第10章
奥へ進むにつれ、だんだんと光がなくなってくる。異世界に入り込んだように。
さすがに、こんな時間までいないか。そう思って境内の前に着くと、奥のほうから微かな歌声が聞こえてきた。
俺は歩く。声が近づく。
愛をこめて花束を。
また角に隠れながら、俺は鳥肌を全身に立てていた。昨日の二曲は透き通るように体を貫いてくる歌声だったが、今日は声量も凄まじく、オリジナルにも劣らない力強さだった。やや極端に強弱をつける癖が強烈な個性になっている。
そしてやはりと言うか、歌がまるで今ここに生まれてきたのだ、というくらい目の前に広がってくる。
「はあ……みんな、聴いてくれてありがと。まうたんの友達、今日は来てくれないみたいだね。まうたん会いたがってたからかわいそう」
おまえの一人称はぼくじゃなかったのか。かわいそう、という表現も他人事のように聞こえるが。そこらへんは理屈じゃなさそうだ。理解しようと思うのが間違いだ。
「じゃあ今日は、最後の曲になりました。聴いてください……それでも明日はやってくる」
歌が始まったタイミングで俺は、何くわぬ顔で窪みに歩いていった。今来たという感じで。しかし和木坂からは真横に位置しているし、今は完全に歌の世界の中なんだろう。まったく気づく気配がない。
俺は五メートル程度の距離で聴いていた。低音域まで自由自在に操れる、いや操るというよりは、和木坂の体が歌声そのものであるような気さえしてくる。本当に、理屈じゃない。
そして動きや表情。見せようとしてるわけではなさそうだが、じっと観ていると、この曲はこうやって歌うより他ないように見えてくる。
俺は石に立て掛けてあったギターを持ち、歌に合わせてコードを弾いた。和木坂は一瞬、驚いたような顔でこちらを見たが、俺だとわかったようで、笑顔になって歌い続けた。
こいつもこんな顔するんだな。