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黒きアギト  作者: 遮具真
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復讐の始まり

[一身上の都合により会社をやめます]

 この短いメールを送信後、俺の部下は消息不明になった……。

「川口ぃぃ~~~!!」

 思わず、俺は路上で絶叫した。

「あの野郎、あの野郎、あの野郎ぉぉ! バックレやがったぁああ!!」

 くそぉぉ、取引先とのアポをすっぽかした上、この俺に後始末を押し付けやがってぇぇ。許さん、許さん、許さんぞぉぉ!

 俺は怒り心頭でヤツのスマホにTELした。

「くぉらぁあ、川口ぃぃ~~!! このボケがぁぁ、今すぐ出て来いやぁぁ!」

 ……が。

「この番号は現在使われておりません、発信音の後もう一度…」

「あの野郎ぉぉ、アドレス変えやがったぁぁ!! ……くそぉぉ、メールもかぁぁ!! さてはスマホごと替えやがったな、くそったれぇぇぇえ!!」

 というわけで……俺は今、実に憂鬱な気分で取引先に向かっている。今日は月曜、まさにブルーマンデーだ……。

 まさか週明け早々に入社一年目のドアホウの尻拭いをする羽目になるとは。許さんぞぉぉ、川口ぃぃ……覚えてやがれぇぇ。絶対、訴えてやる。

 いやいや……ンなしょうもない理由、受理される訳がない。例え受理されて勝訴したとしても、賠償額などたかが知れている。

 くそぉぉ、バックレ勝ちかぁぁ?! ったく、本当に世の中ってヤツは納得のいかねぇ事ばっかだぜ……。

「……!?」

 ……と、ここでようやく俺は今現在公衆の面前に晒されている事実に気が付いた。

 そう、まさに路上のど真ん中だ。周囲の一般人の視線が痛い。

「ンン……」

 俺はわざとらしく咳払いをすると、そそくさと通りの角を曲がった。行き先とは別方向だったが、とにかくその場を後にしたかったのだ。恥ずかしいから……。


 くそぉ……路上で突然喚いたり、なにやらぶつぶつ独り言を呟いてるって、絶対危ないヤツだろうが……。変な目で見られたぞ……。おのれぇぇ、川口……絶対許さん!!

 いやいや、落ち着けよ、俺。これから、取引先に謝罪しに向かわねばならないのだ。平常心、平常心……と。

 だが……。

「ン……ここは何処だ……?」

 気が付けば、俺はそこにいた。妙に薄暗い……。

 周囲を見渡せば、四方に石の柱が立ち並んでいて、まるで神殿か何かの内部の様な……そんな場所だった。

 しがないサラリーマンの俺にはちょっと場違いな感じさえ覚える……そんな場所だった。

「……どうなっているんだ?」

 ドアホウの尻拭いで小西丸商事に向かっていたはずでは……?

 てか、何処だよ……ここは?

 何かのイベント会場に入っちまったのか?

