19、コンテナ式管制塔
サトミがデッドとトラックに向かう。
ベンのことを思い出して見ると、ホークがトラックの横の小屋にベンを連れて歩いていた。
「ホーク!すまない、水と飼料あるか?」
「総隊来られるのわかってたんで買っておきました!ワラ、オガ、ニンジンもあります、お任せ下さい!」
「上出来!任せた!」
親指を立てると、嬉しそうに手を上げていく。
デッドが、トラックの荷台のコンテナにあるドアのキーを解除しながらささやいた。
「サトミ、エアーの伝えた情報はかなり重要度が高いです。マズいことになっています。」
「またアルケーのクソども、今度は何やらかすつもりだよ?
やっと戦争終わったんだ、おとなしくメシ食ってクソして寝てろと誰か伝えろ。」
トラックに入ると、狭い通路がありもう一つドアを開ける。
開けた瞬間、空気が変わった。
このド田舎ロンドのアナログに慣れきった世界で、そこだけ過去に置いてきたハイテクの世界のように思う。
薄暗い中、真っ白の長い髪を束ねた黒い丸メガネで痩身のおっさん『ジョーク』が頭にヘッドホン付けて、デスクの向こうに斜めに固定してあるディスプレイを、画面の灯りに照らされじっと見ている。
ジョークは特に、タナトス設立時からのメンバーで古参の一人だ。
奥にはもう少し若いモヒカンの『スリープ』が、画面を見ながらキーを叩いていた。
2人はいつも、このトラックの日の当たらないコンテナの部屋で本部との交信、情報収集、そして通信コントロールを行っている。
作戦行動時は、このトラックを守ることも重要なポイントだ。
2人はこのトラックを棺桶と皮肉るが、タナトスの心臓とも言える。
荷台のコンテナは多少の攻撃ではビクともしない頑丈さで、今回のような多人数での作戦に同行し、隊の管制塔として機能する。
二人は作戦中は寝起きもすべてこのコンテナの中だ。
戦時中1度包囲されたことがあって、二人はこの中で5日間立てこもったことがある。
それでも、救助した時は非常電源使って小さなパソコンで普通に仕事していた。
引きこもりには、立てこもりもあまりいつもと変わらないらしい。
毒ガス投げ込まれなければ、食料も簡易トイレも中にある。
ただ、久しぶりに見た太陽がまぶしくて、外に出た瞬間、悲鳴を上げて中に戻っていった。
こう言うコンテナを持っているのは軍でもタナトスだけだ。それだけ作戦には秘匿性、重要性のあるものが集中する。
2人は常に情報を管理し、隊員のストレスを減らす仕事をしていた。
見回すと相変わらずトラックの中には、壁にディスプレイが並び、固定したデスクにPCが、デスクの下には電源や記録装置や何かワケのわからない箱がひしめいている。
「よう、久しぶりだなジョーク、スリープ。動きはあるか?目標は今どの辺りにいる?」
棚や何かわからない箱は全部床に固定されていて、ジョークの横に立ってディスプレイをのぞき込む。
まあ、見たってわからない。
「オゥ!久しぶりだ、隊長。相変わらずキュートなガキ。」
ジョークがディスプレイ見たまま、サトミの腰に手を回してギュッと抱き寄せる。
サトミがぐいっと彼の頭を押して突っぱねた。
「いいから情報よこせ。そうだな、逃げられた時の映像最初から見たい。」
「オッケー。スリープ、ディスプレイ3番にファイル57番、00からファイル開け、俺が説明する。
奴らが起こした一連の騒ぎ、解析から回ってきた衛星の画像まとめてる。
まずは最初の。脱走した状況から。」
「この件、軍内部ではどこまで公になっているんだ?」
「一般にはこの件、詳しくは知らされてない。捕虜との交換自体が秘密だった。
ガレットは戦時中とは言え穏健派の高官殺した重罪人だ。こいつのせいで終戦が遅れた事はみんな知ってる」
「情報部一人のために野放しにすることは世論の反感を得るかもしれないって事かよ。小せえなあ」
「犯罪者を知っていても、エアーがどれほど重要な人物かは誰も知らない。人の世、そんなもの。
一般兵には護送中に逃走した捕虜名目で顔写真が回っている。」
「場所わかってんだろ?さっさと捕まえればいいじゃねえか。めんどくせえな。」
「軍の意向は1日も早くガレットを捕まえろ。だが、ボスの意向は総隊の復帰を待て。
つまり総隊長、あんた待ってた」
サトミがウンザリして頭をバリバリかく。
「あー?くそ、まったくよう。めんどくせえ!こんなガキに任せんなよ、説明!」
「承知、衛星画像まとめた。」
衛星からの情報がまとめられ、時系列で説明される。
脱走、そしてそこから追ったアーガイル、一時見失い、アーガイル3区での騒ぎ。
