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短編

我が物顔のお嬢様

作者: 梅桃

 今日もお嬢様は、我が物顔で街中を闊歩する。


 道行く人がどんな顔を向けてもお構いなしだ。例えそれが身分の高い貴族であっても、底辺を這う様なスラムの子ども達であっても、自分は自分他人は他人と、ツンと高い鼻を逸らし目は真っ直ぐに前を見据えて闊歩する。


 ちなみにどんな顔を向けられてもといっても、決して嫌悪した様子の顔ではない。


「にしても暑いわねっ。せっかくの頂き物で勿体ないけど、これじゃ帰る前に痛んでしまうわね! お腹が痛んで苦しむのもごめんだし、わざわざ処理する手間も勿体ないわ! その辺に捨てて来て頂戴! 野良猫どもが綺麗に食い尽くしてくれるでしょうよ!」


 と、少し嫌味がかった口調で、付き人に持たせていた頂き物の焼き菓子を面倒臭そうに扇子で払う仕草で指示を出す。それも、わざと大きな声で。


 付き人達は、苦笑しつつも「畏まりました」と一礼し、言われるがままに捨てに行く。

 捨てに行く? 何処に?

 向かった先は、木陰にまるで添え物の様に置かれている小さなベンチ。

 ちなみにバスケットは少し大きめで、中には飲料水の入ったボトルも数本入っていたりする。


「なぁに? それじゃ捨てたんじゃなくて置いて来ただけじゃない。ま、どうでもいいわ。これであなた達の手も空いてわたくしの護衛が充分に出来るわね」


「左様にございますね。お嬢様」


 ツンッと髪を翻して前を向くと再びまっすぐ歩き出す。

 そんなお嬢様の後ろ姿を見て、にこりと微笑みを向けて後に続く付き人数名。


 そんな彼女達の姿が完全に見えなくなった頃。

 

──わあーっ。


 小さな複数の歓声と共に、路地裏から家壁の影から大木の後ろから野良の子猫達が飛び出してきて、年長の野良猫の指示に従って順番にその焼き菓子を手に取っていく。

 いつどこで起きるか分からない、たまよくあるお嬢様の気紛れによるこの時間は、毛色の良し悪しも関係なく公平で平和な時間となっていく。


 その様子を微笑ましく見ている周囲の成猫達。


 そんな彼等も、孤児やスラムの子猫達を手をこまねいて見ているだけでもなく、子猫が気負わない程度には手を貸したりするのだが、そこはやはり庶民の手。出来る事も限られているし、全てを面倒見れるわけでもないし、お金があっても子猫達全てを面倒見るなんてことはしない。そんなわけで、さっきのお嬢様のように気紛れで適当にが一番正しい距離感なのだ。



 ただ、そんな気紛れなお嬢様もたまに目をむくような事をする。


 いつだったか、川べりを歩いていたかと思うと、すいっと橋の手前で立ち止まり。


「ねぇ、そう言えばあの丘の離れ、もうボロ屋になってしまったわよね。幼少期を過ぎてからは全く使ってないのに税金だけは払ってるのよ? 取り壊すにもお金がかかるし管理も面倒なのよね。埃まみれだし。誰でもいいわ、適当に住んで適当に掃除してくれたらいいのに。あぁでも、沢山ある服も家具も運ぶの面倒だわね。掃除のついでにそれも一緒に処分してくれないかしら。鍵は何処に置いたかしら……。本宅の倉庫だったかしらね。あなた先に行って出して置いてくれないかしら?」


 と、付き人に指示しながら、『きちんと手入れしてくれるなら住処にしてもよろしくてよ』なんてツンツンしながら言外に言っているのだが、その意図を理解した橋の下を根城にしていた年長者がほんの少しだけ顔を出すと、お嬢様は彼を一瞥して、


「ふんっ。その小汚さも夕には見れる程度にはなるんじゃないかしらね」


 と、付き人を顎で指し示しさっさと行けと面倒臭そうに扇子を振る。


 付き人は、苦笑しながら彼を連れてさくさくとお嬢様の前を通り過ぎると、


「いつも川べりが綺麗なのは子猫達がいたからね。あらいやだ……。財布が土まみれになってしまったわ。拾いに行くのも面倒ね。まぁいいわ。子猫達のエサ代くらいにはなるんじゃないかしらねっ」


 と、更には小銭の入った袋をワザと落としてみたりする。


 エサ代どころか当面の生活費にもなる程度の小銭だったわけだが、彼女が去った後の橋の下では、子猫達がミャーミャーと大粒の涙を流している姿があったそうだ。


 子猫達が向かった先に見た離れは、とんでもなく大きくて広くて、使われなくなって久しいという言葉通り、布に覆われているとはいえ、必要最低限の家具が存分に埃に埋もれて無造作にそこかしこに置いてある程度の量であった。

