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8. ネルゾンの街

 

「リオさん、お待たせいたしました」

「お疲れのところすみません。よろしくお願いします」

「私から申し出たことなので気にしないでください。さあ、行きましょう」


 黒いシャツをラフに着こなしたグレイは、先ほどまで激しい訓練をしていたとは思えないほど涼しげな顔をして、私と共に馬車へ乗り込んだ。


「夕食はまだですよね?」

「はい。お城には夕食は不要と伝えてあるので、テオへのお土産ついでに何か食べる物を買って帰ろうと思います」

「分かりました」


 そこで会話は途切れた。

 車内に落ちる沈黙に居心地の悪さを感じてしまい、やっぱり引っ張ってでもテオを連れて来ればよかったと後悔する。

 グレイはどんな気持ちなんだろうとチラリと盗み見れば、表情筋ひとつ動かさず窓の外を見つめる彼の姿があって、その変わらぬ態度に私はホッと小さく息を吐いた。

 そしてグレイから視線を外そうとして──そのまま視線が彼の額に引き寄せられる。


「……」


 そういえばグレイの宝石はここではなかったわね、と今更ながらの事実に気付いたからだ。


 花守り(フィーディ)と呼ばれる一族の大きな特徴として、額の中心に埋め込まれた赤い宝石があげられる。

 それは先天的な性質のため、額を見ればすぐにその人が花守り(フィーディ)と分かるのだ。


 宝石を隠すには前髪を伸ばすなり、ターバンなどの布で覆うなりの一手間が必要だが、そもそも花守り(フィーディ)の中に敬愛する花の一族を支える者としての証を隠そうとする者は一人としておらず、それどころか、宝石に髪がかからないよう皆髪型を工夫し、誇らしげにその宝石を晒すほどだった。


 その一方で、稀に額に宝石がない花守り(フィーディ)が生まれることもあった。宝石がないとはいっても額にないだけで、その場所は耳朶だったり、手首だったり、うなじだったりと様々だ。


 そうした例外の花守り(フィーディ)もいるということまでは伝わらなかったものの、額に宝石を持って生まれてくる特異な人間がタレイアにいるということは近隣国の周知の事実で、花守り(フィーディ)宝石人(ほうせきびと)と呼ぶ者も多くいた。


 グレイの宝石は鎖骨の中央にある。

 つまりグレイは例外にあたる花守り(フィーディ)のうちの一人なのだ。


 額に宝石がついていれば即座にタレイアの人間だとバレてしまっていたものの、服で隠れる場所であれば一目では分からない。

 ネルゾンの騎士になるにあたって宝石の存在が障害となるようなことがなくて良かったと勝手ながら安堵していると、少し気まずげな顔をしたグレイから「何かお話でもあるのでしょうか?」と声がかかった。

 そこでようやく私はグレイを見つめ続けていたことに気付き、カッと顔が赤くなった。


「す、すみません。ボーッとしてました」

「……そうですか」


 再び変な空気に戻ってしまい、私は到着したと言う御者の言葉が聞こえてくるまで、自分の愚かさを責め続けた。


「お手をどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 グレイのエスコートを受けて馬車から降り、手を離そうとすると逆に手を握り込まれ、私は思いきり肩を跳ねさせた。


