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13. 元姫の覚悟

 

 有無を言わさぬ空気に少し慄きながら頷き、建物の陰に移動する。なんだろうと不安になりながら向き合うが、なぜかグレイは沈黙してしまった。

 気まずい空気から逃れるように私は口を開く。


「えっと、昨夜はありがとうございました。テオからグレイさんが介抱してくださったと聞きました」

「……もうお体は大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

「なぜ過呼吸を起こしたのか理由を聞いても?」


 グレイらしくないと思った。

 介抱した相手の事情が気になるのかもしれないが、他人のプライバシーにまで踏み込んでくるような人ではなかったはずだ。

 テオが私の事情に口を出してくるのは分かる。けれど、グレイはただの仕事の関係者でしかない。そんな相手から理由を聞かれたところで話を濁す以外選択はないではないか。


「その、少しショックを受けたことがあって……」

「それはなんですか」


 間髪容れずに問い詰められ、その勢いに後ずってしまう。

 しかしグレイは私の腕を掴むと、逃がさないと言わんばかりにそこに力を込めてくる。


「教えてください」

「ッ、グレイさんには関係ないことです!」


 グレイから離れようと手を振り切ろうとするが叶わない。

 これ以上グレイに心をかき乱されたくないのに、どうしてこうやって干渉してこようとするのか。


「……勘違いしないでください」


 地を這うような不機嫌な声。

 グレイの目を見ると瞳孔が開いていた。


「俺は姫様のものです。それは貴女が何を考えようと変わらない事実だ」


 グレイはキャロライン様のもの。それは痛いほど分かってるのに、どうして今そんなことを言うのだろう。

 私がキャロライン様との仲を邪魔するとでも思っているのだろうか。


「だから、貴女は何もしないでください」

「どうして……そんなことを言うんですか」

「──迷惑だからです」


 カッとなったことは認める。

 だからと言って許されることではないけれど、その時の私にはグレイの頰を叩くことしかできなかった。

 興奮する頭のままグレイを睨む。


「二度と、私に関わらないでください」

「なぜ」

「分からないんですか!?」

「あの男と添い遂げるつもりだからか」


 グレイの表情を見て胸に恐怖心が宿る。

 知らない男の人が私を責め立てているような錯覚に陥った。


「どうして、よりによってこの国の人間と……!」

「なんの話をして」

「許さない。──絶対に」


 気付いた時にはグレイと私の唇が重なっていた。

 焼き尽くされてしまうのではないかと思うほどの熱が私の思考を溶かしていく。


「っ、ん、ぅ」


 抵抗らしい抵抗もできず口付けを受けていると、次第に生理的な涙が溢れてきた。

 それに気付いたグレイはそこでようやく顔を離し、涎で濡れた唇をペロリと舐めた。

 そして目を細めて私を見下ろし、涙を拭うように私の頰を親指でなぞる。


 その時ようやくグレイに何をされたか認識した私は、いてもたってもいられなくなって、キスをしてきた理由を問うことも忘れてその場から走り出した。

 私を呼び止めるグレイの声が聞こえた気がしたが、反応する余裕などあるはずもなく。


 なになになに、どういうこと!? どうしてグレイは私にキスをしたの? キャロライン様がいるのに!? え、浮気!?!?

