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黒きアギト  作者: 遮具真
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竜と魔法と

 峠を越えると無骨な壁に囲まれた小さな都市が見えてきた。

 ヨーロッパの古い街並みのような感じだ。

 文化の程度は中世か、或いはもっと古いか……。まあ、とにかく小さな街だ。名はユドアンとか言うらしい。

 そして、国の名はオルドルア皇国……この大陸ではエルサーナとかいう帝国に次に来る勢力なのだとか。

 ……で、この街には魔法の結界はないようだった。

 ゴドーの話によれば……ああ、ゴドーというのは例の四人組の内の一人だが…。よほどの大都市か、軍事的な拠点でもなければそんなものはないとの事だ。

 つまり、重要な都市かどうかの判断基準は結界の有無が一つの目安になるという訳だ。ある意味、実に判りやすい。

 そもそも、この世界では魔法使いという存在自体が非常に希有なモノらしい。だとするとヤツ等の国はかなり特殊だ。十分に念入りな準備が必要になるな。

 とは言うものの、肝心の魔法そのものにお目かかる機会が滅多にないのは少々痛い。何しろ、この世界では魔法が一番厄介なのだから…。せめて、あのジジイの身体にもう少し長居出来れば良かったのだが…………過ぎた事を悔やんでも仕方がない。

 それはさておき、街入るための審査はかなり簡単なものだった。例の四人組が一緒だった事もあるだろうが、別に国境に接している訳でもないのだから、審査が緩いのは当前なのかも知れない。

 要するに、ここは大して重要でもない何処にでもある小さな地方都市の一つだ。

 ま、ソコソコ栄えてはいるが。

 例の木っ端役人は一応、行方不明扱いって事になったらしい。特に誰も気に留める様子はない……地方ではよくある出来事の一つぐらいなのだろう。来週には新たな役人が王都から来るとか……まあ、そんな事はどうでもいいがな。

 さぁて、まずは腹ごしらえと行こう♪ ようやく、人間に戻れたんだ、旨い物を食わないとな……。


 ※


「ん~♡旨いな、やはり食い物は人間のモノに限る……魔獣の生肉なんぞは二度とゴメンだ…」

 俺は今現在、街の飯屋で食事中だ。例の四人とこれからの予定について話をしながら。

「「「「…………」」」」

「…どうかしたか?」

 例の四人が驚いたような呆れたような顔付きで俺の方を見ていた。

 ふむ、何かおかしな事でも言ったかな…?

「…………ああ…いえ……それで、さっきの話の続きですが…」

 我に返った様子でゴドーが話を続けた…。

「ああ、そうだったな。……で、そのボルドラス海峡とか言う場所はそんなに難所なのか?」

「そりゃもう、命知らずの船乗りでさえ二の足を踏むほどですから…」

「なるほどねぇ……海峡越えは、まず無理か…」

 お目当ての大陸は意外にもすぐ隣にあったのだが、生憎と二つの大陸の間にはこの世界で最大の難所といわれる場所が立ちはだかっていた。

 まあ、物事そうそう簡単にはいかないという訳だ…………特にこの世界ではな。

「それで、反対側から大陸伝いに行くとして……どれぐらいの時間がかかるんだ?」

「まずは半年……最低でもそれぐらいはみて頂かないと…」

「ふむ……半年か……まあ、仕方ないな…」

「「「「ほっ…♡」」」」

 四人揃って安堵のため息を吐いていた。どうやら、その海峡は相当な難所らしい。

 今の俺なら、泳いでだって行けそうな気もするが……明確な地図もない以上、ただ闇雲に進む訳にはいかない。

 大体の見当はついていたが……正確な地形図なんてモノは一切出回っていない。中世程度の文明レベルの世界では、そんなものは国の安全保証に関わる重大な国家機密だからな。

 船乗りにでも移り変われば、航路や海岸の地形も判るかも知れないが……。あの苦痛を味わうのは二度とゴメンだ。やはり陸路で行った方が良さそうだ。向こうからも来られないのなら条件は同じだしな。

 それに……この世界について、もっと色々と知識を得る必要がある……あのクソ野郎共に対抗するために。

 前の世界でもそうだったが、宗教を崇める連中というのは実に厄介だ。頑なな崇拝心ってのは容易には崩れない……死を賭しても信仰を選ぶヤツは五万といる。なので、こちらもじっくりと腰を据えて掛かるとしよう。

 ただ……半年という準備期間を相手側にも与える事になるのは少しばかりシャクだが…。

 まあ、そこら辺は仕方ないとしても……問題は俺がこの身体に移り変わるのにどれぐらいの時間が過ぎているのかが判らない点だ。月の満ち欠けを見る限り大した時間は経過していないように思えるのだが…。それも、この世界が地球と同じだと仮定した場合に過ぎない。月の周期が30日とは限らない訳だし、例え同じだとしても既に何ヶ月も経過している可能性すらある。

 大体、以前の日にちも季節も判らない上に今や別な大陸にいるのだ、経過日数など推察のしようがない。

 あそこは結構寒かった気もするが……元々ヤツ等の国は北方にあるらしいので余り参考にはならない。全くのお手上げ状態という訳だ。

 てな訳で急ぎたくともどうしようもない……ま、急いては事を仕損じるとか言うしな。

「……さて、途中にある国を通過しなきゃならない訳だが……当然、身分の証明になるモノが必要だろうな…」

「確かに、そういうモノがあるのとないのとでは……随分と入国の為の審査にかかる時間が違いますからね……。まあ、ワーカーのギルドに所属するのが一番手っ取り早い方法になりやすかね…」

「ワーカー……? ああ、退治屋の事か」

「へい、呼び名は様々ですが一般にはワーカーで通ってますぜ。このギルドは実力第一主義ですから、姉さんほどの腕前ならすぐに認証のプレートが貰えますよ」

 なるほど、七面倒な話は抜きの完全実力主義って訳だ。確かに俺向きだな。

「わかった……じゃあ、そのギルドとやらに案内してくれ」

「おっと、登録料に銀貨二枚は必要ですぜ、姉さん」

「ほれ、ついでに食事の料金も払っといてくれ」

 そう言って、例の木っ端役人からくすねた金をゴドーに投げてやった。ゴドーと言うのは狡猾そうな男の名だ。

 槍使いの中年はギドラム。弓使いの女はリアン。そして短剣の若造はラパンと言うそうだ……まあ、名前などどうでもいいがな。

 で、こいつ等が目下の処、俺の手下って訳だ。

 さぁて、まずは身分証を手に入れないとな。


 ※


 ゴドーに案内されたのは街でも一際大きな館だった。どうやら、直接ギルドの上役の処へ行くらしい。

「ふむ、ギルドの事務所の方に行くと思っていたのだがな…」

「腕の立つ連中や、特殊な力を持つ者は直接ザルディルさんと面会する事になってまして…」

「……なるほどね」

 有用な人材は特別待遇って訳だ。……ザルディルか。

 門から入り口まではだいぶ距離があるようだ。キレイに手入れされた庭が続いている…………のだが。

「それにしても厳重な警戒だな……ここだけは」

 軽く辺り見回しでも、気配を消して隠れている連中が七人はいる。身のこなし方からみても多分、暗殺を生業としている連中だろう。ここである程度来訪者を選別するのかな…?

 まあ、どうでもいいさ、こんな脅威の欠片も感じない連中。それなりに修練は積んでいるようだが、あの黒騎士に比べるとまるで大人と赤子だ。

「……やっぱ…判るんで?」

「まぁ……な」

 そう言って、隠れている連中の一人の頭近くに短剣を投げ付けてやった。

〝タン!!〟

「…?!」

 突き刺さった短剣に驚いて、慌てて身を翻していたようだが…。

 ……遅い……呆れるほどに。反応は勿論の事、短剣が頭のすぐ隣に突き刺さるまで気付きもしないとは。当てるつもりで投げていれば、確実にあの世行きだぞ。

「まず、一人…」

 続けて…。

「二人…三人…四人…五人……そして、六人」

 と他の連中にも同じように短剣を投げ付けてやった。

 ……が、全員が全員、揃って同じ反応をしていた……全く。

「あれでは役には立たんな…」

 一人だけ、上手く隠れているヤツがいるにはいるが…。そもそも、『いる』という事がバレている時点でアウトだ。

 連中がこの世界の平均的なレベルだとすると……やはり、あの国の兵士は特別かな…。

「ホント……姉さんには恐れ入やすぜ…」

「……そうか?」

 ゴドーのヤツが呆れ顔で言っていたが、俺からすればスットロ過ぎだ。あの黒騎士と相対すれば物の一分と持たないだろう。やれやれ、これでは比較対象にすらなりはしない。ヤツと戦う前に現在の自分の力の程度を量っておきたいものなんだが……。

 さてさて、あのレベルの存在がこの世界にどれくらいいるのやら……。


 館の中に入ると格別豪華な部屋に通された。ビップ待遇ってヤツかな? 例の四人は落ち着かない様子だったが…。

 ほどなく、一人の男がやって来た。一見地味な何処にでもいる感じのほっそりとした中年男だが…。

「……へぇ…」

 俺は少し感心していた。

 魔力が高いのだ、それもかなり…………この四人とは比べものにならないほど。あの国の魔法使い共に匹敵するぐらいに。

 ここに来るまで様々な街の人種を見てきたが……こいつはダントツだ。まあ、もう一人異様な感じのするヤツが街の中にいるようなのだが……そこら辺は今の処スルーだ。

 にしても、こいつ……魔法使いとは聞いていなかったのだが……隠しているのか……或いは単に魔力が高いだけなのか……。

 恐らくは後者だな、身のこなし方からみても戦士タイプのようだし。

 魔力の高さは生命力にも影響する、何しろ魔獣は皆魔力が高いのだから。だとすると人間としては相当しぶとい部類に入るな。

 腕前はまあまあな感じだろう、中の上……実力的にみて、あのハゲ頭のデカブツと同等ぐらいか……。

 いずれせよ、この街ではかなりの実力者だ…………名実共に。

 そんな事を考えていると、彼の後を追うようにぼんやりとした人影の様なモノが部屋の中に入って来た。

 なんだ……アレは?

「…………」

 ゴドー等を見る限り、特にあの存在に注意を払っていないようだ……どうやら見えていないらしい。

「ようこそ、ミス・アギト……歓迎するよ。私がザルディル……この街のワーカーズギルドの責任者だ」

「それはどうも……処で…」

 改めて彼の隣に目をやる。そこにはやはり、ぼんやりとした人影の様なモノが立っていた。気配の感じからして、上手く隠れていた七人目だろう。

「ふふ……ダレン、姿を見せて構わないぞ。彼女はとっくにお見通しのようだからな…」

 彼がそう言うと……隣に黒装束の男が姿を現した。

「「「「…?!」」」」

 ゴドー達が一斉に驚く……やはり、見えていなかったようだ。

 全身が黒ずくめで見えているのは目の部分だけ……いわゆる、アサシンと呼ばれる連中が着ているような服装だ。

「…………」

「無口だな……まあ、そういう手合いは大概そうだが…」

「恐れ入るよ……中庭の連中はもとより、ダレンまで見抜くとはね…」

「……俺の眼は特別でね」

「なるほどね、実に頼もしいな」

 そう言って向かいのソファーに腰掛けると早速話しを切り出してきた。

「さて、君の腕前はおおよそ推し量れる……すぐにもギルドの認可プレートを用意しようじゃないか」

「ほぉ、随分と好待遇だな……少し待たされるかとも思っていたんだが……。それで……条件はなんだ?」

「フッ……察しがいいな」

 そう言って笑うと。

「一つ、君の実力を見込んで頼みたい仕事があってね。勿論、報酬の方もちゃんと支払うつもりだ」

「…ふむ?」

「これは長く懸案になっている問題でね、是非とも君のような者の力を借りたいのだ。…………死の森は知っているかな?」

「死の森……??」

 さぁて……こいつの記憶にはないようだが…。

 そんな感じで俺が首を傾げていると。

「…ちょ…ちょっと待って下さいよ……ザルディルさん。そりゃまさか……ガズールの事じゃ…」

 ゴドーのヤツがかなり慌てた様子で口を挟んできた。

「「「…!?」」」

 他の三人もガズールと聞いた途端、顔が青ざめていた。

「……ガズール…??」

 随分とゴドーのヤツが焦り顔だ……他の三人もかなり顔色が悪くなったようだし……よほどの相手かな。まあ、こいつらは弱いのでどれぐらいの相手なのかは把握しかねるが……。

「その通りだよ、ゴドー君。というより他に何かあるかな…?」

 ザルディルが眉を吊り上げてゴドーに訊き返してきた。

「……う…」

「「「…………」」」

 言葉に詰まるゴドー、他の三人も反論出来ない様子だ。どうやら、四人にとっては色々と頭の上がらない人物らしい。

 そして、ガズールというのは、かなり危険な相手のようだ。

「…で、そのガズールってのは……何だ??」

「古の負の遺産だよ、ミス・アギト」

「…………負の……遺産??」

「ドラゴンだ。それを討伐して欲しい」

「……ドラゴン…ねぇ」

 これはまた、随分とファンタジーなヤツが出てきたな……。

 まあ……魔法がある世界だ、ドラゴンがいた処で何の不思議もないが……。

「そいつが死の森って所にいる訳か」

「その通りだ」

「…だが、負の遺産……とか言ったな……どういう意味だ?」

「……ふむ、その方面には余り詳しくないようだね」

「……まぁね」

 というより、この世界全般に詳しくないんだが……。

「ドラゴンと言われている存在は造られたモノなのだよ……元々いる生き物ではないんだ」

「……ほぉ?!」

 魔法で造られたモノか……確か、ジジイの記憶にそんなのがあったっけな……ええっと……そう。

「ゴーレムのようなモノか?」

「アレは命なき魔法創造物だが……ドラゴンは生き物だ」

「……魔法で生き物を造れるのか?」

「勿論、一から無理だ……そんな事が出来るのは神ぐらいのものだからね…………既存の生物を掛け合わせて造るのだそうだよ。まあ、私も詳しくは知らないが…」

「ふむ……」

 一種の遺伝子融合……或いはキメラみたいなモノか…………それにしてもドラゴンとはね。意外に科学より融通性が高いのかな……魔法ってヤツは。

「で……そいつはどんなヤツなんだ……。懸案とか言っていたが……何度か討伐しようとしたのだろう?」

「その通り、これまで12回も討伐に失敗しているよ…」

 などと、肩を竦めて苦笑いしていた。

「それはまた……懲りないな」

 少し呆れて、俺も苦笑いで返したが…。

「それだけ、剣呑な存在なのだよ。被害も相当なモノだ……放っておく訳にはいかない難題でね……」

 随分と渋い顔付きで応えた処をみると、かなり頭を悩ましている問題らしい。

「……なるほどねぇ……」

「全長は7ディラドにも及び、腐蝕性のガスを放つ厄介な存在だ……」

 7ディラド……確か1ディラドが3メートルちょっとだったかな。すると20メートル強か……かなりデカいヤツだ。まあ、ドラゴンの平均サイズがどれぐらいかは知らないが。この世界で今まで見てきた生き物の中ではダントツだな。

 それに腐蝕性ガスか……アシッドブレスってヤツかな?

「動作はさほど機敏ではないが……頭が3つもあり、身体中に眼が付いている。まず死角はないと考えた方がいい……。オマケに頭や尾を振るスピードだけは驚くほど速く、全身を覆う鱗は金剛並みの強度がある……無論、魔法創造物は魔法攻撃に対しても耐久力が極めて高い…」

 なるほど、死角がなくて物理攻撃も魔法攻撃も通じない相手か……そりゃ…。

「……そりゃ、打つ手がねぇでしょうが……ザルディルさん」

 ゴドーの言う通り、普通の連中なら打つ手なしだ……普通の連中なら…………だが。

「いいぜ、討伐してやろう♪」

 正に腕試しには打って付けの相手だ。

「「「「…?!」」」」

「2つ返事とは恐れ入る、よほど腕に自信があるようだ」

「ちょっ…正気ですかい……姉さん?! そりゃ……姉さんの強さはわかっちゃいますが…」

 ゴドーが血相を変えて、そう言うと。

「無茶ですよ……相手は近づいただけでダメージを負う化け物ですぜ!!」

「そうそう、7つの国を廃墟にしたって伝説が…………現に5つの街が人の住めない場所になっちまってるほどだ…」

「傷を負わせる前にこっちが死んじゃう…」

 他の三人も慌てて、次々と捲し立てきた。

「だから、いいんじゃないか♡」

 そんな四人に、俺は余裕で笑い掛けてやった。

「「「「…………」」」」

「そんな情けない顔するなって、俺にとっては願ってもない相手なんだから…」

 そうとも……それぐらいの相手じゃないと腕試しにならないからな。ふふふ……期待出来そうな相手だ。


 ※


 こうして俺達はガズールがいるという死の森へとやって来た。

 元々は豊かな大森林だったらしいが……今や見る影もない。酸性雨で枯れ果てたヨーロッパの森のようだ。

「なぁるほど……確かに、これは死の森だな…」

 まだ森の中に入ってもいないのに、ゴドー達は非道く怯えている様子だ。よほど、そのドラゴンが怖いらしい。

「さぁ、さっさと中に入ろうぜ♪」

「……へ…へい…」

「……ふぁあ…」

「…………死んだな」

 乗って来た馬擬き(例の鱗の付いたヤツ)をその辺の枯れ木に繋ぐと、森の中へと分け入った。

 足下はぬかるんでいるが水ではない。その証拠にブーツが白い煙を上げている。

「こりゃ……相当だな…」

 ぬかるみからブーツを引き抜いて確かめていると。

「ほぉら、だから言ったでしょう……止めるんなら今の内ですぜ、姉さん…」

「そうそう、帰りましょう」

「賛成賛成♡」

 なんて、ゴドー達がしきりに討伐中止を訴えてきた。

「問題ない……ブーツ以外はな」

 俺がピシャリと言うと。

「「「「…………」」」」

 また、四人揃って情けない顔をする始末……全く。

「……おまえ達は森の入口で待っててもいいぜ」

「……ですが…」

「心配ない……お目付け役はちゃんといるさ。なあ、ダレン?」

 そう言って、後ろに声を掛けると。

「…………」

 相変わらずの無言でヤツが姿を見せた。

「「「「…!?」」」」

「……いつの間に」

「相変わらずだねぇ……ダレンの旦那は…」

 ゴドーがうんざりしたような顔でそう言っていた。こいつはいつもこんな感じで神出鬼没なのか……ま、俺には丸判りなのだが。

「…じゃあ、行って来る。まあ、晩飯までには戻るさ♡」

 そんな気軽な感じでゴドー達と別れると、俺はダレンを連れて先へと進んで行った。

 ……が、ブーツからは一際白煙が上がって来た。

「やれやれ、これじゃあ……ガズールに会う前にブーツが穴だらけになっちまうな……」

 ブーツの具合を確かめると。

「枯れ木を伝って行こうぜ」

 そうダレンに言って、枯れた巨木に飛び上がった。

 ヤツも頷いて、同じように側の枯れ木の上に飛び上がる。

「……さすがアサシン♪」

 ちょっと奴さんに感心しながら、奥の方を眺めて見たが……。一向にそれらしい姿が見えない。何となく魔力らしきモノは感じるのだが、実に曖昧でよく判らない。

 森全体から魔力を感じる。視覚的にも、この辺り一体が薄ぼんやりと明るく見えるほどだ。

 それほど大した魔力の強さではない。だが、問題はそれがかなりの広範囲に及んでいる事だ。トータルでみると結構な魔力量になる。お陰で、それに邪魔されてドラゴンの正確な居場所が特定出来ないのだ。これでは、かなり近寄らないと相手を見付けられそうにないぞ。

「……さて、一体何処にいるのやら…」

 やれやれ……全く持って実に厄介な所にいるものだ。

 取り敢えず、腐蝕の激しい方向を目指して進んでみる事にしよう。

 

 進めど進めど、ただひたすらに枯れ木の森が続いていた。…たぁく、どんだけだだっ広いんだよ……ここは。

 トカゲだった頃を思い出すな……。最もあの森はぬかるんではいなかったので走り易かったが。

 暫く進むと石畳で舗装された道らしいモノに突き当たった。

 但し、かなり腐蝕していて飛び石のようになっていたが。

 ここかな……人の住めなくなった街ってのは。

 で、辺りを一通り見回してみたのだが…。

「さぁて、困ったな……」

 この辺りは腐蝕の度合いが殆ど変わらない……何処を見渡しても同じような感じだ。

 はてさて、何処に向かえばいいものやら…。

 何か手がかりでもないかと周囲を探索してみる事にした。

「……ふむ」

 やはり、この辺りはかつて街だったようだ……僅かに石造りの外壁の一部と土台だけが残っている…………が、それだけだった。

 後は何もない……。

 腐食ガスとやらの威力はかなりのものらしい。

 あちこち、周辺を見て回ったのだが……生憎と手がかりらしきものは何一つ見付からなかった。

「……ヤツが居そうな場所に心当たりはないか?」

 ダレンに尋ねてみたが、あっさりと首を横に振られた。

 やれやれ、12回も討伐を挑んでおいて何も成果なしか……。

 しょうがない、少し力を使うか…。魔力を高めると五感の能力を鋭敏に研ぎ澄ました。

 百メートル……二百メートル……五百…………一キロ………十キロ…。

 ようやく…かなり遠くだが……息づかいと心音……それに魔力の輝きがほんの僅かに見て取れた。

「遠いな……少し急ぐぞ」

 そう言って、俺は枯れ木の上を次々と飛び移って行った。


 ※


 死の森のかなり奥まで来ると、やっとターゲットらしいヤツを見付けた。

 三つ首のドラゴンが毒の沼地に寝そべっている。

 当然、あそこも強酸だろうな……硫酸かな? まぁ、そんな感じの臭いがする。

 ゲームとかに出て来そうな、如何にもドラゴンって感じのヤツだ。青黒い色で角の生えた頭が三つ、長い尻尾が一本、翼はなく、全身到る処に目玉が付いている。聞いた通りのデザインだな。忙しなくあちこちを見回す目玉が結構不気味だ。