 いや、そんな筈はない。確か……西大通りのコンビニの角を左に曲がったんだ……。

 あそこら辺にイベントをやる様な場所はないし、学校や博物館もなかった……はず。

 もう一度辺りを見回してみたが、奥の方は真っ暗で先が見えない……。

「……参ったな」

 そんな愚痴をこぼすと……。

『ーーーー』

 誰かの声が聞こえた。……ただ、何を言ったのかがよく解らない。

「誰かいるのか?」

 すると、奥の暗がりから黒装束の騎士が姿を現した。

 まるでゲームか映画にでも出て来そうなヤツだ……。

「あ…と、ここ何処? 何かのイベント会場? それとも、何か映画でも撮ってんの?」

『ーーーー』

 やっぱり、何を言っているのか、さっぱりだ……。

「いや、おたく何人? 全然言っている事が解んないんだけど…」

『ーーーー』

「いや、だからさぁ…………?!」

 気が付けば、彼以外にも周囲に何人かの人影が……。

 これまた、ゲームに出て来そうな白いローブを羽織った連中だった。胸の中央に赤い太陽みたいなデザインがある。

 怪しげなカルト集団っぽくも見える……おいおい、マジかよ。何か危ねぇ連中じゃねぇだろうなぁ……。俺は少しばかり不安になってきた。

『ーーーー』

『ーーーー』

 カルト紛いの訳解らない連中が、これまた訳解らない言葉で会話してるとか……冗談じゃねぇぞ。勘弁してくれよ、全く……そんな事を思っていると。

『ーーーー』

 今までとは違う、女性の声が聞こえた。

 すると、それまで何かを話し合っていた全員が頭を垂れて道を開けた。

 奥の暗がりに目をやると、赤いローブを身に付けた人物が姿を現した……。

 どうやら、彼女(恐らくだが…)がこの奇妙なイベントの責任者……らしい。

『ーーーー』

 だが、ガッカリする事に相変わらず言ってる言葉は解らない。

「……参ったな、こりゃ」

 本日二度目の愚痴をこぼすと……。

『ーー……』

 彼女の方もコミュニケーションを断念したらしい……。

 すると、先程の黒装束の騎士が歩み寄って来た。

 しかも、腰に下げた剣を抜いて……。

「おいおいおいおい、マジか? なんだ、それは……そいつで一体何をしようってんだよ……オマエ?!」

『ーーーー』

 相変わらず何を言ってるんだか、さっぱり解らない。

 さっぱり解らないが……ヤバそうだ。

 コイツ……目がマジだ。まさか本気で俺を殺そうってんじゃねぇだろうな……。

『ーーーー』

 無表情に何かを言い放つと俺の方に歩み寄って来た。剣を握ったまま……。

「おい、ちょっと待て。マジか……おい?! そこのアンタ。このイカレ野郎を止めてくれ!!」

 後ろの赤いローブの女に訴えてみたが知らん顔……。

 他のローブ連中も右に倣えだ。

 嘘だろ、コイツ等みんなイカレてる……。

「…?!」

 逃げようとした瞬間、鋭い痛みが胸を貫いた。

「……嘘…だろ……」

 俺の胸に剣の刀身が突き刺さっていた……。

 あのイカレ野郎の握った剣が。

『ーーーー』

 ゆっくりと崩れ落ちる俺を見下ろして、あのイカレ野郎が何かを言い放った。何の感慨もなく、無表情な顔で……。

 くそったれ……何なんだよ、これは……。

 何で俺がこんな目に合わなきゃならねぇんだよ……。

 クソ川口ぃぃ……全部てめぇのせいだからなぁぁ!!

 こうして、俺の意識は闇に落ちて行った……。


 ※


 激しい痛みに意識を取り戻すと……。

 血の味が口いっぱいに広がった。

 くそ、血の味がする……。身体中が痛い……。立ち上がれない……。

 俺は一体どうなっちまったんだ……?!

 あのイカレ野郎めぇ……。痛い……痛いぞ……くそったれがぁぁ!!

 何かを掴もうと懸命に手を伸ばすが、何も掴めない。いや、指が上手く動かない。

「……おぁ…がぁ…え」

 オマケに声も上手く出せない……。更に周囲の景色もぼんやりとしか判らない……。くそ、本当にどうなっちまったんだよ……俺は?!

『ーー……?!』

『ーーーー!!』

 周りから声が聞こえて来る……あの意味の解らない言葉だ……。

 くそぉ、苛つく……。あのイカレた連中の仲間か?

「ゴガァ…ァァ…ァァァ」

 声が出た!

 だが、なんだ……?! 人の声じゃない……もっと獣染みた声だ……。

 段々と……視界がクリアになってきた……。

『ーーー!!』

『ーーーー!』

 兵士が大勢いる……中世か、もっと古い感じの……。またもや、ゲームに出て来そうな連中だ。

 くそったれ、他人の頭の上で喚きやがって……。

 立ち上がろうと手を付くと……。目の前に大きな獣の脚が見えた。

 しかも、俺の後ろから伸びてきている……。

「…?!」

 慌てて、腕を地面に付いて上体を起こすと……獣の脚も同じ様に立ち上がった。

「……?!」

 驚いて、後ろを振り返ると…………何もいなかった。

 一体どうなってる……? もう一度、足元を見れば、確かに獣の脚はそこにあった。

 いや、おかしい…………獣の脚だけで俺の手が見当たらないぞ。俺の腕は何処だ?

 さっき地面に付いて身体を起こしたはずだ……??

 現に今も地面に手を付いている感覚がある。

 なのに……何故、見当たらないんだ……。

「…………」

 少し考えて、ある嫌な結論に達した……。これは俺の腕……いや、前脚じゃないのか……?!

 物を掴もうと指を動かすと……獣の脚の指が動いた!

 獣の脚を目で追っていくと、どんどん俺の肩の方へと向かっていった……。

 おい……嘘だろ……こんな事って有りなのか……?

 獣の脚は俺の肩から伸びていた。

 俺の腕が……俺の……。

 なんて事だ、腕だけじゃない……。身体も獣だ!!

「ガァ…ゴガァァァ!!」

 口から出た叫び声はまさに獣だった……。

 くそ、立ち上がれないのは四つん這いの獣だからか……。

 何なんだ、これは? 何で俺がこんな目に……。

『ーーーー』

『ーーー…』

「…?!」

 混乱する俺を取り囲む様に、武器を手にした兵士共が近寄って来る……。

 くそ、コイツ等……俺を殺そうってのか?

 冗談じゃねぇぞ、こんな姿にされた挙げ句になぶり殺しにされて堪るか……!!

