黒紫の光線
三年、長い様で短い時間が過ぎた。何もせずに怠けて過ごしていたら、時間の進みはまだ遅かっただろう。だが俺は、この三年間全世界の同い年の奴らよりも、濃い三年間を過ごしたと自信を持って言える。
クサナギ様は、一週間に二回休みをくれる。こっちの世界の一週間も七日間なので、俺としては有り難かった。クサナギ様は午前中に稽古をしたら、午後は休みで次の日は午後からと言う感じに予定を組んでいた。半日しかしない代わり、その分きつかったが全然耐えれた。
だが奴らは違った。休みなんぞ知らんと言い、クサナギ様の稽古が終わったら無理矢理引っ張ってでも連れていかれた。ルシファーは俺をボコボコにし、骨が折れようが砕けようが回復魔法を使って、邪神様が止めるまで続けた。しかも俺の攻撃は一発も当たらないから、正直ただのサンドバックだ。
邪神様も邪神様で、魔法学、神歴、旧歴、国学、自然学、物理学、等々…挙げたらきりのないほど俺の脳に、知識という知識を詰め込んできた。
そのおかげで俺は前世より頭が良くなったわけだが、異世界に来てまで物理をするとは思わなかった。
物理は前世で唯一出来た教科なので助かったが、他は初めて聞く単語が多く苦労した。
「おいそろそろ起きろ」
目の前で足をまげて、中腰になったルシファーが、俺をはたきながら言った。
この状況は日常茶飯事になってしまった。倒れた俺をルシファーがたたき起こす。それの繰り返しだ。
「三年経ってもまだマシにならんな」
ルシファーが俺を小ばかにしたようにそう言った。毎回思うんだが、何か私怨のようなものを感じるんだよな……。まさか俺でストレス発散とかしてないよな?
「おいおい、ルシファーお前これが訓練だと思ってるんだったらお前やばいぞ?」
後ろでドン引きしながらハデスが言った。
ハデスはルシファーにボコられてから、二か月後にやってきて自己紹介して今まで顔を出さなかった。
「ならお前の方が上手く指導できるのか?」
「少なくともお前よりはマシだと思うぞ?」
ルシファーはスタスタと近くのベンチまで歩いていき、足を組んで腰かけた。まるで部活にの監督の様だったが、見た目だけだ。
「三年間もあれはかわいそうだ。まあ無駄では無いと思うから安心しろ」
ハデスはそう言って、構えをとった。そして来いよと言わんばかりに、手をクイクイと動かした。
俺はハデスの右腹に蹴りを入れ、そのまま足を引いて、地面に着いた方の足を軸に顔面に回し蹴りを叩きこんだ。
完全に入ったと、そう思った。本当にこの三年蹴りを受けてきたのは、無駄じゃなかったなと、確実に成長してると思っていた。涼しい顔をしたハデスを見るまでは。
「ルシファーの蹴りと同じだな、いい蹴りだ。だが強化が足りない。技は良くても、数が打てても決まらなければ意味が無い」
確かにハデスの言う通りだ。
俺は三年前から使える魔力に変化が無い。それに魔人特有の角の発現もないだろうと言われた。角が無いという事は魔力を操るのが難しいという事。
だから俺は技を磨いた。見て盗み実践しゆっくりとものにしていった。でも魔法があるこの世界では、小手先の技が通用するのは常識の中での話。常識の外の奴らには通用しない。
「よし決めた、今から君にやばい技を打ち込みます。威力は結構抑えるけど、それでも避けないと死ぬから。まあ今ここで身体強化が良い感じに使えれば何とかなる」
そう言ってハデスは右足を前に出し、腰を少し落として拳を握り左手を前に構えた。フーっと息を吐き、俺を真っすぐ見る。右手に魔力が集まっていく。
てかこいつ死ぬとか言ってたけどマジじゃないよな?なんか邪神様も結界みたいなの張り出したし…。
「おい何してる?早くしろよ?」
俺はそう言われて、苦笑いした。流石に殺す気はないだろうと、十歳の子供にそんな殺傷能力の高い魔法なんか使わないだろうと、そう思ってしまった。
だが、俺の苦笑いを見て、ハデスの雰囲気が変わった。顔から笑みが消え、俺を睨みつけた。
「おい……俺はマジだぞ?」
ゾワッ!と背筋に悪寒が走った。
俺も避けるために構えを取った。それを見た瞬間、ハデスの右手に集まった魔力が一気に圧縮され、それを正拳突きの様に打ち出してきた。
黒紫の光線、それは一瞬で俺の目の前まで迫ってきた。
あ……死んだわ。
そう思った時、周りが急にゆっくりになった。前世の思い出が走馬灯のように、脳裏を駆け巡った。そこには幼馴染の顔と、綺麗な女性の笑った顔があった。
誰だろう?
そんなこと考えてる場合ではなかった。光線が鼻先に触れた瞬間、体の中で血液が鉄砲水の様に体の中を暴れまわるように感じた。
辺りがまた普通に動き出すと、俺は空を飛んでいた。正確には跳躍だが、そう思う程高く飛んでいたんだ。
死んでない…そう思うと、緊張が解け汗が滝のように流れてきた。
地面に着地し、その場にへたり込む。腰が抜けたようだ。
「おいおいやるなあ!正直本当に出来るとは思わなかった!」
ハデスは最初から殺す気はなく、当たる寸前で邪神様の防御が間に合うようにしたらしい。もし万が一死んでいても、邪神様が時でもなんでも操ってどうにかできたようだ。だが俺の態度に腹が立ち、一瞬殺気を飛ばしたらしい。
てか、邪神様って時操れるんだ…。もしかしてと思い、邪神様の方を見ると邪神様は、ニコッと笑った。その笑みの意味がどっちかは俺には分からなかった。
カクヨムさんの方で、全く別の小説を投稿し始めました。良かったら読んでください!