 顔は真っ赤で、頭の中はパニック状態。

 このままだと奇声をあげてしまいかねないと、残った理性がテオに会いに行けと叫んだ。


「テオいますか!?」


 勢いよくテオの部屋に入る。

 しかし私を待ち受けていたのは静寂が漂う無人の部屋で。


「……テオ?」


 結局その日テオが部屋に帰ってくることはなかった。



 ◇



「テオが皇帝に捕まったってどういうことですか!?」


 私の部屋にやって来た師匠の口から衝撃的な知らせを告げられたのは翌朝のこと。


「分からない。今から皇帝に確認しに行ってくる」

「私も……ッ」

「リオ、お前は部屋に残れ。そして、もしこの先少しでも危険を感じたならここから逃げろ」


 いつになく饒舌な師匠の言葉に私は唖然とする。

 私だけ逃げるなんて、そんなことできるはずもないのに。


「分かったか?」

「……」

「リオ」

「……善処、します」


 精一杯の返事をすると、師匠は黙って私を見下ろした。


「師匠?」

「……すぐに戻る」


 そう言って部屋を出て行く師匠を見送り、一人になった私は魂が抜けたようにソファーに座り込む。

 ちょっとした悪戯をして捕まっただけ。だからテオは直ぐに帰ってくるはず。そう信じたいのに、不安はどんどん膨れ上がっていく。

 テオの帰りを待ち続けた寝不足の頭では、解決策など編み出せるはずもなかった。


 それから何時間経っただろうか、すっかり夜が更けた頃自室の扉を叩く音がした。師匠が帰って来たと思った私は急いで扉を開けに行く。

 しかしそこにいたのは厳しい顔をしたネルゾンの宰相だった。


「なに、か」

「ジーヴル殿が収監されたことを伝えに来ました」

「──!!」


 絶望的な報告に私は言葉を失った。


「テオ殿の身柄を解放するようジーヴル殿が陛下に申し立てたところ、陛下のお怒りを買いました」

「……師匠がいなければ、皇帝……陛下は、危ないのでは」

「それがあの夕餉後に処方された薬ですっかり体調を取り戻されたのです。ジーヴル殿の手を借りなくても問題ないほどに」


 宰相の言葉を聞いてハッとする。

 師匠は皇帝にも万能草を使ったのだ。

 使わないと言っていたにもかかわらず使ったのは、それほど皇帝の体調が切羽詰まっていたからなのかもしれない。

 それを責める気にはなれず、私は顔を俯ける。


「どうして、皇帝陛下はテオを」

「かの少年が赤髪であったことが判明したからです」

「……あか、がみ?」


 全身が冷える感覚がした。


「陛下は長らく赤髪の人間を探しておられました。昨夜の夕餉でリオ殿も見られたでしょう? かつてタレイアの物だった宝石人のことを」

「……」

「今この城にいる宝石人はあの五人だけですが、あの侵攻から逃げた宝石人はまだいます。陛下はその残りの宝石人も欲している。そのためには彼らを誘き寄せる存在(エサ)が必要なのです」


 しかし肝心のタレイアの王族は皆殺してしまった。唯一逃げた王女の足取りも掴めない。ならば代わりとなる人間を作ればいい。

 そう皇帝は考え、タレイアの王族の特徴である赤髪の人間を捕まえてくるよう騎士たちに命を下した。

 しかしながら、世界的に赤髪の人間は少ないとされており、皇帝が認めるような赤髪の人間を連れて来ることはできていなかった。


「でも、ようやく現れたのです。まるでタレイアの王族の生き残りと言っても過言ではないほど立派な赤い髪を持った少年が。陛下はこれ以上ないほど喜んでおられまして、私としても安堵しているところです」

「テオは赤髪ではありません」

「いえ、赤髪でしたよ。どうやら髪を染めていたようです。ああ、勘違いしないでいただきたいのですが、それを暴いたのは我々ではありません。テオ殿自ら髪色を戻した状態で陛下の前に現れたのです」


 ヒュッと息を呑んだ。

 絶望が私を襲う。


 テオが髪色を戻した理由なんて一つしかない。

 ──私のためだ。


「とまあ、こんな状況ですから、リオ殿には退城いただいてもかまいません」

「師匠とテオを置いていけと?」

「しかし、このままここにいても何もならないのでは? 陛下がテオ殿を手放すことはまずありえないでしょうし、必然的にジーヴル殿も城に居続けることになるでしょう。リオ殿の年齢なら独り立ちをしてもおかしくないですよ」


 宰相の言葉に私は唇を噛んだ。

 言い返したい気持ちを抑えて抑えて抑えつけて、にこりと笑う。


「分かりました。まだ心の整理がついていないので、今後についてはもう少し考えさせてください」

「はい。お金が必要ということであれば少しくらいは援助しますのでおっしゃってください」


 パタリと扉が閉まると同時に床に座り込む。

 ドン、と床を拳で殴る。ドン、ドン、ドン、と血が滲むまで何度も。


 私のせいだ。

 全部全部私のせいだ。

 私が余計なことを口にしたばかりに、テオも師匠も──。


 涙で揺れる視界の中、窓に映る自分を見つめる。

 二人を、花守り(フィーディ)を、遺骨を取り返すにはどうしたらいいのか。

 答えは既に出ていた。


 自分の正体を晒し皇帝を殺す。それが大切な人たちを救う唯一の方法だ。


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