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1、secret talk/ヒソヒソ話

副会長の幹人目線の三人称です。

 夕暮れ迫る放課後、天龍川学園高等部の生徒会役員たちは、生徒会室で仕事に勤しんでいた。パソコンにカタカタと文字を打ち込んだり、何百枚も紙を印刷したり、声を抑えて打ち合わせをしたりと忙しない。


 天龍川学園は、付属の幼稚舎・初等部・中等部・高等部・大学が全て同じ敷地内にあり、交流も頻繁だ。生徒の自主性を重んじる学風から、要望に応じてイベントやレクリエーションが増えていくので、特に生徒会の役割は多岐に渡る。選ばれた役員は優秀な人材で、一般の生徒たちの憧れの的だ。


「ミキ、これはどういうことだ」


 天龍川てんりゅうがわ 春尚はるなおは精悍な顔に眉間を寄せ、隣の席で黙々と書類を読んでいる九条くじょう 幹人みきとを呼んだ。


「んー? 何がー?」

「書類が、まるで山のように重なっているんだが」

「ハルは会長だからねー。最終確認してもらわないといけないことがたくさんあるから。僕はそろそろ終わりかな。はー、目が疲れたー」


 色素の薄い癖っ毛をかきながら、黒縁の眼鏡を外して幹人がぐぐっと伸びをする。


 硬派で寡黙な春尚と、社交的で弁が立つ幹人。このタイプの違うイケメンたちは幼馴染みである。二人とも初等部から現在まで生徒会役員を歴任、また名家の御曹司であり、更には文武両道を地でいく、学園きっての人気者だ。


 感情が顔に出にくい春尚にしては珍しくイライラした様子で、一枚の紙を乱暴に取り出す。


「では何故、まだ夏にもなっていないのに、クリスマスイベントに関する書類を処理しなければいけないんだ!」

「ただでさえ生徒会は仕事が多いんだから、できることは先に片付けたほうがいいでしょ。うわぁ、夕日がきれーい」

「幹人」

「んー?」


 春尚が愛称ではない幹人の名前を呼ぶときは、決まって真剣な話をするときだった。それがわかっていても窓から目を離さず、幹人が軽い返事をすると、


 バンッ!


 大きな音が生徒会室に響いた。


 驚いた幹人が隣を見ると、両手を机へ叩きつけた春尚がゆらりと立ち上がる。先程の衝撃で書類の山が何個か崩れていた。


「お前が……いや、お前たち・・・・が、俺を仕事漬けにして俺から『はっぱちゃん』を遠ざけているのは、いったい何が目的なんだ」

「……いったい何のことさ」


 逆光で表情は見えないが、確実に機嫌の悪い春尚の低い声に、けげんそうな顔をする幹人以外の生徒会役員たちは、一斉に黙りこんだ。


 今春、天龍川学園高等部に、一人の女子生徒が入学した。名前は三島みしま 葉子ようこ、あだ名は「はっぱちゃん」。小動物のようなルックスの彼女は、ある事情・・・・で、今や知らない人がいないほどの有名人となっている。


 春尚が厳しい顔を崩さず続ける。


「最近はっぱちゃんとまともに話をしていない。校内で全然会わなくなった。教室を移動するときや休み時間にたまたま見かけて声をかけようとするが、何故か・・・毎回幹人や他の生徒会役員たちに捕まるからだ」

「一年と三年の教室は校舎が別だからねー、すれ違うのも稀だから、会えないのはしょうがないんじゃない? それに会長職は忙しいのは中等部のときもそうだったし、役員たちの質問に答えるのは会長の責務でしょ」


 眼鏡をかけ直した幹人は、取り合わずに再び書類を手にした。春尚は幹人から矛先を変える。


「それならばと、はっぱちゃんのクラスに行けば、先生に呼ばれているだの、次の授業の準備をしに行ってるだの、理由を付けて席を外している。そうだな、仁科」

「それは……」


 春尚から鋭い視線を向けられた一人の女子生徒がピクッと体を震わせた。葉子のクラスメイトで今年度からの新役員である仁科にしな 芽衣めいだ。春尚の強い目力に、人形のように整った顔が朱に染まる。


「はっぱちゃんに雑用を押し付けたり、こき使ったりしているとしか思えない」

「春尚、同じ生徒会役員の仁科さんを疑うだけの証拠はあるの? 憶測だけで人を糾弾するものじゃない。それよりも、子供の頃の知り合いとはいえ、特定の生徒に対して特別扱いを見せる春尚の方が、生徒会長としてどうかと思うけど?」


 先程までのんびり会話をしていたのが嘘のように、幹人は冷たい声でいさめた。しばらくしかめ面を崩さなかった春尚だが、乱暴にため息を吐く。


「……幹人の言うとおりだな。俺が悪い。仁科、すまなかった」

「いえ……」


 俯いた芽衣の返事は小さかった。春尚は席を離れて生徒会室のドアへ向かう。


「少し休憩してくる。皆はミキの指示に従ってくれ」

「ん、頭冷やしてきてねー」

「ああ」


 ガラリとドアを開けて春尚が姿を消した途端、生徒会室はあからさまに安堵した雰囲気となった。緊張から解放されて放心状態になっている生徒や、強ばった顔を手のひらでマッサージする生徒もいる。

 幹人も気が抜けたように机に突っ伏す。


「はーあ、まったく参っちゃうよねー。春尚の圧、ヤバすぎ。はっぱちゃん……彼女が入学して以来、生徒会は心休まるときがないよ」

「九条副会長は天龍川会長と幼馴染みですよね? 三島さんのことはご存じなかったなかったんですか?」


 顔色が良くなった芽衣が小首を傾げた。


「名前しか知らなかったんだよね。ハルと彼女が出会ったのは一度きりで、しかも詳しく教えてくれないから。ハルってこれまで山ほど告白されてきたのに全部断ってるから、その理由を聞いたことがあるんだけど、『彼女を越える人がいないから』って」

「その彼女が誰なのかは、今ならすぐにわかります」

「本当にね。ああ、さっきは仁科さんにハルが嫌な思いをさせたよね。副会長としてたいしたフォローもできずに、本当に申し訳ない」


 頭を下げる幹人の言葉を受けて、芽衣はゆるりと首を振る。


「私は大丈夫です。クラスメートや担任の先生も、私たち生徒会の考えに賛同してくれていますから。三島さんの様子はこれからも随時お知らせしますね」

「助かるよー。大変だろうけど、クラスでの対応を引き続きよろしく」

「お任せください。今後も雑務を見つけたら、率先して・・・・三島さんにやってもらいます」


 芽衣は意味ありげに視線を寄越した。幹人は表情を引き締めて生徒会室にいる全役員に向き直る。


「みんな十分わかっていると思うけど、生徒会の威信にかけても、今後も春尚と三島さんとの接近を妨害してほしい。春尚の、『天龍川学園高等部生徒会長』と『天龍川学園理事長子息』という立場をわからせて、自分から納得して身を引かせるように仕向けるんだ」


 幹人の言葉に応じるかのように、生徒会役員たちは力強く頷いた。


不穏……?

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