 と、ここで身体中に付いた目玉が一斉にこちらを向いた。意外だが、俺の方が目がいいようだ。沢山あればいいという訳でもないらしい。

 こちらに3つ首を向けてゆっくりと立ち上がる……腹側が真っ赤に染まっていて、まるでバカでかいイモリみたいな印象だ。

「……ヤツか?」

 ダレンが俺の問いに頷く……どうやら、こいつで間違いないらしい。

 さぁて……それじゃあ、討伐開始と行きますか。

「まずは小手調べと」

 ここに来る途中で拾っておいた小石を幾つか手にすると胴体の目玉めがけて投げ付けた。

 すると瞬時に狙われた目を閉じて尻尾を振るうと、難なく小石を打ち落とした。

「やるぅぅ♪」

 なるほどなるほど、反射速度も俺と大して変わらないか……そう来なくてはな。対戦相手としては申し分ない。

〝グァァアアァァ!!〟

 叫び声をあげて大きく身体を動かした。

 どうやら向こうも俺の実力をある程度察したようだ。

「来るぞ、防御はセルフサービスでな♪」

 ダレンが頷く。

 まあ、大丈夫だろう……ヤツは戦う訳じゃないし、複数のマジックアイテムも持っているようだからな。

〝ドォン!〟

 と白い水蒸気の傘を纏って、凄まじい勢いで尾が振られて来る。

 魔力を集中させて軽く障壁を展開しながら後方へ飛ぶと……そこへ圧縮された空気の塊が叩き付けてられて来た。

〝ドゴガァァァァン〟

「とっとっとっ…」

 少しばかりバランスを崩しかけたが、すぐに体勢を立て直して辺りに目をやると……軽く50メートル四方の枯れ木が地面ごと丸々吹き飛ばされていた。

「……へぇ♪」

 衝撃波とはねぇ……。

 まさか音速を超えて尻尾を振り回せるとは思わなかった……さすが魔法創造生物。

 だが、お生憎様。こっちも並みじゃないんでね。

 剣を抜くと同時に、全速力で突進する。

 足元はかなりぬかるんでいたが問題はない。要は踏み込んだ足が沈まない内に次の足を踏み出せばいいだけだ、今の俺なら容易い事。

 音速とまではいかないが、人間はおろかレクロコッタ(例のトカゲ魔獣)にすら反応出来ないスピードで一気に駆け寄る。再び尻尾が振られて来るが…………残念、間に合わないな♪

 難なく尻尾をすり抜けると胴体めがけて剣を振り下ろす。

〝ドギャ…〟

 胴体に刀身が食い込み、そのまま一気に斬り裂こうと両手で柄握り力を込めた。

 ……が。

〝ガギャァァン〟

 激しい金属音を立てて、金剛製の剣が中ほどまで食い込んだ処でへし折れた。

「あ~らら、わかっちゃいたが……さすがに硬いな」

〝グギャァァア〟

 少し呆れて、へし折れた刀身を眺めていると、凄まじい絶叫と共に音速の一撃が振り下ろされて来た。

「いいねぇ、その調子だ。怯む事なく攻め立てて来な!!」

 再び尻尾の一撃をかわし、後方に跳躍すると……着地地点に向けて3つの頭が一斉に大きく口を開いた。

「おお、十八番ってヤツか…」

 せっかくだ、少し試させてもらおうか。腐食ブレスの威力ってヤツを…。

 身体の再生速度は理解しているが、それはあくまでも裂傷や打撲と言ったものだけだ。酸による腐食が身体にどう影響するのかは試した事はない、正に絶好のチャンスだ。

 それに多少傷を負った処で、こっちには治癒の魔法がある。安心して試す事が出来るって寸法だ。

 左手を前にかざして魔力を集中すると、そこに腐蝕ガスが襲いかかって来た。

 集中させた魔力に弾かれて、ガスが二筋の流れとなって後方へ吹き抜けてゆく。

 周囲の枯れ木が煙を上げてみるみる溶け崩れていった。

 左手が僅かに爛れたが、それもすぐに収まった。

 手甲はすっかり腐蝕してボロボロだが……左手は0コンマで再生された、若干だが爪の部分の再生が遅い気がするな。いや、待てよ……爪は根元の部分だけが生きているんだっけか?

 まあいい、結果は予測以上だ。再生速度は実に驚異的なレベルに達している。

 30秒ほどでブレスは止んだ。思ったほど長くは吐き続けられないようだ。

「……問題はないな」

 復元された自分の左手を見ながら、俺は満足していた。

 この程度の攻撃なら自己再生と免疫で十分対応出来る。治癒の魔法を使うまでもない。更に欠損部分だけでなく全身の再構成も進んでいるようだ……全身の皮膚が順次に剥がれ落ち、新しいモノに変わってゆく。もう暫くもすれば全身くまなく耐性組織に変わるだろう。

「さぁて……それじゃあ、片付けさせてもらおうか…………まだ何かあるってんなら今の内に使っておけよ。ひょっとしたら、一時は逃れられるかも知れないぞ♡」

〝ガァァァァ!!〟

 雄叫びをあげながら再び腐蝕ガスを放って来た。

「おいおい…」

 少しがっかりしたのも束の間、同時に尻尾も振るって来るのが見えた。

「おお…♪」

 なるほど、ガスの方は目眩ましか……。

 中々に頭が働くじゃないか、ドラゴン君。いいぞ、そう来なくてはな。

「但し、おまえ一匹では余り意味がないな」

 生憎と目眩ましは俺の目には通用しない…。

 柄だけになった剣で音速の一撃を受け流すと左手で尻尾を掴んで思い切り引っ張った。幾ら表面が硬くとも、自在に動かすには間接がいる……当然、その部分は脆い。

 こうして引っ張れば、引きちぎれるって寸法だ!!

〝ブチブチブチ…〟

 と筋や筋肉のちぎれる鈍い音がして…。

〝ギィャアァァァァ!!〟

 ドラゴンが絶叫すると力なく尻尾が地べたに横たわった。

「まあ、俺にしか出来ない芸当だが…」

 間髪を入れず、三つの頭が牙を剥いて襲いかかって来た。

「おおっと…」

 一つ目を右手に抱え、二つ目を左手で押さえ付けた処に三つ目の頭がブレスを吐きかけてきた。

「…!!」

 一瞬、角膜が腐蝕して視界が奪われたが、大した意味はない。何しろ、こいつの頭を抱えているのだから。逃れられる道理はないのだ。そして、俺には魔獣の超感覚がある……視覚が欠けたぐらいどうと言う事はない。

 三つ目の頭を難なく蹴り飛ばした頃には視界は完全に回復していた。あらかた予測はしていたが眼球と言った通常は再生出来ない部位も魔獣ならば簡単に復元するらしい。実に結構な事だ。

「……にしても、至近距離なら効果があると思ったのか? もう少し頭を…」

 と言いかけた処で大量の髪の毛が抜け落ちた。

「しまった……丸坊主になっちまったかな?」

 髪の毛の事をうっかり失念していた。ここは死んだ細胞で出来た部位だ……さっき爪が腐蝕した時に気付くべきだった。まあ、すぐにでも耐性を持った髪が生えてくるだろうが……。

 こちらが優勢過ぎて、少しばかり油断したな……減点1って処か、気を付けないとな。

「……ん?!」

 こいつ……頭の中に何かあるぞ……?? 妙に魔力の集中した部分が頭蓋の中にある、一体なんだコレは?

 右手に掴んでいた頭を放して蹴り飛ばすと、抱えていた頭に手刀を叩き込んだ。頭蓋も金剛並み硬かったが、そもそも頭骨は一つの骨ではない繋ぎ目があるのだ、真ん中辺りに。

 更に俺には魔力が見える。内側から魔力の光に照らし出されて頭蓋の繋ぎ目がよぉく見える。そこをめがけて手刀を叩き込むと実にあっさりと頭蓋骨は二つに砕けた。

〝ギィガァァァァ!〟

〝ゴァアァァァァ!!〟

 残った二つの頭が悲鳴をあげる。

 二つ割りになった頭の中から取り出したのは、握り拳ほどの赤い宝石のような鉱物だった。なんだ……これは……?? 魔法の制御装置……みたいなモノか……?

〝ガァアァァァァ!!〟

〝ギィアアォォォ!!〟

 怒りの叫び声をあげて、左右から残った首が牙を剥いて襲いかかって来た。

「おっと…」

 取り敢えず、片付けた頭を投げ捨てて近くの枯れ木の上に飛び上がった。せっかく手に入れたのにすぐに壊されては堪らないからな。

「……コレはなんだ?」

 返事は期待していなかったが、一応後ろの枯れ木の上にいたダレンに尋ねてみた。

「それは多分、カーバンクルだ……ドラゴンを造る時に用いる魔法石だと聞く…」

「……ほぉ?」

 意外にも答えが返ってきた。

 ふむ、魔法石ね……何かの役に立ちそうだな。残りも頂いておくか。

「ちょっと預かっててくれ」

 ダレンに向かって魔法石を放り投げると。すぐ様下に飛び降りて、ドラゴンに向かって全力疾走した。

 向かって来る俺に対して、ドラゴンは背中を向け二つの口から懸命に腐蝕ブレスを吐きかけてきた。

 既に逃げの体制だが、走る速度はアクビが出るほどノロマだ。

「……勝負ありだな」

 俺がそう呟いた時。

〝ドン〟

 と音を立てて、尻尾が根元から切り離された。

「……?」

 なんだ……今更そんなものを切り離して何の意味が…。そう思ったのも束の間、断面から新たな尻尾が突き出して来た。

「なんだと…?!」

 まさか、こんなに速く再生出来るとは…。いや、違うな……恐らくは予備の尻尾だろう……緊急時の。

 俺のスピードと反射神経を理解して元々の尻尾の再生を諦めたのか…。

〝ドォン!!〟

 再生された尻尾が音速の何倍ものスピードで振り下ろされて来る。

「何…?!」

 思っていた以上に速いぞ。細長い鞭のような形状で先端だけが大きく膨れている。

 それで速度が増しているのか………ダメだ、避け切れない…。

 咄嗟に右手を上げて魔力を集中すると防御の姿勢を取った。

 ……が。

 尾の先が二つに開くのが見えた、なんと口がある。

「な…?!」

 驚きと同時に、俺の目の前で口が閉じる。鋭い痛みが右腕に走った…。

「くそ…」

 確かめる間もなく、右側を通過した尾がしなり先端がUターンして戻って来た。

 俺はすぐさま後方に飛び、二撃目をかわした。

「……つっ」

 激しい痛みが右腕を襲う。見れば案の定、肘から先が食い千切られていた。

 予想外……いや、形体変化は魔獣ならば、ある程度は予想出来たはずだ……それに魔力を集中して防ごうとした右掌を腕ごと持っていかれた。結界と違って魔力障壁は身体の一部しかガードしない。使い勝手はいいが当然障壁以外の場所を狙われれば防げない訳だが。まさか、障壁ごと食い千切られるとは…。

 実に賢い。そして、実にうかつだった……これは明らかに俺のミスだ。

 教訓としてしっかりと今後に生かさないとな。

 動揺も苛つきも一瞬、既に俺の頭は冷静そのものだ。この感情の切り替えの速さはとても便利だ、重宝する。

 僅かばかりの反省をして右腕に治癒の魔法を掛ける。

 右腕が瞬時に再生された。

 ……すると。

〝グガァアア…?!〟

 ヤツが目を見開いて驚いた様子を見せた……ドラゴンも驚くらしい。

「……悪いな、治癒魔法は今まで散々使ってるんでね♡」

 そう言って、全速力でヤツに向かって突進する。

 再び尻尾を振り回して来るが、口が付いているのが解っているなら問題はない。

 余裕で尾に付いた顎を掴み、そのまま力一杯引き裂くとついでに尻尾も引き千切ってやった。

〝グガァアア…!!〟

 更に絶叫するヤツの背中に飛び乗ると、背骨に手刀を叩き込み神経をぶった切った。途端に後足が力なく崩れ、胴体が地べたに落ちる。

「さぁ、これでもう逃げられねぇぜ」

 それでも尚、しぶとく逃れようと残った二つの頭で左右から挟み撃ちをしてきた。

「おお、頑張るねぇ……さすがはドラゴン♪」

 だが、所詮は無駄なあがきだ。両手で左右から襲いかかってくる頭を軽々と押さえ付け、トドメを差そうと…。

「チェックメイト!!」

 と言った瞬間、思いがけない反撃を食らった。

 突然、胴体の中から長い角のようなモノが何本も突き出して来て、俺を挟み込んだのだ。

「なんだ……これは??」

 ひょっとして、肋骨……なのか?!

 そう思った矢先…。

〝ドッドォォン!!〟

 物凄い大爆音と共に足下の鱗が一斉に弾け飛んだ……いや、胴体そのものが破裂したのだ。

「…何!?」

 慌てて、頭を手放し、すぐさま結界を展開したのだが…。

 間に合わず、幾つか鱗が身体に突き刺さってしまった。

 更に激しい爆風で結界ごと弾き飛ばされる始末。

 凄まじい勢いで枯れ木と酸の泥の中を転げ回る……。

「…くそ!!」

 ようやく、態勢を立て直して泥の中から立ち上がると…。

 身体中が燃える様に熱い……なんだこれは。俺の身体から紫色の煙が上がっていやがる。飛んで来たのは鱗だけじゃなかったのか…。

 肉が爛れて……いや、溶け崩れている?!

 くそ、ヤツの毒には耐性が付いてたはずじゃ……。

 慌てて治癒魔法を全身にかける…………が、殆ど効果がない。

 マズイぞ……身体が崩れてゆく、このままじゃ死んじまう。くそったれが、またしても油断したな……獣と甘く見過ぎた。

 必死に治癒魔法をかけ続ける……その間も崩壊と再生が攻めぎ合いを続け、凄まじい激痛が全身を駆け巡ってゆく。

 だが、痛みに喘ぎながらも既に頭の中は平静そのものだ。そうとも、この程度の痛み……死の苦痛に比べれば、カに刺されたほどにも感じない。極めて冷静に……そして、的確に損傷部位を見極めて治療を続けた。

 5分も経っただろうか……ようやく、再生の方が勝り始めた。

「……ふぅ」

 相当に強烈な毒だったな……耐性の獲得にこれほど時間が掛かるとは。さっきは一瞬だったのに。

 安堵のため息を吐いて周囲を見回せば…。

「…………こりゃまた…」

 辺り一面吹き飛んで平地になっていた。更にあちこちに溶け崩れた肉片が散らばって、紫色の煙を上げている。マジに壮絶な光景だ。

「……参ったね」

 まさか、生き物が自爆するとは……オマケに自分すら耐えられないほどの毒液を撒き散らすとか…。さすがは魔法創造生物、これは予想外だった……ちょっと呆れるくらいに。再生された自分の身体を確認しながら、ふとダレンの事を思い出した。

 あいつは無事かな……??

 周囲を見渡してみると……遠くに人らしき反応が一つあった。泥の中だが、生きてはいるようだ。大丈夫かな……??

 駆け寄ってみると、こっちに気付いて立ち上がってきた。

「大丈夫か……??」

 一応、社交辞令的に尋ねてみたが…。

「……何とか……な…」

 よろけながらも、はっきりとした口調で応えた。

 意外なほど元気な様子だ。てっきり瀕死の状態かと思ったのだが距離があった分、毒液を浴びずに済んだようだ。

 それでも、既に持っていたアイテムは使い切っていたはずだ。よくあの爆風に耐えられたものだ……感心するぜ。

「さすがアサシン♪」

「自分でもよく生きていると思うよ…」

 そう言って、カーバンクルを差し出してきたんだが…。

「悪いな……もう少し持っててくれ」

「何?!……まさか!!」

「ああ、そのまさかだ……まだ生きてるよ。最も首から上だけだがね」

 二つの魔力反応が凄い速度で地面を這いずるように遠ざかってゆく。間違くドラゴンの頭だろう…。

 相手は魔獣だ……人間のように死なば諸ともなんて考えないだろうとは思ったが…。

「……頭だけで再生出来るのか?」

 少し疑問に思ったのでダレンに訊いてみた。

「……わからん……こんな事例は初めてだしな。ただ…」

「……ただ??」

「頭を破壊しない限り……ドラゴンは死なないとも聞いた…」

「なるほどね…」

 つまりは再生可能って事だ。二匹になる前に退治しておくのがベストだな。

「じゃ…ちょっと行って片付けて来る」

 そうヤツに告げると逃げた二匹の頭の後を追った。


 全速力で駆け抜ける。ある程度全身の再構成が終わったのか、先程よりもスピードが増しているのがわかる。更に余裕も感じる、思わぬ深手を負わされたが、結果オーライだ♪

 もう少しスピードを上げる事も出来そうだが、今はこれで十分だ。

 グングンと距離が縮まってゆく。後少しだ……。

 だが、ここで頭が左右に別れ、それぞれ別々にの方向に移動を始めた。

「チッ……中々に頭が回るな……。最も、頭しかないんだが…」

 まあいい、もう少し速度を上げれば済む事だ。おまえ等のお陰で俺も身体能力を上げる事が出来た訳だしな。

 俺は更にスピードを上げると、まずは右の頭に標的を絞った。

 ほんの数秒で蛇のようにうねくる頭が見えてきた。

 さて、頭の後ろの部位がどれくらいが残っていれば身体を再生出来るのか、少し試してみたい処だが……。

 思っていたよりも速いな、仕方ない討伐を優先するか。

 一気に距離を詰める…。

 俺を振り切ろうと、しつこく何度も急激なターンを繰り返しているが無意味な事だ。何しろ、今の俺は魔獣並みの反射神経があるのだから。

 うねくる首の端っこを掴むと力任せに引っ張り込んだ。こちらに向かって飛んで来る頭が鎌首をもたげて襲いかかって来たが、構わず口の中に手刀を叩き込んで逆に頭蓋を叩き割ってやった。

 そして……そのまま、頭蓋内の魔石をえぐり出すと残った頭を投げ捨てた。それでも暫く頭は動いていたが、段々と動きが緩慢になっていき……やがて、動かなくなった。

「大した生命力だ……」

 まるでゴキブリ並みにしつこい。一応は脊椎動物だろうに……。これも魔法の成せる技ってヤツか……??

「……ふむ」

 念のため、牙を幾つか引っこ抜いて持って行く事にした。歯は骨より硬い部位だからな、後で何かの役に立つだろう。

「さて、これで二つと…」

 魔石を懐に入れると、残る頭の後を追った。


 だいぶスピードが落ちているな……やはり頭だけではスタミナが続かないか。それとも、力尽きかけてきたのか……。

 よし、見えてきたぞ……今度こそ、チェックだ。

 更にスピードが落ちてきた……いよいよ力尽きたか。

 俺が手を伸ばして首根っこ掴むもうとした瞬間…。

〝ドドン〟

 という爆音と共に再び鱗を飛び散らせやがった。

「…何?!」

 避けようと急激に方向転換した途端、ぬかるみに足を取られて転げた。

「くそ……」

 回転する視界の中で頭が猛スピードで逃げ出してゆく。

「…!?」

 わざとスピードを落として俺を誘ったのか。

 さすがドラゴン……さすがは魔法創造生物……思った以上に賢いじゃないか。

 ……だが、俺の方も普通ではないんでね。一時驚きはしたが既に頭は冷静そのものだ。

 すぐに態勢を立て直すとさっき手に入れたヤツ自身の牙を力一杯投げ付けた。こいつなら容易に頭蓋を貫通出来るはず。

 予測通りに投げ付けた牙は見事に頭を貫いた。

「早速、役に立ったな…」

〝ギャアァァァァ!!〟

 断末魔の叫びをあげて、頭は地面に落ちたが……。相変わらず地べたの上で執拗に蠢き続けていた。

 本当に凄まじい生命力だ……。これ、放って置いたら再生するじゃないのか……??

 すると俺の思った通り、徐々にだが頭の傷が塞がってゆく。

「本当に呆れた化け物だな……致命傷すら時間が経てば治るのか」

 確かに、これなら頭だけになっても容易に全身を再生出来そうだ。

 頭を破壊しない限りは死なないという話だったが……多分、頭の中の魔石を破壊しないと死なないのだろう。

 さて、このまま再生する様子を観察しててもいいんだが、既に服はボロボロだし、ブーツの底も抜けている。オマケに頭も丸坊主だ……さっさとけりをつけるか。

 一応、再生出来る事は確かめたしな……。

 俺は再生中のドラゴンの頭蓋に手刀を叩き込んで魔石をえぐり出した。さっきの頭と同じように暫くは蠢いていたが、やがて動かなくなった。やはりこのカーバンクルとか言う魔石が命の源らしいな……。

「……つまり、コイツがある限りドラゴンは不死身って訳だ」

 俺は改めて、手にした魔石をしげしげと見詰めた。

 これ自体にドラゴンと同じ魔力を感じる。ドラゴンをドラゴン足らしめるのはこの魔石の方なのか……??

 すると……もしかして、こいつを別の魔獣の身体に埋め込んだりすれば、そいつはドラゴンになったりするのか……?

