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君の隣  作者: 高原 涼子
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 自身の隣には大好きな幼なじみがいる。そう思うだけで悠は幸せで、心が弾む。

 ほんの数ヶ月前はお互いに相手のことを傷つけたくないばかりにすれ違っていたことなど、忘れてしまえるくらいには幸せだ。

「ーー……っ」

 飛び起きても、辺りが真っ暗だと、それが現実なのではないかと思うような、夢さえ見なければ。

 嫌な夢を見て、汗だくで悠は目を覚ます。時間を確認して、ため息をついた。

「……三時半」

 異様に喉が乾いていた。

 常夜灯をリモコンで点けてから、ベッドから降りて部屋のドアを開ける。

「悠様、いかがなさいましたか?」

 ちいさな声がかけられて、安心したように微笑んだ。

 ほとんどの使用人が眠っているはずの時間に、数名の夜勤の者が子供たちの部屋の側に控えている。主に双子の姉弟の世話をしているのだが、悠も夜中に目が覚めてしまった時はたまにお世話になる。

「目が覚めたら喉が乾いてね」

「……ではすぐにお水をお持ちしますね。お部屋でお待ち下さい」

 綺麗な一礼をして、彼女が足早にその場を去る。

 ため息を一つ零して、悠は部屋のドアを開けたままベッドの縁に腰を下ろした。

 自分でできることでも、誰かの仕事を奪ってはいけない。ちいさな頃からそう言って育てられた。だから悠は甘やかされていると言われようが、勝手に夜中にキッチンへ行って水分補給をしようとは思わない。

 仕事として広瀬という家で使用人として働いている彼女から仕事を奪ってしまうと、それは必要ない人になってしまうから。

「……そう考えると、僕の立場って自由がないなあ」

 呟いて天井を見上げると、なぜだか笑いの衝動と戦うハメになった。

 しばらくすると、控えめなノックの音に続いて、ちいさな声が届く。

「お待たせいたしました」

「ありがとう」

 サイドテーブルに置くように伝え、お礼を伝えると、柔らかな笑顔が返された。

「飲み終わりましたら、グラスはそのまま置いておいて下さいね。

 ……おやすみなさいませ」

 静かにドアが閉められる。

 悠はグラスの中の水を一気に飲み、もう少しだけとちいさなピッチャーからグラスに注ぐ。ほんの少しの時間、見知った顔の使用人と話をして、気分が浮上する。

 今なら目を閉じればもう一度眠れそうだ。今度は嫌な夢を見ませんようにと祈る気持ちで悠は再びベッドの中に潜り込んだ。




決してスッキリとしためざめではなかったけれど、嫌な感じはなかったのがよかったと、目覚ましのアラームを止めた悠が安堵のため息を零す。

セットした時間は部屋の扉をノックされる五分前と決めている。ベッドの中で伸びをして、カーテンと窓を開けて空気の入れ替えをすると、それだけで身体の中に芯が通ったように感じるから不思議だ。

そうして悠は、普段よりほんの少しだけ早く、扉をノックされる前に僅かにドアを開ける。

「おはようございます」

「おはよう。……シャワーを浴びたいのだけど、誰か浴室使ってる?」

 父母は自分たちの部屋に専用の浴室をつけているから、念のための確認だ。

「いいえ。柚李様も祐稀様もまだお休みの時間ですから大丈夫です」

「ありがとう。じゃあ今日は家を出るのを十五分遅らせるから伝えておいてもらえる?」

「かしこまりました」

 よろしくねと伝えて悠は部屋を出る。

 熱いお湯を浴びて、嫌な夢と落ちて行く気持ちを洗い流してしまいたかった。


 ◇◇◇


 悠の通学手段は送迎の車だ。朝は正門前まで、帰りは学校最寄の駅前からと決まっている。わずかな距離だけれど、友人たちと歩いてそこまで行くのが楽しいのだ。

「悠様、お顔色が優れないようですが、大丈夫ですか?」

 車に乗り込みしばらくすると、いつも送迎をしてくれている運転手から声をかけられる。

「ちょっと怖い夢を見て、夜中に目が覚めてしまったから。体調不良ではないよ。

 心配してくれてありがとう、森さん」

 後部座席から応じると左様でございますかと、ルームミラー越しに穏やかな笑顔が返ってくる。

「不思議なもので、怖い夢をみたという事は覚えているのに内容は全く思い出せないんだよね」

 嘘だ。普段の夢ならば覚えていないけれど、今回ばかりははっきりと覚えている。

「覚えていても嫌な気持ちを引き摺ってしまうでしょうから、その方がよろしいのですよ、きっと」

 もう何年も登下校の際は色々な話をしながら移動しているので、悠にとってはそれなりに話しやすい大人の一人である。

「きっと、そうだね」

 にこりと笑って時間を確認すると、到着までに三十分ほどかかりそうだと気づく。

「学校に着くまで少し寝ておくよ」

「そうなさいませ」

 その言葉を最後に悠は目を閉じ、次に声をかけられるまで束の間の眠りについた。




 高等部に進級してから少しだけ以前と変わったことがある。

 一番大きな出来事は、車が正門前に着いた時に、数ヶ月前に友人から恋人になった高槻が待っていてくれる事。

 もう一つは、父親から三年間の自由をもらえた事。

 卒業後に進学する大学の学部まで決められているし、その時には仕事も手伝うことになるのも既定路線だけれども、それに対する不満は悠にはない。

 だから(・・・)高等部では当たり前のように生徒会に所属できているし、少しだけ自由奔放に振る舞えている。幼なじみたちもそれを知っているから、自由に振る舞うことを許してくれている。

