第7章
「おい、おまえ」俺は声と同時に角から出た。
案の定、和木坂は驚いたが、その驚き方は臆病な猫のような、本当に跳び上がるという挙動だった。直後、ぼさぼさの髪の隙間から覗いていた青白い顔が、首でも絞められているかのように真っ赤になった。
俺は構わず窪みに下り、和木坂に近づく。和木坂は逃げようとして土壁にぶつかったり頭を掻きむしったり、狂ったような行動をしていた。
「和木坂、俺だよ。同じクラスだろ」
「あ、あ、あ、すいません」
「謝るようなこと、やってないだろ。あ、おい、逃げんなよ」
「は、あ、あ、ごめんなさい」
「聞いてんのか?」
「う、う」
和木坂は真っ赤のまま泣きだした。歌もしくは喋りを聞かれたのがよほど恥ずかしかったのか。
そこまでは別によかったが、少し遅れて俺は様子がおかしいことに気づいた。過呼吸のようになってきた和木坂がはあはあ言いながらその場で口元を押さえ、苦しみだしたのだ。
と思ったら、和木坂は体をひくひくさせ始めた。今にも吐きそうだ。さすがに俺も焦った。
「おい、大丈夫か」などと言いながら、さっき買っていたコンビニの弁当を放り出し、レジ袋を座り込んでしまった和木坂の口に当てさせた。背中をさすってやった時、ああこいつ毎日風呂に入ってないなと思った。
しばらく経って、やっと落ち着いたかと思うと、和木坂は世界の終焉が来たような表情で俯いたまま「あ、ああ、あの、すいません」とまた謝った。至近距離にも関わらずぎりぎり聞こえるくらいの声で。
こいつは謝る以外に能がないのか。ああ、歌があったな。
「謝られる筋合いはない。おまえ、いつもここで歌ってんのか?」
「あ、あ、あ」
「落ち着いて話せ。俺は別に何もしない」
「あ、あ……私あの、歌、好きで、でも下手だし、れ練習してて、あの、あの、すいません」