 激痛に耐えながら、死力を振り絞って立ち上がると…。

 四つん這いのまま、一気に走った!!

 自分でも驚くほどのスピードで兵士共の間を駆け抜ける。

 四本脚で地面を蹴って。

 どぉけぇぇえ!!

『ーーーー!』

『ーーー!!』

 何かを喚きながら剣で斬りかかって来る兵士達。

 俺はがむしゃらにその中の一人に向かって体当たりした。

 信じられない勢いで吹き飛ぶ兵士。

「…?!」

 こいつはいい、今の俺は相当な力があるらしい……ざまあみろ!!

 さぁ、びびって道を開けろ!

『ーーーー!』

『ーーー!!』

 だが、逆効果だった……さらに兵士が集まって来た。

 くそ……なんで無意味に勇敢なんだよ……コイツ等。

「…!?」

 突然、激しい痛みと共に右目の視界が欠けた……。

 くそぉ、痛ぇぇじゃねぇか!! 誰だ、今やりやがったヤツはぁぁあ!?

 残った左目で周囲を見回すと、屈強な兵士の後ろに隠れるように弓を構えたヤツが……。

 てめぇぇか……こそこそと後ろに隠れて、そんなもん射って来やがったのはぁぁ!!

「グルァァアァァ…!」

 俺が怒り心頭で一声吼えるとすぐさま兵士の後ろに隠れやがった。くそが、忌々しい卑怯者めぇぇ……頭に来るぜぇぇ!!

『ーーー』

『ーーー!!』

 そうこうしている内に、さらに兵士の数が増えてきた。

 ヤバイぞ、これは……絶対まずい。

『ーーー!』

 一人の兵士のかけ声を合図に、その場にいた全員が一斉に襲いかかって来た。

 くそ……卑怯だぞ、てめぇ等!!

 ろくな抵抗も出来ずに俺はタコ殴りされた……。いや、武器を持っているので、まさになぶり殺しだ……。

 くそ……止めろ……死んじまう……止めろぉぉ……。

 止めて……く……れ……。

 そのまま、俺の意識は途絶えた……。


 ※


 痛い……痛いぞ、ちくしょうがぁぁ……。

 激しい痛みと共に、俺は再び意識を取り戻した。

 くそ、身体の上に何か乗ってる……。沢山の何かの下敷きになってやがる……くそぉぉ。

 俺は死力を振り絞って、その沢山の何かをはね飛ばした。

 視界が開けた……と同時に周囲に多くの獣の死骸が散らばった。

 くそぉ、こんなもんの下敷きにしやがって!!

『ーーー?!』

『ーーーー!!』

 その場を後にしかけた兵士共が驚いたようにこっちを振り返る姿が目に映った。視界が広い……右目の視力が戻ってるのか……?! どうやら、目玉は潰れずに済んだらしい。

 だが、全身が痛い……さっきよりも…ずっと。

 くそぉ……痛ぇぞ、てめぇ等。身体中が血だらけで毛並みが真っ黒に見えるほどだ……よくもやりやがったな!!

 このクソ野郎共、俺が死んだとでも思ったのかよ。ふざけんなぁぁあ!!

 激怒した俺は後先考えずに一番ガタイのいい兵士に体当たりを喰らわせた。

 すると……鈍い骨の折れる音がして、兵士が血を吐いて吹き飛んだ……。それも……何回転もして、さっきよりも遥か遠くに。

 ざまぁ、クソ野郎が!!

『ーーー!』

『ーーー!!』

 今度は効果があった、明らかに動揺している。びびっていやがる……よし今だ!!

 兵士共が怯んでいる隙に、一気に包囲を突破した。

 そのまま俺は走った、ひたすら走った。

 だが、何処まで走っても辺りは兵士ばかりだ。どうやらここは戦場の様だ……だだっ広い平野のど真ん中の。

 あちこちで兵士同士が戦っている……いや、兵士だけじゃない。獣や巨人らしきモノも入り乱れての大乱戦が続いている。

 何なんだ、これは……俺は夢でも見てるのか?

 それも飛びっ切りの悪夢を……。

 くそぉ…誰か、俺を起こしてくれ……。この悪夢から救い出してくれたヤツには預金を全部くれてやるぞ!

 誰か……誰か……俺を起こしてくれぇぇ!!

『ーーーー!!』

『ーーー!』

 くそぉ……またもや、兵士共が武器を手に集まり出した……。

 コイツ等……意地でも俺を殺そうってのか? 冗談じゃねぇ……冗談じゃねぇぞ!!

 何処か……この戦場から抜け出せる所はないのか……何処か…。

「…?!」

 左に小高い岩山があるぞ! あそこに上がれば、辺りが一望出来そうだ……。

 俺は岩山に向かって全速力で駆け抜けた。

「…?!」

 岩山の麓に神殿のような建物が埋まっている……。

 いや、彫り込まれているのか?!

