11、黒尽くめの少女
数日後、3区のあるビルの前に、黒い高級車が止まった。
助手席から、黒いフードケープのショートコートに、ベルトを着けた黒いミニのワンピース、黒いニーソックスに黒いショートブーツの小柄の女が出て、周りを見回す。
女は背格好はまだ10代のような少女で、黒髪のショートボブに迷彩のスカーフで口元を覆っていて顔が見えない。
何より目立つのは、腰にサーベルのようにぶら下げている長い棒だ。
だが、その柄は赤い柄紐が色鮮やかな、日本刀のようだった。
運転手が車を出てサッと後ろのドアを開けると、後部座席からでっぷりとした目つきの悪い70代ほどのスーツを着崩した男が出てくる。
彼が歩き出すと、並んで座っていた部下の男が、大きなカバンを持って後ろをピッタリと歩く。
やがて運転手を残し、3人はそろってビルに入っていった。
「おい、ボディーガード、お前名前は?!
……くそっ、こんなちっこい奴がほんとに大丈夫なんだろうな?
キーン、貴様なんでもっとゴツいの雇わなかった。」
キーンと呼ばれた部下が、申し訳ありませんとぼそっと呟く。
その横から、少女の低い声がささやいた。
「セシル・ゲートだ、ボディガードと呼べ。」
「ああ!名前なんか何でもいい!お前、金の分働けよ、わしに傷一つでもついたら殺すからな。」
黒尽くめの少女は脂汗を流す男をチラリと見る。
声色も変えず、低い声で短く返答した。
「仕事はきっちりやるさ」
「くそっ、男か女かわからん奴だ。胸はぺったりだし男か?女装が趣味か?
変な奴が増えたもんだ。」
エレベーターで上がると、ガラの悪そうな男が出迎えにきた。
一礼して、こちらですと手で招く。
一つのドアの前で立ち止まり、軽くノックしてドアを開けた。
「ウィラードの旦那がおいでになりました。」
ウィラードが大きく深呼吸して中に入ると、奥の高そうな椅子に一人の男が反っくり返って座り、周りに数人の男たちが立っている。
ウィラードは派手に喜び、大きな声で挨拶して手を上げた。
「よお!ミスターガストン、会えて嬉しいぜ。」
「よう、ウィラード、久しぶりだなあ。まあ座れ。」
テーブルの横の指された椅子に、ウィラードが座ると横に女が立つ。
ガストンは興味深そうに眉を上下させて、身を乗り出した。
「何だそのちっこいのは。お前の女か?
貴様がロリータ趣味とは知らなかったな、ハッハッハッ!」
ガストンが笑うと、周りの男たちも笑う。
ウィラードは腹立たしそうに、女に下がれと手で払った。
だが、女は下がらない。
舌打ち無視して、女の後ろに立つ秘書にカバンを出せと手で合図した。
「約束の金だ、これで始末の手を打って貰いたい。」
ガストンは、部下にアゴで合図して、バッグを開けさせる。
中の札束が偽札じゃ無いかどうかを調べさせ、自分のデスクの上へとカバンを持ってこさせた。
「これで無かった事にかよ、兄弟。え?バッグがもう一つ足りなくないか?
お前の手違いで、こっちはやっとかき集めたブツを失って、兵隊4人失ってるんだ。
トラックにブツがどれだけ入ってたと思う?
