纏っている。
「あれでわっちの機嫌をとったつもりでありんすか?わっちのことを思うならもっと態度で見せて欲しいものでありんす」
小雪は先ほどまでの悲しそうな表情ではなく悪女のような思わず見入ってしまいそうになる蠱惑的な表情をユウキに向ける。
ユウキはそんな小雪の表情を近くで見ても全く態度を変えずにそれでは次は総仕舞いでも付けようか?と小雪の調子に乗せられることなく話を交わしていく。
しばらく小雪とユウキ様のお互いの腹を探り合うような会話が続いたかと思うと急に紫苑に話がふられる。
「今日来たのは話は聞いていると思うけど、観月を正式に落籍したいと思ってね。どうだろう?こう見えても私はこの下の里ではそこそこ名の通った家柄だ君には何も不自由な思いはさせないと誓うよ」
ユウキ様が紫苑にそういうと小雪は一瞬底冷えするような冷たい視線をユウキ様に向けるがすぐに何事もなかったかのように振る舞う。
「ユウキ様、観月はまだ新造出しも終えてない身。せめて新造出しを済ませてからではだめでありんしょうか?」
小雪がそういうとユウキは少し困ったような表情を浮かべる。
「もちろん、待ってあげたい気持ちはあるのだがそうも言ってられなくてね……どうだろう?僕の元に来てくれないだろうか?」
自分を見つめる真剣な表情に思わず飲まれそうになるが、紫苑は心に決めていた言葉を返す。
「ユウキ様の申し出はありがたいのですが、私はもう少しここで人里に帰る方法を探してみたいと思います。すいません」
紫苑が頭を下げるとユウキは小さく息を吐き、困ったものだねと呟く。
紫苑とユウキの様子を見ていた小雪がユウキ様に声をかけようとするが、一階の方から騒がしい声が聞こえてきて話が中断される。
「なんだい騒がしいね、凛ちょっと様子を見てきておくれ」
小雪に言われて凛が部屋の外に出て行く。
「今日は観月の身請けの話をしたくてきたようなものだからこのへんで帰るとするよ」
ユウキはそう言って立ちあがろうとするが小雪がそれを止める。
「前回といい今回もわっちを置いて帰るとおっしゃるんでありんすか?こうも毎度振られてはわっちの面目が立ちんせん」
小雪がユウキの袖を掴み引き止めているとバタバタと数名の足音が近づき声かけもそこそこに部屋の戸を開けて見世の者が入ってくる。
勢いよく開いた襖に驚いて小雪と紫苑が廊下の方へ視線を逸らしている隙にユウキは通りに面している部屋の窓に足をかけて紫苑の方を振り返る。
カタリと小さな音に気付き紫苑が振り返ると今にも窓から飛び降りてしまいそうなユウキ様と視線が交わる。
「近々お迎えにあがります。それまでどうか御身を大切になさってください」
そこにいたのは今まで見てきた優しげな笑みを浮かべたユウキ様ではなく、表情を一切消し射るような鋭い瞳を紫苑に向ける男がそこにいた。
紫苑が言葉を発するよりも早くユウキ様はそのまま窓から飛び降りる。紫苑は慌てて窓辺に走り寄り窓の外を見るが通りには妖達が楽しげに行き交うだけでユウキの姿は見えなかった。




