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18. 花を守る者

 

 キャロライン様のエスコート役に任命されていたグレイは、あの後渋々、本当に渋々パーティー会場へ向かって行った。

 一方の私はパーティーのための準備に入るために自室へと戻っている。


 眼鏡やカツラを外しドレスに着替え、化粧を施し細部を仕上げる。

 時間が無い関係で少し雑になってしまったことは否めないが、一人で準備したにしては良い仕上がりになっているはずだ。


 最終確認をしようと全身を鏡に映し──息を呑んだ。

 一瞬そこにお母様がいるような錯覚に陥ったからだ。


 じわりじわりと胸に込み上げてくる思いが、自然と私の眉を垂れさせる。

 しかし感傷に浸る時間はないと振り切るように頬を叩き、鏡に向かって声をかける。


「いってきます」


 帰ってきたら、たくさん褒めてね。



 ◇



 パーティー会場に繋がる扉を前に私は小さく緊張の息を吐いた。

 既にパーティーは始まっており、人々の楽しげな声が扉越しに聞こえてくる。


 ここからが勝負だと、いつもより低い声で「開けてください」と扉のそばに立つ騎士たちへ声をかけた。


 しかし扉は開かれず、もしかしてと思って焦って騎士たちを見れば、彼らは魂でも抜かれたかのように私を見つめていた。

 私の正体には気付いていないようで安心するが、それならなぜ動かないのだろうか。

 再度扉を開けるよう指示すると、騎士たちはハッと意識を取り戻して今度こそ動き始めた。


 開かれる扉。

 視界に飛び込んでくる煌びやかな光景。

 耳に届く人々のクリアな話し声。

 いつかキャロライン様が言っていたとおり、国外からの参加者も多くいるのが見てとれた。


 視線を少し遠くにやれば、機嫌良く玉座に座るネルゾンの皇帝、その隣の席に鎖をつないで座らされた意識のないテオ、そしてその背後に立つ無表情のクロッカスたちの姿を見つけることができた。


