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3、frank advice/素直に辛辣に

再び幹人目線に戻ります。

 硬直したままの春尚を見つけたのは、なかなか戻らない生徒会長を探しにきた幹人だった。開けっぱなしの温室の出入口から顔を出し、声をかける。


「あ、ハル、やっぱりここにいたかー。他の役員たちは帰しちゃったからね。あと、ここから凄い勢いで三島さんが飛び出していったけど、何かあったの?」

「……ミキ、お前、壁ドンしたこと、あるか?」


 質問に質問で返す春尚に、幹人は鼻を鳴らす。


「僕の話聞いてた? 壁ドンって、あれは少女マンガとかドラマとかの演出でしょ。まさか、今ここで、三島さんに壁ドンしたんじゃ……」

「いや違う。俺がされた。知識だけはあったが、あれはいいものだな」

「は?」


 どこか夢見心地な春尚の言葉に、幹人は呆けた声しか出なかった。


「はっぱちゃんが壁際で脚立に乗っていて、危ないと思って抱き下ろそうと手を伸ばしたら、あの華奢な腕で壁を叩いて……折れていないか心配だな……」

「痛いかもしれないけど折れるわけないでしょ。ってゆうか、どうしたらそんなシチュエーションになるの……」

「いつもは身長差があるから愛らしい瞳で上目遣いされていたが、上から見下ろされるのも悪くないな。距離があそこまで近いのはかなり新鮮だった。まったくはっぱちゃんの可愛さは限りがないな」


 十年近く付き合ってきた幼馴染みが、まるでアイドルの狂信的なファンのようだ。しかも推しの相手は普通の女の子。幹人は苛立ちを覚える。


「あのさぁ、ここ最近生徒会宛に苦情が出まくってる話、少し前にしたよね? まず、園芸部を優遇している疑惑。予算の増額や備品の新規購入を検討しているっていう、根も葉もない噂話が出てるの。これは春尚が三島さん目当てで頻繁に園芸部へ顔を出すから引き起こったんだよ?」

「……だから、最近控えていたし、他の部活にも査察として均等に顔を出すようにしている」

「でもね、それよりも問題なのは、『三島さんがかわいそうだ』っていう声が、数多く上がってきてることだよ」

「それはどういうことだ。さっきの生徒会室で俺が言った、はっぱちゃんがパシりのようにないがしろにされている件か……!」

「いやお前お前!!」


 激昂する春尚に、幹人は思わず芸人のようなツッコミをしてしまった。


「……何?」

「確かに僕ら生徒会役員たちは、意図的にハルから三島さんを遠ざけていたよ。それはね、三島さんが入学してからずっと、ハルのせいで精神的に参っていたからなんだ」

「俺のせい、とは」

「ハルさあ、自分がいかにハイスペックで目立つ人間か、わかってる? そんなハルが三島さん目当てに教室へ毎日通いつめて、どれだけ注目されたか。三島さんに対していい感情だけが向けられるわけじゃないんだよ? 初恋の人に会えて再燃しちゃったんだろうけど、春尚は自分の立場を自覚しなさすぎる」

「……初恋の人?」


 ここまで来たら真実を全て話してしまおうと、幹人は決めた。何か別のことに気を取られている春尚に少しだけ違和感を覚えたが、こんな機会はなかなかないので語気を強める。


「幸いなことに、仁科さんたちクラスメイトは、好奇の目にさらされてやつれていく三島さんに同情的だった。三島さん自身の性格が善良だったから、なおのことね。だから、元凶の春尚に会わせないように、不自然じゃない理由を付けて、教室から逃がしてあげていたんだよ。それでもらちが明かないからって、副会長の僕に、『学園のキング』なんて呼ばれているカリスマ会長について直談判した一年生の仁科さんの覚悟、春尚にわかる?」


 芽衣から事情を聞かされた幹人たち生徒会は、すぐにでも葉子の元を訪れて謝罪しようとした。しかし、ただでさえナーバスになっている葉子に、学校の花形である生徒会の面々が押し寄せたら、ますます萎縮してしまうだろう。


「そうやって仁科さんたちは協力して三島さんを守ろうとしたけど、それでも限度はある。だから話を聞いた生徒会は、春尚に仕事をたくさん作って三島さんと会う機会を減らして、恋に恋している状態のその頭を冷まそうとしたわけ。他の生徒会役員たちは、その尻拭いをしてるんだよ。そもそも何度も三島さんが困っているから自重しろって忠告したのにさ、自分が守らなきゃって話聞かないで。はっきり言うよ、好きな女の子に迷惑かけているのは、春尚自身だから!」


 憤りに任せて一息にまくし立てた幹人だったが、内心では少し事情が違っていた。


 幼い頃から春尚は他人の感情の機微を察するのが苦手だった。内向的な性格もあるが、天龍川財閥の跡取りとして、周囲からのプレッシャーから心に壁を作って、人嫌いになってしまったのだ。


 幹人は、天龍川家を主君として長きに渡って支えてきた九条家の生まれだ。同年代の春尚と出会ってから、人付き合いの不器用な彼の良いところを見つけていきながら信頼を得て、少しずつ友情を育んできた。

 春尚の交遊関係のフォローしてきた幹人にとって、個人的には春尚が人に対して興味を持ったことは喜ばしくもある。ただ、今回はあまりにも周囲に迷惑をかけ過ぎた。そのため生徒会副会長として、締めるところはきっちり締める。


 ここまではっきりと現状を伝えられた春尚が何を言い出すのか、幹人は様子を伺う。


「……ミキ」

「わかってくれた? これを機に、少しは春尚も身を引くってことを覚えて……」

「俺ははっぱちゃんが好きで、恋を、しているのか?」


 唐突すぎる春尚の呟きに、幹人は唖然とする。


「……え、何でそんな不思議そうな顔してんの。可愛すぎて食べてしまいたいだの、愛らしい姿を目に焼き付けておきたいだの、砂糖みたいな甘ったるい言葉をあれだけ本人にぶちまけておいて、恋愛感情がないってこと……」

「それは思ったことをただそのまま伝えていただけだ。はっぱちゃんは俺の恩人だし、愛しくて大切な存在……恋だから……?」


 途方に暮れた春尚の横顔が夕日に照らされて、美しい陰影を作り上げる。彼は自分の中に芽生えた初めての感情に戸惑っていた。

 幹人はえもいわれぬ恐怖を覚え、無意識に後ずさる。鳥肌が止まらない。


「嘘だろ……鈍いってもんじゃないでしょ……怖っ」

「これが、恋……」


 ふらふらと温室を出ていった春尚を追いかける余裕もなく、幹人はめまいがしそうだった。おぼつかない足取りで近くにあった椅子に座り込んだ。落ち着くために眼鏡を外し、ポケットから取り出したハンカチでレンズを無心に磨く。


「マジか……あそこまでの鈍感、少女マンガのヒロインでもありえないでしょ……」


 茜色に染まる温室で、幹人は力なく呟いた。

 まさか、あれほど露骨な求愛行動をしておいて、自覚がなかったとは。


 脱力感に襲われる幹人は、温室の出入口から聞こえる控えめなノックにしばらく気付かなかった。

生徒会長、どこが「学園の王」なんだ……。

そして、誰かが来たようです。

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