 中東にある、何とかいう遺跡みたいな感じのヤツだ。

 何だったけな……まぁいい、名前なんぞどうでも。

 そんな事より、あの柱の感じ……あの時の場所にあった柱に似ている。

 俺を殺そうとした、あの黒いイカレ騎士と白衣のカルト集団がいた……あの場所に!!

 さっきまで、俺はあそこにいたのか?

 あのクソ野郎はまだ……あの中にいやがるのか……!?

 くそったれが、ぶっ殺してやる。そう思った途端、どす黒い感情が頭の中を埋め尽くした。

 そして気が付けば、俺は神殿の入口に向かって全速力で走り出していた。

 入口にいた見張りの兵共を吹き飛ばして中に入ると、薄暗い内部にも柱が立ち並んでいるのが見えた。

 見覚えがある……間違いない、ここは確かにあの時の場所だ!

 この奥にあのくそったれ共がいやがるのか……!!

 俺は更に全速力で奥を目指した。

『ーーーー!!』

『ーーー!』

 いやがった! あの白いカルト集団が……。そして、その奥に赤いローブの女とあの黒いイカレ野郎が……。

 ぶっ殺してやる!!

 俺はイカレ野郎に向かって突進していた。

 考えるより速く、どす黒い感情の赴くまま……。

 するとイカレ野郎は騎士らしく、赤いローブの女を庇う様に前に出て来やがった。

 くそが、こんな時ばかり騎士道精神気取りかよ……?! ムカつくヤツだ、絶対にぶっ殺してやる!

 俺は辺りにいたローブ連中を撥ね飛ばしながら、クソ野郎に向かって全速力で突進して行った。

 どんどん、距離が縮まる……と。

 ヤツが剣を抜くのが見えた……ヤバイ!

 慌てて、前足を踏ん張って急停止する。そこにヤツの剣が横殴りに振られてきた。

 間一髪、後ろに跳んで剣をかわす。

『…?!』

 危ねぇ……マジで斬られるとこだったぜ。

 野郎、結構いい腕してるじゃねぇか……。だが、かわせるぞ。

 何しろ……こっちは今、獣の身体なんだからな!!

 飛んで来た切っ先もちゃんと見えた。例えヤツが剣の達人だったとしても、この獣の身体なら互角に戦える。

 ぶっ殺せる!

 息を整えるとヤツに向かって走り出そうとして……。

「?!」

 ふと、ヤツの足元に目が止まった。誰か倒れている。

 なんだ……?? あの、足元に転がっている男は……。あの背広姿には見覚えが……ある!! オマケに……そこに落ちているのは俺のカバンじゃねぇのか?

 嘘だろ……あれは俺…なのか……?! あの血溜まりに転がっている男は……。

 そんなバカな、俺はここにいるんだぞ……獣にされて。なのに、なんで俺があそこで死んでんだよ!!

 なんだ、これは? これも全部オマエ等の仕業か……?!

 くそったれがぁぁ、元に戻しやがれぇぇ!!

 再び、どす黒い感情が俺の頭の中を埋め尽くした。

 他には何も考えられなかった……殺す!殺す!殺す!殺す!殺してやる!

 俺は再び、ヤツに向かって突進していた……。

 ヤツが剣を振る……。

 俺は避ける事もせず、そのまま突っ込んだ……。

 強烈な痛みが頭を貫くと……俺の意識は再び闇に落ちていった……。


 ※


 再び、全身を貫く痛みに意識を取り戻した。

 くそったれぇぇ!! 痛ぇじゃねぇかぁぁ!!

 喚き散らしたはずなのに声が出ない……。

 なんだ、どうなっちまったんだ……??

 辺りを見回せば、薄暗い……いや、見えないほどじゃない。むしろ、さっきより遥かにクリアだ。

 柱が見えた……あの見覚えのある石の柱が。どうやら俺はまだ、あの神殿の中にいるらしい……。

 アイツ等は何処だ……? くそ、全身が痛ぇ……さっきよりもずっと……痛ぇぇ。

『ーーー』

『ーーー』

 何処からか、話し声が聞こえてくる……。あの訳の解らない言葉だ。アイツ等か……?!

 何処だ、何処にいる……。注意深く辺りを探る…………いた!

 少し離れた所にアイツ等の姿が見えた。途端に、どす黒い感情が沸き上がって来る……。

 落ち着け、俺……。感情に任せて、突っ込んだら……またさっきのようにぶっ殺されるは目に見えている……落ち着くんだ……。

 すると、何故か今度はすぐに怒りが収まっていった。

 なんだ、一体どうなってる……??

 訳が分からない……が、今は冷静だ……驚くほど。

 ふむ……とりあえず、今は様子見だな……。

 柱の影からそっとヤツ等の方を窺うと……こちらに背を向けて何かを話しているようだ。

 俺に気付いていない……??