 怖くないと言えば嘘になる。

 でも、グレイがいると思えば、彼らを救うためと思えば、私がこの足を止める理由はなかった。


 カツン、カツン、とヒールの音を立てながら、玉座への道を真っ直ぐ歩いていく。

 王族としての気品を取り戻すことを意識しながら足を動かしていると、いつの間にか周囲が静まり返ってることに気付いた。


 横目で確認すると、赤髪の人間が現れたことに驚いているのだろうか、人々の呆然とした姿が目に映った。

 その中にはなぜか他の人と同様にポカンと口を開けているグレイの姿もあって、少し笑ってしまいそうになる。

 ちゃんと見ててね。そんな気持ちを込めて肩に乗った髪を払った。


 次第に、姫様……? と呟く者が現れ始める。その声は会場中から聞こえてきた。

 それはつまり、宰相の話のとおり、テオの噂を聞きつけた花守り(フィーディ)たちがここにやって来ているということなのかもしれない。


 カツンとわざと一際高く靴音を立てて静止する。

 私が見上げる先には、憎き男。


「私の名前はカトレア・リオ・アンベリール。タレイアの元王女です」


 シンと静まり返る会場の中、一番に声を上げたのはやはり皇帝だった。


「ふははは! タレイアの王女だと!? まさか生きていたとはな!」


 会場で口角を上げているのはただ一人。

 私がタレイアの王女だと分かって喜ぶ者も、この男ただ一人。

 師匠のおかげで元気を取り戻しておきながら、傲慢不遜な態度を貫き続けるこの男のことを、私は心の底から嫌悪していた。


「すぐに元王女と認めていただけたようで良かったです」

「それほどの見事な赤髪、疑う余地はない。……ふむ、となると此奴は不要であったか」


 皇帝の視線の先にいる生気を失った赤髪のテオを見て、私は拳をグッと握る。


「して、元王女よ。なぜ正体を現したか理由を聞こうか」

「取引をするためです」

「取引、とな」

「そこにいる少年と、収監されている薬師を解放してください」


 テオを指しながらそう言うと、間髪容れずに「姫様いけません!」と声が上がった。

 しかし今ばかりはその声を聞くことはできない。


「なぜこの子どもを救おうとする?」

「まだ気付きませんか? 私は既に一度貴方にお会いしていますよ」

「何? ……ああ、ククク、其方ジーヴルの弟子だったか。なるほど化けたものだ」


 変装していたとはいえ、師匠とテオの関係者であるリオ(わたし)カトレア(わたし)を結びつけることは難しいことではなかったのだろう。

 私がテオたちを救おうとする理由が納得できたようだ。


「正体を現した勇気は認めてやろう。だが、ここがどこだか分かっていないようだな。ここは我が城。其方にとって敵地も同然。余が取引に乗る必要があると思うか?」


 余裕たっぷりに私を見下ろす皇帝に、私は平然と笑みを返す。


「確かにそうですね。……では代わりに陛下のおそばにいさせていただけませんか? この願いを叶えていただければ師匠たちの解放までは望みません。……むしろ王族であった頃の私を忘れられないので、こちらのほうが本命かもしれませんね」


 最初から皇帝が取引に乗ってこないことは分かっていた。

 今回は私が生きていることを多くの人に認識させた上で皇帝の近くに潜り込めれば御の字だと考えている。

 最終目的である解放は、ネルゾン内部に味方(グレイ)がいる以上、今後皇帝が油断している時を見計らえばそこまで難しいことではない。


「……」


 さすがに暗殺の計画は中止したが、その気持ちが無くなったわけではないというのが正直なところだ。


「良いだろう。せいぜい可愛がってやる。こちらに来い」


 下卑た笑みに鳥肌が立ちそうになるのをなんとか我慢して「感謝いたします」と頭を下げる。

 そして玉座を目指して歩き始めたその時、何者かによって力強く腕を引っ張られた。


 気付いた時には私は男の腕の中に飛び込んでいて。


「……グレイ?」

「──すみません。やはりこれ以上姫様の御身に触れる者を増やすことは許容できません」


 皇帝に剣先を向けるグレイに、私は息を吐いた。これでは作戦も何もあったものじゃない。

 ……でも、その言葉が嬉しいと思ってしまう自分もいて困ってしまう。


「考えもなしに飛び込んできたわけじゃないんでしょう?」

「はい。先ほど別れた後、とある事実が判明したので、何も問題ございません」


 グレイが問題ないと言うのなら問題ないのだろう。

 その事実がなんなのかを確認したい気持ちはあったが、苛立った顔でグレイを見下ろす皇帝にそんな暇はないと口を閉じた。


「……貴様、ネルゾンの騎士でありながらどういうつもりだ?」

「見てわからないのか? 随分と耄碌したものだな」


 グレイと皇帝の視線がバチリと激しく絡み合ったその時、「何をしているの!!」と悲鳴混じりの声が上がった。


 声の主は一人しかいない。

 視線を移すと、そこには案の定絶望を顔に浮かべたキャロライン様がいた。


 彼女が悲鳴を上げるのも無理はない。

 剣を抜き皇帝に向けている時点でグレイは反逆者とみなされる。

 つまり、確かめる必要もなく、この時点でグレイがキャロライン様の伴侶としての資格を失ったということなのだから。


「どうしてそんな馬鹿なことを……!!」

「……我が主人を守る行為を愚かだと?」

「しゅ、じん?」

「俺が命をかけて守るべき方はこの御方だけだ」

「──」


 無情なグレイの言葉にキャロライン様は言葉を失って動かなくなってしまった。


「面白い。まさか宝石人以外にタレイア王族に心酔する者がいたとはな」


 娘の様子はさして興味がないのか、皇帝は興味深げにグレイを見つめた。

 グレイの額に宝石がないゆえの勘違いだったが、わざわざ訂正する必要はないと私は口を噤んだままでいた。


「まあいい。忠誠心がある人間を一人召喚したところで状況は変わらぬ。騎士たちよ、この者らを捕らえよ!」


 その声を皮切りに会場に姿を現したのは赤い騎士服を着た男たちだけではなかった。


「──!」


 私とグレイを囲うように立つのは、赤い宝石を曝け出した──花守り(フィーディ)


