14. 部下の視点
本来の姿で皇帝の前に立つのは、まもなく迎える建国記念日のパーティーの時と決めた。
各国の賓客も揃った場であれば、たとえ作戦が失敗しようとも皇帝に何かしらのダメージを与えることができるはずだからだ。
今後の方向性が決まった私は早速宰相に会いに行くことにした。
鍛錬場の仕事は辞めること、そして建国記念日の翌日に城を去る旨を申し出ると、二つ返事で了承してもらえた。
「これでも貴女方のこれまでの働きに感謝しているので、別途餞別はお渡しいたします。ここを発つ前に改めて私を訪ねてください」
「分かりました。……ちなみに、出発する前に師匠にだけでも会わせてもらえませんか?」
「やめておいたほうがいいと思います。今やジーヴル殿は罪人の身。下手に接触して陛下の逆鱗に触れれば貴女も収監される恐れがあります」
「……そうですか。分かりました」
◇
宰相と別れた後、私は以前グレイと訪れた街に来ていた。
正体を晒すにあたって必要なドレス、小物、髪色を元に戻す材料等々、この街で揃えてしまおうと思い立ち、こうして賑わう人混みの中を歩き回ってるというわけだ。
「あれ、リオちゃん?」
「……デリックさん?」
必要な物を頭の中で整理しながら歩いていると、私服を着たデリックさんに出会った。
最後に会ったのは髪色の話をした時以来ね、とデリックさんを見つめる。
「今日は休み?」
「はい。少し買い物をしようと思って」
「俺もだよ。そうだ、よかったらお茶しない?」
「え……」
「俺が奢るし、ほら、そこのカフェのケーキ美味いから行こ!」
「えっ、ちょっ」
半ば無理やり近くのカフェに連れて来られた私は、デリックさんの話を付き合う羽目になった。
話をするのが嫌なわけではないが、建国記念日まで時間がないということもあってなるべく早く解放してほしいという気持ちは隠せない。
しかし私の事情など知るはずもないデリックさんは取り留めもない話を延々と続けている。
仕方ないか、と半分諦めつつ確かに美味しいケーキをつつきながら相槌を打っていると、突如デリックさんが閉口した。
不思議に思って顔を上げると、真面目な顔をしたデリックさんが私を静かに見据えていた。
「リオちゃん」
「は、はい」
「最近、隊長と何かあった?」
「え? ……隊長って、グレイさんのことですよね」
突然グレイの話題が出てきたことに驚くが、すぐにデリックさんが私をお茶に誘った理由がこれだということを察した。
それがさぁ、とデリックさんは辟易した声で話を続ける。
「一昨日あたりから隊長がめちゃくちゃ不機嫌なんだよね。そのせいで隊の奴ら皆ビビっちゃって」
「……なぜグレイさんの不機嫌の原因が私だと思うんですか?」
私の問いかけにデリックさんはきょとんと目を丸くした。
「そりゃあ隊長がリオちゃんのことを好きだからでしょ」
もちろん恋愛的な意味でね、と添えるデリックさんに、私は目を見開く。
グレイが私を好き? 恋愛的な意味で? ──ありえない。
「あの隊長が感情的になるのってリオちゃん絡みしかありえないし。だからリオちゃんと喧嘩でもしたのかなって睨んでるわけ」
「あの、勘違いされてませんか? グレイさんにはキャロライン様がいらっしゃるじゃないですか」
「ん? ああ、それこそ勘違いだよ。隊長は皇女様に一切興味ないから」
「え!?」
どういうことだろう。あんなにも仲睦まじげに話をしていたのに勘違いとは。
それに、グレイの口からハッキリと『俺は姫様のものだと』言われている。勘違いする要素がない。
「隊長って合理主義っていうか、使えるものは使うタイプだから、皇女様も隊長の目的を達成するための一つの手段に過ぎないんだよね。皇女様は可哀想だけど」
「目的?」
「あ、今言ったことは忘れて」
忘れるわけがないのだが、目を泳がせているデリックさんを見ていると深く追求するのは躊躇われる。
しかしグレイにキャロライン様まで利用するような大きな目的があることが真実なら、グレイが私に『迷惑』だと言った理由が急に気になってくる。
「……婚約の話が進んでると、キャロライン様本人から聞きました」
「あ、そうなの? でもあの二人が結婚することは絶対ないよ。なんたって、隊長はリオちゃんしか眼中にないし」