 そんな事を考えていると。

「……?!」

 前方に微かな魔力反応がある事に気が付いた。

「……なんだ?? 弱々しいがドラゴンに似た感じがする…」

 まさか、その辺に卵でも産んであるんじゃないだろうな…。

 少し気になったので調べてみる事にした。

 弱々しい魔力を辿って行くと……一際大きな毒の沼に突き当たった。そして、その沼の中央には異様なモノが……。

「なんだ…アレは……」

 ドラゴンの半分ほどもある巨大な肉の塊が静かに浮かんでいた。僅かに脈動している……この肉塊は生きているのだ。

 そういえば……当初、あの頭共は揃って何処かへと向かっていたな。ここへ来るつもりだったのか? だとすればアレは…。

 確かめないとな。

 枯れ木を何本か引き抜くと沼の中に投げ入れ、その上を伝って肉塊に近づいた。

 ある程度まで行くと、こちらに向かって触手の様なモノを伸ばしてきた……やはりか。

 そこで例の魔石を取り出すと触手に近づけてみた。すると途端に魔石に巻き付いてドラゴンの頭を形造ってゆく。

「……なぁるほどぉ……こいつ専用の替えのパーツって訳だ」

 頭が出来掛けてくると残った部分も胴体に変わり始めた。

「驚いたな、こんなに早く身体が復元していくとは……例のなんとか言う万能細胞なのかな?……これは」

 そんな事を思っている間にもどんどん身体が出来上がり、爪が伸びて、鱗まで生えてきた。

「おおっと」

 せっかく倒したのに、またドラゴンになられちゃ堪らない。

 出来掛けの頭を引きちぎると、途端に胴体は元の肉塊に戻りだした。

「……ったく、こんなモノまで用意してるとか。つくづく呆れる生き物だぜ……ドラゴンってヤツは」

 そして、それを造り出した魔法ってヤツは実に厄介極まりない存在だ。いずれにせよ、魔法についてはもう少し知識を得ないとな……。

 そのためにも、こいつはしばらく取って置く事にしよう。調べれば何か解るかも知れないし、或いは……上手く利用出来るかも。

 ふむ……時に、こいつの存在を世間に知られるとマズイ事になるかな?

 …………いや、その心配はないか。こんな所にまでやって来る物好きはいないだろうからな。

 ダレンのヤツは…と…………よし、あの場所を動いていないな。さすがに大人しく待っているようだ。まあ、当然か……次に爆発にでも巻き込まれたら、もう身を守る術は残ってないだろうからな。お陰でこいつの事を知られずに済む。

 それにしても……少しばかり獲物を仕留めるのに夢中になり過ぎた。別に殺しを楽しんでいた訳ではないが魔獣の本能なのか、ついつい獲物を仕留める事に夢中になる傾向があるようだ。

 すぐに気持ちは切り替わるのだが……気を付けないと隙を生む結果になりかねない。本能に根差しているだけに要注意だ。

「ドラゴンか……」

 意外と手こずったが、所詮は魔獣の範疇に過ぎない相手だったな。

 さてと、何はともあれ……これで討伐完了だ、戻るとするか。


 ※


 意気揚々と二つの魔石を持って、ダレンの所に戻ってみると。

「……驚いたな。本当に一人でドラゴンを仕留めるとは…」

 呆れたように言われた。

 ……そんなに呆れるほどか……とか思いつつ。

「まあ、予想外の攻撃には多少面食らったが……お陰で、魔法創造生物について色々と理解出来たよ。やはり魔法は厄介だ…」

 討伐の感想を話していると。

「……そうだな、確かに……魔法は厄介だ……」

 意外にも俺の言葉に賛同するかのような事を言って、感慨深げにドラゴンの残骸を見詰めていた。

 ふむ、こいつなり何か事情でもあるのかな……?

「……処で、これはどうする?」

 カーバンクルを取り出して、俺に尋ねてきた。

「良ければ、言い値で買うぞ。何しろ滅多に出回らない代物だからな」

「……そうだな。一つあれば十分だし……残りは買い取って貰おう。値段はそっちで決めてくれ、どうせこの世界の価値はよく知らないしな…」

 持って来た魔石の片方もヤツに渡した。

「……この……世界……?」

「但し…代わりに魔法使いを紹介してくれ。なるべく魔法に詳しいヤツをな♡」

「……承知した。ザルディルにはそう伝えておこう」

「頼んだぜ♪」

 手慣れた感じで魔石を布切れでくるんで胸元にしまい込むと。

「……では、俺は一足早く報告に戻る」

 平素の抑揚のない声でそう言った。

「ああ、ザルディルによろしくな♡」

 一旦戻り掛けた処で、こちらを振り返って…。

「そうだ……一つ訊いておきたい事がある」

「なんだ? 改まって」

「おまえは憑依魔人なのか?」

 ……憑依魔人…?? 何処かで聞き覚えのあるワードだ。多分ジジイの記憶だろう、生憎と意味まではわからない。せっかくなので尋ねてみるか…。

「……それは…何だ??」

「聖霊や優れた技能を持つ故人の霊を宿らせた者の事だ……驚くほどの身体能力や特殊技能を持つという…」

「なるほどね……ふむ、少し違うが……まあ、似たようなモノと理解しておいてくれて構わないな…」

「少し違う…か…………承知した……では」

 そう言うと姿を消して移動して行った。

 俺には見破られているのにわざわざ姿を消すとは……意外に高速移動とセットの能力なのかな?

 ……まあいいか。

 この依頼は色々と有意義な仕事だった。特にドラゴンが自爆をする辺りはな……。魔獣が自爆するぐらいだ、当然人間の中にもいるはずだ……前の世界の自爆テロみたいに。

 そこの処はこれから要注意だな……。何しろ、あの連中の忠誠心は相当に強固だからな……ジジイがいい例だ。

 更に憑依魔人などと言った特殊な能力を持つ連中もいる事が判ったしな。

 ひょっとして、あの黒騎士も憑依魔人なのかな……ふむ。

 そんな事を思いながら、ふと自分の胸元に目がいった。僅かな傷も既にキレイサッパリ完治していたが、服はボロボロだった……殆ど残っていない。

「…………」

 さてさて、ほぼほぼ素っ裸になっちまった……このまま、街に戻る訳にはいかないな。少し困ったぞ。

 …………しまった、ダレンのヤツに何か羽織る物ぐらい持って来て貰うんだったな。今更だが……。いやいや、あいつもその辺り気を使えよ……俺も今は一応女なんだから…。

「ん~……しょうがない、取り敢えずドラゴンの皮でも身体に巻き付けておくか…」

 早速、死骸から皮を剥ぎ取って要所要所に巻き付けた。

「……よし、まあ……これでいいだろう……一応は」

 問題がないか、十分に確認を済ますと……元来た道を探した。

「さてと、あいつらは何処かな、だいぶ奥まで来たからな…………。お、いたいた、向こうか…」

 超感覚でゴドー達のいる方向を確かめると、ほどほどのスピードで走り出した。


 途中、胴体が自爆した地点を通り掛かるとまだ動いている心臓を見付けた。

「……驚いたな、拍動してる心臓が地べたに転がってるとか……あり得ないだろ?!」

 魔石は既になくなっているのに心臓は未だに動き続けていた、凄まじいまでの生命力だ。いや、身体と比べても魔力が高いな……心臓だけは別個の何かで動いているのか? 或いはこれ自体が魔石のようなマジックアイテムなのか……。

 そういえば……魔獣は他の魔獣の血肉を食らって力を増すとか……ジジイの記憶にあった気がしたな……。

 血液や心臓が魔力の源なのかも知れない。

 という事は……コイツを食えば、俺も今以上に力が増すのか……??

 何しろ俺は魔獣の能力を受け継いでいる訳だし。

 やってみる価値はあるな、コイツの毒には既に免疫が出来ている事だし、何も問題はない。

 心臓を拾い上げ、一口噛ってみた。

「…………ぐっ」

 …………不味い、なんとも表現しがたい味が口いっぱいに広がっていった。

 今まで食べた魔獣の肉の方がまだマシだ…………だが、一口食べただけで驚くほど力がみなぎってきた。確実に力と魔力が上がっている。

 で、もう一口食べてみたのだが……特に変化は感じなかった。どうやら一口で効果が見込めるらしい。最も一定以上は上がらないようだが。

 ともかく、実にいい事がわかった。他にも強力な魔獣の心臓を食らえばもっと力を得られるだろう。あくまで魔法創造生物限定かも知れないが……。

 まあ、その辺は後で検証してみるとしても……。

「……うえ…」

 …………不味い、本当に……不味い。魔法創造生物ってのはみんなこんなに不味いのか……。まあ、元々食用として造られたモノではないからな……味は仕方ないだろうが。

 …………それにしても、不味い!! 最初から判っていたら、二口も食わなかったぞ……。

 ドラゴン肉の不味さにウンザリしていると少し離れた地面に何か光るモノを見付けた。近づいてよく見てみると……それは地面に突き刺さった金剛製の刀身だった。

 そう、あのドラゴンの身体に突き立てて物の見事にへし折れたヤツだ。この世界で最高硬度の金属という話だったが……大して役に立たない。本当に最高の金属なのか……もしかして、出回らないだけでもっと上のヤツがあるんじゃないのか?

 まあ、その辺りも調べておく必要があるな。

 ……そうだ、こいつで今の自分の姿を確認しておくか。武器としては大して役に立たなくても鏡の代用くらいにはなるだろう。そう思って折れた刀身を拾い上げた。

 以前の髪は腐蝕ガスにやられてすっかり抜け落ちちまったからな……。今、頭は丸坊主とまではいかないが五分刈りよりちょっと長いくらいの髪の毛しかない。

 しかも耐性を持った新しい髪だ。色とか変わっていないか、街の戻る前に確認しておきたい。

 ……で、刀身に映った自分の姿を見て驚いた。

「なんだ……こりゃ…?!」

 赤い……まるで血のように真っ赤な髪と瞳だった……。

「おいおいおい、冗談じゃないぞ!」

 正に目立つ事この上ない姿だ。マズイ……絶対にマズイ……なるべくなら目立たないようにしたいのに……これは非常にマズイ!!

「……くそ、ダレンのヤツ……」

 気付いていたなら、さっき言ってくれればいいのに。

 ……………いや、ひょっとして……これが俺の本性だとでも思ったのか?? そういや、憑依魔人がどうとか言ってたっけな……なるほど、こういう事だったのか。

「ああ~くそっ!!」

 ……と、頭に来たのも束の間……すぐに冷静さを取り戻して考える。

 さてさて、どうしたらものかな……これは。

 取り敢えず、その辺に散らばっていたドラゴンの皮を広い集めて頭にも巻き付けておいた。

「……ま、これで何とか……」

 所々見え隠れしている赤い髪がまるで染み出した血のように見えなくもないが……まあ、さっきよりかは幾らかマシだろう。

 折れた刀身に映った自分の姿を見ながら仕方なしに妥協した。

「……瞳の方はどうしようもないが…」

 とにかく、何か姿を変える魔法とかマジックアイテムとかを大至急手に入れないとな。

 何しろ強酸に耐える髪だ、並みの方法では染められないだろうから……。

 魔獣ならいざ知らず、人間社会でこの姿はマズイ。何しろ人間ってヤツは容姿にこだわる生き物だからな……少しでも変な姿をしているだけで奇異な目で見られちまう。まったく嫌な生き物だ。

 俺は更にウンザリした気分になってゴドー達の元へと向かった。


 レクロコッタ並みのスピードで走ったのだが、まだまだ結構な距離があった。随分と奥まで来てしまったものだな……。足下がぬかるんでいるのでこれ以上スピードを出すのは少々危険だ。うっかり転んで泥だらけになりたくはない。然りとて、ただ帰るだけなのに全力疾走するのはな…。

「遠いな……。まあ、あいつらに来てもらった処で結局は森の入り口までは歩く訳だが……」

 乗って来た馬擬きは森の入り口の所に繋いである。どうしても、そこまでは戻らなきゃならない。

 ああ……転移の魔法が使えたらなぁ……全く、返す返すもジジイの身体に長居出来なかった事が悔やまれる。

「……ん?」

 何か聞こえる……人の話し声のようだ。

「……………」

「……………」

 距離的にはまだかなり離れていたが、ゴドー達の話し声が聞こえてきた。

「……驚いたな…」

 どうやら、さっき食った心臓のお陰で五感の能力もかなり上がったらしい。以前の倍くらいの距離まで音が聞き取れるようだ。

 ふむ、処であいつらは何の話をしているのかな?

 俺は少し興味をそそられて走りながら聞き耳を立てていた。

「……ねぇ、やっぱ遅くない??」

 こいつはリアンの声だな。

「殺られちまったのかなぁ……姉さん」

 こっちはラパン。

「ないな、それは絶対ない…」

 そう言ったのはゴドーだ。

「……でも、相討ちって事も…」

「それなら、ダレンの旦那が知らせてくれんだろ」

「…………」

「…………」

 と、ここで今まで黙っていたギドラムが口を挟んできた。

「なあ、今の内に逃げちまわねぇか……?」

「ああ……そうだな。……正直、姉さんは化け物過ぎるぜ。いつ機嫌を損ねて殺されるかとヒヤヒヤもんだ…」

 ラパンもすぐに同意している様子だ。

 ……ふむ、そんな風に俺を見ていたのか。少しばかり最初の印象が強過ぎたかな。

「なら、勝手に逃げればいい。逃げたヤツにどう対応するのか、知りたいしな」

「おいおい、俺達で試そうってのか……ゴドー」

「まあ、俺の見立てでは多分、後は追わないだろ……。めんどくさいとか言ってな♪」

 さすがゴドー、俺の性格をよく見抜いてるじゃないか。ずる賢そうな見た目は伊達じゃないな。

「…なら♪」

「おう、さっさと逃げちまおうぜ」

「うんうん、賛成♡」

「……但し」

「「「……?!」」」

「その後、運悪く見付かった時には殺されるだろうぜ。間違いなく」

「「「…………」」」

『当たりだ♡』

「「「「…いい?!」」」」

 いきなり声をかけられて全員が飛び上がるほど驚いていた。どうやら気配を完全に絶つと、例え視界に入ったとしても容易には認識されないらしい。この魔獣の特性は実にいいな。

「よぉ、おまえ等……待たせたな♪」

「「「「…………」」」」

 更に今の俺の姿を見て四人全員が目を見開いて絶句していた。

「…………姉…さん……?!」

 辛うじて、ゴドーが口を開いた。

「……まあ、色々と想定外な事があってな♡」

 やはり、この姿はかなりインパクトがあるようだ……。ドラゴンの皮を身体中に巻き付けてはいるが……所々から見える血のような髪と真っ赤な瞳は隠しようもない。

 いや、そもそもドラゴンの皮が目立つのかな…。

「……そう……いや…しかし……その…」

 口ごもるなって……どちらかといえば素直な感想が聞きたいんだからさぁ。

「…まるで……ファイアキメラ……みたい…」

「バカ!何でオメェは余計な事を…」

「…あ!!」

「「…………」」

「なるほど、ファイアキメラか……なるほどねぇ♪ ハハハハ…」

 いやいや、参考になったぜ……。やはり、この髪と瞳は一般的に見てかなり異様に映るって訳だ……何とかしないとな。

「「「「…………」」」」

 俺が笑ったのを見て全員がポカーンとした顔していた。

 全く、敵対しないヤツには寛大だと何回も言ってるんだが……。

 まあ、しょうがないか……こいつ等からみれば今の俺は正に化け物だからな。

「あの…あの…あの…」

 まだ、リアンがおどおどしている。

「ん?気にするな。かえって一般的な意見が聞けて良かったほどなんだから♪」

 そう言ってやると。

「……はぁ♡」

 やっと安堵したように表情が緩んだ感じだった。

「処で姉さん……そのまま街へ帰るつもりですかい…??」

「ん?……仕方ないだろう、他に着る物も…」

「いえ、そうじゃなくてですね…」

「…??」

「その…身体に巻き付けてあるのって……ドラゴンの皮……ですよねぇ……??」

「そうだが」

「……それ、腐蝕ガスが染み付いてますぜ。姉さんならともかく、普通の連中なら触っただけであの世行きですぜ…」

「……何、そうなのか……?!」

 こいつ等が必要以上にビビってるのは俺の容姿だけじゃなかったのか……。

「いや、先に言ってくれよ。そういう肝心な事は…」

「先にって……姉さんが余りにも常人離れし過ぎてて……なんと言うか……なぁ?」

「へい…」

「……確かに」

「……もう少し、普通になりません……??」

「…………」

 いや、生憎とそればっかりは無理だな……。だが少しばかり問題か……余り目立ちたくもないしな。魔獣と違って本当に人間ってヤツは色々と面倒臭いな。

「う~ん…」

 俺がそんな事を考え込んでいると…。

「ま……取り敢えず、その辺の川で染み付いたガスを洗い流しやしょう。そのまま馬に乗ったら……馬が死んじまいやすからね」

 なるほど……ゴドーの言うのも最もだ。

 俺は川で腐蝕ガスを洗い流す事にした。


 川を見付けて水の中に浸かると早々に魚が次々と浮いてきた。

「…………」

 ああ、これは結構ヤバイな……想像以上に。

 強いのはいいが……今の俺はだいぶ通常の感覚とも懸け離れているようだ。この点は常日頃から注意して置かないと少しばかりマズイな……。

 そんな事を考えながら身体を洗い流していると…。

「……ん?!」

 少し……さっきより髪が伸びたかな……?

 先程まで五分刈りに気を回した程度だった髪の毛の長さが掌ほどまで伸びている。引っ張ってみると視界の中に映り込むほどだ。

 思ったよりも新陳代謝のスピードが速いな……このままドンドン髪が伸び続けるのか? 或いは元の長さまで伸びたら一旦止まるのだろうか……。

「ふ~む…」

 このまま伸び続けるとしたら少しマズイ……。ただでさえ目立つ色なのに……困ったな。

 もっと伸びるようなら……少し切ってみるか……。

 いや……待てよ……。普通のハサミや刃物で切れるのか……?? 腐蝕ガスに耐性のある髪の毛だぞ。

 試してみておいた方がいいな……。俺の近くで着替えを持って待っていたリアンに。

「おい、小刀持ってないか?」

「え……あ、はい。これで良ければ…」

 早速、彼女から受け取った小刀で髪の毛を一本切ろうとした……のだが。予想通り、まるで切れなかった……。

 それ処か……力任せに引っ張った途端に小刀の刃の方が欠けた。

「…………参ったな……これは…」

「…………」

 リアンがこっちを見ながら笑顔で頬をひきつらせていた。

 それほどか…………??

 いやまあ……それほどだろう……な。普通に考えると……うん。

「……はぁ」

 俺は少しばかり頭を抱えた。いや、少しばかりじゃないか……。

 これは想像以上に常人と懸け離れ過ぎているぞ……困ったな。

「あ……悪い。後でもっといいの買ってやろう…」

「……いえ、お気になさらずに……安物ですから……あはは…♡」

 とか言いながら、相変わらず頬がひきつっていた。

「……はてさて」

 これは本気で何とかしないとな…………せめて、あのクソ野郎共の国に辿り着くまで目立つのは避けたい…。

 キレイに腐蝕ガスを洗い流すとリアンの替えの服を着て、やっと帰途に付いた。

 一応、頭にはドラゴンの皮を巻き付け……その上からゴドーのマントを羽織って彼の馬の後ろに乗って街へと向かった。何せ、この瞳の色はかなり目立つ、本当に参った……。


 ※


 街に戻ると当初の予想よりは注目を浴びなかった。頭から目元までをマントでくるんで、普通に歩いていたお陰でさほど怪しまれず済んだようだ。ファッションか、民族衣装とでも思ったのだろう。

 まあ、普通と違うのは瞳と髪の色だけだから首から上を隠してしまえば問題はない訳だ。

「……ふむ」

 特に警戒する必要はないか……いつも通りの態度で行動すれば大丈夫だな。但し……この瞳はなるべく見えないようにしないとな…。

 こうして、無事にザルディルの館までたどり着いてホッと一息吐いた。


 ザルディルの前で頭の覆いを取って見せたのだが…。

「…………これはまた……ダレンから聞いてはいたが…」

 俺の姿を見るなり片方の眉を吊り上げて、呆れ顔でそう言われてしまった。やはり、この髪と瞳は相当目立つらしい。

「……まあ……少しばかり……色々と試したのが裏目に出てしまった感じかな……自分でもかなり予想外な結果だよ……この髪と瞳は…」

「…………なるほどねぇ……」

 顎を撫でながら少し苦笑いをしている。

 まあ……この姿は結構キテるからな……

「まあ……ともあれ、討伐の方は上手くいったようで何よりだ、改めて感謝するよ。身分証の方は一両日中に用意する、明日改めて来てくれ」

「そいつはどうも。処で魔法使いの件だが…」

「ああ、それなら……レドナに話を通しておいた」

「……レドナ…??」

「この街で一番の魔法の使い手だ。君は、魔力を感知出来るそうだから気付いていると思うが……街の東側の外れに住んでいる」

「あれか……」

 確かに街に入った時から少し気になっていた…………格別に魔力の高いヤツが一人いる事に。

「少々偏屈な老人だが……魔法の知識は折り紙付きだ。まあ、少し曰く付きの人物でもあるが…」

「……曰く付き……??」

「……レティアナの出身なんだよ、彼女は。国を追放されたと言ってはいたが真相のほどは不明だ」

「……なるほどね」

 ああ、そこら辺も俺に確かめさせるつもりだな……中々にしたたかな男だ。まあいい、敵なら殺すだけだ。

「わかった、早速会いに行ってみるとしよう」

 俺が立ち上がって、部屋を出ようとすると。

「待ちたまえ…」

 ザルディルが声をかけてきた。

「?……まだ、何かあるのか?」

 すると彼は袋を二つ取り出して。

「これは討伐料だ、思ったより早く片付けもらったのでな。それと…こっちはカーバンクルの代金だ、二つで500万オルド」

「ああ、そうだったな…」

 袋を開け大体の中身を確認すると懐にしまい込んだ。

「フッ……きちんと数えないのか?」

 苦笑いをして呆れたように言った。

 確かに…まあまあの額ではあるが…。

「おまえはそんなセコイ男でもないだろう? それに金額はさして問題じゃないのさ……今回は色々と自分の能力の確認をしておきたかったんでね…」

「……なるほど」

「ああ、それと…ドラゴンを討伐した事は暫く伏せておいてくれないか…」

「……ふむ、公にはして欲しくない訳か……」

「そういう事」

「まあ理由は察しが付く。いいだろう、どちらにしても当分の間あの辺り一体は人が入れる状態ではないからな……ドラゴンの方は上手く森の中に留める方法が見付かった……と言う事にでもしておこう」