 これならもう二・三グループのスラムや孤児達を連れて来ても良さそうだったが、勝手にすると怒られそうで恐る恐る案内してくれた付き人に訪ねてみると、


「管理するのはあなた達だから、おかしなことをしない限りは好きにしろ」


 と、要約するとそんな感じで平然と言われてしまった。



 そして別の日には。


「よくもまぁ毎日毎日ドブ掃除に精を出せること。何かお宝でも落ちてるのかしらね」


 たまたま通りかかって目の端に映った孤児院の腕章をつけた彼等を見て扇子で口元を覆い、わざとらしい口調で近付いてその様子を見降ろしていたかと思うと、


「わたくしは汚れたくないから嫌だけど、この辺りに何かあるかもしれないわね。もしかしたらあちらのお店が買い取ってくれるかもしれないわね。精々お宝探しでも頑張るといいわっ」


 足元を差しながら、するりと指輪を外してポトリとドブの中……ではなく、脇の草むらに落とす。


 上から目線で嘲笑っているようにも見えるが、その目は優しい。


「たかだか数日分の食料のために大変だこと。あちこちにばら撒いて皆が堕落する姿を見るのも一興ね」


 と、言い捨てて去って行った翌日から三日間は、国の繁栄を喜び祝い主神として国が崇める風の神に感謝の意を現わす創国祭である事から、言外に『この街の孤児院は少ないのだから院同士で分け合っても二・三日くらいなら楽しめるんじゃないかしらねっ。たまには楽して羽目を外しなさいな』なのだが、金持ち言葉に慣れてなかったらしく戸惑っていた彼等に、お嬢様の声を近くに聞いていた宝飾店の店主は苦笑しながらも、早く拾って持って来いと手招きをして誘導した。


 後日、お嬢様は「ねぇ、この前この辺りで指輪落として失くしてしまったのよね。そっくりな物があると聞いたのだけど」と、普通に買い戻しに来たという。




 そんなツンが大目のデレなお嬢様のちまちま(かどうかは怪しいが)とした援助や領主を始めとする貴族や商人達のお陰か、スラムの子猫や孤児院の子猫のやさぐれた様子はあまり見られない。他領と比べてまだマシといった程度だが。


 決してこの領主が悪いわけでも、この地に住まう貴族がどうという訳でもないのに、廃れている感があるのは立地と大元である国のせいだ。


 国の援助は乏しい。相次いだ戦争が原因によるものでかれこれ戦後数年経つが、地方にまで回復の兆しが表れるのはもう少し時間が掛かりそうだ。収入源は唯一の特産である鉱石と希少な薬草で、それと引き換えに入る食料でどうにかなっている状況である。

 更には食物を育て難い気候ゆえに、自分達で採取出来る種類は限られているのだ。

 身寄りのない孤児のほとんどはその戦争孤児でもある。限られた生活の中で這い上がるには周りの手助けが必要な状況でもあった。

 

 とはいえ、悲壮な感じに陥っていないのは領主を始めとするこの地に住まう商人や貴族達が力を尽くしている所が大きい。

 ちなみに、ツンツンデレなお嬢様は領内で一番の商人の娘である。決して貴族ではない。あくまでも平民である。


「あらいやだ。礼儀も弁えない平民と同じ空間にいるなどと、なんという懐の深いご領主様なんでしょう」

「本当に。下賤な香りが移ってしまいますわ」


 そんな風に彼女を卑下するのは他所からやって来た貴族である。

 年に一度近隣の領地から客人を招いて軽く社交を催す。


 この地が特殊でそれなりにでも礼を持てと幾ら言い含められていても、特に貴族と平民の壁をがっつり作った婦人や令嬢には右から左の通常運転だ。


「あら。平民の作るドレスが良くお似合いでございますのね。とても素敵なドレスでございますわ。わたくしもぜひ着てみたいものですわ」

(平民がいないとドレス一つにも困るくせに、気に入らないのに平気で着てくる気がしれないわ。わたくしが貰ってあげてもいいのよ?)


