6、サトミが殺したその男は
「………………………… 誰、が? 」
「お前。」
「…… え?誰だって?」
「だから、お前だよ。」
「…………
…………………………
な、なにいっ!」
ショックで理解するのにスリーテンポ遅れた。
ツンツン頭が、妙に得意げに口をパクパク動かす。
言葉が何故か、遅れて歪んで耳に届く。
俺は思わずよろめき、気が遠くなりそうで、めまいを覚えた。
「やっぱ知らなかったか。ボスは俺に、しか!言ってないっつってたからな〜。
ファースト組には知られない方がいいって口止めされてるし、俺も言えないんで胸ん中モヤモヤしてる訳よ、てめえのせいで。」
「な、なんで?なんで許可でないわけ?」
「お前、誰殺ったよ、胸に手え当てたら思い当たるだろ?」
胸に手を当てるまでもない。
まさか、それが原因で足抜け出来ない状況になるとは思わなかった。
「まあ、諦めろ。
お前、マジ、この国の歴史の本に載りそうなことやっちまったんだ。
その上、終戦時は旧上層部殺しまくったからなー。そんな当事者、誰が放置するかよ。
だからその為に絶対無理だろって名目だけのWD規定なんて一応作ったのに、お前ツルッとクリアーしちゃうんだもんなー。
ほんと空気読めない奴。
上の会議で差し戻されたの、ついこないだだけど、お前は戦中戦後通して功績大きいから、ボスも色々情状酌量で猶予持たせてるわけよ。
まだお前15じゃん?迷って当たり前だってな。ボスの広ーい心遣いよ。」
誰か助けてくれ。
俺は気絶しそうだ。
こいつの首跳ね飛ばしても、事実は変わらない、聞きたくない。
「まあ、とりあえずお前のために総隊長のポストは空白だ。
ジンじゃ総隊長はなー、人望なさ過ぎなんだよな。
俺がなってもいいんだけど、ボスがなぜか駄目って言うし。なんでだろー……
でな、お前うちの隊の現状知らねえだろうけど、片付けはあらかた終わって、今は要人警備や対テロがほとんどだ。ファーストはほとんど対テロに駆け回ってる。
で、俺とジンが現状トップなわけよ。トップ!へへ〜
でな、今度の仕事のことで明日郵便局行こうかと思っていたけど、お前来て丁度良かったぜ。」
人の気も知らず、生き生きして喋りやがる。
だんだんムカついてきた。
「丁度良くねえよ。てめえは表向ききれい事言いやがるけど、裏返せば臭い奴を大事になる前に狩れ言ってるのに違いねえ。
俺はもう、汚れ仕事からきれいに足洗いたいんだ。
ああ……あんな命令聞くんじゃ無かった、お前に殺らせりゃ良かった。
俺はなんで自分で殺っちまったんだろう。
ガキだから暗殺に向いてるとか、上手くはめられたに違いない。
ボスの野郎、殺しに行きたい。」
うっ、とツンツン男が焦った。
なんだか、だんだん軽かったサトミの様子が重くなる。
「は……ははっ、ははは!
やめろやめろ、除隊なんてまあ、そりゃあ無理だな。てめえはソロじゃ強すぎなんだよ。
そんな逸材、簡単に切る訳ねえよ。
で、話だけど。」
「うるせー、俺は激しく傷ついた。
お前の家には二度と来ねえ、さらばだ、クソ野郎。
今度お前の顔見たら、お前の首は胴体とおさらばだと知れ。
ハニー泣かせたくなかったら、俺の前にその汚えツラ二度と出すな。」
手紙に領収のサインして、ツンツン男の手にバンと渡すときびすを返す。
だが、こいつも普通のようであの隊の奴だ。
ちっとも人の話聞いてない
「よし、わかった。
じゃ、あとで郵便局行くから!いなかったら家行く!またあとで!」
「家に来たら黒蜜で刺す。」
「え〜やだなー、あの外道の刀は遠慮したい。知らないうちに死ぬとか、妻帯者に配慮が欲しい。」
「大丈夫だ、お前が死んだらハニーには遺族年金が入ってのんびり暮らせる。」
それは、一番こいつが聞きたくない言葉だ。自分の存在価値が薄くなる。
こいつはとにかくハニーに金を貢いで、何とか結婚にこぎ着けた悲しい奴だ。
案の定、みるみる真っ赤な顔して、銃を撃ってきたのでサッと避ける。
すると、後ろにあったこいつの車のドアに穴が空いた。
「ああああああ!!俺の車が!ハニーに怒られる!!
