修学旅行
結局、掃除は寝るまで続いた。
俺が部屋に入るころには、他の奴らは全員眠っていた。修学旅行らしいことをすることなく、俺の一日は過ぎて行ったが、ある意味貴重な体験だった。
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夜が明ける少し前、俺は目が覚めた。
他の奴らは未だ寝ているし、誰かが起きている気配はない。
もう一度寝ようにも寝られず、仕方なく甲板に出ることにした。昨日俺が頑張っただけあって、掃除がしっかりとされた綺麗な甲板。
だが、寝起きだからか白い靄がかかっている様にも見える。これは…霧か?
辺りに霧が立ち込め始める。徐々に濃さを増していくそれは、怪しい雰囲気を感じた。
正直少し怖くなってきた俺は、部屋に戻ろうと方向転換し真っすぐ部屋の方向まで進んだ、だが目の前に何かが立ちふさがり邪魔をした。
よく見てみると、それは箱だった。人が二人ぐらい入りそうな箱だ。
こんな箱来るまでに無かったはず、誰がいつ置いたんだ?
少しの間頭を抱えていると、霧が晴れ周りが段々と見えるようになってきた。そこで俺の前に映ったのは、さっきの箱と、後方に見える部屋の扉だった。
どうやら霧のせいで方向感覚を失っていたようだ。
謎も解決し、スッキリした俺は部屋に戻って眠ることが出来た。
だが、眠った事を後悔するのは早かった。あのまま起きていれば、こうはならなかっただろう。目の前に居る鬼から、拳骨を一発もらう。殴られた所が少し腫れ、じんじんと痛む。
「遅刻したのに寝坊とは、反省が足りないようですね?」
これは不味い。一度目であれだったのに、二回目しかも連続となるとどうなるか分からない。
覚悟を決めかけたその時、後ろから誰かがアオボシさんの頭を叩いた。
「何をしてるっすか!楽しい旅行でそんなにピリピリしてたら楽しもうにも楽しめないっす!」
頬を膨らましながらアオボシさんにそう言ったのは、コガネさんだった。
引率で来てたのか!しかも俺を庇ってくれるなんて……。
「コガネ。その楽しい旅行の時間が削れたんですよ?」
コガネさんは頭に?を浮かべ首を傾げた。少しの間何かを考えていたが、?が!に変わったと同時に手と手を合わせて言った。
「じゃあ有罪っすね。私はホテルまで生徒を連れていくっすから、ノア君は宜しくっす」
「ええ、任せてください」
唯一の希望。コガネさんまでアオボシさんに言いくるめられ、俺の説教コースは目の前まで迫っていた。
軽めの物を願ったが、声に出せるはずもなく、一時間近い説教と今日中に反省文の提出を言い渡された。まだ帰らされなかっただけ良かったのかもしれない。
皆を追ってホテルに行くかと聞かれたが、手荷物は無いのでそのまま王都見学に向かう事になった。
皆とは現地で会う事になったが、見学と言っても適当に遊びに出るだけらしい。
「案外楽しいかもしれませんよ?」
アオボシさんはそう言って、先に行ってしまった。道を知らないし迷子になりたくなかった俺は、急いでアオボシさんの後を追った。
集合場所に着くと皆揃っていた為、直ぐに説明が行われた。
簡単に纏めると、六時にはホテルに戻る。昼飯は各自。無駄遣いは控える。と言った感じだ。
「時間厳守です」
その言葉を肝に銘じてこの時間を過ごそうと誓った。
各々がバラバラに見学、遊びに向かったがアイシャは残っていた。
「おすすめの店とか無い?」
俺がそう聞くと、アイシャは鼻で笑って言った。
「城から出たことのない私が分かると思うか?」
そうだった……。出身地と言ってもアイシャはこの国のお姫様。城から抜け出して街へ行くことも無かったようだ。
まあ娘を溺愛して過保護になるなんてどこの親でも変わらないんだろう。
でもアイシャの事だ、地図ぐらい準備していてもおかしくは……。
「取り合えず歩くぞ、腹が減った」
うん。予想外。これ、時間守れるかな……。
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暫く歩いていると、いい匂いが鼻に入って来た。
塩で肉を焼いたような匂いと、ジュージューと何かが焼ける音が聞こえる。音のする方へ歩いていくと、そこには屋台があった。
上には串焼きと書いてあり、中には如何にもなおっちゃんが肉の刺さった串を持って焼いていた。
「すいません、一本下さい」
「私も貰おう」
注文して直ぐ、いい香りのする串焼きが出来上がった。値段も安めで、本当にその値段でいいのかと思うぐらいだった。
肉汁に光が反射して、更に美味しそうな見た目の肉を、一口で平らげる。
「「うまい!」」
アイシャも同じ感想、同じ動作だったのが面白かったのか、屋台のおっちゃんが豪快に笑った。
「嬉しいね、やっぱりガキが上手そうに飯食ってる瞬間が一番好きだ。ほらサービスだ持っていきな!」
白い歯を見せニカッと笑い、もう一本ずつ串焼きをくれた。
笑い方、そして言った言葉。絶対にこの人は良い人だ、そう思った俺はこの笑顔を脳に焼き付けた。
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「おい、ゴーは見つかったのか?」
「いや匂いで誘ってるが駄目だな。今頃海に沈んでるんじゃないか?」
「ちっ、まさか移動中に落ちるとは思わなかった」
「ガハハハッ!!ルシファー。お前さんがミスするのは久しぶりだな!」
「うるさいぞマモン。ほら、客が来たぞ」
串焼きを売る男は、自分の焼いた肉を美味しそうに食べる客を見て、満足げに微笑んだ。
それを見たルシファーも笑い、マモンと呼んだ男に言った。
「相変わらずだな。そんなに嬉しいか?」
「ああ、この瞬間が一番だ。人の欲が満たされる瞬間の顔が、一番見ていて嬉しい」
そう言った男の笑顔は、先程の笑顔とはまるで違うものだった。
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