 いつも通り振動もなく停まった車の後部座席のドアを森が開けてくれる。

「いってらっしゃいませ、悠様」

「いってきます」

 幼稚部に通い始めた時から変わらない、いつもと同じ挨拶をする。そのまま彼は悠が校舎に入るのを見届けてから同じ道を戻り、放課後迎えにやってくる。

「おはよう、悠」

「高槻、おはよう」

 家族や使用人以外で一日の最初に挨拶を交わすのが高槻なのが嬉しい。近くに大好きを感じられる人がいるのがとても貴重な時間だから。

 他愛ない話をしながら校舎に入ると、悠がまとう空気が変わる。ほんの少しだけ、高槻に甘えるようにふにゃりと笑み崩れるのが、高槻にとって毎朝が最高だと思える瞬間だ。

「ねえ、先に生徒会室に寄ってもいい?」

 珍しい言葉に頷いて、並んで廊下を歩く。

 高槻が預かっている鍵を使ってドアを開けると、中に入った悠が急かすように高槻を手招きする。

「……ちょっとだけ、ギュッてして」

 突然の言葉には驚いたものの、高槻は悠をどこからも見えないように部屋の片隅に移動させてから抱きしめる。

「……たぁに、いらないって言われる夢を見たんだ」

 ため息と一緒に、囁くようなちいさな声で悠が話す。声も身体も震えているのに気付いた高槻が、なだめるように悠の背中をトントンと叩く。

「俺は、悠のことを手放せないよ」

 そう言って高槻が悠の旋毛に唇を寄せる。少しだけ頭を上げて視線を合わせてきた悠の額にもちいさな音を立ててキスをすると、高槻は身体を密着させるようにして再び悠を抱きしめた。

「俺があんな態度とってたから、今でも悠のことを不安にさせてしまうんだよな。……ゴメンな」

 大元の原因が自分にあると分かっているから、高槻はこういう時、悠に甘い。

 首を振り、高槻の腰にまわした腕に力を入れて離れないようにする悠が愛おしくてたまらない。

「予鈴が鳴るまでこうしておこうか」

「……ん」

 頭ひとつ分の身長差と体格の違いで、悠は高槻の腕の中にすっぽりとおさまっていて、少し俯き加減になっているので表情を窺うことができない。

「悠、ちょっとだけ顔上げて」

 腕の力を緩めて悠が動きやすいようにしてから声をかけると、わずかに顔を上げて高槻と目を合わせる。今にも泣いてしまいそうに潤んだ瞳に、高槻は囚われる。抱きしめている片腕はそのままに、頬に空いた掌を添えると、悠が目を閉じて擦りよせてくる。

 悠の顎を捉えてもう少しだけ上を向かせた高槻は、その唇にキスを落とす。触れてはすぐに離れるキスを何度も繰り返していると、

「くすぐったいよ」

 くすくすとようやく悠が笑う。高槻の腰にまわしていた腕は高槻自身にほどかれて、首にまわされた。

「……こっちの方がしっくりくる」

 そんな言葉と共に悠に高槻の影が落ちてきて。

 ゆっくりと触れ合ったはずなのに、やがてそれは呼吸も奪われてしまうようなキスに変わる。

「たぁのことが、大好き」

 高槻が今は悠から離れるつもりもないので、ずっと抱きあったままだ。

「だから、僕のこと、嫌いにならないで」

「嫌いになんてなれないよ」

 不安に揺れる悠の心に届くように。

「悠のことしか好きになれない」

 再度キスをしようと近づいた距離を離すように。

 鳴り響く予鈴に、高槻が舌打ちする。

「サボる?」

「とても魅力的な提案だけれど、学校に来てるのに教室に行かないなんてことがあったら、誘拐案件になっちゃう」

 悠の言葉に頷いて、仕方がないと離れがたい気持ちに蓋をして。

 不意に背伸びをした悠が高槻の頰に音を立ててキスをする。

「また不安になっちゃったらゴメンね?」

 そんな言葉が届いて、高槻は笑いながら悠の頭を撫でる。

「……不安がなくなっても、離してなんかやらないから」

 覚悟しとけよと告げた高槻は、悠と並んで教室へ向かった。

ベッタベタに甘ったるいの書きたかったのですけど。

いちゃいちゃさせることはできた。

個人的には甘さがもうちょいほしい……。

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