11. 新たな決意
「……ん」
「あ、リオ起きたか?」
ゆっくりと何度か瞬きしながら目を開けると、ベッドのそばにはホッとしたように緊張を解くテオの姿があった。
部屋に差し込む光から、朝が来ていることが分かる。
「私……」
「昨日皇帝との食事の後過呼吸を起こして倒れたんだよ」
寝起きの頭が覚醒した。
そうだ。昨日花守りと家族の行方を知って倒れて、その後テオとグレイに介抱してもらったんだった。
咄嗟に起き上がって周囲を見回す。
「師匠はまだ皇帝のところから戻ってきてないぞ」
「あ、師匠もそうなんですが、その、グレイさんは?」
「グレイはいつの間にか帰ってた。でも一晩中リオのそばにはいたな」
「!」
昨夜の記憶を手繰り寄せてみるが、果たしてどこから夢でどこまで現実だったのか判別がつかない。
変なこと言ってないよね……? と、そもそも記憶さえ曖昧なものだから私は頭を抱えるしかなかった。
「テオもグレイさんと一緒にいてくれたんですか?」
「しばらくいたけど、日付が変わる頃には自分の部屋に帰った。グレイが後は自分に任せろって言うから」
つまり、私が失態を犯したかどうかはグレイしか分からないということで……。
きっと大丈夫だと自分を信じ込ませるために深い深呼吸をしていると、テオがベッドサイドにある椅子に座って真面目な顔で見つめてきた。
「……何があったか聞いていいか?」
「え?」
「あれだけおかしな様子を見せられたら誰だって気になるだろ。ましてやお前は僕の妹弟子なんだし」
テオの言うとおり、あれだけ取り乱した様子を見せておきながら何も説明しないというのも失礼な話だ。
とはいえ私の事情はかなり鬱々としたものであるし、話したが最後余計なものをテオに背負わせてしまうんじゃないかと思うと、口を開くことが躊躇われる。
「……」
しかし、いつか私のせいでテオが危険な目に遭う可能性があることを考えれば、今話しておくべきなのかもしれないとも思う。
何があっても私のせいにできるように。すぐに私を切り捨てられるように。
「……分かりました。これから話すことは誰にも言わないと約束してくれますか?」
「もちろんだ」
三年という短いようで長い期間隣に居続けたのだから、テオの言葉が嘘ではないということくらい分かる。
だから私は初めて他人に私の過去を話す選択をとった。
「私は六年ほど前までタレイアという国の王女でした」
それから起きた事実を俯きながら言葉を紡いでいく。
母国がネルゾンによって滅ぼされたこと、生き残った従者との三年に渡る逃亡生活、従者との決別、そして師匠たちに拾われた日のこと。
私の語りを黙って聞いていたテオがどんな顔をしているのかは分からない。それでも、グレイが私の元従者であることを除き、これまでのことを一つも偽ることなく話し続けた。
私が口を閉じると同時に、テオが懐かしげに言葉を発した。
「お前を拾った日のことを思い出した。今思えば、出会った時確かにお前は赤髪だったな」
「……そこですか?」
「まあ色落ちしてたのは毛先だけだったし、別に赤髪だからといって何かあるなんて思わなかったから普通に忘れてたけど」
テオが触れるのは髪色の話題のみ。
もう少し他のことに興味を示してもよさそうだが、大人びた表情で考え込むテオを見ていると私は何も言えなくなる。
「そうか……赤髪だとタレイアの王族とみなされるんだな……」
「はい。なので染め粉は絶対に切らさないようにしてました」
「……なるほどね」
何かに思い至ったのか、テオは遠い目をした。
「師匠はこのことを知ってるのか?」
「……どうでしょう。面と向かって言及されたことはないですが、気付いてるとは思います。最初に私の髪色のことをいろいろとやってくれたのも師匠でしたから」
「……分かった」
俯くテオが何を考えているのか分からなくて、私は思わずテオの方へ身を乗り出した。そしてテオの手首を掴み視線を合わせる。