なんで避けんだよ!ファースト!てめえのそう言うところが大嫌いだ!」
「元付けろクソ野郎。俺もお前が嫌いだからちょうどいい!じゃあな!」
ずかずかと玄関を離れると、目の前にあいつの車がある。
ドアミラーがニョッキリ突き出しているのが、妙にムカついた。
キンッ
庭で金属音が響き、あいつが驚いたようにドアをバタンと閉めた。
サバイバルナイフ腰に納め、足下に転がるドアミラーを蹴って庭を出ようとして歩みを止める。
俺の手が、何気なく鞘の下に行く。
ドアの向こうの気配が、一歩ドアから離れた。
恐らく、ドアスコープから見ていたのだろう。
パチン
鞘の下にあるフックが外れ、鞘の下部がスライドして黒蜜が顔を出す。
ああ、俺はこのイラつきが押さえられない。
シュッと黒蜜を抜き、手の中でくるりと返す。
ピュンッ!
黒蜜をドアに向かって見えない速さで振ると、次の瞬間、柄から外れた刃が一直線に飛び、ドンッと玄関ドアに突き刺さった。
「ひいっ!」
ドア向こうでは逃げるツンツン男が、いきなりドアから生えた刀身に、頬の皮一枚切られてへたり込む。
今度は命が狙われるような気がして、床をほふく前進で必死に離れた。
サトミは柄を握ったまま、すうっと一度、深呼吸する。
あいつを殺しはしないが、少しは口数も減っただろう。
べらべら軽口喋りやがって、ちょっとはスッとしたかもしれない。
ボスはあの野郎の奇妙なほどの生き残る運の良さと、ボスへの忠誠心の高さ、浅はかな軽口を上手く利用しているが、俺達他の隊員はあいつが世界中で誰よりも何よりも一番大嫌いだ。
だ、い、き、ら、い、だ!!
柄を一気に引いて刃を抜き取り、舞い上がった黒蜜の刃をワイヤーで巻き取った。
キュウーーーン……
モーター音が響き、勢いよく刃が柄に戻って来る。
シャー、キンッ!
小気味良い音を立てて柄に刃が差し込まれ、ストッパーの衝撃が手に伝わる。
雪雷の柄を持って鞘を倒し、刀をくるりと回して鞘の下から戻す。
黒蜜を差し入れると、鞘のカバーがスライドして出てくる。それを伸ばしてフックを止めた。
ツンツン男は、リビングの窓越しに、そうっと半分顔を出す。
キイッと窓を開けて、ようやく聞こえる声でささやいた。
「総隊長〜、ここハニーの実家なので、このくらいで許して下さい〜」
けっ、何がハニーの実家だよ!
どうせてめえの金で建てたんだろうが!
平和の中でも仕事仕事の俺たちに、金の使い道はほぼ無い。
平和って奴は維持する方が大変だ。
結婚したって、家にいられるのは一年のうち数週間なのだ。
プイと庭を出て、ベンの元に戻ってカバンを見る。
まだ郵便がある。
でも今、俺の顔は、一般に見せられないツラになってるに違いない。
どうすればいいのかわからない。
ストールを巻いて、ゴーグルを付ける。
強烈に、頭が砂糖とココアを必要としている。
気持ちの切り替えしなくては、これじゃ仕事が出来ない。
どうしよう、今から一旦家に帰ってココアを飲もうか。
ショックが大きい、気分が悪い。
「行くか?」
ベンが、鼻先で背中を小突く。
手綱を持ったまま動かないサトミを引いて、表通りまで出た。
『お前、誰殺ったよ…………』
頭の中で、あいつの声がいつまでも響く。
黒蜜が閃く、その時の光景が、何度もフラッシュバックする。
SPに囲まれたあいつを殺るのは難易度も高く、他の奴では到底成功が望めない。
失敗して捕まれば公開処刑だ。
それでも、誰にやらせたってよかった。
俺が指差せば、そいつは命がけで向かうだろう。
だが、あいつを殺る事がどんなに難しく、大きな事かわかってる。
捕らえられてそれが軍人だとわかれば、軍に粛清の嵐が吹き荒れる。
あんなクソみたいなボスがどうなろうと構わないが、実行犯がタナトスとわかれば、自分達も同じ運命だ。
そうだ、すべての軍人の命が、終戦を願う国民の願いが、肩に重くのしかかっていた。
ああ……ああ、俺は、勉強もろくにしてないガキの俺にだって、わかってたさ。
あれは、大統領の暗殺。あれは、軍主導のクーデターだった。