「宜しく頼む。……それじゃあ…」

 部屋を出ようとした処で大事な事を一つ思い出した。

「そうそう、この目の色を誤魔化すアイテムとか持ってないか?」

「……ふむ、見掛けだけでいいのなら…」

 そう言うと青い宝石の付いたペンダントを投げてよこした。

「それを使うといい。サービスだ」

「マジックアイテムか?」

「ああ、身に付けているだけで効果がある」

「サンキュー♡」

 早速ペンダントを首から下げると、小刀に顔を映して確かめてみた。

「……青か」

 瞳と髪の色の対比が凄いな…。まあ、この髪も普段は隠しておく訳だし問題はないか。

「処で、ガズールの他にもドラゴンってのはいるのか?」

「勿論だ……但し、ガズールと同程度というのは数が限られる。何しろ『古の七竜』だからな」

「……古の七竜…」

 ゲームのボスキャラみたいな名称だな…。

「つまり、後六匹いる訳だな?」

「……五匹だ。『炎竜のルエンゾ』はレティアナのローグが退治したと聞く」

「ローグ……か…」

 あのクソ野郎……なるほど、確かにヤツならドラゴンを退治するだけの腕前は持ってるだろうな。

 ふむ、残りは五匹……か。

 まぁ、それも仕方がないか……それにヤツは退治しただけで『力』を手に入れた訳ではないだろうからな…。

「……で、残りは何処にいる?」

「退治しようというのかね?」

「色々と訳有りでね♡」

「ふむ……雷竜のエルティオンはカルナード大陸に…氷竜のバグロームと地竜のダルダントはフェルダナ大陸にいる。残りの二頭はかなり不確定で噂の域を出ないが……海竜のボフランティはダンカルト海峡に…空竜のビオスラは絶海の孤島タングスラにいるという話だ」

「なるほど…」

 最初の三匹はいいとして……残りの二匹は少し面倒な所にいるようだな……まぁいい。後は現地行ってから考えるとしよう。

 来た時と同じように頭をすっぽりとスカーフで覆うと。

「参考になったよ……じゃあ、また明日な…」

 愛想良く笑顔でウインクをして部屋を後にした。


 部屋を出るとすぐダレンに出会った。

「…………」

 が、俺の顔を見るなり眉をひそめて凝視してきた。

「……どうかしたか?」

「……いや、何でもない。それより……もう、レドナに会いに行くのか…」

「まぁね……俺にも色々と予定があるんでね。余りのんびりとはしていられないのさ」

 そう言って肩を竦めて見せると…。

「気を付けてな…レドナは厄介な婆さんだぞ」

 なんて、意外にも忠告を受けた。

「……ふむ……ひょっとしていいヤツなのか…おまえ」

「単に敵対したくないだけさ…」

「……なるほどね、ご忠告痛み入る……。だが、魔法使いの厄介さは十分骨身に染みて理解してるんでね……大丈夫だ」


 ※


「……行ったか?」

 音もなく部屋に入って来たダレンに対して、書類の束に目を通しながら訊くザルディル。

「ああ…」

「……特に経歴で変わった処はない。ごく普通の農婦だ。一週間ほど前に夫を失っている……使用人とのトラブルらしい。オルソンとダビットは魔獣の襲撃を受け生死不明……ふむ」

 今まで見ていた書類をテーブルの上に置くと。

「…にしてもわからんな。黒騎士はもとよりレティアナとの接点すら何もない……なのに、あの異様なほどの執念…。ローグの名を聞いた時のあの目ときたら……正直、思い出しただけで背筋が寒くなるほどだ……とても人間とは思えん」

 両手を口元で組み顔をしかめて、宙を睨むザルディル。

「……何か聞いていないか?」

 その目をダレンに向けて尋ねるも。

「……いや……何も」

 素っ気ない返事があるだけだ。こいつはいつもこうだ……そんな顔付きでダレンを見ていたが。

「ふむ……」

 表情を緩め、椅子に深く腰掛けると。

「……正直、何か付け入る隙でも見付けてくれたら……ぐらいにしか思っていなかったのだが。まさか、たった一人でドラゴンを討伐してしまうとはな…」

 今度は呆れたように討伐依頼の感想を口にした。

「……尋常ではない強さだ」

「……その尋常でない強さが随分と変わったな。威圧的な外見はもとより、魔力がかなり上がっているようだが…?」

 事前に聞いていた話と違う事に不満気な顔を見せるザルディル。

「確かにな、それは俺もさっき感じて驚いた…。あの後、何かしたのかも知れない。俺と別れる前までは別段変わった感じはなかった…」

 対して、無表情に淡々と答えるダレン。

「ふむ……残りの七竜の居場所を訊かれたよ……そいつ等からも魔力を奪い取るつもりなのだろう」

「……ほぉ」

「…………」

 本当にこいつは……暫し、そんな目付きをダレンに向けていたが、話題を変えて…。

「処で……憑依魔人に類する者という話だったが…」

「……そうは言っていたが……力の桁がまるで違うな」

 いつもの淡々とした口調に僅かに感情がこもっている。それに気付いて興味深く話を続けるザルディル。

「ほぉ、そんなにか…?」

「ああ、憑依魔人なら俺も何人か知ってはいるが…………あそこまで化け物染みてはいなかった。それに…」

「それに…?」

「片腕を失った時の……あの再生速度は尋常じゃない。それとガズールが自爆した時も結界を張っていたようだった…」

 そこら辺の報告も抜けていると不満に思いつつも、平素と違うダレンの様子に興味を引かれ話を続けるザルディル。

「ふむ、マジックアイテムではないと…?」

「確証はないが……その可能性も視野に入れておいた方がいいだろうな」

「魔法も使えるか…」

「…それもかなり高位のな。技能を二系統も持つ憑依魔人などはいないし、そもそも不可能だ…」

 改めて、彼女の脅威と危険性を認識して顔をしかめる。

「……憑依魔人以上の存在……そんなモノがいるとはな。だが、魔法が使えるのだろう? なぜ魔法使いを紹介しろなどと…」

「……魔法は厄介だとも言っていた。それにヤツが使っていたのは治癒と防御結界だ……攻撃魔法についての知識が欲しいのかもな…」

「なるほどな……だが、いずれにせよ……黙っていても我々の仇敵を片付けてくれるというのだ。そこの処は大いに期待させて貰おうじゃないか」


「…………ふ~ん」

 実によく聞こえる……館の外からでも筒抜けな感じに。

 上手い事、俺を利用しようという腹か……。

 まあ、いいさ……裏切ったり敵対しようとしたなら、その時は始末すればいいだけだ。それまでは仲良くしようじゃないか……俺の方でも精々おまえ達を利用させて貰おう。

「どうかしたんで?……姉さん」

「いや、何でもない…」

「そうですかい……で、姉さん……これからの予定は?」

「ん……レドナとか言う魔法使いの処に行くつもりだ」

「レドナ…!!」

「あの胡散臭いくそババアの処?」

「…うぇ」

 随分と露骨に嫌な顔をするな、おまえ等…。

「そんなに胡散臭いのか……そのレドナってヤツは?」

「そりゃもぉ……街の連中は滅多に近寄りませんよ。なんせレティアナの出身ですからね…」

「宗教対立ってヤツか?」

「マヌークの中でも……レティアナって国は特に厳格な宗教国家で有名ですからねぇ……」

「そうそう……自由なんてありゃしねぇ処ですよ」

「……背徳者は極刑になるって話もあるほどですから」

「なるほどねぇ……」

 わかってはいたが…相当な国だ。

「いやな国だな…」

「そりゃもう…」

「……ああ、そうだ」

 こいつ等にも軍資金ってヤツをやっとくか…。どうせ、そんなに使い道もないし、俺に対する印象も良くなるだろう。

 さっき受け取った報酬の袋から軽く一握り金を取り出すと、残りを袋ごとゴドーに投げてやった。

「残りはおまえ等で分けな。喧嘩するなよ」

「うほぉぉ♪……こんなにいいんで?」

「ああ、別に金は幾らでも稼げるからな」

 物凄い喜びようだな……やはり、結構な額だったらしい。

「まあ、確かに……姉さんからみればどんな依頼でも朝飯前でしょうからねぇ…」

「ひゃあぁぁスゲー♪」

「一生付いて行きやすぜ、姉さん♡」

「あたしも♡」

 ホント…分かり易い、実に現金なヤツ等だ。

 さて、レドナがいるのは向こうか。そう思って行きかけた処でゴドーが。

「ああ、姉さん…レドナの処に行くのならこっちですぜ♪」

 そう言って正反対の方向を指差してきた。

「??……レドナの家は向こうじゃないのか?」

「そりゃまあ……方向的には確かにそっちですが、その道は先が行き止まりですぜ、姉さん」

「そうそう、この街は通路が結構複雑なんだから…」

「ま…姉さんなら、軽々と屋根を飛び越えてでも反対側に行けそうですが。怪しいヤツと勘違いされちまいやすぜ」

「……ああ、そうか…」

 ここは街の中だったな……うっかりしていた。ついつい魔獣だった頃の癖が出るな……気を付けないと。

 にしてもいちいち遠回りをしなきゃならないとは……中々に人間は面倒臭いな。

 そんな事を考えながら、ゴドー等に案内されてレドナの家へ向かった。


 ※


 裏通りの奥まった所まで来ると人影が殆どなくなった。この辺は倉庫街なのか、周囲にも人の気配を感じない。

 そんな場所にポツンと一軒だけ古びた館がある。異様なまでの魔力を放ちながら…。

「あそこがそうか…?」

「へい、元々はとある豪商の屋敷だったとか…。裏で色々とやってたらしくてね、いつの間にかいなくなっちまいやしたが…」

「……よくある話だ」

「確かに…ね」

 館の前まで来ると幾つかの別な魔力を感じた。どうやら複数のマジックアイテムが館の中にはあるらしい。

 その内、今現在使われているモノもある……館中に魔法トラップでも仕掛けてあるのかな?

 そんな事を考えながら敷地内に入ると…。

 早速、目の前の扉に複雑な魔法が掛けてあった。

「……ふむ」

 これはうっかり入れないな…。俺が扉を見回しているとゴドー等が。

「……どうかしたんで?……姉さん」

「入らないんですか?」

 なんて呑気な事を言ってきた。

「トラップだよ……扉に魔法が掛けられている。他にも幾つか館の中にも仕掛けられているようだ」

「ええ~?!」

「相変わらず、陰険なババア…」

『陰険で悪かったねぇ!!』

「「「「…?!」」」」

 突然、頭の中に声が鳴り響いた……念話か?!

 と同時に目の前にフードを被った魔法使いが姿を見せた。

「…………」

 何の前兆もなく突然、目の前現れやがった……こいつがレドナなのか?

 気配はあるが、何となく違和感のある存在だ……恐らく、あれは実体ではないな…。

 そもそも転移の魔法なら姿を現す直前に魔力を感じるはずだ。それがなかったって事は魔法で造った幻影か……そういったモノもある訳だ。

「うぉ…?!」

「…いつの間に??」

『おまえ達こそ、相変わらずだねぇ……全く。年寄りに対する礼儀を知らないよ』

 嗄れた、如何にも老婆という感じの声だが……この幻影から実像はうかがい知れないな。

 不機嫌そうに四人組に悪態を吐くとこっちを振り返って。

『処で、あんたかい?ザルディルの言ってたアギトってお嬢ちゃんは…。いや…大したもんだねぇ、アタシのトラップに触れもせず気付くとは……並みの魔法使いなら触れても判断出来ないだろうに。フフフ……気に入ったよ♡』

 途端に打って変わったようなご機嫌そうな口調で俺に言った。

「そいつは、どうも♡」

『お入り、トラップは解除したからね』

 そう言うと幻は消え失せた。

 扉から感じる魔力の性質が少し変わったな……どうやらトラップを解除したというのは本当らしい。

「……消えちゃった」

「マジか…」

「幻だよ、今のは…」

「「「「……えっ?!」」」」

「さぁ、中に入ろうぜ。許可は貰ったんだ」

 キョトンとした四人組を尻目に俺は扉のノブに手を伸ばした。

「…?!」

 すると奥から人の気配が近づいて来るのを感じた。それも結構なスピードだ。

〝…ドタドタドタドタ〟

 随分と派手な足音が聞こえる……走って来るのか??

〝ガタガタ…ガッシァァン!!〟

『いったぁぁ~~いぃぃ!!』

 扉の向こうで、恐らくは盛大にコケたであろうデカイ音と女の声がした。

「「「「…………」」」」

「………??」

 先ほどと違って若い女性の声だ。レドナではないな。先ほどの幻影とは明らかに気配が違うし……何よりもドジ過ぎる。

「この館には他にも誰かいるのか?」

「ああ…それなら多分、ブレンダでしょう」

「……ブレンダ?」

「レドナの世話をしてる娘ですぜ。何年か前に父親を亡くして独り身なっちまって……それで無理やりレドナの世話を押し付けられたって話でしてね…」

「ほぉ…そんなのが一緒にいるのか」

 レドナがスパイだとしたら、そのブレンダって女も怪しいが…。

「…へい。それで、そのブレンダ…」

〝ドンガラガッシャァァン!!〟

『痛…痛…痛ぁ~~ぁい!!』

「…ってのがドジな娘で…」

「……ああ、なるほど」

〝ドタ!!…ガシャ!!…ドゴ!!〟

『痛い…痛い…痛いぃ~~!!』

「相当だな……これは…」

「へえ…」

「……気立てはいい子なんですよ、姉さん」

 そう言って、リアンがフォローしていた。どうやら皆に好かれる存在ではあるらしい。

「……あ、そぉ」

 ようやく、扉が開くと……あちこち傷だらけの娘が顔を見せた。

 くせっ毛の茶髪を肩まで伸ばした可愛らしい顔付きの子だ。

「……どぉぉもぉぉ、お待たせしましたぁぁ……私、ブレンダと申しますぅぅ……痛たた…」

「……ああ、それはそれは…」

 大丈夫か、こいつ…………つーか、何で玄関に出てくるだけでこんなに傷だらけになるんだ…??

「どぉぞ、中へ……痛たた…」

「…………」

 やれやれ、先ほどまでの緊張感は何処へやらって感じだな。

 レドナの世話人というので少し警戒したが……これが演技だとしたら余りに大袈裟過ぎる。

 それに言葉には嘘は感じられない……というのも、俺は最近相手との会話で嘘を見抜けるようになった。

 相手が虚言を吐くとその部分に何となく違和感を感じるのだ……これも魔獣の能力の一環なのか、実に便利な能力だ。

 ともかく、彼女は正真正銘の天然ドジっ子だ。特に警戒の必要はないな。

「ふむ…」

 館の中を見回すと……ドジっ子の割りにはキレイになっているようだ。よく掃除が行き届いている……ただ、今しがた盛大にコケた後は散らかっているようだが…。

「あたたた…」

「大丈夫?」

「あ、はい……ご心配なく、慣れてますから♡」

 心配するリアンに笑顔で応えるブレンダ。

 つーか、何に慣れてんだ……おまえ。

 ……にしても。

「……なぁぁんか、暗くて陰湿な感じぃぃ……」

 リアンの言う通りだ、館の内部はかなり薄暗い感じだった…。

 これじゃ、彼女がコケても仕方ないな。

「何でこんなに暗ぇんだよ、ここは??」

 不機嫌そうにゴドーが言った。

 確かに……窓からはちゃんと光が差しているのに館の中は異様に暗いのだ。

 室内に入った光が拡散も反射もしていないらしい。

 恐らく魔法で何か細工をしているのだろう。

 何故そんな真似をするのかまでは解らないが……普通の人間の目にはかなり暗いな…。

 ま……俺は別だが。

「すみませぇぇん、レドナ様が明るいの苦手でして…」

「……やっぱ陰湿なババアだな」

「あ、皆さん…こっちで…」

〝ドンガラガッシャァァン!!〟

「ああああ…」

「「「「…………」」」」

 また、コケた……本当によくコケる娘だな。

「ほら」

 ブレンダの首根っこを掴んでぶら下げながら。

「こっちだな」

 先へと進んだ。

「え?え?ええぇぇ?……何で判るんですか…??」

「道標の明かりがちゃんとあるだろ」

「……え?」

「「「「……ええ?」」」」

 床近くに魔法の明かりが道標のように点いているのだが、ゴドー達はおろか、ブレンダにも見えないらしい。

「……ったく」

 彼女ぐらいには見えるようにしとけよ……自分の世話人だろ。

「行くぞ、こっちだ」

 ブレンダをぶら下げたまま廊下を進んで行った。

「……あの…あの…」

「そのままぶら下がってな。いちいちコケてたんじゃ、いつまで経っても先に進めないからな」

「……すみませぇぇん」

「ああ…待って下さいよ、姉さん。俺等には何も見えないんですから…」

「そうそう!!」

「あっ痛ぁぁ…なんか蹴つまずいたぁぁ!!」

「静かに…って、いてぇぇえ! 顔にぶつかったぁぁ!」

「…………」

 おいおい、おまえ等までコケてどうする……目を凝らしてよく見れば輪郭ぐらいは判るだろうに。それでも、おまえ等ワーカーか……ったく、夜の依頼とかどうしてんだよ??

「嵌まった……。くそっ…なんか嵌まったぞ!!」

「置いてくぞ」

「「「ああ…待って下さいって」」」

 道標に従って館の中を進む。

 部屋数はかなりあるが何れも使ってはいないようだ、開け放たれた扉の奥には何もない。

 但し、至る処にマジックアイテムによるトラップが仕掛けられている。今は作動していないようだが…。

「殺風景だな」

「……使っていない部屋が多くて」

 何も仕掛けて来ない…。

 本当に歓迎しているのか……或いはいつでも対処可能だから放っているのか…。

 いいさ、いつでも対処可能なのはこっちも同じだ。

 暫く奥に進んで行くと一際大きな扉が目の前に現れた。どうやらレドナはあの中らしい。

「あそこか?」

「はい、レドナ様のお部屋です」

 相変わらず周囲のトラップ類は全て解除されたままだ。

 割りとすんなりと会えそうだな。

 少しばかりマジックトラップってヤツを試してみたかった気もするが……まぁいいか。

 そんな事をしたら、こいつ等が死ぬかも知れないしな。

「…………」

 いや、例え死んだとしても魂が肉体を離れる前なら治癒の魔法で治せるかも…。

「あ…しまった…」

 そういった事も確かめておきたかったか…。

「え?」

「「「「ええ??」」」」

「…は?」

「何か…ございましたぁぁ??」

「な…な…なんかヤバい事でもぉぉ?!」

「……姉さん?!」

「ひぃいい!!」

 みんな一斉に驚いた顔付きで俺の方を見て質問してきた。

「……あ、いや………何でもない……大丈夫」

 蘇生を試したいから死ねとか言ったら、あのくそったれ供と一緒になっちまうじゃないか……全く。

 別にイイ人振るつもりはないが、アイツ等と同類扱いされるのだけはゴメンだ。

 扉の前で立ち止まるとブレンダが声を掛ける。

「レドナ様、お客様をお連れしましたぁ」

「……お入り」

 先ほど聞いたのと同じ嗄れた声だが……幻影の時よりはっきりしている。確実に中に本物のがいるようだ。

「さて」

 大きなの扉のノブに手を掛けてゆっくりと開けると…。

 そこには数々の得体の知れないマジックアイテムが処狭しと並んでいた。更に魔獣の様々な部位がガラスの容器に入って魔力気体エーテルの中に浮かんでいる。正に絵に描いたような魔法使いの部屋だ。

「……スゲー」

「…マジ?!」

「……キモい…」

 ゴドー達が薄気味悪そうにそれらを眺めて、感想を口にしていた。

 まぁ、確かに……ちょっとしたお化け屋敷って感じで不気味だ。

 薄明るいエーテルの中に浮かんだ魔獣の部位は未だに蠢いている。全く……こんなモノを生きたまま保存して、一体何に使うつもりなのか。

 実に趣味が悪い……。

 そして、それらのコレクションに囲まれて広間の一番奥に本物のレドナがいた。奇妙な机を前に、これまた奇妙な椅子に腰掛けて何かの作業をしているようだ。魔獣の骨で造ってあるらしい机や椅子からはかなり魔力を感じるな。

 作業を中断するとゆっくりとこちらを振り向いた。

 一見、若くも年寄りにも見える奇妙な顔付きだ。髪は白いが年齢がよく判らない。まぁ、外見的なものは余り当てには出来ないな……特に魔法使いなんて人種は。

「レドナ様、お客様をお連れしましたぁ♡」

「……あんたが連れられてるじゃないか」

 確かにその通りだ。

「…えっと……それは…その…」

「ああ、いいよ。それより、よくここまで来れたねぇ……お嬢ちゃん。標が見えるようだねぇ……随分と特別な目を持ってるじゃないか?」

「まぁね……あんたほどじゃないが…」

 レドナの両眼は人間のものじゃなかった……あの生け贄の間で移り変わった蟲型魔獣の眼玉だ。なるほど、アレは夜行性の魔獣だったか……それでこんなに館の中を薄暗くしてある訳だ。

