10、軍とは縁切りてえ
翌日、サトミは3局周りから帰ると局長室に赴いた。
局長は、いつもきれいにデスクを整理して、部屋もすっきりしている。
浅黒い肌にダークグリーンのジャケットを着て、タイトなスカートに綺麗に結った黒髪など一分の隙も無い。
戦中から、ずっとここを守ってきた人らしく、気遣いと勇気のある人だった。
彼女は男性だが、感じる気配は確かに女だ。
子供好きは、俺を見る目にも温かい物がある。
最初性的なものかと思ったが、9割は違うと確信した。
椅子を指され、デスクの向かいの椅子に腰掛けて横を向き、足を組んだ。
「第一師団の部隊って言ったらわかるそうだけど、昨日会ったの?」
「ああ、おかげで最低の気分になっちまって……、勝手に帰ってすまなかった。」
「いいわ、ちゃんと引き継ぎしてるし、ノープロブレムよ。
で、本題よ。彼と話した事はね………」
局長が、簡潔に話して聞かせる。前日、局に来たのはやはりギルティだ。
ギルティはサトミの除隊が保留になっている事を伝え、現在休職状態になっていると話したらしい。
自分に話した事で、もう秘密にする必要も無くなったという事だろう。
局長は、郵便局は軍との繋がりが少なからずもあるので、出向という形で成人するまで預かりたいと言ってくれたらしい。
ギルティはボスに確認取って、出向扱いオッケーだが、時々こっちも手伝って欲しいとか条件を提示してきた。
結局、上にこちらの希望を報告するから、文書でまとめて欲しいと伝えて帰っていった。
「出向か〜…、俺、軍とは縁切りたいんだけどなー」
「そうね、あなたは軍に入るのが早すぎたから、そう思うのはわかるわ。
でも、今は戦後よ。軍人は国を守る立派な仕事よ?
国境の小さな小競り合いはたまに聞くけど、昔ほど血生臭い事やってないと思うわよ?」
甘い。
ヒョイと肩を上げ、小さく首を振る。思わずため息が出た。
「まあ……、もう、なんか諦めたんだけど。
軍って奴も、まるでマフィアのファミリーだよな。
入った時点で、サタンの手下の焼き印押されたような物だ。
俺は人を殺したくないから飛び出したのに、時々ひどい焦燥感に襲われる。
脳みそが、作戦行動の緊張感が懐かしいって叫びやがる。
イライラしてんだろうなあ、砂糖があっという間に無くなっちまう。」
「聞いてるわ、砂糖とミルクね。取り過ぎは良くないわよ。
あなたまだ成長期だし。」
きょとんとして、クスッと笑う。
ほんと、ここの奴らは俺を子供扱いしてくれる。
俺は自分が子供だって事も忘れていたのに、クソ野郎のボスに爪の垢飲ませてやりてえ。
「それにね……出向だと悪い事ばかりじゃ無いわ。
軍の偉い方のお話しでは、休職だと郵便局の安月給だけど、出向だと軍から出すそうよ。
その分、安心してあなたの上もうちに預けるんじゃない?」
「まあ、その分“戻れ”も言いやすいかもね。」
「大丈夫、そこはちゃんと取り決めるから。
それに……あなた、階級は?かなり上じゃなくって?うちの給料じゃ安すぎるのではない?」
「あー今んとこ、金は頭にないっす。
ま、俺の食い扶持減る分、他の奴らの給料足してください。
どう決まろうと、俺はまっとうにアタッカーやりますんで。」
「よろしい。では、現在あなたの軍への帰還の意思は薄いと言う事と、現状を維持したい。
こちらとしては成人までアタッカーとして預かる旨を伝えます。
私は契約書を作って、あなたの事について軍の人と契約を交わす予定よ。
その文書はこちらで制作すると提案するわ。
うちには元弁護士いるから、彼に頼みましょう。
文書出来たらあなたにも確認して貰うから、よろしくて?」
「オッケー、軍の上司が果たしてサインするか疑問だけど、まかせる。
たまの手伝いが頻繁な手伝いにならないように念を押してくれ。
ありがとう、感謝する。」
「いいえ、あなたの親代わりだもの、頼っていいのよ?」
頼って……いい……
頼って、いいのか……
じっと、立ち尽くして考える。
局長が、にっこり微笑んで俺の言葉を待ってくれる。
「頼ってもいいのよ。なんでもドンと来い、よ?」
「……局長、俺……」
俺は、一大決心してみようか。と思う。
それは恐らく、今しか無いと。
この機会を逃せば俺は、新聞持ってふらふらするだけのままだと。
学校という物に……
目が見えてから行った事の無い、学校という物に、通ってみようと思った。
デリーから二つ隣、ロンドからは距離はあるがロンドより少し大きい町、アーガイル。
ここは大きな市がたち、近くに紡績工場があるので活気がある。
ここの化学繊維の紡績技術は高い物で、軍備品にも利用されるほどなので周辺の町より景気がよくて、工場周辺はきれいに整備されている。
だが、光の部分が強い分、影も強くなる。
景気のいいところでは裏世界も発達して、市周辺は治安も悪い方だった。
昼が過ぎた頃、モーテルの一室に外に出ていたアンソニーが帰ってきた。
ドアの前に立つ一人に手を上げて、中へと入って行く。
相変わらずイレーヌがべったりで、ガレットの膝の上にまたいで座り、サンドイッチを食べさせている。
やれやれと肩をひょいと上げて、装備の手入れする4人の仲間たちに差し入れのタバコと果物を渡した。彼らはイレーヌの部下だ。ガレットの直接の部下はアンソニーとイレーヌ、他はみんなガレットが捕まったときに殺された。
イレーヌは部下と別行動だったために助かったという方が正しい。
アンソニーが大きく息をつき、ガレットの向かいの椅子に腰掛けた。
「情報部と会ってきましたぜ。
子供みたいなチビで武器かなんか知らないけど、棒背負ってるって言ったら、思い当たる奴がこの町の3区あたりにいるって言うんで、エスを探しにやりました。
棒はどうも武器らしいですぜ。なんでも長いナイフだとか。」
「へえ、で、何やってんだ?」
「それがですね、バウンサー(警備員)とかボディガードだとか。
特に調べようという気も無くて、変わった武器使うってんで記憶にあったらしいです。」
「ふうん……3区か、ちょっと離れてるな……、よし、イレーヌ、宿変えるぞ。」
「3区ってえと、一番騒がしいところですぜ。
軍人に見つからねえですかね。」
「大丈夫よう、ダーリンはあたしが守るから。」
「イレーヌ、お前の手を煩わせたくはネエが、頼りにしてるぜ。」
イレーヌがガレットとキスを交わすと、サッと立ち上がる。
そして、鋭い視線を傍らの部下たちに向けた。
「行くぞ、移動だ。」
「イエス、レーヌ。」
彼らは手入れした武器をサッとまとめ、機敏に立ち上がる。
そして部屋を出る彼らの後をチェックして残さず荷物をまとめ、あとを追った。
学校というのは、勉強するという事は、日本人の子供にとって当たり前すぎて空気のようです。
でも、空気はそれがないと生きられず、また健康のために質の良い空気が求められます。
小学校まで耳からしか勉強してないサトミは、勉強してないと思えないような難しいセリフを吐きます。
それはすべて軍の制服組の会話、そして最初は興味も無かった新聞に、国の動きや人心の動きを見つけて、毎日誰かに読んでもらい、わからない言葉の意味を教えて貰った、独学から来たものです。
刀一本で這い上がった彼は、漫然と戦っていた訳でも無く、常に脳みそフル回転状態です。




