お預け
静かな空間に、刀が空を切る音だけが響く。
真っ黒な刀身に、青いひびの様な模様。クサナギ様から貰った刀を振りながら、現実を見る。周りに誰もいない、寂しい現実を。
一か月経っても友達の一人も出来ず、こうして一人で素振りをするしかないわけだが、こうしていると、自分がウサギの様に寂しがりだったとこが分かる。
前世ではいつも誰かしら近くにいたから分からなかったが、いざいなくなると相当寂しいな。あいつら元気にしてるかな?
ヘラ様の話では、俺の転生する時間は、あいつらが召喚される十五年前にしたらしい。あいつらとの歳の差を埋める配慮だ。
つまり、俺が生まれて十五年経った今、あいつらが召喚されてもおかしくはない訳だが、勇者が召喚されたとか、そういった話は一切聞かない。今度アイーシアに会ったら聞いてみよう。
「む?また貴様か、こんなところで何をしている?」
聞きなれた声がする。声のする方を見ると、やっぱりアイーシアが立っていた。
アイーシアの手には剣が握られている。大方こいつも練習場所を探していたんだろう。
それにしても最近よく合うな、こいつもボッチな訳だが一応主席、他の生徒から人気もあるだろうに。
「剣の稽古か?ここ使ってもいいぜ?」
「何を偉そうに、ここはお前だけのものでは無いだろう」
素直にありがとうと言えば可愛げがあるものを、こういう所も友達のいない原因の一つだろう。
なんだかんだ言って普通に横で素振りを始めた。素振りをしている時は、主席の座に相応しい気合と、綺麗な剣筋だ。ギャップが激しすぎるが、俺的には馬鹿な方が話しやすくて良いんだけどな。
アイーシアの素振りを見てると、戦ってみたいという欲が出てきた。この学園は闘技場とかもいっぱいあるし、いつでも使える。だから今から行っても使えるわけだが……。
「なあ、アイーシア。今から模擬戦でもしない?」
俺がそう言うと、アイーシアは驚いた様子だった。俺が戦いを挑んだことに驚いたのかわからないが、彼女は剣を振るのを止めて、俺に向き直った。
「お前が私を名前で呼ぶとは思わなかったぞ」
どうやら俺が名前で呼んだことに驚いたらしい。確かにずっとお前と呼んできたが、そろそろ名前で呼んだ方が良いかと思って言ったんだが……
「気に食わないか?それならいつも通り——」
「アイシャでいい。呼びにくいだろう?」
食い気味に俺の言葉を遮って言ってきた。そんなにお前と呼ばれるのが嫌か?
「じゃあアイシャ、さっきの返事は?」
「いいだろう……と言いたいところだが今は無理だな。今度…休暇前の大会が終わったらでどうだ?」
大会が終わったらか、まあそれでいいだろう。大会さえ終われば、同年代の一番と戦えるわけだ。
「約束だぞ?」
「ああ、約束だ」
その日はその後直ぐに部屋に戻った。汗をシャワーで流してベットに寝転がる。自分の中で、あいつが友達みたいなのになってることに驚きつつ、あることを考える。
こっちに転生する前、ヘラ様に言われたことだ。物足りない、その気持ちが歳を重ねるごとに強くなっていった。自分の隠れた性格に驚いていたが、「戦う」という事を楽しめるから良いだろうと甘く考えていた。
だが先日、戦争の話を聞いたとき、少し興味をもってしまった。それが怖くてしょうがない。自分の知らない自分が居そうで、偶にこうして考え込むようになってしまった。だから欲求を満たすために、アイシャに頼んだわけだが、お預けをくらった訳だ。これは楽しみが増えたと前向きに考えよう。
◇
「やっと入学したね」(邪神)
「ハデスが間違ったから変なところに入学すると思っていたがな」(ルシファー)
「結果さえよければ良いんだよ。……大会が楽しみだ」(邪神)
「パパ何したの?」(ベルゼブブ)
「どうせいつものおせっかいですわ」(女)
「やめてよレヴィ、僕は落とし物を返しただけさ」(邪神)
「含みのある言い方ですわね」(女改めレヴィ)
「大会にはみんなで行くよ、久々のお出かけだ」(邪神)
「ホント!?僕マモンたちにも知らせてくる!」(ベルゼブブ)
「勿論変装してだけどね」(邪神)
「そこまでしていく必要があるのか?」(ルシファー)
「当たり前だろ?会場が沸き上がる面白いのが見れるぜえ?ま、見たくないなら留守番してな、ひ・と・り・でな!」(ハデス)
ボゴッという鈍い音と共に、色の変わった壁にハデスが頭からめり込む。
「学習しないわねえ。今度はちゃんと直しなさいよ?」(レヴィ)
「まあルシファーの足癖も悪いけどね」(邪神)
「でもあのノア君にも移っちゃったんでしょ?可哀そうだわ」(レヴィ)
「その分強くなったから彼は嬉しそうだったけどね」(邪神)
「で?あいつに何をしたんだ?」(ルシファー)
「んー?秘密。その時になったら教えるよ」(邪神)
「二か月何て直ぐですわ、我慢しなさいな」(レヴィ)
「じゃあ可愛い娘たちにヒントだけあげよう。僕が言えるのは、雨は降らない。それだけさ」(邪神)
「なるほどな…随分とサプライズが上手だ」(ルシファー)
「え?どういう事?ちょっと私だけのけ者にしないでよ」(レヴィ)
話を理解できなかったレヴィと、壁にめり込んだまま動かなくなったハデス。2人だけが取り残され、話は終わった。
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