 そういえば……身体が…何か変だ、視野が異常に広い……オマケに腕の…いや、脚の感覚が何本もある。

 前足を目の前に持ってくると、さっきまでの獣の脚じゃなかった……。

 虫の様な甲殻に覆われた、三本の爪が付いた脚が目の前にあった。しかも何本も……。

 なんだ、これは……??

 身体を見回すと、全身甲殻に覆われた虫みたいな姿をしている。くそ、またアイツ等が何かしやがったのか?

 またしても、沸々と怒りが沸き上がって来る。辛うじて、怒りを抑えると再び柱の影からヤツ等の様子を窺った……。

 ローブ姿の連中が泣いている。どうやら、さっき俺に吹き飛ばされたヤツが死んだらしい。

 あんな連中でも仲間が死ぬと悲しむらしいな。まぁ、人間なんて大体そんなもんだ……。同情なんてしないからな、何しろ俺は一度殺されているんだ!!

 あの黒い騎士の足元に転がっているのが、元の俺だ……。いや、他にも大きな獣が転がっている……。狼の様な姿だが、身体のあちこちに大きな鱗と突き出た角のようなモノが付いている。これまたゲームに出て来そうなヤツだ。

 しかも、あの前足には見覚えがある……ひょっとして、アレがさっきまで俺だったヤツか……?!

 なんてこった、俺は……俺の精神は……魂は……獣の身体を次々と移動してるのか……?!

 くそぉぉ……アイツ等、一体俺に何をしやがったんだ?!

 再び、どす黒い感情が頭をもたげて来る……くっ…落ち着けぇ…。

 すると、波が引く様に急速に怒りが収まっていく……。

 どうやら、この生き物はかなり感情の抑制が効くらしい。せめてもの行幸だ……。

 落ち着いた処で、もうしばらくヤツ等の様子を窺う事にした。

 元の俺が転がっている床の上には、何か模様のようなモノが描かれていた……。多分、魔法陣とか言うヤツだろう……何かの呪いの儀式を行ったって処か……。

 そのせいで俺はこんな状態という訳だ。くそったれが!!

 身体中が痛くて堪らない……。

 何本か脚の先がない……。

 胴体にも幾つか穴が開いていて、血が流れている……。

 くそ、この身体は死にかけだ……。

 そういえば、あそこに転がっている前の身体(獣)も傷だらけだ……。頭の傷以外ヤツに斬られた覚えはない……なら、俺の意識が移る前から傷だらけだったのか?

 くそったれが……俺の魂は死にかけの獣の身体ばかりを転々としてるって訳か……。

 いや……待てよ……あの獣の目玉には傷がないぞ。さっきの戦場で右目を射たれたはずじゃ……。潰れていなくても一度は見えなくなったほどだ……どうして傷がない?? 確かにあの時、痛かったぞ……激痛だった……目が潰れたかと思ったほどの…………。

 まさか、あの時……すでに俺は一度死んだのか……!?

 そして、別の獣の身体に移り変わった……。

 すると俺は……もう三回も死んで……いや、殺されたのか……?!

 くそったれぇぇ……アイツ等、絶対ぶっ殺してやる!!

 怒りが再び、どす黒い感情が呼び覚まされてゆく……。

 クッ…………落ち着け、俺……。下手を打てば、またさっきの二の舞だぞ。もう少し……もう少し、様子を探ってチャンスを待つんだ。

 気分を落ち着けて、改めて周囲を見回してみる。

 すると、他にも同じように呪いの生け贄にされたと思われる殺された人間が何人も倒れていた……。

 くそ……とんでもない連中だ、戦争のどさくさ紛れに人殺しの儀式とは……。

 確実にぶっ殺してやる、俺自身の仇討ちだ!!

 それに……こんな悪どい人殺し連中をぶっ殺した処で文句を言うヤツもいないだろうからな!

 この身体は前のヤツより頑丈そうだし、速く動けそうだ。

 だが、あのクソ野郎は腕が立つ。まともに突っ込んだ処で返り討ちなる公算が高い。せめて、もう少し近づかねぇと……。

 ゆっくりと柱の影に隠れながらヤツ等に近づく。

 外骨格のような脚だが、裏側にはクッションが付いていて、滑り止めと消音の効果があるようだ。おかげで音もなく移動が出来る。

 ある程度まで近づいたが……まだ遠い。

 だが、これ以上は無理だ。松明の灯りがある。

 さて、どうするか……少しばかり距離がある。もう少し近づければ……。

『ーーー!!』

 その時、外にいた兵士が何人か、中に入って来た……。

 ヤツ等の注意がそっちに向く……チャンスだ!

 よし、やるぞ!!