 と、言い返す。


「ご領主様もご聡明でお優しくていらっしゃいますから、わたくし達の様な者でも公平に扱って頂いております。ですが、あまりご機嫌を損ねない様になされるのがよろしいかと存じますわ」


 暗に、お前達より位の高い領主が大事にしている領民を貶して怒らせると立場がなくなるぞ。と軽く脅しておく。

 

(毎度思う事だけれど、貴族の嫌味ってこの程度なのかしら? 子ども達の悪戯の方が、まだ高度だわ。それとも地方貴族のご婦人方は頭が緩いのかしら……。あ、でもそれを言うとうちも地方だったわね。一緒にして申し訳ございませんわ。にしてもこちらのご婦人とご令嬢は初めてこちらにいらっしゃったとはいえ、きちんとお勉強して来なかったのかしら? あとこちらのご婦人は前回もいらっしゃったはずなのに……あぁ、前回は旦那様のお傍に繋がれていらっしゃっただけだから無害だったと聞いたのだったわ。はぁ。本当に街の子ども達の方が素直で礼儀正しいくらいだわ)


 そんな場違いな事を思いながら。


 この領地にいる貴族や商人達は領主の人柄に魅かれて、立地が悪い領地にまでやって来た者ばかりだ。

 しかも過去に戦果を残したり、国に対しての貢献度が高かったりと、まぁなかなかに頭の柔らかい有力者の集いである。ただ、様々な分野から一線を退いた者ばかりなのだが、未だ発言力は相当なものである。

 そんな彼等とこの目の前の貴族達を一緒にしては申し訳ない。

 

「やぁ、ゼスベルナ家のマルティア嬢」


 軽く火花を散らしていると、背後からにこやかに声を掛けて来る者がいた。

 貴族の婦人や令嬢達はさっと顔を青くして顔を逸らしてしまうが、マルティアと呼ばれた彼女だけはすっと姿勢を正し、


「これはレイスフォード公爵様。本日はご招待頂きましたこと、お礼申し上げます。父は忙しく、稚拙ながらわたくし一人が参りました」


 何事もなかったかのように貴族令嬢かと思える程優雅で上品な淑女の礼を取り、若いが領主であるレイスフォード公爵に返答した。


 慌てて彼女を取り巻いていたご婦人方も礼を取るが、反応が遅い。

 貴族と言いながら、これは頂けないと心の中で嘆息する。


「名で呼んでくれて構わないと言っているのにいつになったら呼んでくれるのかな? そう言えば、パートナーも見えなかったようだが?」


 そんなご婦人方を一瞥して話を続ける。

 声を掛けないのは、先程の会話が聞こえて完全とまでいかずとも機嫌を損ねている証拠なのだが、マルティアもあえてその事には触れない。

 お世辞にも華やかと言えない上に多少鄙びているとはいえ、仮にも公爵家領地なのだ。せいぜい顔を青くしていればいいと、領主に合わせてスルーする事にした。

 話しかけてきたのが公爵なのだから、身分的にもそちらを優先するのが当然である。


「ヴォルツェ様、流石に序盤からお名をお呼びするなど出来ませんわ。お恥ずかしながら、パートナーに父を予定しておりましたが……。叔父もあちらこちらと飛び回っておりますし……。困った方々ですわ。礼を欠いてしまい申し訳ございません」


「ははは。そう言う事なら息子を迎えにやれば良かったかな。恥をかかせてしまったね。次からは遠慮なく言って欲しい。まぁ、堅苦しい場でもなし、気にする事もあるまいよ」


「ありがとうございます。庶民宅に公爵家様の馬車が来ましては大騒ぎですわ。それに恥どころかご招待頂けたそれだけで名誉な事と感謝を申し上げます。それから、父より、お膝元におりながらご無沙汰致しておりますこと、どうぞお許し下さい。と、言付かっております。わたくしも、暫くご領主様にご挨拶に伺えませんでしたこと、重ねてお詫び申し上げます」


「構わぬよ。創国祭の折にはなにやら孤児院に手を加えてくれたそうだな。随分と感謝していたようだぞ。子らが楽しそうにしていたと報告が来ている。本来なら私がする事であるのだが、見ての通りやる事が多すぎて手が回らない。そなたらがいなければと思うとぞっとするよ」


「まぁ。わたくしはただ、その辺で見つかるかどうかも分からないお宝探しごっこを提案したまでですわ。その様な子ども騙しでも楽しめたのならよろしゅうございました。それに。ご領主様にはご領主様の、わたくし共にはわたくし共の領分がございますもの。存分に扱き使って下さいませ。と申しましても、わたくしの様な小娘が出来る事は限られておりますので、父に丸投げして下さいますよう」


「ははは。これ以上押し付けてはビットン殿が本気で灰になってしまいそうだ。それは困る。いや実際マルティア嬢の視察には助けられているのだよ。まだまだ改善が必要だ。今暫く面倒を掛けるがよろしく頼むよ」