「もし、これから先私に何かあってもテオは何も考えず逃げてください」
「は?」
「心配しないでください。たとえ私の正体がバレたとしても命までは取られないはずですから」
私の言葉を聞いたテオは白けた目をしたかと思うと、勢いよく立ち上がって扉の方へ歩いていってしまう。
そして部屋を出て行く直前こちらを振り向いたかと思えば、呆れた笑みを浮かべた。
「リオって馬鹿だよな」
「!?」
パタンと扉が閉まり、部屋には沈黙が訪れる。
あのテオに真面目なトーンで馬鹿にされたショックで、私はしばらくベッドから動くことができなかった。
◇
それからしばらくして正気を取り戻した私は、気を取り直して部屋の外へ繰り出すことにした。
取り乱すのは昨日だけで十分。
私にはやらなければならないことが沢山ある。それを考えたら立ち止まってなどいられない。
目標は囚われた花守りと家族の遺骨の解放。
簡単にはいかないだろうけれど、やるしかないのだから私は早速情報収集に動くことにした。
「ジェローム様」
ガセボで一人お茶を飲んでいるジェローム様に声をかけると、彼は私の方に体を向けてにこりと笑った。
「リオから会いに行きてくれるなんて嬉しいな。どうしたの? 僕の告白を承諾してくれる気になったのかな」
「違います」
「これは手厳しい」
ジェローム様は情報収集先としては一番期待のできる相手だ。
勝算があった私は顔を引き締めて勝負に出ることにした。
「教えてほしいことがあるんです」
「表情を見る限り僕が喜ぶ話題ではなさそうだ。で、何が知りたいの?」
「皇帝陛下が連れている、宝石がついた人たちのことです」
「──それを知ってどうするの?」
すっと笑みを消したジェローム様は私を探るように見てくる。
話題の出し方が直接的すぎたかと焦るも、一度口に出してしまったことを取り消すことはできない。
「知り合いが、いるかもしれないんです」
「知り合い……?」
「はい、昨日皇帝陛下に夕食にご招待いただいて、その時に彼らを見ました。表情が暗くて断定はできなかったのですが、私の知り合いによく似ていて……」
知り合いを解放したい。その旨を告げれば、ジェローム様は徐に立ち上がり私の方へ歩いてきた。
そして軽薄な笑みを浮かべて私を見下ろす。
「それを僕に言うとはなかなか度胸があるね。僕はその捕らえてる人間の息子だよ? 告げ口されると思わないの?」
「思いません」
間をおかずに強く否定すれば、ジェローム様は唖然としたように目を丸くした。
誰かに命を救われたことがある人間というのは、救ってくれた人間に対する恩を忘れないということを、私はこの三年身をもって知っている。
だからこそ、師匠の味方だと断言したジェローム様が、師匠側にいる私に不利益になるようなことをわざわざ進んでするはずがないと確信に至っていた。
「困ったな。そんな目で見られちゃ、お手上げだ」
両手を上げて降参を示すジェローム様に、私は内心安堵する。
「でもだからと言ってタダでは教えられないなぁ」
「……何が望みですか?」
「んー、リオからのキスとか」
「は!?」
なんの冗談だと問おうとするが、「特別に頰で許してあげるから」と自分の頰をトントンと指で叩くジェローム様の姿に、私はこれが冗談ではないことを悟った。
おそらくここでジェローム様の願いを叶えない限り、状況はいつまでも変わらないままだろう。ならば私には諦める選択肢しかないのだ。
どうにでもなれ! と私は勢いでジェローム様の頰に唇をそっと触れさせた。
「ふふ、本当にしてくれるとは思わなかったな」
そう言って機嫌良さげにガセボへ戻ったジェローム様は、椅子を引いて私をそこへ誘った。
拒否するつもりもないので大人しくジェローム様のエスコートを受け座ると彼が一瞬固まったのが分かった。
それを不思議に思う前にジェローム様はクスリと笑い私の耳に顔を寄せて囁く。
「正体を隠すならもう少し自分の振る舞いを気にすべきだと思うよ──タレイアのお姫様」