 俺は柱の影から躍り出るとローブ連中を撥ね飛ばして、一気にあのクソ野郎の目の前に迫った。

『ーー?!』

 俺の気配に気が付いてヤツが振り返った。

 だが、あの野郎はまだ剣を抜いていない……今度は殺せる!

 俺の爪がヤツの喉元をえぐった。…………が、浅い!!

 くそ、すんでの処でかわしやがった……。

『ーーー!!』

 赤いローブの女が叫ぶ。

 あのクソ野郎が体制を立て直しながら剣を抜く。

 だが、反応速度はこっちの方が上だ! もう一度、喉元をえぐって……。

「…?!」

 なんだ……?? 身体の動きが鈍く……なって…。脚がよろめく……目が霞みやがる……?! くそ、もう少しだってのに……この身体はもう……。

 暗くなっていく視界の外れで剣を手にあのクソ野郎が悠然と歩いて来やがる……。

 くそったれがぁぁぁぁ……!!

 首筋に激痛を感じながら俺の意識はまたしても闇に飲まれていった……。


 ※


 再び……いや、三度……四度か……。激しい全身の痛みを感じながら俺は目を覚ました。

 くそがぁぁ……!!

「グロァァ……!!」

 何……?! 声が出た……いや、声とは言っても、獣の唸り声だ。

 頭を動かして周りを見ようとしたが、何かで押さえ付けられているらしく上手く動かない。身体も同じような状態だ。

 一体、どうなってやがる……。少々焦ったが、気持ちを落ち着かせると、さっきまでの激情が嘘のように消えていった……。

 よし、大丈夫だ。感情の抑制は効くぞ。今はいたって冷静だ……自分でも驚くほど。

 やはり……また、別の身体に移り変わったのか……。

 視界は極めてクリアだ。視野もさっきと同じくらいある……。

 俺の周りに五人……いや、七人の男達がいる。遠巻きに俺の様子を窺っている。

 自分の足元に目をやるとトカゲのような前足が見える。どうやら今度はそういう生き物らしい……。

 それに、今までと違って繊細に尾の感覚がある……今回のトカゲはかなり自由自在に尻尾が動かせそうだ。さらに先端に何か物を掴めそうな器官も付いている。よし、今回の身体は尾も武器として使えるな。

 さて……目の前に鎖で編んだネットのようなモノが見えるぞ。

 こいつが身体全体に被せてられているらしい……。

 そのおかげで動けないのか……。つまり、このトカゲ(俺)は今……コイツ等に捕まっているって訳だ……。

 くそ、ここは何処だ……?? 俺は神殿の中にいたはず……。

 目だけで周囲を見回す、相変わらず視野は広いままなのでほとんど目玉を動かす必要がない。俺の意図を感付かれずに済むのでその点は実に好都合だ。

 さて、周囲の様子だが……枯れ木が立ち並ぶ森のような場所だ。

 どうやら外の戦場でもないようだ……。あそこは荒野みたいな所だったからな。

 大体、コイツ等……服装から見ても兵士ではない。毛皮の肩掛けして弓を携えている、先ほどは弓兵も軽装の革鎧を付けていた。多分だがコイツ等は猟師だろう。

 その証拠に彼等の足元には猟犬らしき獣が三頭ほど、座り込んで荒く息をしていた。犬のようだが、耳がない。オマケに脚が鳥のようだ。なんだ、この獣は……さっきから奇妙な生き物しか見ていないぞ。

 判っていた事だが……やはり、ここは異世界ってヤツらしいな……くそったれが。

 さて、今までの状況からみても……死んだ場所から、さほど遠くではないはずだが……。

「…………」

 何か今までとは少し身体の様子が違った。全身を貫く激痛は相変わらずあったが……僅かずつ痛みが和らいでいく感じがする。多分だが、毒の類いを使ってこいつ(俺)を捕らえたのだろう……。

 そして……恐らく、こいつは毒に耐性がある。

 だんだんと痛みが引いてゆく……。いいぞ、今度は途中でくたばる事はなさそうだ。

『ーーーー!!』

 男の一人が近づいて来ると、俺を蹴り飛ばして得意気に何かを言った。

「ガルル……」

『ーー?!』

 少しムカついたので唸り声をあげると、途端に怖じ気付いて、慌てて距離を取りやがった……実に小心者だ。

『ーーー』

『ーーーー』

 それを見ていた、他の男達が笑う。言葉は解らなくても、それぐらいは判るな……。

 少し力を込めてみると簡単に鎖のネットは外せそうだった。

 だが、慌てずに少し周囲の様子を窺った。どうやら、近くにはコイツ等しかいないようだ……。

 俺がすっかり弱って死にかけているとでも思っているらしい。笑いながら雑談を始めやがった。

 さっきとは違って随分とリラックスしているな……。

 ふむ、処で何だかコイツ等……少し周囲より明るく見えるな……。ひょっとして、今の俺には赤外線が見えるのか……??

