3、ガレット脱走
荒野を、4台の車が走る。
3台は軍用車、1台は護送用の車だ。
ロンドからは離れたミルドの、更に隣の町へと向かっていた。
国境の町に入る頃、車が突然スピードを落として止まった。
護送車からはバラバラと先に兵が降りて、辺りを警戒する。
促され、やがて中から手錠をした一人の男が降りて来ると、大きくあくびをして道の縁に行き、ズボンのファスナーを降ろした。
2台目の中の高官が、苦々しい顔で舌打つ。
1台目の制服組が、通信機を取って本部と言葉を交わしていた。
「おい!さっさと用を済ませろ!」
護送車から一緒に降りてきた兵が、男の背中を銃床でドンと突く。
「うっせえなあ、こーんな見晴らしのいいところで止めやがって、俺様の一物がビックリするだろうがよぉ。」
ジョボジョボと水の流れる音がして、兵が舌打ちする。
終戦前に捕虜になった隣国アルケーのガレット・E・イングラムは、これから国境で先月隣国に捕虜になった情報部の一人と、交換交渉に入るのだ。
これは公式に発表はされず、秘密裏に行われる裏取引だった。
「ヒヒ……俺と交換の少尉?
アレだろ?スパイだっけ?あー、容疑だったか。
もう、話聞けねえと思うけどなあ。スパイは捕まると悲惨だぜぇ?」
「うるさい!ガレット、さっさと車に乗れ!」
「なんで戦後に捕まるかねぇ。バッカじゃね?」
ガレットが、荒野の風を受けて、のんびり伸びをする。
彼は隣国アルケーの国防大臣の息子。
金と親の権力で軍幹部にいながら、独立した暗殺部隊を編成してメレテ国内に侵入し、暗躍していた。
メレテの重要な幹部や功績を挙げた人間を、報復を兼ねて惨殺して回っていたのだ。
ある穏健派の議員暗殺を企て、タナトスによる防戦で2度の失敗を経て部隊のほとんどを失い、あげく彼自身は捕虜になっていた。
「まだか、さっさと………ん?」
横で兵が、目をこらして視線を巡らした。
「あれはなんだ?……女?」
道を外れて荒れ地から、一人の派手な若い女がこちらへ笑って手を振るのが見えた。
こんな、町から遠く離れた場所で、白ブラウスに黒のロングベスト、デニムのホットパンツにニーソックス、足下はピンクのスニーカーだ。
ツインテールの黒髪を軽やかに、軽装に手には革の手袋を付けているのを見ると、旅行者が車の故障かもしれないなと隊長に一人の兵が前へ出た。
「車の故障かな?旅行者と思うので確認してきます。」
「地元ポリスを待てと言え。」
「はっ!」
パンパンッ!バシッ!バシッ!
乾いた銃声がして、目の前で敬礼した兵が倒れた。
「なっ!」
女が両手に銃を持ち、こちらへ向けて笑っている。
「ヒャハハハハッ!いいぜイレーヌ!やっちまえ!」
ガレットがそう言うと、青い空を掴むように手錠のかかった両手を空に掲げる。
パンッ!
パンッパンッ!!
更に銃声が響き、イレーヌという女に向けて発砲しながら、思わず周りの兵が腰を落とした。
「早く車へ!」
身動きしない男に手を伸ばすと、ガレットが手錠の鎖が切れた両手を見せつけるように離し、べえっと舌を出す。
「べえ〜、ヒヒッ!残念、俺は国境には行かねえよぉ〜」
「かっ!確保しろ!!!」
兵が息を飲んでガレットに銃口を向ける。
ガレットが、護送車の影へと走った。
パンッパン!