 ……にしても。

「魔法で移植したのか?……その眼球」

「フフフ…色々と便利なんでねぇ」

 確かに、その眼は暗闇でもよく見えるからな。

「で、そいつはドラゴンを造る技術の応用……ってヤツか?」

「逆だよ、この移植魔法の応用でドラゴンは造られたのさ。最も今ではそれを知る者はいなくなっちまったがねぇ…」

 ドラゴン創造の技術は既に廃れてしまっているのか……ならば是非とも残りのドラゴンは確実に仕留めておきたいものだな。

「さぁて……それで一体、私に何の用だい?……お嬢ちゃん」

「魔法について色々と教えて欲しい。詳しいんだろう?」

「フフフ……そりゃ詳しいさ。長く生きてるんでねぇ…。だが、魔法の知識はそう簡単には教えられないよ。対価はちゃんと用意して来たんだろうねぇ?」

「ああ、取って置きのがある」

 そう言って例の魔石を見せると…。

「わぁーキレイ、おっきな宝石♡」

 なんて、ブレンダは感心していたが…。

「……ほぉ…魔石だね…?!」

 レドナの方はすぐに見抜いた。まぁ、当然だが。

「ふむふむ……それもかなりの上物…」

 そして、そこまで言葉を綴ると目を大きく見開いた。真にこれが何だか理解したようだ。

「……まさか、それは……カーバンクルかい?!」

 椅子をひっくり返すほど慌てて立ち上がると俺のすぐ側まで駆け寄って、まじまじとカーバンクルを凝視した。

「カーバンクル……何ですか、それ??」

 キョトンとするブレンダとは対照的にレドナはひたすら魔石を凝視し続けている。

「……本物だ……本物だよ……一体…何処でコレを…」

「ちょっとした伝でね…」

「むぅ……それにしても大きい……そんな大きなカーバンクルを見たのは初めてだよ…」

「足りるか?」

 彼女に魔石を手渡すと、歓喜に満ちた凄まじい笑顔を見せて。

「おおとも…おおともさ♡ 何でも訊いとくれ…」

 そう言って、震える手で大切そうに魔石を懐にしまい込んだ。

「そいつは良かった」

 予想以上に効果があった。魔法使いにとってカーバンクルはどんなモノにも替えがたい代物のようだ。

 お陰で魔法について、随分と多くを知る事が出来た。

 驚いた事に、この世界の魔法は意外にも科学に近い。物事の現象がちゃんと物理的に理解されている。

 まずは炎と氷の魔法。炎熱魔法は物質を構成している粒子を激しく振動させる事によって生み出される。氷冷魔法はその逆で粒子の振動を抑える事……それら一連の作業を魔力で行うとしても原理自体は科学そのものだという事。

 物質が小さな粒子、即ち原子で構成されている事がちゃんと理解されている。最も原子とは呼ばないようだが…。

 この事は一般には知られていないが魔法使い達には周知の事実らしい。

 この粒子振動の応用で雷撃を生み出したり、新陳代謝を高めて肉体能力の強化や治癒も行っている。

 次に重力魔法だ。物質同士がお互いに引き合う力を持つ事もしっかりと理解されているのには少し驚かされた。魔法使いの間では上とか下とかいう解釈はなく重力の働く方向として認識されている。そこに魔力で干渉する事によって高重力の発生や飛行を可能にしている。衝撃波を放つ事も出来る。

 重力にまで干渉する処は魔法らしくもあると言えるが、殆どの魔法は物理的な解釈に基づいている。

 この事実は俺にとって非常に有利だ。物理的解釈は実に解り易いからな。

 だが、魔法らしい解釈の部分もあった。それは身体欠損部の復元魔法だ。何と、魂に干渉する事で身体の欠損部分を復元させるという。

 つまり、俺が今まで使っていたのは治癒ではなく復元魔法だったらしい。

 それにしても……遺伝情報ではなく、魂の記憶から欠落した部位を復元させるとは。もし本当なら、例え頭を失っても魂が肉体に留まっている限りは復元が可能……という事になるのだが。

 ………少しばかり突拍子がなさ過ぎる。

 精神学というのか神秘学というのか……とにかく、そこら辺の範疇の代物だ。つまり、魂があってこそ肉体が存在するという論理なのだ。死は終わりではなく魂は不滅であるってな感じだ……なんだか宗教談義みたいな話だ。

 まあ……満更嘘でもないのだろう。実際の処、俺の記憶は死んでも継承し続けているのだからな。

 唯物論者だった俺もこの世界では考えを変えざるを得ない。

 だが、その一方で脳にも物理的な記憶が存在する。さもなければ移り変わった身体から記憶を引っ張り出す事など出来はしない。ここの処は少しややこしい。

 更に通常、魂の記憶の方は転生と共に失われてしまうという。特別な処置をしない限りは。つまり、今の俺のように魂の記憶を蓄積した者が過去にもいた……いや、現在進行形でいるかも知れないという訳だ。ここら辺も要注意だ、経験の差ってのは容易には埋まらないほど大きいからな。

 と、まあ……ここまでの魔法の体系と理論は大体理解出来た。幾つか実例も見せてもらった事だし、すぐ使えるようになるだろう。何せ、魔法の発現方法自体はジジイの身体に移り変わった時に既に手に入れている。後は原理さえ理解してしまえば自由に使えるという訳だ。

 多分、今の俺ならどんな複雑な魔法も一度見さえすれば使えるだろう。

 後、魔法とまではいかないが、魔力のコントロール法の応用に身体の表面を薄い魔力の膜で覆うというものがあった。暑さ寒さやちょっとした攻撃を防いだり出来る便利なものだが、最大の利点は色を変えられる点だ。

 この被膜で身体を覆ってしまえば髪や皮膚の色を自由に変える事が出来る。勿論、瞳の色もだ。

 すぐにも試してみたい処だが、彼女の目の前でわざわざ見せる事はないので後で試す事にした。

 もっと高等なものになるとある程度フォルムも変えられるそうだ。まあ、見た目だけだが…。

 こんなに調子で色々と魔法についてレドナから聞かせもらった。

 彼女の方も嘘やら真実やらをない交ぜに説明して、こちらを混乱させようとしていたようだが、生憎と真偽のほどは聞けば判るんでね。最も彼女から教えてもらったものは極めて初心者向けの基礎の基礎だけだが、俺にはそれだけで十分だ。他の複雑な応用魔法は大体想像がつく、後でゆっくりと確かめさせてもらおう。

 ただ、転移の魔法だけはよく解らない……今まで教えてもらった魔法の体系には当てはまらないからな。かなり特殊な部類の魔法なのか…。

 多分、空間に干渉する魔法だとは思うが……ワームホールとかその辺のヤツ…。こいつだけはさすがに見ただけでは解らないだろうな……実際に転移してみない事には…。

「…さて、おおよその事は教えてやったよ。他に訊きたい事はあるかい、お嬢ちゃん?」

「ああ、もう二つほど」

「なんだね?」

「転移の魔法……ってヤツはあるのか?」

「……ほぉ……そんな話、一体何処で聞いたんだい…?」

 俺の台詞に表情を一変させて探るように聞き返してきた。

 やはり、転移の魔法は特別なモノらしい。

「見たのさ……目の前に突然現れる様を」

「それは絶っていた気配を…」

 教えたくないのか、さも得意気に別なもので言い含めようとしているが。

「違う」

 そんな下らない誤魔化しは俺には通じない。

「…………」

「そんなちゃちな目眩ましじゃない、俺の目は特別なんでね。知ってるだろう?」

「……………………ふぅむ」

 何かを思案しているのか……少し間をおいて。

「ある……にはあるが……そいつは秘術中の秘術さね……今まで説明してきた魔法とは根本が違う……判っているのはそれぐらいだねぇ」

「……って事は、あんたも知らないのか?」

「ああ、残念だけど……知らないねぇ…」

「…………」

 妙な感じだ……今のは嘘でも真実でもない。そう、喩えるなら『分からない』だ。

 知っているでも知らないでもなく、分からない??

 …………いや、そうじゃない……そうじゃないぞ。

 分からなくしてあるな、あのジジイの記憶のように……魔法で封印してある。

 となれば、恐らく…こいつは転移の魔法が使える。つまり、相当に高位の魔法使いだ。

 そんなヤツをあの国が……あいつ等が手放すか…?

 いいや、そんなはずはない……絶対にな。

 つまり……こいつは確実にスパイだ。

 何より、魔法を使う際に頭蓋の上にあの紋章が浮かび上がっていた。あの忌々しい太陽みたいなヤツだ。あいつ等教団では信徒は必ず、その紋章を身体の何処かに刻んであるのだとか。

 レドナは背信した時に自ら紋章を削り取ったと言っていた。その証言通り額には大きな傷がある。が、それはカモフラージュだった訳だ。最も俺のように魔力を視る事が出来なければ気付かれはしないだろう……実に巧妙だ。

 さて、どうするか……俺の解呪の魔法でこいつの記憶の封印を外せるかな?

 それに……先ほどから少し気になっている事がある。上機嫌で魔法についてのレクチャーをしている間、少しずつだが魔力が外部に漏れ出ていた。ほんの僅かだが間違いなく。

 あれは何をしていた……??

 何かの魔法の準備か……それとも、既に何らかの魔法を行使しているのか…。

 まあいいさ……すぐに判る事だ。こいつは俺の敵なのだから、もう容赦する必要はなくなった。

「……で、他には?」

「もう一つ」

「何だね?」

「記憶を封印しているのは何故だ?」

「……何?!」

 レドナが身構えるより速く周囲に解呪の陣を展開させた。

「?!……これは…」

「解呪の魔法陣だ……知ってるだろう?」

「おぬし…魔法が」

「ああ、使えるさ……少しな」

『グエァアォォ!!』

 突如、レドナが魔獣のような叫びをあげると、その身体が天井まで持ち上がった。

「……何とまぁ…」

 背中から触手のようなモノが伸びて不気味に蠢いている。どうやら移植したのは目玉だけではなかったようだ。

「うわ…キモ……!!」

「妖怪ババアめ、正体を現しやがったな!!」

 いや、別に正体って訳じゃないんだが…。

「逃げる……って事はやはり、『敵』だな?……おまえは!!」

 透かさずナイフを投げてみたのだが、身体に触れると途端に勢いを失って床に落ちた。

「何……解呪結界……か?」

 俺の目には何も映っていない……身体ギリギリに展開する結界があるのか??

 さっきより力を込めて何本か立て続け投げてみたが、結果は同じだった。

 おかしい……物理結界なら、とうに砕け散っているはずだ。あのジジイの時のように。そもそも、こいつの魔力は遥かにジジイより劣る……なのに何故??

 ひょっとして、結界の類いではない何か別の魔法か?!……それとも移植した魔獣の能力?

 全く、実に鬱陶しい……これだから魔法使いは嫌なんだ。

「…………何故だ?」

 天井を這いずりながらレドナが呻くように言った。

「……?」

「何故……おぬしがヴィゼの魔法陣を使える」

 ヴィゼ…………何処かで聞いた名だ……ヴィゼ…………ああ?!

「あのジジイの事か!!」

「ヴィゼを知っているのかぇ?」

「死んだよ……聞いてなかったのか?」

「何……バカな…」

「…?」

 ……こいつ……知らないのか?!

 なるほど、ジジイが死んだ事は公にされていないらしいな……大事を取って外部にいる連中にも知らせていないのだろう。

 その間も天井を駆けずり回って部屋の奥へと向かって行くレドナ。そして、部屋の隅まで行くと天板に触手を叩き込んで穴を開けた。恐らくは緊急の脱出口だろうが……もうちょっとスマートなヤツを用意出来なかったのかよ、婆さん。

「ああ、逃げられちゃうよぉ!」

「妖怪ババアめ!!」

「……いいさ」

「「「「…え?」」」」

「…え?」

 俺の台詞にゴドー達ばかりか、レドナさえ一瞬呆気に取られていた。

「後は任せよう」

『承知した』

「何?!」

 背後から聞こえた声に驚いてレドナが振り向く。

 と同時に彼女の胸から短剣の切っ先が顔を覗かせた。

「フッ……これほど、おまえに近づけたのは初めてだな」

「……ダレン…?!」

 そう、ダレンは最初から俺達と一緒いたのだ。ただ、俺にばかり警戒していたお陰で、レドナはヤツの存在を見落としていた。

 それにしても器用に天井に張り付くな……さすがアサシン♪

「ぎぃがぁああ…!!」

 魔獣のような叫び声をあげて、天井から落ちるレドナ。

「うえぉ……ああ…」

 そのまま立ち上がる事も出来ず、床の上でのたうち回っていた。どうやら、ただの短剣ではないらしい。

 何より、彼女の身体に突き刺さったのが、その証拠だ。

「……あの剣は?」

 音もなく床に降り立ったダレンに訊いてみた。

「解呪の魔法陣が組み込まれた剣だ……対魔法使い用のな」

「なるほど、直接突き刺した方が効果があるって訳だ」

「……その通り」

 その間ものたうち回るレドナ。胸に短剣が刺さったいるってのに、本当に魔法使いはしぶといな。

 だが、その姿は既に完全な老婆に変わっている……自分に掛けている魔法が解除されたのだろう。

「やっと、ボロを出した。さすがにおまえが相手では誤魔化し切れないと判断して逃げを選んだんだろうが…」

「痛い……痛いよぉぉ……何でこんな…………何処なの……ここは??」

「…?!」

 何か、レドナの様子がおかしい……頻りに辺りを見回して、驚いた表情を浮かべている。

「……こいつ……どうしたのだ?」

「ここは何処??……あんた達は誰……なの!!」

「何を今さら…」

「…………いや」

 言っている事は真実だ……嘘偽りじゃない。これは一体どういう……。

「……ああああ」

 ひょっとして……こいつ、レドナではないのか?!

 しまった……記憶は封印するだけではなく、上書きも出来るのか!!

「そいつは替え玉だ!本物じゃない!!」

「…何?!」

 くそ……こいつが偽物なら本物は……?!

 ブレンダがいない!!

「ブレンダは何処だ?」

「…え?」

「ブレンダ…??」

「そういや、見当たらねぇ…」

「あいつが本物だ。あいつがレドナだ!」

「「「「ええ…?!」」」」

 くそ、さっきまで漏れ出ていた魔力は記憶を……経験を本体に流していたのか…。全く、つくづく魔法ってヤツは鬱陶しい!!

 ヤツは何処だ??……くそ…もう、近くには…………いた!!

 二つ下の階だ、既にそんな所にまで移動してやがる。

「……逃がすか!!」

 思い切り床板を殴り付けぶち破ると、一気にブレンダのいる階に降り立った。

「…?!」

「よぉ…ブレンダ、そんな慌てて何処へ行こうってんだ?」

 こちらを振り返ると一旦は驚きの表情を浮かべたが、すぐに怒りの顔に変わった。

「……ぬぅぅ、おぬし…」

「お?……言葉使いもババアっぽくなったじゃねぇか……ええ、『レドナ!!』」

「…く」

「それにしても、驚いたぜ……まさか記憶の上書きまで出来るとはね。やはり魔法は厄介で鬱陶しい。危うく騙される処だったぜ……いや、違うかな……さっきまでの方が、その身体の本当の持ち主の人格だろ? 今のおまえは魂だけの存在で本体を持ち合わせていない……そんな処かな?」

「…………おぬし…」

「…更におまえ、あのジジイの事を『ヴィゼ』と呼んだな?! 敬称も付けずに……つまり、おまえはかなり位の高い魔法使いだ。違うか?」

「…………何者じゃ、おぬしは……一体…」

 俺を睨み付けながら一歩前に出ようとする。

「おっと! そいつに足を掛けるなよ、それは転移の魔法陣だろう?」

「……くっ…」

 ヤツの目の前には床に描かれた転移の魔法陣がある、やはりこいつは転移魔法が使えるようだ。

「……ぬうぅぅ……転移陣まで知っておるとは………………?!…まさか……おぬし…」

「さぁて、誰の事を言ってるのかな?」

「……くくっ…おぬしが…!!」

「惜しかったな、後少しで逃げ切れたのに。だが、もう諦めろ。チェックメイトってヤツだ」

 そう言って一歩踏み出すと。

「…フッ♡」

 ブレンダが笑った。と同時に俺の足下に転移の魔法陣が輝き出した。

「何?!」

 いつの間に……いや、最初から仕掛けてあったのか?! くそ、周囲のマジックアイテムに惑わされて気付けなかった。

 くそ、視界が歪む……。オマケにヤツも既にもう一つの魔法陣に足を掛けている。

 こいつ、二つの魔法陣を同時に発動出来るのか?!

「残念だったね、お嬢ちゃん♡」

 笑うブレンダの姿が霞んでいく。

 くそったれ、そのまま逃がすかよ!!

 解呪の短剣を満身の力で投げ付けてやった。

〝ドボォオ!!〟

「ぎぃやぁああ!」

 半身を吹き飛ばされて、のけ反るブレンダ。

「…おの…れぇぇ…」

 怨嗟の形相で俺を睨み付けながら消えてゆく。

「……へっ、ざまあ…」

 ヤツに笑い返すと同時に周囲の景色がぼやけるように消えた。


 ※


 目の前が暗転する、無重力下のような感覚……これが転移ってヤツか……少し魂の移り変わりに似ているかな。

 だが、痛みは感じない……まぁ、当然か。すぐに明るく目の前が開けてくると……先ほどまでとは違う別の景色が広がっていた。

「…………フッ………ハハ………ハハハハハ♪」

 思わず笑いが込み上げてきた。

「なるほど…なるほど……なぁ……これが転移魔法か!!」

 レドナに逃げられたのは痛かったが、お陰で転移の魔法を体験出来た。怪我の功名ってヤツか……プラマイで言えばプラスだ。転移の魔法を習得出来たのだからな。

 それにしても、油断ならないヤツだ。まさか、転移魔法をトラップに使うとは……。

 わざと見えるように転移陣を描いておいたのは偽装された手前の陣を隠す為か……実に鬱陶しい真似をする!!

 全く…用心の為に解呪の短剣を持っていって正解だったな。さもなけりゃ、くそったれた笑顔のまま逃げられちまう処だった。

 あの深手だ、幾らあいつでも早々には身動き取れないだろう。

 とは思うが……抜け目のないヤツだからな、安心は出来ない。

 余り、ゆっくりとはしていられないな。

 …………それはそうと。

「…何処だ、ここは??」

 建物の中のようだが……天井が高い、それに床は地面だ。家畜小屋か……何だか見覚えがある所だな。あのアルマジロみたいなヤツにも……。

 そうか、あのトロール擬きのいた……あの夫婦の家畜小屋だ。

 ……だが、何故こんな所に??

 ………ひょっとして、俺の記憶の中から転移先が選ばれたのか?

 なら、もっと強く印象に残った場所に転移しても良さそうなものだが。

 ふむ……あいつの転移先とはなるべく遠い所……例えば正反対の場所が選ばれるように予め魔法陣に細工をしておいたのか…。そう考えるのが妥当だな。

 …………ふむ。

 だとすれば、俺の知らない場所でもそこへ行った事のあるヤツを連れて行けば、そこまで転移出来るんじゃないのか?

 フフフ……これは思わぬ大収穫だぞ。お陰で日程が大きく短縮出来そうだ。

 …………いや、待てよ。

 そもそも、複数の人間が一度に転移出来るものなのか……?

 今まで見てきたのは一人の転移だけだからな。

 そこら辺は十分に確かめておかないと危険だぞ。もし、身体の一部しか転移出来なかったりしたら……それこそ、ホラーモノだからな。

 複数での転移は直接試す前に、まずは何か動物でも使って実験してからの方がいいな。

「……さてと」

 小屋から顔を覗かせて辺りを確認すると、遠くにあの義弟夫妻の姿が見えた。

 おっと、今の姿をあの二人に見せる訳にはいかないな。さっさと転移魔法を使って街まで戻るとするか。

「……と、その前に……確認確認…」

 小屋の中にいたアルマジロ擬きを一頭抱え上げ、脳裏に転移陣を思い描く。そして、ターゲットを牛擬きにしぼり込むと……転移魔法を発動した。

 移動先はすぐそこの干し草の上だ。

 俺の腕の中からアルマジロ擬きが姿を消すと……干し草の上に姿を現して落っこちた。

〝ぼもぉぉ!!〟

 おっと、高さも重要だな……気を付けないと。だが、取り敢えずは成功だ。

『……デンドでも入り込んだのか? 昨夜ちゃんと確認したのに』

 外から聞き慣れた声がする。

 小屋の隙間から覗くと、義弟が家畜の鳴き声を聞き付けて走って来るのが見えた。

「いけね、急がないと…」

 再び、脳裏に転移陣を思い描いて魔法を発動する。街を…あの館の一室を強く念じながら…。

 再び目の前が暗転して身体が浮遊する感覚に見舞われる。

 よぉし、上手くいったか……。


 …………。

 …………。

 ……………………?

 ……おかしい、すでに重力を感じるのに目の前は暗いままだ。

 ……身体が重い、上手く身動き出来ない。

 どうなっている……まさか、失敗したのか?!