 明るく見えるのは人間共と猟犬擬きだけだから……恐らく間違いないだろう。もう少し暗くなれば、はっきりするんだが……。

 それにしても、コイツ等の顔を見ているとムカつく、何だか見覚えもある気もする。だが、そんな筈はない。この世界に知り合いなどいる訳がないのだから。ひょっとしたら、このトカゲの記憶なのかも知れないな……。

 さて、痛みもだいぶ引いたようだし、そろそろ脱出するか……。

 もう少し痛みが和らぐまで待ってもいいが……。多分、コイツ等は獲物を運ぶために仲間を呼んだのだろう。余計な連中がやって来る前にさっさと片付けよう。それにコイツ等はトカゲの仇だ……討たせてもらおう。

 何より……腹が減った……。

 一気に鎖のネットを引きちぎると、まずは反応の速かった猟犬擬き共を思い切り前肢で吹き飛ばした。

 すると、バラバラの破片になって、辺りに四散した。いいぞ、さっきよりずっと力がある。反射速度も上だ。

『ーーー!』

『ーー…!!』

 弓を構える間も与えず、振り返った二人の頭を吹き飛ばすと。その様子を見て棒立ちになった三人を次々と叩き潰していった……少し愉快な気分になりながら。

 血の匂いがする……。血の匂いが…食欲をそそる匂いが……。腹が減った……。堪らなく腹が減っている……。

 肉だ……目の前に肉がある! 旨そうな肉が! 腹を満たす肉がこんなに……。

「……?!」

 途端に、理性が働いて我に返った……。

 辺りにはバラバラになった肉片が散乱している。

 俺は今……何をしようと……?! くそ、こいつ(俺)は飢えているのか…………ヤバイ!! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイぞ!!

 いや、落ち着け……まだ大丈夫だ。食っちゃいない……。

 懸命に飢えを抑え込む……。

 すると、何とか……辛うじて飢えが収まった。そして、冷静に……驚くほど冷静に……自分の事を分析する。

 マズイ……マズイぞ……。獣の身体に長居するのは非常にマズイ。

 今までは必死だったり、時間がなかったりしたせいで気が付かなかったが……。

 身体に精神が引っ張られていくようだ……マズイ、このままでは心まで獣になり果ててしまう。

 何より、この『飢え』ってヤツが非常にヤバイ!! さっきは何とか、抑え込んだが……。こいつは感情と違って容易にコントロールが効かないぞ!

 とにかく、一刻も早くここを離れないと……。また、飢えが襲ってきたらマズイぞ……今度は抑え切れないかも知れない。

 くそぉ、それもこれもアイツ等のせいだ。くそ、くそ、くそ、くそ、くそが。絶対にぶっ殺してやる!!


 どす黒い感情を抱きながらも氷のように冷たく冷静に、俺は枯れ木の森の中を走った。

 とにかく、何か……何でもいい!! 食えるモノを見付けて腹に入れなくては……。この飢えを何とかしなくては……。

 獲物を探して、森の中をひた走る。

 枯れ木の後ろで何かが動いた!! 匂いがする……旨そうな匂いが……。

 素早く、枯れ木の後ろに回り込むと。

 そこいたのは一人の人間の女だった。

『ーーー!!』

 甲高い悲鳴を上げ、背を向けて逃げ出す女。本能的に後ろから襲いかかった。押し倒して、その上にのしかかる。

 怯えた顔が目の前にあった。

 獲物だ、獲物だ、捕まえたぞ。肉だ、肉だ、肉だ、喰らってやるぞ!!

 今まさに、その女を食い殺そうとした瞬間。

 横から例の犬擬きが躍りかかってきた。俺は思わず本能的に反撃を優先した……瞬殺だった。前肢で叩き潰すとあっさりと犬擬きは絶命した。

『ーーー!』

 女がまた悲鳴を上げた。

 が俺は構わず、その犬擬きを咥えると噛み潰して飲み込んだ。

 少しマシになった……。

 と同時に冷静さが戻ってきた……俺は今…何をしようとした……?!

