25
昔々、下の里の外れに若く美しい妖狐の女がいた。女は美しい外見をしていたが妖力はほとんど無く見た目も黒髪に黒い瞳と人間のようだったため周囲の目を避けるようにして城下町から逃げてきた。
そんな女の話を聞きつけ、ある力のある大妖が女のもとへやって来た。
大妖はすぐに女を気にいり嫌がる女を連れ自分の屋敷の中に囲った。
しばらくすると女は身篭り、月が煌々と輝く満月の夜に男の子を産んだ。
女は子供を産むとそのまま息を引き取り、子供は大妖の後継として屋敷に迎え入れられた。
しかし、男の子は母に似て美しい容姿をしていたが黒髪に黒い瞳。そして何よりも妖力をほとんど持たなかったため次第に屋敷の中でも疎まれるようになる。
男の子が五つ程になると、屋敷の者達は誰も男の子を相手にすることがなくなり男の子は一人ひっそり屋敷の離れにある蔵の中で過ごすようになった。
暗く誰もいない蔵の中で過ごす夜はとても寂しく男の子はただ自分の身を抱えて小さくなって過ごすしかすべは残されていなかった。
そんな自分の存在など無いかのように過ぎていく世界を変えてくれたのは一人の女の子でした。
女の子はどこからかやって来て男の子の友達になってくれました。
女の子と過ごす日々は男の子の今まで白黒だった世界を描き替えて美しい世界を与えてくれました。
しかし、そんな幸せな日々は長くは続きません。
ある日女の子の家族がやって来て女の子を連れて行ってしまいました。
男の子はどうにかしてもう一度女の子と会えるようにと懸命に考えましたが時は過ぎるばかりで女の子に会うことはできません。
男の子がようやく力をつけて女の子を連れ去った一族の元へ行くと、すでに女の子この世にはいませんでした。
男の子は嘆き悲しみその鳴き声は天を裂き、地には骸の山を積み重ね泪が枯れるまでその地を赤く染め続けました。
「……悲しいお話しですね」
「ふふふ。いかにも人間らしい感想だね」
「その話の男の子ってもしかして当代の御当主様のことなのでしょうか?」
紫苑がそう尋ねると老婆は紫苑の瞳をしばらく見つめてからゆっくりと目を閉じた。
老婆の話を聞いて紫苑は御当主様はもしかしたら噂ほど冷酷な妖ではないのかもしれないと今まで自分が考えていた御当主像を思い直す。
紫苑が今聞いた話を参考に御当主様に献上する品を悩んでいると、老婆に他に聞きたい事はないかと尋ねられる。
「あ、この曼珠の園に出入りしている宗介様のことについて何かご存知でしたら教えていただけますか?」
「宗介?」
「黒髪の妖猫の方で上の里にも出入りしているという噂の宗介様です」
そこまで言うと老婆はあぁ、と思い出したようで紫苑の方を見てくすりと笑った。
「あのお方は確かに高貴な身分の方だね。それこそ普通であれば私たちのような者が顔を合わせることもできないくらいの身分さ」
「そんなに身分が高い方なんですか!?よく幻灯楼へいらっしゃいますがそうは見えませんでした」
「ッはははは。まぁ私が言えるのは蔵の子の容姿をよく思い出してみなって事だけだね」
紫苑がどう言う意味か聞き返そうとすると丁度よく先程部屋を出て行った式神らしき者が小包を抱えて老婆の元までやってくる。
老婆は小包の中を確認するとその小包を紫苑へと差し出す。
「お待たせしたね、これが依頼の品だよ」
紫苑は差し出された一瞬このまま包みを受け取ってしまっていいのだろうかと考えたが、受け取らずに帰ることもできないので老婆から包みを受け取る。
正直、もう少し御当主様のことや呪印についてなど色々聞きたかったが今日はもう無理そうだ。
目の前の老婆の機嫌を損ねない内に退散した方が良さそうだと思い、礼を言って席を立ち上がる。
「そうそう、その呪印はちょっとやそっとじゃ綺麗に消えやしないよ。表面上は消えても魂に刻まれた呪印までは消せやしない。あんたに迷いがあるうちは特にね」
背を向けて帰ろうとした紫苑に投げかけられた老婆の言葉の真意を聞こうと振り返るが、そこにはすでに老婆はおらずクッションが積み上げられた椅子だけが残っていた。
◇◇◇
お使いから帰ると小雪達が出迎えてくれた。どうやら思っていたよりも長居し過ぎていたようで幻灯楼に着いたのは夜見世が始まる少し前だった。
急いで夜見世に出る準備をしつつ小雪に薬師堂であった話を伝えると、少し考える素振りを見せてから何事もなかったように部屋から出て行ってしまった。
その日の夜見世は小雪花魁の常連客ばかりで紫苑達はお酌をしたり遊び相手をしたりと気を張ることもなく済ませることができた。
しかし、紫苑の頭の中には薬師堂で聞いた話がどうしても忘れられずに心に引っかかったままだった。
蔵の子は黒髪に黒い瞳で人間のような容姿だったって言ってたけど……。宗介の外見も確かに黒髪に明かりによっては黒っぽい瞳にも見えるが。
話の中の蔵の子は宗介様のこと?しかし、老婆は紫苑が聞き返した時に肯定とも取れるような仕草をしたではないか。
蔵の子は現御当主の幼少の話で、じゃあ、やはり宗介様は一体何者なんだ?
高貴な方と言っていたし、あの老婆の口ぶりだと御当主様に匹敵するような……。
ここで紫苑は一つの可能性を思いつく、もしかしたら宗介様は御当主様が変化で姿を変えた人物なのではないかと。
その日の夜はひどく明るい満月が出ていて、宗介様や御当主様のことを考えると寝付くことができなかった。