 …………。

 いや、違う……僅かだが光が差し込んでいる。

 これは…………何かの下敷きなっているのか?! 何かは判らないが随分と重い物のようだ。

 訳が判らないが……とにかく。

 思い切り力を込め、身体の上のモノを撥ね除ける……と目の前が明るくなった。

「……ふぅ、失敗でなくて良かった…」

 上半身を起こして辺りを見回すと瓦礫の中に埋もれていた。

「…………何だ、この状況は…」

 向こうには倉庫が見える、場所的には館のあった所に間違いなさそうだが……肝心の館がない。あるのは瓦礫の山だけだ。

「……こいつは、ひょっとして…」

「ああ、姉さん!!」

「おお、ご無事で」

「ん?!……自力で戻って来たのか?!」

 声のする方を見ると、ゴドー等とダレンがいた。やはりここは館のあった場所のようだ。つまり、この瓦礫が館の成れの果てらしい。

 瓦礫の中から抜け出すとゴドー達のいる所へ向かった。

「……何があった?……まぁ、大体想像は付くが…」

「多分、ご想像通りだろう、トラップが発動した」

 俺の質問にダレンが淡々とした口調で応えた。

 やっぱりか……。

「転移魔法が発動すると同時にトラップと連動するように仕掛けてあったらしい…」

「証拠隠滅と逃亡の為の時間稼ぎか…」

「……用意周到なヤツだ」

「全くな…」

 改めて周囲を見渡してみれば、一面瓦礫の山じゃないか……よくもまぁ見事に壊したものだ……。

「やれやれ…」

 ちょっとうんざりしていると。

「俺達は運良く助かったが…」

 ダレンがそう言ってゴドー達の方を見る。

 ゴドー、ラパン、ギドラムがいる……寝かされたリアンを取り囲んで。

「……姉さん……リアンが…」

 ゴドーが泣きそうな顔をしていた。他の二人も同様だ。

「リアンが…?!」

 近寄って様子を見てみると……首が折れていた。既に息もしていない。鼓動も停止している。

 つまり……。

「彼女はツイてなかった…」

 静かにダレンが言う。

「大きな梁の下敷きなって……ご覧の通りだ…」

 いつも変わらない口調だが、少しばかり哀れんでいるようにも感じた。

 その隣でゴドーが嘆く…。

「こいつぁ……俺の妹みたいなもん……だったんです……ぐす。小せぇ時に拾って……俺みてぇなヤツに懐きやがって……くそ、何でまた……こいつなんだよぉぉおお!!」

 ゴドーの言葉には掛け値なしの深い悲しみが感じられた。

「死んでしまっては治癒の魔法も効果がない……不運だったな…」

「…………ちくしょう……ちくしょぉぉぉぉ!!」

「……くそぉぉ」

「…うう」

 他の三人からも悲しみの感情が読み取れる、本当にこの四人組は仲が良かったらしいな。

 さて、死んでからどれぐらい経った? まだ魂は身体に残っているのか?

 いや……そもそも上手くいくのか?

 …………。

 まぁ、ダメ元だ……試してみる価値はあるだろう。

「……まだ、そうとも限らないさ」

 そう言ってリアンの身体に手を添える。

「…え?」

「魂が身体に残っていればだが…」

「そんな真似が出来るのか…?!」

 リアンの身体はまだ温かい、それに生きている時と変わらない気配がする。この気配というモノが魂なら……まだ身体に留まっているはずだ。

 治癒の魔法を掛ける……首の傷が治ってゆく。再び心臓が動き出す。呼吸も回復した…………だが。

 …………。

 目を覚まさない。

「…………やはり、ダメか」

 俺の言葉にゴドーが唇を噛み締めてガックリと肩を落とした。

 ……が。

「ごほ…ごほ……えほ!!」

 リアンがむせた。

「うぇええ……ぎぼぢ悪いぃぃ…」

 目を開けてぼやくリアン。

「お…お……おおぉ…」

 彼女の前で大粒の涙を流して震えるゴドー。

「…え?……え?……ええ??」

 訳も解らず戸惑うリアン。

「うぉおおお……リアン~~!!」

 遂には感極まって、彼女に抱き付き大泣きを始めた。

「ちょっ…ちょっと、ゴドー??」

「うぉおおおお…」

「くぅうう…」

「何??…何がどうなってんのぉぉ?!」

 ラパンとギドラムも泣き笑いしていた。本当に仲の良い連中だな……。

「バカ野郎ぉぉ…死んだかと思ったじゃねぇかぁぁ…」

「……あ」

 ようやく、自分が今までどうなっていたかを理解したようだ。

「…全く……全く…おめぇは…」

「ゴメン……ゴドー……ゴメンね、お兄ちゃん…」

 暫く二人で抱き合って泣いていた。

 どうやら、上手いったようだ。良かった良かった……俺にとっても大収穫だ。

 何しろ、これで魂が肉体に残っている限り、命の蘇生は十分に可能だという事が証明されたのだからな。

 ふふふ……これは自分にも応用出来るだろう。

 例え頭をふっ飛ばされたとしても魂が残っていれば復活出来る。いや、材料さえあれば全身すら復元可能という訳だ。

 それはつまり、不意に死んで再び魔獣に魂が移り変わったとしても、すぐに身体を再構成すれば以前の人間の身体に戻れるという事だ。最も最初の俺には戻れないが…。

 魂は移り変わる度に少しずつ変質していっている……既に元の俺自身の姿を上手く思い出せないほどだ。

 まあいい、少なくとも現在の姿には再構成可能だからな……いちいち細かい事は気にしないさ。

 ……にしても。

「……本当に魔法は便利だ。最も敵に使われるとこれほど鬱陶しいモノはないがな」

「確かにな……にしても、死んだ人間まで蘇生させるとは…」

 ダレンが呆れたように言った。

「リアンは運が良かった……魂が肉体を離れる前だったからな」

「……なら、魂が肉体を離れないように処置をすれば、時間が経っていても蘇生出来るのか?」

「……ああ、原理的には可能だが……腐っていたり、ミイラになっている状態から蘇生出来るかと言われると……どうかな。試してみない事にはわからんが…」

 などとダレンには言ったが、元材料が揃っていれば十分だ……再構成するのだからな。組織が生きているかどうかは関係ない。

 ま、余り手の内をばらすのもアレだしな……そこそこ。

「…………」

 何かを思案している様子だな……ひょっとして。

「誰か、生き返らせて欲しいヤツでもいるのか?」

「いや、俺じゃあない……がいることはいる。蘇生させる事が出来れば、おまえにも十分メリットがあるだろう」

「……誰だ、そいつは?」

「この国の……王だ」

「なるほど…」

 確かにそれは色々と便宜を図ってくれそうだ。中々にいい事を聞いた。

 しかし……余り期待されるとダメだった時、実に面倒な事になりそうだ。立場が立場だけに。これは、少し考慮してからの方がいいな。

 だが、その手の実験は是非ともしておきたいものだ……今後の為にもな。

「……処で、そいつの方は?」

 ダレンの隣でレドナだったヤツがひたすら咽び泣いている。

「見ての通りだ。名はイリーナと言うらしい。かなり前に『レドナ』にされた様子でな……二十歳ぐらいから、それ以降の記憶がない…」

「……それはまた…」

 人生これからって時に、気付いたら化け物婆さんになってたんじゃ、泣きたくもなるわな。

「うう……う…何で……何でこんな……死んだ方がマシよ…」

 ほほぉ……それはまた好都合。こいつで一つ試してみるかな……上手くいくかどうかはわからんが。

「おい!」

 俺はレドナ…基、イリーナの首根っこを掴んで持ち上げると。

「ひぃぃ…」

「死にたいのなら俺が殺してやろう。だが、その前に一つ実験に付き合え。上手く行けば元の姿を取り戻せるぞ」

「…ええ…本当にぃぃ??」

 驚きと喜びの混ざった表情で俺の方を振り返った。

「上手く行けばだ」

「……また、何をする気だ?」

 ダレンが訝しげな目付きで俺を方を見た。

「再生実験だよ」

「移植された魔獣の部分を元に戻そうというのか?」

「いいや、全身だ」

「何…?!」

 魂の記憶に干渉すれば欠損部位を再生させられるというなら、同じ理屈で全身も再生出来るはずだ。

 更に結界の中に閉じ込めて置けば魂も外に出られない。そこで一度身体をバラバラに分解して治癒の魔法で元通りに再生する。

 転生の際に魂の記憶が失われるのは恐らく元の身体と違うからだ、ならば全く同じに身体を造り直せば記憶も損なわれない。

 ……はずだ…………おそらく…多分。

 という訳で、その仮説をこいつで試す。

「全身を分解して身体を再構成する」

「おい、幾らなんでもそれは…」

 かなり呆れた表情……基、目付きをされた。

「そもそも、こいつの記憶は二十歳ぐらいで止まってるんだろう……なら、魂の記憶もそれぐらいのはずだ。なら、そこに干渉して再生された肉体は魂の記憶年齢と同じになると思わないか?」

「……無茶苦茶だな。そんな話聞いた事もないぞ」

「なんにせよ、試してみれば判るさ。では、始めようか……イリーナ♪」

「あの…あの…」

 先ほど見せた希望の表情は何処へやら、すっかり怯え切った顔をして震えている。そんなイリーナに。

「大丈夫、痛いのは一瞬だけだ…………多分な」

 と適当に月並みな台詞を返しておいた。

「ひぃいい!!」

 怯えるイリーナを結界で包み込むと……間髪を入れず、その中で一気に全身を粉砕した。

 声をあげる事すら出来ずにイリーナはミンチに変わった。

 続けて治癒の魔法を掛けて再生を開始する。

 骨が、筋肉が、神経が、次々と出来上がり、血肉の詰まった結界の中で急速に肉体が再構成されてゆく。

 あっという間に赤子の形が形成されると今度は物凄い勢いで成長していった。

「ふむ……成人の姿で再生されると思ったんだが……少し予測と違ったな、まあいい……誤差の範囲内だ」

「…………」

 隣でダレンのヤツが目を丸くして成り行きを見詰めている。

「「「「…………」」」」

 いつの間にかゴドー達も近くに来ていた。こちらは口をポカーンと開けて見詰めている。

 目の前で小さな赤子がみるみる大きくなっていった。

 そして、成長と共に生前身体に付いた細かな傷までもが復元されてゆく。なるほどねぇ、これが魂の記憶による復元か。

 クローン的なモノとは違うな……経験の痕跡も再現されているとは。

 ある程度大きく成長すると徐々に速度が落ちてゆく。

 やがて、結界内の血肉を全て使い切ると……そこに一人の成人女性が横たわっていた。

「……年齢にして二十歳ぐらい……上手くいったかな…?」

「……年齢的には……彼女の証言と合っている…が」

 未だに信じられないという感じでダレンが言う。

「さて、記憶はちゃんと残っているかな?」

 結界を解除して彼女を受け止めると。

 俺の腕の中でゆっくりと目を開けた。

「気分は?」

 彼女の額に手を当て具合を訊く。

「…なんだか……ぼんやりして…て…」

「名前は?」

「…………イリーナ」

「よし、イリーナ」

 彼女を立たせると鏡を手渡して、質問してみた。

「これはおまえの顔か?」

「…………」

 最初ぼんやりと自分の顔を眺めいたが、やがて目を見開いて。

「…………ああ、私だ……おばあちゃんじゃない……私だ……私の顔だ…」

 震える手で鏡を撫でながら言った。

「よし、成功だな」

「……本当に呆れるな。信じられないような真似を次々と…」

 俺とイリーナを交互に見詰めながらしみじみとダレンが言った。

「フッ……これでも、ここまで来るのに随分と紆余曲折があったんだぜ…」

「うぉ……スゲー…」

「さすが姉さん…」

「……マジか」

 ゴドー達は相変わらず口をポカーンと開けていた。

 自分の顔を見てはしゃぐイリーナに。

「で、魔法は使えるか?」

「…え?」

 俺の台詞に目玉を丸くして。

「そんなの出来る訳ないよ、私は魔法使いじゃ…………あれ?!」

「どうだ?」

「……何で…こんな事知ってるの……私。誰にも習った事ないのに…」

「たった今、俺が教えた。だから、おまえは魔法を使う事が出来る」

「…………」

 恐る恐る呪文を詠唱するイリーナ。

 すると…。

「わ…わ…わ…」

 掌から炎が吹き出して慌てふためく。

「……は…は…はは…♡」

 やがてコツを掴んだのか、ご機嫌な様子で炎を飛ばしていた。

「あはははは…使える……私、魔法が使えるんだ……あはははは♡」

「…よし」

 上手くいったな、初めてにしては上出来だ。

「ほらほらほらぁぁ♡」

「うわ……てめぇ、何こっちに火ぃ飛ばしてんだ!」

「アチアチ…!!」

「きゃあぁ…!!」

 早速、魔法を使ってゴドー達とじゃれあっていた。

 実ににポジティブなヤツ…。

「何をした…?」

 ダレンが驚いたように質問してきた。

「身体を造り直す時、ついでに記憶の上書きってヤツも試させてもらった」

「……何?!」

「初めてだが、中々上手くいっただろう?」

「レドナの常套手段を逆手に取ったのか…」

「まぁね♪ やられっぱなしはシャクだろう?」

「ふぅむ……」

 目を細めて暫し、イリーナの様子を凝視するダレン。

 ……こいつ、また何か思案してるな…。

「……これは誰にでも出来るのか?」

「記憶の上書き自体はな……ただ」

「ただ…?」

「魔法を使えるかどうかは本人の才だ。魔力が高いヤツならその可能性も高いが……実際に使えるかどうかはまでは判らん。その点、彼女は元々レドナの替え玉だったから使えるのは確定していた」

「なるほどな…」

「まあ、その辺は後で色々試してみるさ。だが、俺が使ったのはレドナの手法と違うかも…」

「どういう意味だ…?」

「レドナの人格と記憶は解呪の魔法で解けただろ?」

「ああ」

「俺のは……ああ、イリーナ、ちょっと来てくれ」

「あ……はぁい♡」

 そばまで来たイリーナの足元に解呪の魔法陣を展開した。

「?!」

 そして、一呼吸おいて陣を解除する。

「??……何ですか、今の」

「ちょっとな…もう一度魔法を使ってみてくれ」

「はぁい」

 そう言うと嬉しそうに掌から炎を出して見せた。

「…な」

「なるほど……おまえの上書きは魔法で解除されない訳か」

 さすがダレン、頭の回転が早い。

「…??」

「もういいぞ、イリーナ」

「はぁい♪」

 そう言って、また色々と魔法を試し始めた。やれやれ、現金なヤツだな。まあ、鬱陶しくなくていいがな。

「つーか、いつまでも裸でいるな、服を着ろ!!」

 そう言って、傍らに落ちていたレドナのローブを投げてやった。

「わわわ…」

 慌ててローブを羽織ると。

「えへへ♡」

 なんて笑っていた、本当にポジティブな性格だ。とてもさっきまで死にたがっていたヤツとは思えない。

「まあ、これはこれで都合がいいんだが…」

「都合…?」

「こいつを使えば簡単に魔法使いを増やせる。オマケに解呪の魔法でも元には戻らない。魔法使いの軍勢を造るには打って付けだ」

「……軍勢…魔法使いの?! 何の為に?」

 また、かなり慌てた様子で質問してきたな。

「俺のターゲットは宗教国家の中心人物だからな。取り巻き連中がわんさかと居やがる、そいつ等の相手をさせるのさ」

「……ふむ」

「まあ、別に俺の部下でなくっても構わない訳だ……ヤツ等の相手さえしてくれればな♡」

「なるほど……承知した。ザルディルにはそう伝えておこう」

 俺の言わんする事をすぐに察したようだ。

「宜しくな♪」

「……さて。取り敢えず、俺はザルディルの所へ彼女を連れて行く。もうレドナではないが極めて有用な人材には変わりないからな。で、おまえはどうする?」

「宿に戻って寝るさ。今日は色々あって疲れた…。それに……どうせまた、明日行く訳だしな…」

「フッ…そうか」

 珍しくダレンが笑った。

「……何か変な事を言ったか?」

「……いいや。ただ、安心したのさ」

 妙に嬉しそうだ。

「安心…??」

「おまえでも人並みに疲れるんだってな」

 ……おいおい。

「俺を何だと思ってやがる…」

「フフ…いや、悪かった」

「ああ、そうそう。 レドナが持って行ったとは思うが……一応、念のため……カーバンクルを探しておいてくれないか?」

「わかった。部下に命じて、この辺り一体を封鎖して探させておこう」

「頼む」

「それじゃあな…」

「ああ、ザルディルに宜しくな♪」

「おい、イリーナ。俺と一緒に来い。この町の顔役に紹介してやろう。厚待遇で迎えてくれるぞ」

「え♡え♡…やったぁぁ♡」

 嬉しそうにダレンにくっついて、館の跡地から出て行くイリーナ。本当にポジティブなヤツ。

「さて、俺達も宿に戻るぞ」

「「「「はい、姉さん♡」」」」

「……?」

 なんだか、随分態度が変わったな……こいつ等。気のせいかな?


 ※


 走る、走る、走る……足が獣に戻ってやがる。

 くそ……なんでまた、こんな事に…。

 遠くに人影が見える……誰だ??

 ……いや、ヤツだ!! この嫌な気配は間違いなく……あのくそ野郎だ…。ロォォーグゥゥ!! ぶっ殺してやる……必ず必ず必ず必ず、ぶっ殺してやる…ぶっ殺ししてやるぞぉぉお!!

 …………?!

 気配が遠くなる……どんどん遠くなっていく……くそ…くそ…くそぉぉお!! 待ちやがれぇぇ……戻って来ぉぉい、ロォォーグ!!

『……ね…さん……姉さん……姉さんってば!!』

「…!!」

 …………。

 目の前にリアンの顔がある……なんだか心配そうな表情だ。

「…………リアン……か」

 そう言って周りを見渡す……薄暗い部屋の中には簡素な造りの机と俺が寝ているベッド以外は何もない。

 そうか……ここは……宿屋のベッドの上か。

「良かったぁ♡」

 リアンが安堵の表情を浮かべて俺から離れると。

「もぉ、中々起きて来ないから心配したんですよぉ」

 そう言って窓を開けた。

 外は既に陽が高い……昼過ぎか。そんなに眠っていたのか…。

「……随分と眠っていたようだ」

 まだふらつく頭を押さえながらそう言うと。

「大丈夫ですか?」

 再び、心配そうにリアンがそばに寄って尋ねてきた。

「ああ……大丈夫だ。少し嫌な夢を見た…だけだ」

「嫌な夢……ですか…」

「ああ、あのくそったれ野郎の夢だ…」

「……そうですか…」

「……処で、珍しいじゃないか。おまえが起こしに来てくれるとは」

「えへへ♡ だって、姉さんは命の恩人だもの」

「……そうか?」

「うん♡」

 リアンに連れられて下の階に降りると、受付の側にある長椅子の所に他の三人が揃って待っていた。

「「「姉さん、おはようございます♪」」」

「ああ、おはよう」

 実にみんな愛想がいい。以前は常にびくついて、恐る恐る俺の様子を伺っていたのだが。

 昨日のリアンの一件以来、驚くほど好意的な感じに変わった。

 金をやった時にもかなり態度が変わった訳だが……今はそれ以上だ。

 多分、以前は役に立たなくなったら即、見捨てられる……ぐらいにでも思っていたのだろう。

 仲間には寛大だと常々言ってたのにな……まあいい、とにかく今はこいつ等の信頼を得ている訳だ。……ようやくだが。

「……そういえば、おまえ等…」

「何すか?」

「俺がデカイのを片付けた時には大して気にしてなかったようだが?」

「……デカイの……??」

「俺と初めてあった時、一緒にいたろ?」

「ああ、ダビットのヤツね……。あん時は姉さんが怖くて、それ処じゃねぇって事もあったんですが…。そもそもあいつ、脳筋の癖にやたらと威張り散らしやがって、前々から頭に来てたんすよ!!」

「そうそう、俺達を顎でこき使いやがって…」

「オマケにアタシに色目まで向けて、ヤんなっちゃう!!」

「最低のくそ野郎でさぁ」

「……ああ、なるほど」

 あいつは随分と仲間に嫌われていたらしいな。いなくなっても問題なしか……。いや……むしろ、いない方が清々したって顔だな。

 まあいいか……問題ないなら。

 ゴドー達と共に遅い朝食を済ませると、そのままザルディルの屋敷へと向かった。


 屋敷に到着すると意外にもダレンが出迎えてくれた。

 俺の前ではすっかり姿を隠さなくなったのだが…。

 そもそも、こいつはアサシンじゃなかったっけ? それがこんなにホイホイと人前に姿を見せていいのか?

 まあ、俺の前だけだろうが…。

「…処で、あの館に出入りしていた連中は?」

 廊下を歩きながら訊くと。

「それなら、夕べのうちに手配した。大部分は捕らえたが……行方が判っていないヤツが二人ほどいる」

「その二人かな……今、レドナに付いているのは」

「恐らくな」

「レドナの方は手配しても意味がないな。どうせすぐに身体を交換するだろうからな」

「やはりか……わかった、二人の方を重点的に探すように指示しよう」

「……それも何処まで通じるか……マジックアイテムで顔を変えられたら…」

「大丈夫だ、細かい行動の癖までは変えられない……見分けは付くさ」

「……なるほど、さすがアサシン」

「それと……残念だが、カーバンクルはレドナが持って逃げたらしい……館の後からは見付からなかった」

「……だろうな……抜け目のないヤツだからな」

 やはり、か……まあ、そうじゃないかと思っていたが…。いいさ……ドラゴンは他にもいるしな。

 応接室に入ると既にザルディルが待っていた……で、隣にイリーナが座っていた。

 つーか、ザルディルの腕にしっかりとすがり付いて、よく映画とかで見る裏の権力者とその愛人みたいな感じになっていた。

「……あれは?」

「……すっかりヤツの事を気に入ったみたいでな。で、当人も満更ではないらしい…」

「…………ああ、なるほど」

「んん…」

 実にわざとらしく咳払いをしている、ドラマとかでよくやる光景だ……別にいいけど。他人の恋路なぞどうでも。

「……何にしても良かったじゃないか……これで彼女もこの街に居着いてくれそうだ」

「……うむ」

「……ふふふ♡」

「……さて、これは約束の品だ」

 そう言って箱を取り出すと、中から認証プレートと通行手形を出して見せた。

 俺が確認していると。

「…で、すぐにこの街を立つのか?」

「…………そうだな…」

 既にレドナには正体が知られてしまったからな……先を急ぐか、それとも開き直って十分な準備を整えるか……さて。

 そんな感じで俺が思案していると。

「王都に行ってみないかね、協力者が得られるぞ?」

 そう言って、紹介状らしいものを差出した。

「……協力者??」

「ああ、ラドマルフ卿と言って、我が国の影の実力者だ。君は魔法使いの一軍を作りたいのだろう? ならば是非とも会っておくべきだ。それに…」

「それに…?」

「随分とレティアナとは因縁の深い人物でな、おまえには何かと協力してくれそうだぞ?」

「ほぉ、それはいいな。協力者は多いに越した事はない。…にしても随分と手回しがいいな」

「レドナの一件もあるが……元々我が国はレティアナとは敵対関係にある」

「ああ…そうだったな。だが…」

「…だが?」

「それにしてはレドナを随分と放置しておいたじゃないか?」

「そこら辺は仕方がない……魔法使いは貴重だ。多少怪しくとも欲しい人材だ……最もそんな敵国の主要人物と判っていたら対応も違っていたがね」

 そう言って、苦笑いした。

「まあ、代わりは手に入れたんだ。街の問題は解決しただろう」

「任せてぇ♡」

「王都までダレンに案内させよう」

「……いいのか、アサシンだろ? そんな表に出て…」

「問題ない。俺にも変装用のマジックアイテムぐらいあるからな」

 そう言ったダレンの姿は既に旅商人のような格好に変わっていた。勿論、顔も別人のそれだ。

「なるほど」

 当然といえば当然だな。

「それにレドナの一件は直接卿に報告しておきたい。辺境とはいえ、敵対勢力の…それも中枢に近い人物の侵入を許してしまったのだからな…」

 確かに痛い失態だな……苦虫を噛み潰したような表情も頷ける。

 結局、レドナには色々としてやられた訳だしな……。

 さて、それではこちらも色々と対応策を講じるとしますか。


 ※


 駆ける…駆ける…。ヤツの喉笛まで後少しだ!!