「「「姫様は我々がお守りいたします!」」」


 戦闘体勢に入っている彼らの背中を見て、私は唇を震わせる。


「なんと、宝石人がこれだけ隠れていたとは……!」


 皇帝の目は欲望に煌めいていた。

 そして興奮に突き上げられるように立ち上がり声を張る。


「宝石人を傷一つ付けず捕らえよ! 平民騎士については生死は問わぬ!」


 そうしてパーティー会場は争いの場へと様変わりした。

 悲鳴と怒号が会場中から上がり、私は不安気にグレイの名前を呼ぶ。

 グレイは私を安心させるように「すぐに終わります」とだけ答えた。


 その言葉通り、戦況はすぐに変化した。

 地面に次々と倒れ伏していくのは赤い服を着た者ばかりだ。花守り(フィーディ) たちは武器一つ持っていないにもかかわらず。

 私の近くに来た騎士も全てグレイが素手で倒してしまっているので、私はただその場に立ち尽くすだけ。


 この状況に動揺したのは皇帝だ。


「な、何をやっている! 遊んでいないで早く奴らを捕えろ!! かくなる上は宝石人も傷つけてかまわぬ!!」


 どれだけ私側の味方が現れようがネルゾンの騎士団に叶うわけがないと高を括っていたのだろう。その反動なのか、皇帝の顔は今にも倒れそうなほど青白い。


「クソッ、どういうこと──ぅぐッ!?」


 突然皇帝が喉元を押さえて苦しみ出した。

 口からだらしなく涎を出し額に脂汗を滲ませていることから、本当に体調が悪くなったことが伺える。


「陛下!?」


 玉座から必死で下り床に膝をついた皇帝を、宰相を始めとするネルゾンの人間たちが囲んだ。


「ぐ、は…ッ、……ジ、ジーヴル、を、呼んで、こい……ッ!!」


 なんとか声を絞り出した皇帝はそのまま床に倒れ込んでしまった。

 最早争っている場合ではないと察したのか、ネルゾンの騎士たちは剣を所在なさげに下ろしている。

 会場は異様な空気に包まれていた。


 それからしばらくしてドタバタと複数人が会場に入って来た。

 その中心には師匠がいて、特段変わらない様子に小さく息を吐く。

 一方、連れて来られた師匠はそれまで無表情だったものの、私の姿に気付くと瞠目した。


「おいっ、何ボーッとしてる! 早く陛下を診ろ!」


 師匠を拘束していたうちの一人が師匠の頭を無理やり押さえ付け、皇帝に向き合わせる。

 皇帝の容態を一瞥した師匠はフッと嘲笑の吐息を漏らした。

 そして吐き捨てるようにこう言った。


「ようやく効き始めたか」


 まるで道端に転がるゴミ屑を見るような目で皇帝を見下ろす師匠に驚いたのは当然私だけではない。


「貴様! 陛下に何をした!!」

「あの世行きの切符を飲ませてやっただけだ」


 その瞬間、ネルゾン側の人間の顔色がガラリと変わった。


「その男を捕らえろ!」


 誰かが叫ぶ。

 皇帝のそばにいた騎士たちが、皇帝暗殺を目論んだ男を捕まえようと次々と師匠を取り囲んだ。


「ししょ……ッ」

「大丈夫です」


 師匠のもとへ行こうとする私を、なぜかグレイは制す。

 どうしてとグレイに反論しようとした時、騎士たちを次々と倒していく師匠の姿が私の目に映った。


 状況をうまく飲み込めず唖然としていると、騎士たちも師匠の勢いに気圧されて一旦その場を退いた。

 その隙にと言わんばかりに師匠は口元に手をかけ、頑なに外そうとしなかったそれを剥ぎ取る。


 落ちていく黒布に隠されていた本当の素顔。視界に飛び込んでくるソレに、私は呼吸をするのを忘れた。



「我が名はジーヴル・フィーディ。今こそ主人の仇を取らせてもらう」



 左の目の下に赤い宝石が付いた花守り(フィーディ)は、奪い取った剣を皇帝に向けそう宣戦布告をした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フィーディが思った以上に、生存してて感激です。 主人公である「姫様」を守ろうと集まってくるところは爽快ですね! [気になる点] 主人公以外の視点をぜひ読んでみたいです。 [一言] そろそ…
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