また私の話に戻って来てしまった。
これはもう意を決して聞くしかない。
「デリックさんは、なぜグレイさんが私を好きだと思うんですか」
「うーん、色々あるけど、一番分かりやすいのはリオちゃんを見る隊長の顔がデレデレだから?」
「デッ……!?」
「今まで冷酷な面しか見てこなかったから、隊員皆顎が外れるぐらい驚いてたよ。人形に魂が宿ったって」
私が知る今のグレイとデリックさんたちが知るグレイの認識に大きな乖離がある。
別人の話でもしているのかと疑いたくなるが、不意にグレイにキスされたことを思い出してしまい、私は息を呑んだ。
途端に真実味が増すデリックさんの言葉。
とはいえすんなりと理解できるはずもなく一人パニックになっていると、デリックさんはクスリと笑った。
「ま、本人に聞くのが一番だと思うよ。ついでに仲直りもしてきてくれたら俺たちが助かる」
これが言いたくてお茶に誘ったのだと言われても、仲直りをすると約束できるはずもなく。
黙り込んでしまった私に何を思ったのか、デリックさんは眉尻を下げた。
「というか、とりあえず隊長の機嫌をどうにかしてほしいのが本命。隊の士気にも関わる話だからさ」
「……分かりました。確かに一昨日グレイさんとは少し言い合いをしてしまったので、機嫌を損ねられているのはそのせいかもしれません。グレイさんとは改めて話をするようにします」
「! 助かるよ。ありがとう!」
「ただ、その代わりと言ってはなんですが、お願い一つを聞いてもらえないですか?」
私の発言にデリックさん真剣な顔で私の方に身を乗り出す。
それだけ切羽詰まっている状況だということが窺える。
「なんでも言って」
「可能ならでいいんですが」
「うん」
「ドレスを斡旋していただきたいんです」
「ドレス?」
パーティーに乗り込むにあたって、一目で王女と分からせるにはやはり見栄えのある格好をする必要がある。
ゆえに華やかなドレスは必須なのだが、いかんせん自分の持ち合わせでは少し厳しそうだと思っていたところだった。
デリックさんが貴族であることは以前話をした時に知っていたし、ツテで安く入手できないか一縷の希望をかけて尋ねてみることにした。
「今度の建国記念日で開催されるパーティーに私も参加する予定なんです。そのために今日ブティックを覗いてたんですが、やっぱり平民の私では手が出せない物が多くて……」
「なるほど。皇女様とかには頼めない感じ?」
「そうですね。さすがに畏れ多いので」
「そっか。……そうだな、俺妹いるし、貸せるドレスがないか聞いてみるよ」
「あ、ありがとうございます……!」
デリックさんには悪いが、グレイと改めて話をすることはないだろう。ドレスを返せるかどうかも分からない。
罪悪感は勿論ある。けれど、もうなりふりかまっていられないのだ。
もし、謝罪をすることができる日がくるならば、その時全身全霊をかけて謝罪をさせてもらおう。その時私が差し出せる物はきっと何もないだろうけれど。
「実は俺も警備要員として会場に出向く予定なんだよね。ドレス姿のリオちゃんを見るのが楽しみだ」
「そ、うなんですね。……あまり、期待はしないでください」
「めちゃくちゃ期待してる。──そうだ、パーティーってことは皇帝陛下も勿論いるよね」
ドキリとしながらそうですね、と返すと、デリックさんは好奇心に満ちた瞳で私を見つめた。
「リオちゃんってさ、宝石が付いた人間のこと見たことある? 宝石人って呼ばれてるらしいけど」
突然デリックさんから花守りの話題を振られ、心臓が逸り出す。
「……はい、一度だけ」
「宝石がついた人間ってやっぱり珍しいじゃん? 一度でいいから見てみたいんだけど、俺みたいな役職も付いてない騎士じゃ見る機会さえなくてさぁ。パーティーなら皇帝陛下も連れて来るのかなって思ったんだけど」
「……さあ、どうでしょうか」
「まあ知らないよねー。でもさ、ここだけの話。最近分かったんだよ。宝石人が生活してる場所が。……皇帝の物だから手を出す馬鹿はいないだろうってことで──結構簡単に入れるらしいんだ、そこ」
手で口元を隠しながらデリックさんは悪戯げにそう囁いた。