「ガレットに手え出したら殺すよ!」
イレーヌが叫びながら銃を撃ち、駆けてくる。
女か、ガレットか、兵が混乱して撃ち乱れる。
「A班女だ!B班、ガレット確保!」
隊長が指示を飛ばし、それぞれが別れて敵に向かう。
しかし女は思った以上に手練れで、A班が焦る。
「早い!」
「やあねえ、当たったらこの自慢の肌に傷が付くじゃない。」
銃口を向けた時、そこに女の姿は無く、身を落として女の銃弾は巧みに防弾装備の隙を突く。
「奴は防弾装備してないぞ!どこでもいい当てろ!」
タタタンッ!タタタンッ!
車の影に入って撃ちまくるが、女の動きは素早く銃弾はむなしく空を切り追いつけない。
「アハハ!ヘボ弾に当たるもんか!隠れてないで出てきなっ!」
女が横に駆けながら、クルリと舞って前転する。
頭が下に来た一瞬で、車体の下から車の向こうの兵の足を撃ち抜き、そのまま駆け上がるように車のボンネットに飛び乗り、車の屋根を駆け抜けた。
銃のマガジンを落とすと、ベストの下から新しいマガジンを取り、素早く差し込む。
「ぐああ!班長、足が!」
「下がれ!撃て!撃て!」
パンパンパンパン!!「ぐあっ」
班長が足を撃たれ下を向き膝を折ると、女が車から飛び降りその顔を横に蹴り飛ばす。
パンパン!!
班長はヘルメットの下から銃弾を受け沈黙した。
A班の残る面々に、ざわりと寒気が走る。
女は、不気味に笑って彼らに銃を向けた。
ガレット確保に銃を撃ちながら、B班がガレットの隠れた車の陰に向かう。
「動くな!ガレ……」
タタタンッタタタンッ!「ぎゃっ!」「うおっ!」
「撃たれた!正面だけじゃ無いぞ!」
一体どこから撃ってくるのかわからず慌てて車に隠れ、辺りに乱射する。
「くっ!くそっ!」パンッ!パシッ!
「あがっ!」
また一人銃弾を受け、その場に倒れる。
2台目の車が、見切りを付けたのか、その場から急発進して逃げ出した。
それを見送りながら、制服組の男が汗をふいて車に隠れしゃがみ込む。
「次官は逃げたか……仕方ない、殺せ。あいつを生きたまま確保は厄介だ。」
隣の兵に指示したとき、その兵が返答する間もなくゆっくり後ろに倒れてゆく。
「はっ!」
息を呑む制服の男のこめかみに銃口が当てられ、見上げると横に女がニイッと笑い立っている。
ガレットが、車のボンネットから顔を出した。
「おっそいよなあ。あんた指示が遅すぎるだろぉ。部下が可愛そうだぜ、もっと早く判断しろよな。」
「ま、まさか!!」
「みんな先に行ったぜぇ。やれやれ、で〜、あんたには聞きたいことがあるんだけどぉ。」
制服の男が、視線を巡らせ一瞬、身を翻し銃を女に向ける。
パンッパン!「グアッ!」
銃を握った腕を撃たれて、制服の男が苦悶の顔を上げる。
「あら、もっといい顔してよ」
女にドカッと顔を蹴られ、横にひっくり返った。
「あー、イレーヌ〜ダメダメダメだろぉ、俺はこいつに聞きたいんだからよぉ。」
「あら、そうなの?コロしちゃえばいいのに。」
「まーて、待て、急ぐなって」
ガレットは鎖の切れた手錠を鳴らしながらボンネットから飛び降り、ヒヒッと不気味に笑う。
「あんたなら知ってるだろ?俺を捕まえたガキだよ。
真っ黒い服の部隊の一人さ、一人だけ小さなガキが混ざって、奇妙なほどすっきりした装備で武器をゴチャゴチャ持ってねえ。ナイフと背中に棒を一本だ。
これだけ言えばわかるだろ?あんな奴、そう見ないよなぁ。
なあ、
今、どこにいる?」
制服の男の脳裏には、何度も話をした少年隊長の顔が浮かぶ。
思わず息を呑み、ギュッと唇を噛んだ。