 もう少しで食らい付ける…食い破ってやる。今度こそ確実に!!

 だが、またしても邪魔が…。

 矢が飛んで来る……。

 魔法が飛んで来る……。

 鬱陶しい連中が十重二十重と周りを取り囲む……。

 くそ、くそ、くそぉぉ……いつもいつも後少しの処

 邪魔だ…!邪魔だ…!邪魔だぁぁぁぁ……!

 何故いつも俺の邪魔をしやがる!

 どいつもこいつも邪魔だぁぁぁぁ……。

 またあのくそ野郎の刃が飛んで来やがる……肉に食い込む冷たい刃の感触が……くそくそくそくそくそがぁぁぁぁ!!

 またか……また俺は死ぬのか……くそったれぇぇ……。

 …………

 …………

 …………?!

「…………」

 目の前に天井が見える。

 ……天井……何処の…天井だ……??

「……姉…さん……?」

 ……聞き覚えのある声……。

 天井を向いた頭をゆっくりと声のした方向へ向ける。

 そこに見慣れた顔があった、リアンだ。

 ああ…そうだ、ここは馬車の中だ。俺は今…馬車で王都に向かっている最中だった……。

 いつの間にか眠っていたようだ。

「……大丈夫……ですか?……姉さん…」

「…………ああ…大丈夫……だ…」

 そう言って頭を振ったが……。正直……余り大丈夫でもない…。悪夢にうなされて目を覚ますなんて最悪だ…。

 くそ……まただ。また、あの夢だ…。

 あのクソ野郎にぶっ殺される悪夢……。

 眠る度に何度も何度も同じ顔が出て来やがる……くそったれが。

 ようやく人間の身体を手に入れたってぇのに……。ようやく人間らしい生活が送れるようになったってぇぇのにぃぃ……クソな悪夢が頭を離れやしねぇ!!

 …………いや、違う……違うぞ。魔獣の時にはクソ野郎をぶっ殺そうと眠る間も惜しんで只ひたすらに駆けずり回ったんだ……。

 だからこそ、眠る暇も夢を見る暇もなかったって訳だ……くそ。

 やっとこさ、眠れるようになったってのに……夢を見られるようになったってぇのに……そいつが悪夢とはシャレにもならねぇ。

 …………これからもずっとそうなのか……??

 あのクソ野郎をぶっ殺すまで、この悪夢にうなされ続けるってのか……。

「…………くそ…」

「……また、いつもの夢…ですか?……姉さん」

 心配そうにリアンが訊いてきた。

「…………まあ…な。大丈夫だ、気にするな…」

 そう言って、腕組みすると馬車のシートに深くもれて外の景色に目をやった。

 つい、うとうと眠り込んでしまった。

「……王都までは……?」

「後、半時ほどですぜ。姉さん」

 ゴドーがそう応える。

「そうか…」

 意外と長く眠っていたな……昨夜もしっかりと寝たはずだったのにな…。

 対ガズール戦での疲れが貯まっていたか……。それとも身体の急激な変化に思いの外体力を消耗したのか……。或いは転移魔法で結構魔力を使ったせいか…………いや、恐らく全部だな、一遍に色々とやり過ぎた……。

 そういや、討伐の後随分と飯を食ったけな……やはり身体変化が一番の要因か…。栄養補給だけでなく十分な休憩も必要らしいな。

 魔獣の身体の時は疲労なんぞ無縁だった……一日走ろうと何ともなかったのだが……。

 いや、現に人間の身体になってからも疲労は感じていない。ただ……討伐戦の後、妙に眠気に襲われていたのは確かだ。

 やはり、人間の身体は魔獣とは違うという事か…。

 能力的に同じだと耐久性も同じとついつい錯覚してしまうな……気を付けないと…。

 この先、こういった処も考慮しておく必要があるな。

 敵地に入れば寝込みを襲われる心配もある……そうなれば、例え魔獣の身体能力を持っていたとしても命取りになりかねない。

 そういう点では魔獣と違って人の身体は厄介だ。何事も長所と短所は裏表か、ままならないものだな……。

 まあ、死んだとしても対策はある訳だが…。

 そんな事を考えながらボンヤリと景色を見ていると……遠くに明かりが見えた。

「…………」

 なんだ……あれは。

 明かりが見える……かなり遠い……遠いが……相当に強い明かりだ。

「……どうかしやしたんで?……姉さん」

 俺の様子にゴドーが声をかけてきた。

「向こうに明かりが見える……かなり遠いが…」

「………明かり……ですかい?」

 指差す方向を目を細めて怪訝そうに見詰めるゴドー。どうやら彼には見えないようだ。

「見えないか…??」

「へぇ……。おい、おまえ等、向こうに明かりが見えるか?」

「ええと……何にもぉ…」

「見えませんぜ……姉さん」

「へい」

 やはりそうだ……こいつ等には見えないのだ。

 とすると……あれは魔法の明かり……なのか……?

「どうやら魔法の明かりらしいな……」

「……魔法……ですかい…」

「ああ、おまえ等に見えないんなら……まず間違いない」

「……魔法」

 だが…何の魔法だ?

 攻撃系の魔法ではない、色と感じが違う……かといって治癒や能力補助の類いでもない……となると、一体何の魔法だ…??

 気になる……妙に引っかかるな…。

 あの……明かり。レドナの一件もある事だしな。

「おい、馬車を止めてくれ」

 俺の言葉に御者台にいたダレンが顔を覗かせた。

「……どうかしたか?」

「魔法の明かりが見える……向こうの山の麓だ」

「……魔法…?」

 訝しげに俺の指し示した方向を見るダレン。

「何か聞いていないか? ここはだいぶ王都に近い場所だしな」

「エルド山の麓か……いや、何も聞いていないな…」

「……そうか」

「……魔法と言ったが、何の魔法だ?」

「恐らく……探知系の魔法だろう……。断続的に光り続けているようだし、さして大きな魔力も感じない…」

 転移の魔法なら一瞬だし、結界の類いならもっと広範囲に見えるはずだ。

「……探知の…魔法か…」

「ああ、ちょっと気になるんでな……レドナの事もあるし…」

 一体何を探しているのか……ひょっとしたら。

「調べに向かうか?」

「いや、それには及ばない。俺一人で行って来る……少しばかり嫌な予感もするしな…」

「わかった」

 ダレンが御者に命じて馬車を止めさせると、俺は外に出て明かりの場所を確かめてみた。

「やはり…あの山の麓辺りだな…」

 高さからみて魔法陣ではない、人が手にしているぐらいの位置だ。殆ど同じ場所から動いていない処をみても、何かを探しているのに間違いないだろう。

 やはり…俺を探している……のか?!

 大陸伝いに半年は掛かる距離だったはずだ……。

 例えレドナの一件が関わっていたとしても対応が早過ぎる……。

 やはり、かなりの時間が経っているのか……?

 だとしたら、こっちは大分出遅れている事になる……そこら辺も十二分に確かめておかないとな。

「一時間程度で戻る」

 そう言って、俺は全速力で謎の明かりに向かって疾走した。


 ※


 平地はいい、足を取られる事がないからな♪

 軽いランニングをするような感じで気分良く進んで行くと、ある事に気が付き走るのを止めた。

「…………やはり」

 俺が近づくに連れ、次第に明かりが強くなっているのだ。

 最初は見間違いかと思ったのだが……どうやら、そうではなさそうだ。

 あの明かりは俺を探し出す為のモノなのか…?

 それとも単に強い魔力に反応しているだけなのか……いや、周囲にはさほど強い魔力は感じない……。

 そこそこの魔力を持つ魔獣は何匹かいるが、皆ランダムに動き回っている。積極的にあの明かりに向かって動いているヤツはいない。

 となると……やはり、あの明かりは俺に反応しているのか……。

 ふむ、ちょっと確かめてみるか。

 少しばかり戻って様子を伺ってみれば……若干だが明かりの強さが弱まったように見える。周囲の魔獣の動きは相変わらずランダムだ。

 間違いないな、あの明かりは俺に反応しているのだ。

 さてさて、何処の誰だか知らないが……わざわざ俺の接近を知らせてやる必要はない。かといって、ここでいきなり魔力を遮断したらかなり怪しまれるだろうな。

 さて、どうするか…………。

 よし、一旦距離を取って、魔力を遮断してから再度近づく事にしよう。そうすれば、怪しまれる事も、接近を気取られる心配もなくなるだろう。

 別の山に向かって走り、その麓辺りで魔力を遮断した。これで山の向こうに俺が去ったと相手側は思うだろう。

 それじゃ改めて確かめに行こうか……一体何処のどいつなのかをな♪

 背にした山から十分に…方角にして45度以上離れると、再び接近を開始した。気配を絶ち、風下からなるべく物音を立てないよう心がけながら……出来るだけ速く。

 そう、肉食獣が獲物に近づくように。


 肉眼で確認出来そうな距離まで近づくと…。

 一旦山の頂上に登って、そこから麓を見下ろす事にした。俺の目なら遠視の魔法を使わなくとも十分見える距離だ。

 一気に山を駆け登り、気配を頼りに標的を探した。

 さてさて、何処にいるのかな…と…………おお、いたいた…アレか。

 麓の少し開けた場所に数人の人影が見える。

 ひい…ふう…みい…よう…………十人か。

 旅商人風の連中が七人……護衛らしいのが三人…。

 一見すると旅商人の一団のような連中だが……妙に商人共の魔力の大きさが揃っているのが気になる。

 その中の一人が黒い水晶玉のようなモノを空にかざしている。

 そのまま、あちこちの方角を向いて頻りに何か呟いているな。聞いた事のない系統の呪文だ……やはり探知魔法か?……何かを探しているのは間違いなさそうだ。

 そして、あいつ等の内一人が魔法使いなのは確定だ……なら他の連中も…。

 やがて掲げていた水晶玉を下ろすと。

「……反応が途絶えました。恐らくはあの山の向こう側に移動したものかと…」

「……後を追いますか?」

「……いや、駄目だ……これ以上王都に近づくのはリスクが高過ぎる。ターゲットの確認が取れていない以上、不用意な行動は避けるべきだろう……ここは敵地の真ん中だ。宜しいですな」

 意味深な会話に護衛の一人が頷いていた。

 フフフ、話し声もよく聞こえる。魔獣の能力は実に便利だ。

 それにしても、如何にもらしい事を頻りに話し合っているな、実に怪しい……。

 間違いなく、あいつ等は何か探している。オマケにこの国と敵対関係にある組織に属した連中となれば、ほぼ決定だな。

 それにしても……やけに不自然なほど魔力の大きさが揃っているな。護衛の三人以外ほぼ横並びだ…。

 これはまずあり得ないぞ……何かで魔力を隠さない限りはな。

 さて、何処に身に付けているのかな……??

 注意深く魔法使い判定の男を観察していると僅かな魔力の反応を見付けた。あった、あったぞ……腕だ。

 あの右腕に付けた腕輪……間違いなくマジックアイテムだ。あれで魔力を抑えているって寸法だ。

 とすると、こいつ等の魔力は実際にはもっと大きいという事になるな……レティアナの魔法使い並みに。

 他の七人も同様の腕輪を付けていやがる……やはり、全員が魔法使いで間違いないようだ。

 それに…護衛の中のデカブツ、あの背格好はまるで……。

 俺を叩き潰した、あのハンマー野郎にそっくりだ。

 手にしている布切れで覆った得物はフォルムからみてもハンマーっぽいしな…。

 ヤツの兄弟か親戚か……いやいや、あれは当の本人だろう。

 確かに顔は違うが、あの背格好……そしてあの気配は間違いなくヤツだ。魔法かマジックアイテムで顔を変えているのか……今の俺みたいに…。

 しかも、こいつだけ複数のマジックアイテムを身に付けているな。ますます怪しい……これは是非とも確かめなくてはな。

 ただ怪しいだけで殺してはヤツ等と同じになってしまう……。それだけは避けておきたい、別に正々堂々とかはどうでもいいが……ヤツ等と同じ括りにされるのだけは我慢ならない。

 全く……少し関連した事を思い浮かべただけで胸くそが悪くなってくる。

 あのデカブツ、本人なら…………殺す。確実に、なぶり殺しにしてやる!!

 くくっ……心の底から沸き上がるどす黒い感情を抑えるのに苦労するぜ…。

 …………さて、まずは邪魔が入らないようにしておくか。今まで後一歩という処で必ず邪魔が入ったからな……。

 大した事のない連中だが……念には念をだ。

 連中に気取られないように細心の注意を払いながら、遠巻きにぐるりと周囲に結界の陣を描いてゆく。

 …………一つ。

 ……二つ。

 …………三つ……四つ。

 ………五つ…と。

 よし、準備完了だ……。

 結界を発動させなければ、まず気付かれる事はないだろう。気付いた時には既に手遅れという訳だ。

 さぁて……殺す前に一応、もう少しだけ確かめておくか…。

 ええと……これでいいかな…。

 ユドアンの道具屋で手に入れたマンチコアの毒針を何本か手にすると、水晶玉をかざしている男目掛けて投げ放った。

「ぐぁ…!!」

 腕に毒針が刺さって水晶玉を落とした。

「ああ…あ…?!」

 腕を押さえて苦悶の表情を浮かべる男。

「「「…?!」」」

 周囲の連中がそれに気付いて慌てて側に駆け寄る。

「どうした、ウラベル?」

「宝珠を落として……腕をどうかしたのか…??」

「見ろ、マンチコアの毒針だ!」

「なんだと…?!」

「…一体何処から?!」

 慌てふためく連中を例のデカブツが一喝する。

「落ち着け、防御の陣形だ!」

 すぐさま攻撃された方角を正確に割り出すと、デカブツを盾に負傷者を囲んで円陣を組んだ。そして、残りの護衛二人は素早く後方に回る……実に手際がいい。護衛はともかく、商人連中までもが円陣を組むとは…。

 最も……既に俺はその方角にはいないんだが…。

 護衛以外の全員が腕輪を外すと一気に魔力が上がった。やはり、こいつ等魔法使いだ。

 間違いないな……この無駄のない動きは訓練されたもの。それにあの陣形はレティアナの魔法使い連中が使っていたヤツだ。オマケにに何人かの掌にあの紋章が浮かび上がった。

 何よりも…あのデカブツの声。忘れもしねぇ…あのくそムカつく声はな!!

 デカブツが手にしていた得物の覆いを取ると見慣れたどでかいハンマーが姿を現した。

 くくく……やっぱ、それは愛用のハンマーかい。

 これで決まりだな……あいつ等は全員レティアナのクソ共だ。

 …………しかし。

 それにしては少しばかり対応が妙だな……。

 ひょっとして、まだ俺の事を知らないのか? こいつ等……レドナとは接触していないらしいな。

 直接本国から来た別口という訳か…。

 となると、やはりこちらが出遅れているな。

 あのデカブツがここにいるのが何よりの証拠だ。

 …………だが、巻き返しのチャンスでもある。

 今ここで、あの忌々しいデカブツを始末出来るのだからな!!

 確か、あいつと弓使いの女は『十使』と呼ばれるレティアナでも特別な部隊のメンバーだったはずだ。

 …………二度と小賢しい邪魔が出来ないように、今ここでなぶり殺しにしてやる。他の連中も残らず皆殺しだ。

 そうすれば、少しはあの悪夢も軽減されるだろう……くくく♡

 よぉし、決まりだ……一人残らず、ぶっ殺してやる!!

 既に俺は陣形の側面から様子を伺っていたのだが。更に翻弄してやろうとヤツ等の後方へと回り込んだ。

 ……まずは鬱陶しい魔法使い共からだ。

 デカブツのすぐ後ろにいた男の首筋を狙って二撃目を放った。

「ぐぁああ…」

 命中、今度は先程の試しとは違って確実に急所を射ち抜いた……まずは一人!

「ロアンが…!」

「くそ、既に後ろに回られてるぞ!!」

「そんな馬鹿な…何も見てないぞ?!」

「何処だ……何処にいる…?!」

「相手は相当デカい図体のはずだ……見落とすなんて事…」

 こいつ等随分と狼狽えているな……訓練は積んでいるが実戦経験はないのか?

「陣形を崩すな!!」

 狼狽える魔法使い達をデカブツが一喝する。

「「「「…!!」」」」

「……固定観念を捨てろ、これは『ヤツ』だ。間違いなく『ヤツ』の仕業だ!」

「あの魔獣が…?!」

「ひぃ…!!」

「今度はマンチコアに…」

「……しかし、宝珠には何も反応が…」

「落ち着けぇぇ!!」

 更に狼狽え捲る連中を怒鳴りつける。

「ヤツは普通の魔獣ではない、常識は通用しないと思え!!」

 その通り、よく解ってるじゃないか……さすがデカブツ。

 にしても魔獣と来たか……。やはり、こいつ等…レドナとは接触していないらしいな。俺が未だに魔獣の姿をしてると思っているとは…。

 既に魔法使いのジジイに移り変わった事は知られているとばかり思っていたが…。あの弟子め、くたばっていたのか…。或いは生きていて、自分が跡目を継ぐ為に都合の悪い処は言わなかったのか…。

 まあいいさ、いずれにしろ実に結構な展開じゃないか……遠慮なくこいつ等を始末させて貰おう。

「ウラベルの容態は?」

「思わしくありません……治癒の魔法が上手く作用しないのです」

「結界魔法もです…」

「何で…」

「……このままでは狙い撃ちされて…」

 やはり、こいつ等経験不足だ。

 あの時、ジジイと一緒に随分と大勢魔法使いを片付けてやったからな……まともな実戦経験者が十分にいないらしい。

 いいぞ、運はますます俺に向いて来ている♪

 更に移動しながら続けざまに毒針を投げ付けた。

「……ぎゃあ…」

「うぐぁ…!!」

 一人は心臓、もう一人は頭と…ものの見事に命中した…………これで三人と。

 本当……面白いようによく当たる事。

「シャグラムが…!?」

「…くそ!!」

「……ひぃ…何で…」

「……どうして結界が張れない…??」

「何で魔法が使えないんだ?」

 そりゃ…解呪の魔法陣の中にいるんだからな、当然の話だ。ちょっと気を付けて辺りを見渡せば判る事なんだが…。そんなに狼狽えてちゃ……その余裕はないな。

 残念、おまえ等も……もう、あの世行きだ。

「解呪の結界です」

「?!」

「この辺り一帯に解呪の結界が張り巡らされています!!」

 魔法使いの一人が声を張り上げてそう叫んだ。

「……そんな、いつの間に」

「事前に調べた時には何も…」

 ほぉ…一人だけ実戦経験豊富なヤツがいるようだな……女か?!

「メリル、結界の規模はどれくらいだ?」

「およそ…三千ディラド!!」

「そんなに?!」

「…馬鹿な」

 オマケにかなり優秀なヤツだ、的確に魔法陣の大きさまで把握するとは…。

「これは一体どういう事なのですか? 襲って来たのは…かの魔獣なのでは…?!」

「分からぬ……或いはヤツが魔法陣を見付けて利用したとも…」

「そんな事……」

「そうですとも…第一、そうそう都合良く…」

「とにかく、詮索は後回しだ。何者かは知らぬが、この場で迎え撃つぞ!!」

「……しかし、この状況では」

「泣き言は聞かん。それに相手は待ってはくれんのだ!!」

「「「…………」」」

 デカブツの闘志は満々だが、他の連中はすっかり浮き足立っているようだ。

 この分だと、まともに戦えそうなのは……あのデカブツと女魔法使いの二人だけか…。

「メリル、結界陣を無効化出来るか?」

「無理です、規模が大き過ぎます」

「…そ…そうです……千ディラドを超える結界なんて。……この人数では……とても…」

「あ…相手は…相当に周到な準備を…」

「……だが、事前にこの辺りは十分調べたはずだぞ……何故判らなかったのだ??」

「狼狽えるな!それこそヤツの思う壺だぞ!!」

 チョロいな…やはり、あの黒騎士以外は大した事のない連中だ。

「…………」

 だが、あの女……何か変だな……。ただ単に冷静な実戦経験者ではなさそうだ……。

 そもそもあいつだけ敵意が余り感じられないのは何故だ?? 他の連中はあんなに殺気立っているのに…。

 俺は奴等にとって最大の敵のはず。そうでなくては、わざわざこんな遠い所まで探しに来たりはしないだろう。なのにあの女…。

 ふむ、何か理由がありそうだな。取り敢えず、あの女は殺さずにおくか…。

 それにあの顔……何処かで見た覚えがあるな。はて……何処だったか…。まあ、その辺の処は後で直接本人に訊けばいいか。

 さぁて……それじゃあ、さっさと他の五人を始末するかな……その後でゆっくりとあのデカブツを料理してやる!!

