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2、melancholic girl/物憂げなあの子

噂の『はっぱちゃん』目線の三人称です。

「……よいっしょっ。ふう、これで、最後、っと」


 温室内の一番開けた場所に鉢を並べていた葉子は、思わず声を漏らしてしまった。


 目の前に並んだ五個の鉢には、ドナセラ・フラグランスという、幹を丸太状に切って芽吹かせた大型の観葉植物が植えられている。これは緑色地に黄色の中斑が縦縞模様に入る葉を持つマッサンゲアナという種類で、「幸福の木」とも言われて人気がある。来客用ロビーや校長室などに置くために、学校側から園芸部に依頼があったのだ。


 日当たりを考えて適宜鉢植えの位置を変えるのだが、小柄な葉子だけでは少々重労働である。それでも自分からやりたいと立候補したのには、用事があって作業できない部長や他の部員たちが困っていたこととは別に、理由があった。


「あーあ、早く本当の園芸部員になりたいなぁ」


 軍手を外し、泥がついたジャージをはたきながら、つい独り言が溢れた。


 母親の影響で植物を育てることが好きな葉子は、天龍川学園高等部に入学する前から、ちょっとした植物園にあるような規模の大きな温室を三つも有する園芸部に入部したいと意気込んでいた。しかしある事情・・・・により学校の誰もが葉子に注目してしまい、特定の部活に入ることでその部活に多大な恩恵と弊害が起きることが発覚したのである。


 園芸部は植物の世話の大変さ故に部員数が少なく、中等部と合同でなんとか活動している。新入部員の獲得は、毎年の大きな課題となっていた。そこにきて、知識とやる気が十分ある葉子の加入は大いに喜ばしいことだったのだが、恩恵を受ける余裕も、弊害から彼女を守るだけの力もない。


 入部が難しいと知ってあからさまに落ち込む葉子の姿に心を痛めた園芸部部長は、苦肉の策として仮入部を提案する。手伝い程度ではあるが活動へ参加できる上、まだ他の部活に入る可能性を残しているというアピールも込めた配慮だった。前例のなかった仮入部を認めてもらうため、関係各所へ駆けずり回ってくれた部長や部員たちには、感謝してもしきれない。


「もう帰る時間だけど、葉っぱだけでもきれいにしようかな。ええと、たしかこっちに……えいっ、よいしょっ、おりゃあ! ……チビには無理か。脚立、脚立」


 ドナセラ・フラグランスの葉の表面についたホコリを取ろうと、出入口の近くにある用具入れへ移動した。一番上の棚に置かれた乾いた布がまとめて入っている袋めがけて、何度もジャンプして手を伸ばすがかすりもしない。平均身長を大いに下回る自分を潔く認めた葉子は、壁に立て掛けてあった脚立をその場で組み立てる。


「ぐらつかないかな……よし、大丈夫。わっ、背が高い人はこんな景色を見てるのねぇ。うらやましい……」


 試しに脚立の二段目に立って安全を確認した葉子は、普段より目線が高くなった新鮮さから、周りを見渡した。ガラス張りの温室には、色鮮やかな花々や生命力あふれる樹木がところ狭しと並んでいる。それぞれの適温を保たれた室内でのびのびと成長している光景は、何度見ても美しかった。時間を忘れてうっとりと見惚れる。


 仮部員の葉子にとって活動が限られている現在、少しでも植物に触れあえる機会はとても貴重で幸せだった。それでも、正式な部員となってがっつり世話がしたかったので、こうなった原因を恨まずにはいられない。


 葉子の胸にふつふつと怒りが混み上がる。


「くそぅ、それもこれも生徒会の……」

「……はっぱちゃん?」


 不満をもらしかけたが、唐突にかけられた声によって慌てて口を押さえる。温室の出入口を見ると、葉子が学校中の生徒から注目されることになった原因・・が、驚いた様子で立っていた。


