9、マヨとケチャップ
なぜか、ダンクがボー然としてる。
「昨日、晩ご飯何食べた?」
「え?昨日か〜、ビーフの缶詰をパンに挟んでケチャップ付けたのと、野菜の牛乳スープだよ。」
「そうか、一昨日は?」
「ああ、一昨日はビーフの缶詰をパンに挟んでマヨネーズ付けたのと、野菜の牛乳スープ。」
「その前は?」
「なんだよ、しつっこいなー」
「いいから、3日前はなんだよ。」
「ビーフの缶詰をパンに挟んでケチャップ付けたのと、野菜の牛乳スープ。」
「4日前!」
「ビーフの缶詰をパンに挟んでマヨネーズ付けたのと、野菜の牛乳スープ。」
「マジか……ケチャップとマヨネーズしか変わってねえ……」
「いや、その前はビーフの缶詰じゃ無くてな、ポークだった。
うん、今度はポークにしよう。ビーフはちょっと油がきついし。ツナでもいいかな。
一箱缶詰買ってるから。パンに一缶挟んで、味付けて食うんだ。
まあ、ずっと野営やってると思えば苦は無い。」
「朝は?今朝何食った?」
「ビーフの缶詰をパンに挟んでケチャップ付けたのと、ココア。」
「き、昨日の朝。」
「ビーフの缶詰をパンに挟んでマヨネーズ付けたのと、ココア。」
「俺は、どうしたらいいんだ……」
「なんで?」
「ダメだろ、それ、全然ダメだろ。お前なんでそう言うのは子供なんだよ。
味って、ケチャップとマヨだけじゃねえか。
なんでお前って、毎日毎日朝昼晩朝昼晩同じ物しか食わねえんだよ。」
「まあ、別にちゃんと食ってるからいいじゃん。
ポテトサラダはな、たまに作るぞ。ジャガイモごろんごろんゆでて、マヨ一本入れてグチャグチャにするんだ。ジャリジャリする時あるけど、まあ味のうちだろ。」
「あー、残飯に牛乳かけて食ってるうちの隣の犬とメニューが変わらねえ〜」
なんか、今ダンクがひでえことを言ったぞ。
ブラックな俺が、黒蜜抜いて壁にドンと突き立てたイメージが浮かんだわ。
ふう、やっぱ外に出て良かった。
「食う楽しみ無いだろ?美味しい物を、うめえなあって食うのが一番なのに。」
匙を置いて、うーんと悩む。
そう言われても、何をどうやっていいのかわからない。
「うーん、でもなあ……あ、朝飯だってたまに食いに行くんだ。
ハムにな、卵が白身と黄身ってのにきれいに分かれて乗ってんだ。
凄いだろ?白身と黄身って言うのが、すっごくきれいに別れてるんだぜ?
軍じゃさ、卵って黄色いグチャグチャしか食ったこと無かったんだ。
だから卵があんななってるって知らなかった。
その黄身ってのがさ、きれいなまん丸で黄色くて、とろっとろですげえ美味いんだ!」
キラキラした目で言ったのに、ダンクが死んだような目してる。
そしてなぜか、大きなため息ついて頭抱えた。
「お前、料理って、わかる?」
「わかるぜ?お母ちゃんのニクジャガは美味かったなあ……また食いてえ……」
お母ちゃん、早く帰ってきてくれよ〜……切に願う。
「お母ちゃんか〜。俺の母ちゃんは料理苦手だったなあ、だから父ちゃんが………」
ダンクがため息付いて、目を閉じる。
爆撃で死んだ両親を、思い出しているのかもしれない。
一時、言葉を待つ。
やがて、パッと顔を上げて笑った。
「しっかしさ、そんだけ貧相な食生活で、その馬鹿力発揮する身体はどうやって出来たんだよ。」
「毎日ビーフ缶2、3缶食ってるし。牛乳60オンス(約1.8リットル)は飲んでるからタンパク質は足りてるぜ?」
「牛乳飲んで育ってるとか、お前子牛かよ。」
「いいんだよ、俺は昼がメインなんだから。」
「お前昼って、テリヤキバーガーしか食ってねえじゃん。お子様かよ、サトミちゃん。」
「・・・・・・お子様だよ、ほっとけよ。」
「だからよ、教会に料理習いに行けよ。日曜だけでもさ。
それが出来ないなら、できるだけここでメシ食え。」
戸惑って、渋い顔になる。
教会なんて、今の俺には縁遠い。
気持ちの問題なら、夜は食って寝るだけだ。それ以上何も無い。
夜は退屈な時間だ。ボケそうだ。
「うーん、わかった。外食増やすよ。
金ならあるし、確かにここで食う方が充実してる。」
「おう、そうしろ。その方が俺も安心だ。」
「うん、ごめんな。心配かけたみたいだ。」
「いや、俺も口うるさくてゴメンな。」
外食してもなあ、同じのしか食わないけど。まあ、ここの飯は美味いから通うことにするか。
ホッとして笑い、食事を続けるダンクを見る。ダンクは普通の生活の先輩だ。
俺は家で過ごす時間は、いまだに何するのかわからない。
「ダンクは、夜って家で何してるんだ?」
「俺?俺はトレーニングに家の周辺走って、家で本読みながらテレビかラジオで終わるかなあ。
最近、推理小説読み始めたら面白くてな。」
「すいりしょーせつ?本?本か?本の名前?本って、読まないな、どこで買うんだ?