「これを使え!!」

「「「「はっ!!」」」」

 なんだ……デカブツが身に付けていたマジックアイテムを魔法使い共に投げてよこしたぞ…??

 解呪の魔法陣の中でそんなモノが何の役に立つ?

 だが、俺の予想に反してアイテムを身に付けた連中が次々と障壁魔法を使い始めた。

 何??……解呪の魔法を無効化するアイテムだと…?!

 そんなモノが…………いや、待て…待てよ……。

 確か…あのくそ野郎も似たようなモノを使っていたな。

 そう……あいつだけのジジイの重力陣の中で自由に動き回っていた。アイテムの力で……。

 ふむ、そもそもマジックアイテムそのものは外からの干渉を受けないのか?

 解呪の魔法陣は外部の魔力を遮断するものだ、魔力の供給を断たれるからこそ魔法が使えなくなる……という理屈だが。

 そういえばマジックアイテムには呪印と魔力がセットで封入されていたな。だから魔法が使えない者でもマジックアイテムだけは使える……。

 内在する呪印とセットになった魔力は遮断出来ないのか……例え魔法陣内にあっても。

 やれやれ、中々厄介な代物だな……マジックアイテムというヤツは。

 だが、それも所詮は使い捨てだ。中の魔力が切れれば魔法も使えなくなる。

 そう長い間使用出来るモノでない…。それにあの物理障壁はつい立てのように一方向しか防げない。

 俺からみれば大した問題ではない……ただ、マジックアイテムのこの特性だけは覚えておいた方がいいな。

 うん、実に有意義な一戦だ。わざわざこんな所にまで来てくれた事に感謝しないとな♪

 さて、色々と参考になった……返礼としておまえ等は苦しまないように瞬殺してやろう。

 全ての気配を絶って飛び上がると……魔法使い共の円陣の真ん中に降り立った。

 足下で負傷した男の全身の骨がへし折れる鈍い音がする。

「ぐぁあ…」

「「「「?!」」」」

 その音と絶叫に全員が一斉に気付いたのだが…。

 残念……振り返る事が出来たのは女魔法使いとデカブツだけだ。

 何故なら、残り四人の心臓は既に俺が斬り裂いているからだ。

 二人が振り返ると同時に声もなく崩れ落ちる四人……これで全員片付いたかな。

「……う…う…」

 足下で声がする……さすが魔法使い、魔力が高いだけあって無駄にしぶとい。

 ふむ、このまま殺してもいいが……彼女以外、もう一人ぐらい情報源があってもいいだろう。

「…?!」

「…!!」

 俺の姿に気付いて目を丸くする二人。

 俺はゆっくりと足下に転がっている宝珠を拾い上げると、デカブツの方に向き直って。

「さて、これで何を探していたのかな?……ええと…グロベール…だったよな……確か、おまえの名前は。レティアナ十使の一人『ハンマーのグロベール』……合ってるか?」

「何の事…」

 言い掛けた処に短剣を投げ付け、マジックアイテムを壊してやった。途端に見慣れたハゲ頭が姿を現した。

「そぉらみろ、やっぱりおまえだ!!」

「……誰だ、貴様は?」

 顔を歪ませながらも、いつでも攻撃出来る態勢を取るグロベール。女魔法使いも同様に身構える。

「『弓のミランダ』はどうした……今日は一緒じゃないのか?? あの緑の髪の女だ……おまえとよくつるんでいたよな?」

「……貴様?」

「判らないか??……まぁ、そうだろうな。以前会った時は人間じゃなかったからな…」

 そう言って今まで抑えていた魔力を解放すると、手にした宝珠が燦然と輝き出した。

「おまえは…!」

「……そんな」

 驚愕に再び目を見開く二人。

「俺を探してたんだろう、もっと嬉しそうな顔しろよ♪」

「おおぉぉ…!!」

 間髪を入れず、雄叫びを上げながらハンマーを振るって来るグロベール。さすがに十使とか呼ばれるだけあって反応が速い。他のヤツよりは…。

 が、俺からみればあくびが出るほど遅い。その点は他のヤツと何も変わらない。

 一撃目を余裕でかわす……二撃……三撃と立て続けにハンマーを振り下ろしてくるが……当然、当たる訳がない。

「…くそぉぉ!!」

「フッ…」

 やはりすっとろいな、『十使』などと特別な名で呼ばれようと所詮は人間だ。魔獣ほどのパワーもスピードもない。一対一なら何も問題はない、確実に仕留められるな。

 一方、躊躇して手をこまねいている女魔法使いが叫ぶ。

「……人間…?!……一体どうなっているの…私達は魔獣を探していたんじゃなかったの…??」

「そんなに驚くなよ。俺の魂が移り変われる事は知っていたんじゃなかったのか?」

 俺がそう言うと。

「……あり得ん…!! 例え人間になれたとしても、何故言葉を使える……元は魔獣だろうが?!」

 それを否定するようにがなり立てるグロベール。

「違う、元々は人間だったのさ……聞いてないのか?」

 さもありなんという感じで答える俺に再び目を丸くする二人。

「そんな…」

「人間…だった……だと?!」

「そうさ、おまえ等のお姫様が俺に呪いをかけたんだよ! お陰で魔獣の身体を渡り歩く羽目になった……あの忌々しいくそ女のせいでな!!」

「アルディナ様の…悪口は許さぬ…!!」

 俺の言葉にヤツが顔をひきつらせ身を震わせた。

「…だったら?」

「うぉおお!!」

 更にバカにしたように言い放つ俺に向かって、ハンマーを振り上げて突進してきた。

「おおおおおおお!!」

 がむしゃらにハンマーを振り回すグロベール。

 当然だが、俺に当たる訳がない。

 顔を真っ赤にして憤怒の形相でハンマーを振るう姿は実に滑稽だ。つーか、こいつ……そもそも自分がパワーファイターだって事を忘れてるんじゃないのか?! 援護も無しでそんな大振りの攻撃が相手に当たる訳ないだろうに…。

 頭に血が上り過ぎて冷静な判断が出来ないらしいな。そんなに敬愛するお姫様をコケにされたのが悔しいのか?

 これはいいな、この事はこれからも色々と挑発に使えそうだ。

 さて、そろそろ片付けるか。

「…こいつ…ちょこまかと!! 当たれば…当たりさえすれば…」

 本当に馬鹿か、こいつ……いや、せっかくだ。ご希望に応えてやろう。

 俺はかわすのを止めてヤツの真正面で棒立ちなって顔を突き出すと、頬っぺたを指差して。

「いいぜ、当ててみろよ♪」

 そう言ってやった。

「…な…な?!」

 真っ赤な顔に血管が浮き上がる……正に怒髪天ってヤツだ。

「ふざけるなぁぁぁぁ!!」

 これまでで最速のスピードでハンマーが振り下ろされる。

 そして、物の見事に俺の頭にクリーンヒットした。

 が、それだけだ……脳震盪をおこす訳でもなく、大した衝撃も感じない。

「…ば…馬鹿…な…?!」

 目の玉が飛び出るほど驚いていた。

「……どうした、今日は調子が悪いのか?」

 ヤツのハンマーを片手で押さえ、笑顔で言ってやると…。

「ならば…もう一度、食らわせて……」

 口から泡を吹きながらもハンマーを振りかぶろうとする。

 が、当然それも出来るはずがない。俺が押さえ付けているのだから。

「……何?!…何ぃぃ?! 馬鹿な……そんな馬鹿な…!!」

 ハンマーがびくともしない事に更に驚愕していた。

「やはり、本調子じゃないのか…?? まるでお子様の腕力だ♡」

「く…おお…お…」

 俺の挑発に満身の力を込めてハンマーを動かそうとするが……勿論びくともしない。するはずがない、何せ今の俺の腕力はトロール並みなんだから。

「…く…この……化け物めぇぇ…」

 絞り出すように怨嗟の台詞を吐くグロベール。

「よく言うぜ、俺を化け物にしたはおまえ等のお姫様だぜ」

「それは…貴様は極悪人だからだろう!!」

「はっ、よく言う。何も知りもしないくせに」

「何ぃぃ…!!」

「あのお姫様はな……おまえ等に戦争をさせておいて、その裏で生け贄の儀式をしてたんだよ」

「馬鹿な事を…」

「馬鹿なも何も事実だ。おまえ等のお姫様は、えらい残虐非道なヤツなんだぜ。何せ年端もいかない子供まで母親共々生け贄にするだからな」

「出任せを…」

「はっ、出任せも何も…」

「それはいつの話?!」

「…?!」

「…あん??」

 突然、横槍を入れられて後ろを振り返ってみると。

 あの魔法使いの女が血相を変えてこっちを睨み付けていた。

「いつの話なの、その生け贄って!!」

「…………」

「……おまえ達が隣国の…何と言ったかな…そうそうカサドナだ。そのカサドナとの戦の真っ最中の話だよ、だだっ広い平原でやらかしただろう?」

「……三ヶ月前のカサドナ戦役…」

 ……三ヶ月か、結構経っているな……にしてもこいつ、やはり何処かで見た顔だ……何処だったかな?

「……やっぱり…あの時…………帰って来なかったのは…」

「メリル……おまえ…まだそんな事を…」

 グロベールが血相を変えて、そんな台詞を言っていた。なんだ、なんの話だ?

「家族を生け贄にされたのよ! 『昇華の儀』なんて大層な事を言っておいて中身は生け贄だった!!」

「こいつの出任せを信じるな!!」

「なら……どうして、二人は帰って来ないの?!」

 ……家族??……姉さん?………………ああ、そうか!!

「……おまえだ!! そうそう、何処かで見た顔だと思ってたが……おまえにそっくりだったんだ……あの子供を抱えて死んでいた母親は!!」

「…?!」

「おまえの姉妹か?」

「……私の……私の双子の妹よ…」

「こんなヤツの口車に乗るな!! 全て出任せだ!!」

「……ティルはまだ、三つだったのよ……それを…」

「なるほど、おまえから敵意を余り感じなかったのは、そのせいか」

「全て出任せだ!! こいつが我々を仲違いさせようとしているだけだ!!」

「……そ……そうだとも、大体証拠があるのか!」

 地面に倒れていたウラベルまでが喚き立ててきた。

「あるさ。その生け贄の生き残りが俺なんだからな!」

「……?!」

「……!!」

「…………出任せを…」

 グロベールが震えながら呟いた。

「ああ…??」

「出任せを…言うなぁぁ!! 真実を言えぇぇ…真実を!!」

「……違うだろ」

 怒鳴り散らすグロベールに、俺は呆れて言った。

「……?!」

「おまえが聞きたいのは自分の『望む答え』だ。おまえが安心する『理想の答え』だろうが?」

「…………」

「生憎だが、それは真実じゃない…」

「……だ…黙れ……黙れ黙れ黙れぇぇ!! 例え…例え、そうだとしても……それには理由があるのだ!! 必然的な理由が…」

「……呆れるな……理由さえあれば、いいのか? 人殺しも罪にはならないってか? ご立派な宗教感だな、ええ?! 目的の為なら手段を選ばないんだからなぁ!」

「黙れ黙れぇぇ…姫様は女神レティアの生まれ変わりだ、間違いないなど…」

「……やっぱり…やっぱり、リディルを……ティルを…」

「メリルゥゥ…背信は罪だ!! 一番の大罪だぞ! 決して許されぬ大罪だ!! 神に背を向ける気か?!」

 おやおや、俺をすっかり蚊帳の外にして仲違いを始めやがったぞ、こいつ等…。

「その女神が私の家族を奪えと命じた……私の大切な家族を!!」

 涙声で叫ぶメリルに、憤怒の形相で睨みつけるグロベール。

「神に背くかぁぁ!! レティア神に背くかぁぁ!!」

「…もう、私に神なんていないわ……そんなモノ、いて堪るかぁぁぁぁ!!」

「メリル……なんて事を…」

「うぉおぁぁ……背信者め…背信者めがぁぁ……地獄に落ちるがいいぃぃ…!!」

「……何を偉そうに言ってやがる?」

 グロベールの物言いに少しイラついたので、掴んでいたハンマーごと振り回して、そばの大木に叩き付けてやった。

「なぁああ?!」

 大きくバウンドして、そのまま地べたを転がると。

「ぐぁはぁ…」

 血反吐を吐いて倒れ込むグロベール。

 やはり、こいつ一人程度では問題にもならないな。大体、トロール時ですら圧倒的に勝っていたのだから。

「お偉い宗教講義にいいが……そもそも、おまえの相手は俺だろうが?」

「…ぐ……この程度…何ともないわ!!」

 そんな事を言いながら……よろけつつもすぐに立ち上がって、俺を睨み付けてきた。まるでどっかの殺られ役みたいだ。実に滑稽極まりない。

「…減らず口だけは大層だな」

 思わず肩を竦めて笑って見せた。

「……なんて力…だ…」

 一部始終を見ていたウラベルが顔をひきつらせながら言った。

「さぁて、どうやって殺してやろうか……おまえには一度ハンマーで叩き潰された恨みがあるからなぁ♡」

「ならば、今一度、叩き潰してくれる!! 神に刃向かう愚か者めがぁぁ!!」

 憤怒の形相でそんな台詞を吐いていたが…。

「そりゃ無理な話だ♪」

 正に負け犬の遠吠えってヤツだ。

 ハンマーを構えるヤツに向かってゆっくりと歩いて行くと、腰に下げた金剛剣を抜いて横一文字に斬り払った。

〝キィン〟と軽い金属音がしてハンマーが真っ二つになった。

「……ば……馬鹿な…」

「ウソ…だろ……あのハンマーは魔錬金剛製だぞ……例え金剛の剣だって…」

「お?!……意外と役に立つじゃないか、金剛…」

 対ドラゴン戦では何の役にも立たなかったのに。

 ちょっと金剛ってヤツを見直しながら、驚くヤツを軽く蹴り飛ばしてやった。

「がぁあぁぁ…」

 防御もろくに出来ず、俺の蹴りを横っ腹にまとも食らうと、鈍い骨の折れる音がして再び木に叩き付けられた。

 そして、そのまま地面に伏して呻いていた。

「…う……うう…」

「…………」

 話にならない、本当に。こんなカスに何度も邪魔をされたかと思うと……実にむかっ腹が立つ。

「立て……さっきまでの威勢は何処へ行った…?」

「…うう」

 呻き声をあげたまま起き上がる気配もない…。

「…ちっ」

 若干イラつきながら、もう一度蹴り飛ばしやろうとヤツに近づくと。

「おおぉぉ!!」

 叫び声をあげて、突然立ち上がった。

「くたばりやがれぇぇ」

 右手には赤く輝くマジックアイテムが握られている。

 ああ、なるほど……騙し討ちか。確かにそれしか手はないな。

 それに卑怯なやり口はこいつ等の常套手段だ。

「…フッ」

 もう一度剣を振るって腕ごとアイテムを斬り落とすと、片足で踏み付けた。

〝ズン〟と軽い衝撃が伝わり、足下から白煙が立ち上った。

「……そん…な…?!」

「残念、せっかくの騙し討ちも不発に終わったな……いや、爆発はしたか」

「馬鹿な…馬鹿な……そんな事…」

「万策尽きたか?」

 そう言ってヤツの首根っこを片手で掴むと軽々と吊し上げてやった。

「…じゃあ、もう死ね!!」

「……いい気に…なるな……よ。まだ本国に…は……九人の十使が……いる…」

 ヤツが絞り出すように、そんな負け惜しみを言う。

「それがどうした?」

「…そ……双剣の…二人もいる……ぞ」

「……ああ、そうだったな……双剣か…」

 そうそう、ジジイの記憶にそんなのがあったっけな…。

 『双剣』に『三賢者』、それに『十使』……あの国で注意に値するのはそいつ等ぐらいのものだ。

 そして、ローグはその双剣ってヤツの片割れだ……つまり、あの国にはクソ野郎に匹敵する者がもう一人いるって事だ。

 ええと……なんて言ったっけな、もう一人は…………忘れた。

 まあいい、問題はないな……既に三賢者の一人は片付けてやった事だし、十使の一人もこの程度だ…。そもそも、その双剣の一人だって以前から圧倒していたんだ。下らない邪魔さえ入らなければ、当の昔にぶち殺していた!!

 また、集まって鬱陶しい真似をしようってんなら、一人づつ片付けてやればいい……こいつみたいにな♪

「安心しろ、そいつ等も全部片付けてやるよ♪」

「…な?!」

「だから安心して…………」

「……おまえごときにぃぃ……おまえごとき…なんぞにぃぃ…」

「死ね!!」

 死刑を宣告すると頭だけを残して体を吹き飛ばしてやった。

「ん~♪こういう時、魔法は実に便利だ♡」

「……うぅ…」

 勿論、頭はまだ生かしてある。その方法は既に実験済みだからな。

「…………ふむ?」

 よく考えると……このままでは持ち運びに不便だな…。

 ずっと治癒の魔法を掛け続けなくてはならない、それは少し面倒臭いな。

 こいつに苦痛を与え続けてやるのはいいとして、その為に俺が面倒な事をしなきゃならないのはちょっとな。

 再び治癒の魔法を掛けると内臓の一部を再構成して頭の下に付け足してやった。

「これでよし♪」

 頭の下に同じくらいの肉塊がくっ付いた形だ、差し詰め肉ダルマって処かな。これで……そうすぐには死なないだろう、どうするかは後々決めればいい。

「ハハハ、いい様だな」

「……う…うぅ」

「…………なんて……なんて非道い…真似を…」

 その様子を見ていたウラベルが悲壮な顔で呟く。

「……仕方ないわ。いつまでもあんな連中の教えに執着するから…」

 対して表情の抜け落ちた顔で淡々と呟くメリル。

「メリル…?!」

「当然でしょう、アルディナもああなればいいのよ…」

「…なんという事を……なんという事を……メリル、おまえの魂は永遠に地獄に捕らわれるだろう…」

 悪態を吐くかつての仲間を冷たく見下ろすと。

「…………私の心配より、自分の事を心配したら?」

「…?!」

「アレはすぐに死なないようにする為……多分、色々と情報を聞き出すんでしょう。つまり…」

「…………」

「あなたを生かしておく理由はないんじゃない?」

 何の感慨もなく言い放つメリル。

「確かにその通りだな」

「…ひぃ!!」

 同意する俺の台詞に悲鳴を上げるウラベル。

「情報はこいつと協力者がいれば十分だしな……どうする?」

 と後ろに質問を投げ掛けると。

『そうだな……』

 そう言ってダレンが姿を現した。

「…?!」

「…な?!」

 二人は驚いていたが、俺にはいつもの通りだ。

「よく付いて来れたな」

「結構苦労したよ……だが、俺も少し気になったのでな…」

 そして、興味深そうに肉ダルマを見て。

「それにしても、次から次へと色んな真似をするな……。まあ、確かに持ち運びには便利だが…」

「だろ♪ あんなバカデカイ図体をいちいち引きずって戻る訳にはいかないからな。大体、鬱陶しい!!」

「なるほど……さて」

 そう言って二人を見詰めるダレン。

「…………」

「………く」

「彼女の方は協力的だからいいとしても……こいつはな」

「…ひぃいいい!」

 自分の運命を悟って悲鳴を上げるウラベル。

「…………ふむ?」

 と、ここでまたまたダレンが何かを思案したようだ。

「……いや、やはり念のために連れて行こう」

「どうして?」

「こいつ等の言葉尻から、彼女の背信はある程度予想されていた事らしい。ならば、彼女には教えられていない事も知っている可能性がある」

「…ああ、なるほど……確かに」

 さすがアサシン、そういう処にはよく頭が回る。

「………は…」

 僅かに安堵するウラベルだったが、次の一言に再び絶望する事になった。

「…だが……こいつも、こんなには必要ないだろう」

「………?!」

「ああ、判った♪」

「…ひぃいい…!!」

 手早く二つ目の肉ダルマを作ると。

「――――!!」

 魔獣の声で遠吠えを放った。

「……なんだ、今のは??」

「まぁ、見てれば判るさ」

 俺の呼び声に、すぐ数頭のレクロコッタが姿を現した。

 勿論、残った死体を片付けさせる為だ。

「…レクロコッタ?!」

「おまえが…呼んだのか…?」

「…まぁな♡」

 今回は警戒している様子がなく、なんだか俺の許可を待っているようにも見えた。

「……ん?!」

 よく見れば、あの時死体を食わせた連中じゃないか。

「おまえ等、あれからずっと付いて来てたのか……よしよし♪」

 頭を撫でてやると。

「食っていいぞ♡」

 と許可を出してやった。途端に獲物に群がるレクロコッタ。

 その様子を見て。

「…全く、魔獣すら飼い慣らすとは」

 などと呆れたように言っていた。

「魔獣だって慣れれば可愛いもんだぜ♡」

 そうとも、あのクソ野郎共に比べれば実に可愛いものだ。

 そんな事を思いながら、魔獣の饗宴を眺めていると。

「フッ…それにしても」

 珍しくダレンがイタズラっぽく笑う。

「…ん」

「今日は随分と嬉しそうじゃないか」

「……そうか?」

「ああ、いつもは笑っていても獲物を狙う魔獣のような目付きをしていたからな」

「そうなのか?」

 ふむ、自分では気付かなかったが……ダレンがそう言うのなら、そうだったのだろう。

「今日は心底嬉しそうに見えるぞ」

「……そうか……いや、そうだな。確かに、気分がいい…」

 やっと、鬱陶しいヤツを一人始末してやったのだからな。

「フフフ……今夜は、いい夢が見れそうだ♡」

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