新学期
夏休み、それはいつの時代も一瞬だ。しかも大半の記憶が無かった俺にとっては、セミの一生程短く感じた。
寮の部屋で起き、いつものように制服を着る。だが通う教室は一学期とは違う、俺は今学期からSクラス。当然のことながら、通う教室もSクラスの教室になる。
今年のSクラスの総数は十五人。うち一人は俺で、後の四人は……。
「どうも、翔平って言います。よろしくお願いします」
翔平たち四人だ。
帰ることも出来たのに、こいつらは帰らなかった。それは俺のせいでもあるんだろう。だが何故学園に通う事になったんだ?学園に通う事になったとしても、他の学園もあったはずだ。魔神領にも学園はある。なのにこいつらはここに入学したわけだが……。
別に嫌ではない。むしろ嬉しいんだが……この四人、明らかに浮いてるんですよ。
異世界から来たという事は隠しているが、イケメンと美少女二人、こいつらが人の目を集めるのはまあ普通だろう。翔平と左雫が付き合ってると知って言い寄ってくる奴らは減ったが、渼右は未だ男子たちにモテモテなようだ。
そして予想外な男、豪気だ。豪気はガタイがデカくて少し怖いが、優しいところもある。そのギャップにあてられた女子の皆様から、ラブレターや食事の誘いが止まらないらしい。
豪気は渼右が好きだから振り向くことは無いが、俺的には見ていて楽しいんだが……。
「ノアさん、ちょっといい?」
昼食の時間に女子生徒から声を掛けられる。
健全な男子なら、ここであることを思い浮かべるだろう。そう告白の二文字だ。
だが俺はこの数日でそんな思いは消え去っていた。
「豪気様のタイプって何ですか?」
赤面し照れながらそう聞かれた。普通に教えたが、まあ無駄な努力だろう。
そう、俺に話しかけてくる男子女子は、ほぼ全て豪気と渼右目当てである。これが翔平と左雫のもあったときは本当に酷かった。
「クククッ。また仲介人か?ご苦労な事だ」
さっきの女子が去った後、俺の前にアイシャが座った。
俺を馬鹿にしているのか何なのか、こいつはほぼ毎回女子が去った後に話しかけてくる。
「ああ…。そろそろ疲れた」
「ハハハ!話しかけてくる女生徒が全員他の男目当てじゃお前も悲しいだろう」
別に悲しい訳では無いが、情報を提供した後が気になるんだ。
もしかしたら関係が悪くなって、いじめとかそう言うのに発展するんじゃないか?と考えると、本当に疲れるんだ。
「いやあ、俺はそういうのよく分かんないからな…。あ、すまんあれ取ってくれ」
「ああ、ほら。これだろう」
アイシャが塩を取って俺に渡してくれた。
毎回そうなんだが、俺は結構調味料を使う。日によって食べるのも違うから、調味料も違う訳だが、アイシャは毎回俺が欲しいと思っている物をくれる。
「よくあれでわかるよな?」
「ん?なんとなくだ」
まあ助かってるから別に良いんだけどな。テレパシーみたいでなんか面白いし。
昼食も食べ終わり、少し休憩していると、アイシャが机を指で叩いて俺を呼んだ。
「見ろ、豪気殿はモテモテだな?」
アイシャが指をさした方を見ると、豪気の腕に抱き着いている女子が二人いた。
両手に花とは正にこのことだが、距離近いな!?ベッタベタじゃないか。豪気も慣れないせいでどうしたらいいか分からず、戸惑っている。
もう一度アイシャが指で俺を呼んだ。またアイシャが指した方を見ると、そこには渼右が居た。
渼右は左雫と翔平と居たから、言い寄られてはいないようだが、何だあの顔?睨んでるのか?
「嫉妬とは可愛いじゃないか」
「へ?あれ嫉妬してんの?」
アイシャが信じられないと書いてあるような顔でこっちを見た。
「見ればわかるだろう。お前には感性が無いのか?」
まあ確かにこういう事に関しては、分かりにくいが感性が無い訳じゃない。
アイシャはこういう色恋沙汰は、結構分かる方の人間らしいが、あいつらを見ている時の目とか、言動とか、まるでばあちゃんみたいだ。
「何かおばさん臭いな」
「何だ?それは私に言ったのか?」
あ、やばい。これは失言と言う奴だ。
アイシャの目が、完全に殺る気に満ちた目になっている。
まだ死にたくない。という事で隙を見て席を立ち全力で逃げ出した。屋根に上ったり、屋根から屋根に飛んだり、取り合えず授業時間になるまで逃げ続けた。
これが鬼ごっこと言われて学園の名物みたいになるのは、まだ先の話だ。
授業の予鈴が鳴ると、流石のアイシャも諦めて教室に帰る。それに合わせて俺も教室に戻るんだが、俺とアイシャの席は隣だ。アイシャは未だ地味に怒っている。
これも毎回の事だが、教室に戻るとアイシャが先に座っている。俺も座ると、絶妙な力加減で頭を殴られる。
痛いんだけど、そんなに痛くない。でも暫く痛みが残るような感じに殴られる。
逃げ切っても殴られるなら、逃げなくていいじゃん。がそう言う訳では無い。昼休みの間に捕まると、時間いっぱいに締め上げられる。終了二分前とかなら良いが、開始直ぐに捕まると気を失うレベルだ。
「毎回地味に痛いんだよ」
「避ければいいのでは?」
避けても当たるまで殴るだろ?なら無駄な動きはしない方が良いのさ!
「何あれカップルかな?」
翔平の、誰にも聞こえない位の声量の呟きが、教室に響いたと同時に、授業開始の鐘の音が鳴った。
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