下のギブソンまでぶち込まれて、今後の取引にも大きな影響が出る。
ポリスには目をつけられて、商売がやりにくいったらありゃしねえ。
なのに、お前はこんなちっぽけなバッグにちょっぴり詰めて、忘れてくれと言ってきた。
え?随分安く見られたもんじゃねえか。」
ウィラードは、苦虫をかみつぶしたような顔で、脂汗をポタポタ落としている。
まあ、気持ちはわかる。
横から見ても、そんなに安い額じゃ無い。
つまり、こんな金額でも許せないほどデカい取引だったのだろう。
麻薬か、それとも武器か。
そんな事、知った事では無いけれど。
「ブツは、こちらで集める。
先方には待って貰っている、船の都合もつけるので金は待って欲しい。」
「はっ!お前が集めるだって?見目のいい女子供ばかり、お前がどれだけ集めきれるってんだ。
だいたいこの仕事にも乗り気で無かっただろう?もういい、お前に用は無い。」
ウィラードが、愕然と顔を上げる。
慌てて女のケープの裾を握った。
「馬鹿な!俺をここで殺すと、ファミリーが黙っちゃいない……」
ふと、銃口が横から当てられ、視線を恐る恐る向ける。
自分に銃を向けるのは、それは先ほどまで部下だった男、キーンだった。
「キーン!お前!」
「ヘマやる男に用は無い、あんたは年を取り過ぎた。
甘いんだよ、戦時に人間なんかその辺にゴロゴロ死んでいたんだ。
それを生きてるうちに売って商売にして何が悪い。
ファミリーは俺が率いる事にした、安心して眠れ。」
「待てっ!お前なんかに…くっ、くそおっ!」
絶望的な声が上がる。
その時、キーンの前にいたボディガードの女がバッと両手を挙げてケープコートを翻した。
すべてを黒で統一した、闇の中から黒いスリムなショート丈のワンピースが現れる。
ふわりと舞い上がるケープコートに目を奪われた瞬間、キーンの胸をドッとなにかが突き抜けた。
「がっ!」
キーンが信じられない顔で目玉を下に向けると、背中を向けた女の脇から伸びた日本刀の刃が、胸を貫いている。
「お前が彼に銃を向けたら殺せと、マダムに指示を受けている。」
「ま、まさか!お前を雇ったのは……」
「お前は使者であり、金を出したのはマダムだ。
すべてにおいて、雇い人の指示が優先される。悪いな。」
キーンが女に銃を向けて数発撃つ。
だが、女は見えない早さで弾を避け、身を翻すと彼の上着で血を拭きながら刀を抜いた。
「お、お、くそ……あの、女……」
どさんと倒れるキーンから、ハッと視線を上げる。
ウィラードが引きつった顔で、笑った。
「よ、よくやった!」
「喜ぶのは早い。」
女が突然ウィラードの後ろ襟を掴んだ。
「お?うお?おおおおおお!」
でっぷりとした彼の体重を物ともせず、ドアへと放り投げる。
ドアを突き破り、廊下に転げ出て舌打ちながら顔を上げると、デスクで反っくり返っていたこの部屋の主ガストンが、キーンの撃った銃弾を受け絶命していた。
「ボス!」
「ボスーーー!!!」
驚愕する部屋の中の部下たちが、次の瞬間銃に手を伸ばす。
一人が自動小銃を持ち出したのを見ると、弾丸が飛び交う中で女は足下の応接テーブルを彼らに投げ、サッとその男に走って刀を返し、脇腹を峰打ちした。
声も上げず小銃を持ったまま倒れる男の背中を抱きかかえ、女がスカーフ越しに刀の柄を口にくわえて、銃を握るその手に手を添える。
「こ、こいつ何を!」パンッパン!パンパンパン!!
彼らの撃ってくる銃弾を、抱える男がすべて受け止め、その衝撃だけが女の手に伝わる。
「キヒッ!」
奇妙な笑い声を上げた瞬間、女が銃を男の指に重ねてフルオートに切り替える。
そして男の指に、指を添えて引き金を引いた。
「 逃げッ!! 」室内にいる男たちの顔が凍り付く。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
部屋の端から目前にいる男まで、その場にいた男たちを一掃する。
阿鼻叫喚する間もなく、逃げようとする者さえ、一人残らず撃ち倒してゆく。
やがて弾が無くなる頃には、室内に動く者は消えていた。
パッと抱えていた男から手を離すと、どさんと息絶えた男が床に崩れ落ちる。
刀を鞘に戻して、ふうと吐息を漏らした。
フードを深く被ってツカツカとドアに歩み寄り、ウィラードに目を移すと彼は床に小さくなって震えている。
女はフンと鼻で笑い、彼に声をかけた。
「帰るぞ、あいつらのゴタゴタに、これ以上巻き込まれたくない。」
「 ……は? …え?」
何を言っているのか理解できずに、思わず顔を傾げる。
女が正面に立ち、ドンッと彼の頭の上で壁に両手をついた。
「ひいっ!」思わず声を上げ、彼がビクビク縮みあがる。
「あいつらのゴタゴタだ、そう言う事だ。」
影の中で女の目が、フードの奥でギラリと光る。
「そう言う事だ。」
「はい!そう言う事です!」
ウィラードが泣きながら彼女の下から這い出て、壁をトカゲのように這い上がった。
「戻るぞ」
「は、はい」ウィラードがツカツカ部屋を後にする女の横を転がるようについて……
行きかけて慌てて部屋に戻り、金の入ったカバンを持って行く。
待っていた運転手がドアを開けると女が乗り、急いで反対側にウィラードが乗り込む。
何故か立場が反転している彼らに運転手が首を傾げると、ウィラードが慌てて出せと告げた。