「天邪鬼で稚拙な小娘に出来る範囲でよろしければ、でございますけれど。出来るだけお力にならせて頂きますわ。最近では特に落ち着きが見られますもの。ゆっくりではございますけれど、確実に成果は表れております。もう少しの辛抱ですわ」


「うむ。少なくとも悪くはなっていない事を喜ぶ所だね。ところでレディ? 迷惑でなければ一曲、中年おじさんのお相手を願えないだろうか?」


「旦那様? 若い娘にこの様な場で無粋な話をなさるなんて。これだから殿方は駄目ですのよ」


「レイスフォード公爵夫人、ご無沙汰致しており……」


「堅苦しい挨拶は抜きよ。サリエナと呼んで頂戴といつも言っているでしょう? ティア、この中年のおじ様のお相手なんて適当で良いのよ」


 公爵夫人であるサリエナが、呆れた様な視線でヴォルツェを見ながらティアを引き寄せる。

 社交のしょっぱなから名を呼べと言ってくる辺りは、流石ヴォルツェの妻といった所か。気さくな感じが有難いのだが。


「サリー……。せっかくその若い娘さんにダンスを申し込んだところだったのに、邪魔するなんて酷いね?」


「あら。早くなさらないからよ。仕方ありませんこと。ティア、お付合いも程々になさいね」


「ふふっ。中年だなんて、そんなことございませんわ。喜んでお受け致します」


 ホストとホスト夫人との会話も蚊帳の外で、更には夫人であるサリエナにまでスルーされ、ヴォルツェはと言えばさっさとマルティアの手を取りホールの中央へと進んでいく。

 そんな姿を見送りながら終始青い顔をしていた婦人や令嬢達は、パートナーである夫や家族にどやされるという、そこだけ何とも言えない空気となっていた。


「ゼ、ゼスベルナ家の者だなんて知らなかったのよ!」


「馬鹿者! 確かに平民ではあるが国一番の商家だ! 戦後我が国が倒れなかったのもゼスベルナ家が奮起したおかげだ! ゼスベルナ家が一言物申せば全ての商人が領から国から見捨てるのは間違いない! そうなってしまったら目も当てられん。加えて継承権は放棄したものの王族であるレイスフォード公爵の治めるこの地は、廃れているように見えるが中身をひっくり返せばそうではないのだぞ!? 一線を退いたとはいえ公爵領に住む貴族や商人だけで、一つの小国家ができる才を持つ者が揃っているのだ! 近隣領などあっという間に地に落ちてしまうわ! そんな公爵領でいつも通りの社交はするなと、資料を見て叩き込んでおけとあれ程言っておいたであろうが! この公爵領でゼスベルナ家を筆頭とする領民を卑下するなどと……なんと言う事をしてくれたのだ……」


 レイスフォード公爵領以外なら構わないという訳ではないが、特にここでそんな事をすれば今後の付き合い方が変わって来る可能性だってあるのだ。

 レイスフォードは決して平民をないがしろにするわけではない。それどころか出来るだけ多くを重用しようとする。平民がいなければ我等は成り立たないと分かっているからだ。ただ、現状が現状だけにちまちまとしか出来ないだけで。


 付き合いが変わってしまう可能性があるのはあながち間違ってはいないが……。


「全く、何をそこまで恐れていらっしゃるのでしょうか……。別に含むところはありませんのに。新たな作物の経過が順調でそちらがどうにか成功すれば新たな特産物になるから、もう暫く我慢すれば領地経営も少しはましになるでしょうと言うだけのお話でしたのに……」


「勘繰る者は勘繰らせておけばいいんだよ。いやしかし、あれだけの会話であそこまで想像を膨らませるものなんだねぇ。相変わらず貴族というのはなかなか面白いものだ」


「確かに国から頼まれて立て直しに一役買いましたけれど、各商家の出せる範囲での協力を募っただけですわ。領にいる貴族様方も、老後はのんびり過ごせそうだとたまたまヴォルツェ様のご友人方が一緒についていらしただけで……」


「たまたま重鎮クラスが多かったとそれだけなんだがね。お陰で頼もしいばかりだよ。全く面白いものだ。まぁ、年にたった一度きりの社交で付き合いの度合いを査定できるのだから、ゼスベルナ家を始め皆には嫌な役目を頼んでばかりだが助かっているよ」


「何と言われても普段お付合いする事もありませんし、お役に立てているなら光栄ですわ。年に一度の事ですもの。幾らでも領民達の盾となり刃となりましょう」


「領民達にも言っているが、あなたも何かあった際は遠慮なく我が家を盾にするといい」


「はい。ご厚意に感謝致します」


 ダンスをしながらコソコソとそんな会話をしているという事には誰も気付かない。


「レディ、楽しい時間をありがとう。面倒臭いがもう少し貴族の付き合いとしなければならないからこれで失礼するよ。それに、あまり若くて美人な娘さんを独り占めしていると後でサリーに怒られそうだ」