ジョークが小さな声で、ボソボソ喋る。
時々装置のファンが回り、後ろにいるデッドが聞こえにくいのか耳をそばだてた。
「このホテルの爆破騒ぎで目立ったのがこの動きで、拡大するとこれが限界。
画像処理でこのトラックの上にいるこいつがガレットと確認。
あと、聞き込み行ってるジャッジからの画像。
爆発食らった方のホテルにカメラついてたけど、これがクソ。
男女の違いくらいしかわからない。で、ノイズ除去した。」
ガレットたちメンバーの姿が映るが、なるほど辛うじて顔がわかる。
「こいつがガレット、隣の女がイレーヌ、こっちのコートがアンソニー・ウッド。
スナイパーだ、この二人がガレットの部下生き残り。」
「生き残り?生き残ってやがったのかよ。全部殺したと思ったのに。
あとのおっさん達は?」
「あとはこの女の部下だと思われる。この女、前の作戦の時、隊長に遭遇しなかったから、別動隊だったらしい。」
「ふうん、生き残りか〜、だから生け捕りはめんどくせえんだよなあ。」
「奴ら、今郊外のモーテル。デリーに近い。今突入して確保も出来る。」
「結論を急ぐな、奴らの動きがトレースできている今、急く必要は無い。
だから俺を待ってたんだろ?ボスは何か言ったか?」
「エアーを無事に取り戻せ、絶対に殺すな。」
「アルケーのクソ野郎の要求は?はっきり返すと言ってるか?」
「それは言って……」ジョークが、ふと動きを止めてスリープを見る。
スリープが、記録を開いて口を開いた。
「あー、確かに。返すとは一言も言ってませんねえ〜
返さないと銃殺すると言ってますわ〜。なんとなく、返せば返されると思い込んでたけど〜」
「だろうな、人間ってのは等価交換を思いがちだが、そうとは限らねえって事だ。
元々返す気はサラサラねえ奴に、返さなきゃどうしようもならねえ状況を作るには、どうしたらいいか。
弱みを掴むしかねえな。」
サトミが息を吐いて顔を上げる。
ジョークが、顔を上げてサトミを見た。
「こいつらが戦中国内でやってたことは、ネタにならない?」
「ジョークよ、戦中は何でもありだぜ?だから俺達も動きやすかった。そうだろ?」
「今もやってること、変わらないけどね」
苦笑するジョークに、サトミが画面をまたのぞき込み、最初に戻せといった。
じっと、上空からの映像に見入る。
「これ、いきなり一人増えてる。この男光学迷彩使ってるぞ。」
「光学迷彩?ノイズじゃなくて?」
「ああ、もう一度戻せ、……よし、そこからだ」
ガレットが逃げたときの戦闘状況で、一つの小さな人間の動きが気になるようだ。
その人間の動きに見入り、アップしろと指さした。
「この髪の長い奴、女か?こいつの動きが尋常じゃねえな。」
ああ……と、ジョークが手元のディスプレイにイレーヌのプロフィールを映し出す。
「この女、銃と男とカバン持って3階から命綱無しで飛び降りたらしい。
とんでもねえ化け物、あの騒ぎの中で覚えてる奴がやたら多かった。
イレーヌ・ボウ、アルケーじゃワンダーウーマンって呼ばれて英雄扱い。
ガレットの女。
こっちじゃビッチグリズリーって呼ばれてる。こいつ腕力が半端なくて、殴り殺された奴もいる。」
「キシシシ……殴り殺したって?なんだそれ、ひでえ化け物だな。
それで、なあジョーク、俺のことは何てあだ名ついてるんだ?」
ジョークがビクンと動きを止めて、目だけでこちらを見る。
どうせろくでもないあだ名で呼ばれてるんだろう。
「………え?……えー?……えー……………
そんな〜隊長は有名じゃないしー、子供隊長ってくらいじゃないかな?
それより、エアーの持ってきた情報は聞いた?」
「いや」
ジョークがデスクライトをつけて、ごそごそプリントアウトした紙のファイルをめくる。
「お隣、核を手に入れるつもり。
掴まった情報部の奴のメモも郵便で領事館に届いた。
内容分析すると、お隣、すでに機材の仕入れ済んで、あとは材料仕入れるとオッケー。
で、某国から陸送でウラン。しかも取引をメレテ側でやる。
よく調べた、なかなかのやり手、ボスが殺すな言ったのわかる。」
暗号を文書化したものをサトミに渡す。
サトミがそれを、デッドに渡した。
デッドが読み上げ、サトミが聞いている。
そして、エアーがギリギリの状況で、何とか暗号で伝えた最後の一文。
『対応されたし、メレテ最大の危機と懸念』
「最大の危機?」ジョークが何気なくサトミの顔を見て、驚き、椅子から転げ落ちた。
サトミの顔が、笑っていた。
ディスプレイの灯りに照らされ、青く輝く顔で、修羅のように笑っていた。




