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9. 師匠のこと

 

「皇太子……」

「病にかかられた当時はまだ立太子されていなかったが、いかんせんこの国唯一の皇子だったから、皇帝は大いに取り乱した。手当たり次第に有識者を召還しては治せないと分かると追い返してな……。打つ手立てがもうないとなった時、流浪の薬師として密かに名を馳せていたジーヴルさんが現れたってわけだ」


 まるで英雄の登場だと言わんばかりに店主は目を輝かせる一方、店主の話を聞きながら私は遠い目をした。

 薬師としては当然の仕事だと分かっているのに、師匠がネルゾンの皇族の命を救ってきたのだと思うと、少し、複雑な思いがあった。


「……さん」

「……」

「リオさん!」


 大きな声で自分の名前が呼ばれ、ハッとして頭を上げる。目の前には大きな紙袋をいくつも抱えたグレイが立っていた。

 いつの間にか店主との話を終え、私は店の外に出ていたようだ。

 物憂げな顔をしていたからだろうか、グレイは探るような顔で「……何かあったのですか?」と尋ねてきた。


「いえ、少し疲れが出てきただけなので気になさらないでください。それより沢山の荷物ですね。持ちますよ」

「お気遣いなさらず。大した量ではないので」

「何を買われたのですか?」

「色々です」

「……色々ですか」

「はい」


 私に教える気はないのだと分かったので、そのまま何も触れることなく私たちは帰路に着いた。



 ◇



 グレイと共に街へ下りた翌日の夕方、鍛錬場近くの薬草用の倉庫で一人作業をしていると、高貴な人の訪れがあった。


「やあリオ」

「……皇太子殿下」

「そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、ジェロームって呼んでほしいな」


 まぎれもなく他人なのだが、そんなことはお構いなしに皇太子は部屋の中に入ってくると、倉庫の隅に置かれていた椅子に座った。

 私はそれを横目で見ながら作業を続ける。


「私はただの平民ですし、殿下のお名前をお呼びするのは畏れ多いです」

「僕が良いって言ってるんだから。ね、お願い」

「ではジェローム殿下」

「惜しい! 殿下もいらないかな」

「ジェローム様」

「ん〜〜、あまり変わってないけど及第点ってことにしてあげる」


 にこにこと嬉しそうに微笑むジェローム様に、私は溜息を吐きたくなる衝動に襲われた。

 キャラライン様同様身分問わず気さくに接してくれること自体は評価に値するが、その対象が私であってはたまらない。

 そこでようやく私は作業の手を止め、ジェローム様のほうへ体を向けた。


「ところで私になんのご用でしょうか?」

「ん? リオの姿が見えたからつい」


 つい、で話しかけに来られるほど仲良くなった覚えはないが、皇太子である以上無下にもできず「そうでしたか」と適当に返事をする。

 さっさと追い返したいなと思っていたその時、ふと昨日の薬屋の店主との話を思い出した。


「あの、ジェローム様って私の師匠と面識があるんですよね?」

「ああ、先生から聞いた?」

「先生……?」

「君の師匠のこと。……僕はね、元々死ぬ運命にあったんだ」


 ジェローム様は生来体弱く、幼少の頃からベッドの上で過ごすことが日常だったそうだ。そしてついに必ず死に至るという重い病を患った時、ジェローム様は幼心にこう思った。


「僕が死んでもキャロラインがいる。だから、僕が死のうがどうだっていい。早く死にたい」

「……ッ」

「でも、そんな僕を唯一叱ってくれたのが先生だった。──命を軽んじる奴は私が殺してやる。そう言われたよ」


 ジェローム様はとびきり優しい笑みを浮かべて私を見つめた。

 師匠の言葉は物騒なことこの上ないが、師匠なりの愛を感じたジェローム様にとって、その言葉はとても嬉しいものだったのだろう。


「だからね、僕は思ったんだ。生かしてもらった残りの命を、国民と先生のために使おうって」

「……国民、は分かりますが、師匠のため?」

「うん。何があっても僕は先生の味方をするってこと」


 その決意が本物であることは疑う余地もない。

 つまりはジェローム様はどんな危機的状況に陥っても師匠だけは助けてくれるということ。

 そう理解した時、私の口角は自然と上がっていた。

 これから先万が一私の正体がバレてしまうことがあったならば、一番に不利益を被るのは師匠とテオだ。その時にジェローム様が師匠たちを保護してくれるのならば、こんなにも心強いことはない。


 初めて彼に心からの笑みを見せたせいだろうか、ジェローム様はボーッとしたまま動かなくなってしまった。


「ジェローム様?」

「ねえ、リオ。僕と結婚しない?」

「…………へ?」

「君のこと好きになっちゃった」


 なんの冗談だと足を一歩後ろに引くが、それより早く立ち上がったジェローム様が私との距離を詰めてきた。

 不自然に心臓が跳ねる。

 距離を縮められれば縮められるほど、自分の素顔を見られないか不安になる。


「私は平民です」

「僕が皇帝になれば関係ないよ。確かに貴族であるほうが都合はいいだろうけど、僕は血統主義というわけではないし」

「冗談はやめてください」

「冗談じゃないよ。結構本気」


 本気な人は『結構』はつけないんですが、と白い目を向けると、私が本気で受け取っていないことが分かったのか、ジェローム様は仕方のなさそうな笑みを浮かべた。


「まあいいや。これから頑張るから覚悟しててよ」


 前途多難とはこういうことを言うのかもしれない。

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