俺、自分で新聞読めるようになりたいな。」
「新聞か〜、新聞は難しい単語多いからなあ。お前には難しいだろ、学校だってまともに行ってないんだろ?」
「あー…うん、でもなあ、読んで貰えばわかるんだ。今までずっと読んで貰ってたから。
副官が付き合ってくれてたし。」
「そっか、お前は部下がいたんだよなあ。そう言うの、ラクしてきたツケが出てんだなあ。
辞書はどうだ?今度の休み、本屋に行ってみようぜ。
本屋、一軒だけ橋の向こうにあるんだ。そこに無けりゃデリーだな。」
「あー……どうだろう。でもうん、助かる。」
意味はわかるんだ、ただ、読めないんだ。
ツケか、確かに勉強しなかったのは俺が悪い。
軍にいるときは読み書きはデッドやエンプティが秘書代わりやってくれたし、隊長職に就いたら勉強なんてする暇はなくなってしまった。
言葉はわかるのに、文字で苦労する。今でもそうだ。
配達は家番でやるのだが、間違いないか確認しなければならない。
でもわからない字が多いので、かえって相手が親身になってくれるという変な状況が生まれている。
チップ率は俺が局でも最高額だ。
ああ、俺、チビで良かったような……ここに来て、チビで助かってる……ムカつく。
それでも、やっぱり読むのどうにかしたい。
今は新聞も飛び飛びで意味不明がほとんどだ。
政治と軍の動向は知っておきたい。
死んだクソ野郎、新聞読みに化けて出ないかなあ。こき使ってやるのに。
「はあ〜〜〜〜」
「ヒヒ、お前のため息初めて聞いた気がするぜ?勉強、教会に行けば?」
「また教会かよ。教会って何でも屋なんだな。」
「まあ、教会にはお前みたいにさ、親とはぐれた奴らがいっぱいいるぜ?
休日は局長がよくボランティアしてる。一度行ってみろよ、気のいいおっさんやおばちゃんがいっぱいいてくれて、お前が思ってるより結構いいとこだぜ?」
「親とはぐれてか〜…おととい妹の奴とさ、ほんのちょっと夢で久しぶりに会ったんだけど、あれ?!マジ〜?!やっぱ生きてたんだ〜!だってさ。
ひでえと思わねえ?」
「夢は責めんなよ〜」
「いやそれがな、妹とは夢で会うんだ。離れてても、生きてるのだいたいわかるし。」
「ええ〜!だからお前、妹のこと何も言わないんだな。
変な奴、ほんとお前って変な奴〜。マジかよ、お前それ、なに?チョーノーリョクって奴?
双子?」
ダンクが怪訝な目で見る。
「いや、違う。妹とは一つ違いだ。
でもさ、俺ガキん時、母さんに変なこと言ってたんだってよ。
“一緒に生まれるはずだったけど、お母ちゃんたち大変そうだから先に行ってくるって先に来たんだ” ってさ。
んなこと言うガキ、不気味すぎんだろ。
で、時々、波長が合うんだ、軍いたときは一度も合わなかったけど。
そっか、やっと気持ちが落ち着いたんだろうなあ、俺。」
ボーッとして、またため息付いて、ちょっと冷めたシチュー食べ始める。
「でさ、お前の妹可愛いの?」
ダンクが核心を突いた。
「知らねえ、俺そっくりらしいけど、見た事ねえし。よく双子と間違えられてた。
服交換して、大人が間違えるの面白がってたし。
でも、いまだに俺そっくりなら、もう壊滅的に可愛いって言えないだろ。
自分の顔を鏡で見て、可愛いって思えねえもん。」
頭ぐしゃぐしゃかいて、ボサボサ頭でまたため息付く。
そうか、サトミに女の子の格好させたような感じか……
ダンクの頭の中で、サトミの可愛いワンピース姿が脳内合成される。
にっこり……不気味……
「ブハッ!」ビール吹いた。
「きったねえ!!てっめえ〜ダンク!今、俺の女装想像しやがったな!」
思わずサトミの手が背中に回る。
ダンクが悲鳴上げてサッと飛び退き、椅子でガードした。