「え、あの、て、手を」

「これから人ごみの多いところに行きますし、はぐれては大変ですから」

「そんな、子どもじゃないんですから」

「先程からリオさんは心ここに在らずといったご様子なので、私としては繋いでいた方が安心します」


 眉ひとつ動かすことなくそう言い放ったグレイはそのまま歩き出してしまった。

 言い返すこともできず私は大人しくグレイの横を歩き始める。


「……」


 私たちの間に会話がない分、余計にグレイと手を繋いでることに意識が集中してしまい、じわりじわりと頬が熱くなっていく。

 あの頃とはまた違う、豆ができた硬い手。思わず握り返そうした時「リオさん」とグレイが口を開いたので内心ビクリとしてしまう。


「ここからしばらく歩いたところに露店街があるので、そこで何か買っていきましょう」

「分かり、ました」


 そうしてグレイによって連れられて来た露店街は、夕飯時ということもあってかかなりの賑わいを見せていた。少し気が抜けば人混みに飲まれてしまいそうだ。


 立ち並ぶ露店には懐かしさを感じる物から物珍しい物も沢山売っていた。足を進めるにつれ、次第に気分が高揚していく。

 あれは昔グレイと一緒に食べたことがあるお菓子だ、あれはグレイに近付いてはいけないと言われたお店と似ている、あそこにはあるのはグレイと……。

 そうやって、かつてグレイと二人きりで行動していた時のことを思い出したのが悪かったのだろう。


「ねえ、あれ見て! グレイ……ッ、さん」


 慌てて敬称をつけてみたところで時既に遅し。

 ぽかんとしたグレイの顔が、私の失態を証明していた。


「す、すみませんっ! あの、その、なんと言うか、少し興奮してしまって」


 全身に氷水をかけられたような心地だった。

 先ほどの昂った気持ちからは一転、今の気分を表現するとするなら『最悪』。その一言に尽きた。


「…………楽しんでいただけているのならよかったです」


 口元を手に当て明後日の方向を向いているグレイの姿に、私はやってしまったと動揺を抑えることができない。

 完全にカトレアが出ていた。

 気付かれてしまったのではないかと戦々恐々としていると、グレイは何かを決意したように私の手を握り直して歩き出した。


「日も落ちてきたので足元気を付けてくださいね」

「は、はい」


 その後のグレイはこれまでと変わらず無表情のままに夕食用の食べ物を買い、その後は目的のお店まで案内してくれた。

 グレイの様子を慎重に観察した結果、グレイは私の言い間違えということで処理してくれたのだと結論づけた私は、ようやく全身から力が抜くことができた。


「私は少し別行動をしますので、お一人で入っていただけますか。

 すぐに帰ってきますので、用が済んでも店内にいてください」

「分かりました」


 グレイに見守られながらお店の扉を開くと、「いらっしゃい」という無愛想な声が聞こえてきた。

 店主だろうか。愛想のない壮年の男性が新聞を読む手を止めてこちらを見ている。


 私はカウンターまで向かい必要とする薬草の名前を口にすると、店主は少し考え込む顔をして「少し待っていろ」と席を離れた。

 店主はすぐに戻ってきて、包み紙に包まれた薬草をカウンターに置いた。


「いくらでしょうか」


 店主が少し考えたそぶりをした後口にした値段に、私は目を瞠る。


「相場からかなりお安いように思うのですが……」

「あんたよその国から来たのか? この国の薬草の質はあまり良くないんだ。とてもじゃないが他国のような値段で売れる代物じゃない」

「そう、だったんですか」


そう言われてみれば、城で用意されていた薬草もあまり品質の良いものではなかったことを思い出す。


「まあネルゾン国内というより、世界的に質は悪いがな。その中でもネルゾンが酷いって話だ」

「世界的……?」

「知らないのか? 薬師の間では有名だろう、──タレイアの悲劇は」

「たれいあの、ひげき」


 なぜそこで私の国(タレイア)の名前が出るのか、飲み込めないまま固まる私に、店主は「まあ、若いもんは知らなくて当然か」と続けた。


「だが薬師をやるってんなら知っておくべき話だ。特別に教えてやる」


 そう言って店主は語り出した。


 今は亡きタレイア王国は世界で随一の薬草の生産地で、タレイアが作る薬草はどれもが高品質で安全性の高いものだと評判が高く、世界中の薬師がこぞってタレイア産の薬草を使って患者の治療を行っていたほどだった。

 また、タレイアの薬草は医療関係者だけでなく、一般人からもとても人気があった。他の薬草と違って苦味がなく効果は薬師のお墨付き。料理に混ぜたり煎じてお茶にしたりと、日常的に使用されることも多かったと言う。


「タレイアが世界中の人間の健康に大きく貢献していたといっても過言ではなかったのに、悲劇は起きてしまった。世界中で使われる薬草の多くがタレイアのもので、特にネルゾンはタレイアに依存していたんだ。そりゃあ生産能力のない自国で作る薬草の質が悪いのも仕方がない話だよ」


 ああ、そういうこと。

 私はそこで腑に落ちた。


 つまり、ネルゾンの宰相が言っていた『タレイアの呪い』の真相は、タレイアの滅亡、つまりタレイアの悲劇が起きた日から薬草の供給が途絶え、高品質の薬草を手に入れられなくなった結果、病による死者が増えたということなのだ。


 タレイア王家──お父様たちが主導して薬草を育てているのは知っていたし、私もその手伝いをしたことがある。

 でもここまで世界的に影響を与えるような仕事だとは思ってもみなかった。


「皇帝も愚かだよ。自分の欲を優先したばかりに自国民が苦しむことになるなんて、考えてすらいなかったんだろう」


 嘲笑を浮かべてそう言い放ったものの、あまりよくない話題だと思ったのか、店主は「そういえば」と話題を変えた。


「あんたはまだ独り立ちしてるようには見えないが、誰か師事している薬師でもいるのか?」

「あ、はい。ご存知かは分かりませんが、薬師ジーヴルが私の師です」

「……ジーヴル? あんたジーヴルさんの弟子なのか!?」


 興奮したように立ち上がる店主に、私は驚いて一歩後ずさる。


「ご、ご存知なんですか?」

「この国の薬師でその名を知らない人間はいないな」

「……そんなに有名なんですか? すみません、まだ師事して三年ほどなので知らないことも多くて」


 私の言葉に店主はなるほどな、と納得したように頷いた。


「ジーヴルさんはな、誰にも治せないと言われた難病を治した唯一の薬師なんだよ」

「だから、奇跡の薬師」

「そうだ。しかもその難病を患ったのが高貴な身分の人間だったってのが、その呼び名を絶対的なものにした」

「その高貴な人というのは……」


 私の問いに、店主は囁くように答えた。


「我が国の皇太子様だよ」

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