「て、天龍川先輩……! えと、あの、もう帰るんで……ひええっ」

「ああ、久しぶりの『はっぱちゃん』だ……俺のことは『春尚』か『はなちゃん』と、そう呼んでほしいと頼んだだろう」

「生徒会長に向かって、呼べるわけありません!」


 足早に近付いてきた春尚に、葉子はおびえながらも言い返した。

 今春の入学式で、春尚に「お姫様抱っこで連れ去られた」葉子は、彼に対して人一倍警戒心を持っている。


 その際によくよく話を聞けば、どうやら幼い頃に二人は一度会ったことがあり、春尚は葉子のことを印象的に覚えてくれていたらしい。葉子の方も、彼の名前を「は(る)な(お)」=「はな」ちゃんという女の子だと勘違いして覚えていたことが判明。

 色々あったものの再会は素直に嬉しく、これからは会えば挨拶くらいするちょっとした知り合いくらいになるかと、葉子は楽観的に考えていた。


 しかし、相手が悪かった。

 春尚は、天龍川学園の理事長子息で、高等部の生徒会長で、クールなイケメンと、家柄・実力・人気ともに圧倒的な存在感の持ち主だったのである。


 そんな彼が親しげに振る舞う女の子は誰だと、入学式の次の日に葉子のクラスに人だかりができるほど注目を集めてしまった。色んな人から春尚との関係を問い詰められ、子供の頃に一度会っただけだと答えても納得されず、葉子は困り果ててしまう。

 それを知った春尚は、心配して葉子のクラスに毎日のように顔を出すようになった。そしてまた質問攻めで疲労困憊と、まさに悪循環。ある人・・・が声をかけて助けてくれなければ、真剣に転校を考えていたところだった。


 嫌々そうにため息をつく葉子とは対照的に、春尚が嬉しそうに腕まくりをする。


「何をするために脚立に上っているんだ? 代わりにやるから教えてくれ」

「だ、大丈夫ですから! 生徒会の仕事がお忙しいでしょうから、お構い無く……わああ近い近い!」


 キラキラした瞳で見上げられ、葉子は冷や汗が止まらなかった。こんなところを誰かに見られたら、ますます大変なことになる。


「足元も不安定だし、転んでその白く綺麗な肌や可愛らしい顔に傷がついたら大変だ」

「だっ、だからっ、そういう歯が浮くようなセリフやめてください……!」

「まったく、作業をはっぱちゃん一人に押し付けて、他の園芸部員たちは何をしているんだ。とにかくそこからおりて……」


 眉をひそめる春尚は、程よく筋肉のついた両腕を葉子に伸ばして抱き下ろそうとした。


 ダンッ!!


 しかし葉子は拒絶するように、近くの壁に思い切り手を打ち付けた。


「部長たちは用事があって、今日は私一人だけなんです。私が代わりにやりたいと、自分からお願いしたんです。うちの園芸部員たちはそんな薄情じゃありません……もういい加減、我慢の限界だわ」


 驚く春尚を威圧的に見下ろして、唸るように言葉を吐き出した。もう止まらない。入学してから約一ヶ月の鬱憤が吹き出す。


「強引にもほどがあります! 甘い言葉垂れ流すし、こっちの話は全然聞いてくれないし、自分が目立つこともわかってないし。先輩は、全てにおいて完璧だからって理由で、『学園のキング』と呼ばれるほどの有名人なんですよ?! 私は、こんな薄汚れたジャージ着てる、普通の地味な女子高生なんですっ! 遊びたいなら、もっと釣り合いの取れる、きれいな女の子を口説いてください! もう構わないで! ……あわわ」


 ヒートアップした葉子は、春尚の呆然とした顔を間近で見て、自分の大胆な行為と言動に気付き、血の気が下がった。それでも慎重に脚立をおりて、すぐさま春尚と距離を置く。


「ら、乱暴な真似をして、すみませんでした……! て、手伝おうとしてくださって、ありがとうございます! さようなら!」


 早口で一気に言い訳しながら、着替えと鞄を掴んだ葉子は、立ち尽くす春尚を置き去りにして全速力で走り去った。

はっぱちゃん、鬱憤が大爆発。しょうがないよね。

残された生徒会長はどうなるのか。

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