「ヴォルツェ様、わたくしの方こそ気を遣って頂き感謝致しております」


「では、また後程」


 と、こんな具合に他領の貴族達を招いた社交も平然と参加する。


 本来なら商人風情が社交に顔を出すのはタブーでもあるのだが、この社交は本格的なものとは違い、平民(代表クラス)を含めた気軽な交流を目的としているため、主催者である領主がその目的に乗っ取って招待しているのだから文句を言われる筋合いもない。貴族だからと言って平民を蔑む事は趣旨を理解していないおつむの弱い貴族だと思われる場でもある。


 暗に、それらを見極め篩にかけるための場であると言っているわけなのだが。


(全く……。篩にかけているにも関わらず頭の弱い方は減らない物ね)


 内心ため息をつきつつ、壁の花となりながら周囲を観察し人となりを見極めていくマルティアであった。


 そんなお嬢様やその他の領民達により、今年も年に一度の社交において篩に掛けられた貴族が幾つか現れた。しかも一つは領内からだ。彼等は来年以降呼ばれる事もないし、領内の貴族は肩身が狭くなってそのうちいなくなるだろう。


 この領内に愚鈍で横柄な貴族はいらないのだ。


 社交も終わり、いい掃除が出来たと満悦な様子で街を散策する。


「あら? そんな萎れた小汚い花いつまで抱えて売っているのかしら? さっさと捨てて子猫は子猫らしくその辺でじゃれて居るといいのだわ。わたくしが処分して差し上げてよ。貸しなさい」


 横暴ともとれる感じで花を取り上げて、空になった籠に小銭を投げ入れる。

 どうみても売っている花の代金よりも多い。


「でも、せっかくこんなにあるのに勿体ないわね。ちょっと仕事を受けてくれる子猫達はいないのかしら。栞を作るくらいなら仕事ついでに覚えれるのではなくて? やる気があるのなら丘の離れに勝手に付いて来ればいいわ」


 にこーっと笑みを浮かべた小さな顔がひょこひょこと現われ、マルティアの後ろにはいつの間にか二十人程の嬉しそうな顔が連なっているのだった。


 花のまま売るよりは栞やブリザーブドフラワーやボトルフラワー等にする方がいい。

 さりげなく技術を教え他にもやり方があるのだと暗に教えているお陰で、卸先が増え路上で困る者が減っていく。


 丘の離れは孤児達の住まいになっただけでなく、孤児達の提案でちょっとした講習の場としても活用されているのだった。

 そうして孤児達はいつの間にか指導者となり、指導者となった孤児が新たな孤児を育て卒業していく。より一層技術があがった孤児達は、手に職を付け自分に合った仕事を始めたり就職したりして、薄汚れた頃より見違える程の成長を見せている。


 そのおかげで丘の離れは、今や「巣立ちの丘」と言われる様になっていた。


 マルティアにそういう思惑があったのかはたまた偶然の産物なのかどうかは、マルティア本人とその家族にしか分からない事である。


 ちなみに特産物になるかもしれない作物も、巣立ちの丘周辺で孤児達が一生懸命世話をしているのだった。


「あっ! ティアお嬢様だー!」


「マーおねーちゃー」


 離れに着くなりわんぱく子猫や舌足らずな年少組の子猫達がわっと飛び出して来て、足元に纏わりつき、或いはぎゅっと抱き着き、手を握り、昨日していた事を口々に話していく。

 我が我がといった感じで喋りまくるおかげで、誰が何を言っているのかさっぱり聞き取れない上、纏わりつかれているにも関わらずお構いなしに進んでいく。


「そんな泥まみれ見たくもないわ。せっかくエサを持ってきたのにお預けかしらね。一人で頂くわ」


 『早く手を洗って顔を拭いてこないとお土産のお菓子は一人で食べるぞ』と言うマルティアの服が、子猫達のお陰で泥まみれになっているのは誰も突っ込まないが、付き人兼護衛がさっと手拭きを差し出した。


 ぱっと目を輝かせた子猫達が一目散に手洗いに向かうのを見て、


「ま、元気がいいだけが取り柄なのだから仕方ないわね。病気になるよりはましだわね」


 と、満足げに呟いた。


 そして今日も明日も明後日も、そのお嬢様は街中を我が物顔で闊歩する。

読み直し一切しておりません。ごめんなさい(苦笑)

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