 くそ……なんてこった!! 危なかった……本当に危なかった。もう少しであの女を食ってしまう処だった……。

 女が涙を浮かべ震えている。恐らく、さっきのヤツは彼女の飼い犬か何かだろう。

 少しばかりの罪悪感を感じながら、その場を後にした。

 僅かだが、飢えが収まった……本当に僅かだが。

 マズイな……こいつ(俺)は大食いだぞ……。今の内に別の獲物を探さなくては……。

 再び、森を疾走する。今度こそ、腹の膨れるヤツを見付けなくては……。急げ、急げ、今の犬擬きではそう長持ちしないぞ。

 しばらく、走り回ると今度こそ、腹の膨れそうな大物を見付けた。

 右前方に鹿のような獣が四、五頭いる。

 鳥の尾を付けた見てくれ鹿のようなヤツだ。デカくて食いでがありそうだ。

 とっさに方向転換すると、その中の一匹に狙いを絞って襲いかかった。

 仕留めるのに、ものの数秒とかからなかった。

 まだ温かい、血の臭いがする獲物を夢中で貪り食った……。

 自分と同じくらいある獲物を殆ど食いつくした処で、ようやく飢えが収まった。口の中に生臭い血の味が残っている……くそ、なんてざまだ……本当に獣だぜ。

 まぁ……いいか。レバサシでも食ったと思えば……。

 人間を食っちまうよりは、よっぽどマシってもんだ。

 とにもかくにも、これで落ち着いて行動出来そうだ……。

 さて、まずは何処か小高い場所を探そう。そこから辺りを見渡して……。

「…?!」

 枯れ木の陰から、次々と大きなトカゲの群れが現れた。軽く30頭以上はいる……。

 なんだ、コイツ等は……??

 いや、待てよ……コイツ等、今の俺と同じ生き物なのか……?! 四肢と尻尾の長い、一見して狼のようなフォルムのトカゲだった。

 尾の先には爪の付いた指のようなモノがある。

「グルルル……!!」

 一際大きな群れのリーダーらしきヤツが唸り声をあげて威嚇してきた。どうやら、ここはコイツ等の縄張りらしい……。

 だが……。

 まるで、畏怖も何も感じなかった……。つまり、コイツは俺より弱い。俺が動じずにいると、そのリーダーらしきヤツが襲いかかって来た。

 だが、遅い……話にならないほど。そして、弱い……あっさりと前肢の一撃で吹き飛ばされた。

「グルォオ!!」

 俺が一声威圧すると、相手はあっさりと引き下がった。

 リーダーが地面に伏せ、服従の姿勢を見せると他の連中もそれに従った。どうやら俺はこの群れの新たなリーダーになったようだ。

「グルォォオ!!」

 一声吠えると、群れを率いて高台を目指した。

 一気に傾斜を駆け上がると高台の頂上から辺りを見渡した。枯れ木の森が途切れる、少し離れた場所に広い荒野が見えた。点々と人や獣の死骸が転がっている。今のまで戦場だったように……。

 既に戦闘は終了しているらしく、両軍共撤退を始めていた。

 アレだ……見付けたぞ。間違いなさそうだ。

 既に日も落ちかけている急ごう。

 俺は群れを率いて、その場所へと向かった。


 ※


 戦場だった場所にたどり着く頃には辺りもすっかり暗くなっていた……。あちこちに点々と松明が灯っている。まだ戦場に残っている者がいるらしい。

 すると、松明以外に明るく見えるモノが幾つも動く回っていた。

 近づいて、よく見てみるとそれ等は兵士達の姿だった。やはり、このトカゲは赤外線(熱)が見えるらしい。中々に便利な眼をしている。

 戦場にはそこかしこに死体が転がっていた……。

 群れの連中が腹を空かしているようだったので、一声吠えて食事の許可を出すと……皆、死体に食らい付いた。

『ーーー!』

『ーーーー!!』

 まだ戦場に残っていた兵士達が追い払おうとしたが、逆に飢えた獣に追い払われて、悔しそうな顔をしていた。

 多分、戦友か何かなのだろうが、今の俺には特に何の感慨もわかなかった……。大体、あのクソ野郎共の仲間だ。それにオマエ等兵士共にも一度殺されているしな。

 食事に夢中になっている群れの連中を尻目に神殿へと向かう。

 入口から中の様子を窺うと……人の気配はなかった。まぁ……当然だが。それにしても達人でもないのに気配が判るとか、実に便利な能力だ……このトカゲは。

 中に入って軽く様子を見て回る。

 やはり、そこに俺の死体があった(明るく目に映らなかったから確実に死んでいるようだ)……魔法陣らしきモノの上に。

 隣に狼のような獣の死骸、それに頭を落とされたクモとも獣ともつかない奇妙な動物の死骸も。恐らくアレがさっきまで俺だったのだろう……。

 ムカついたが、怒りはすぐに収まっていった。

 確か、周りにも同じような死体があったはずだが…………。

 あった……。

 周囲には同様に幾つもの死体が魔法陣の上に転がっていた。

 若いヤツから年老いた者まで年齢は様々だ。

 ただ、共通している事がある……それらの者達は兵士ではない。色々な民族衣装を身に付けた一般人だった。中には幼子を抱いた女性の死体もあった……。やはり、アイツ等はここで何らかの生け贄の儀式を行っていたらしい。

 それにしても、こんな幼子まで手にかけるとは……本当にムカつく連中だ。またしても、怒りと恨みが織り交ぜになったどす黒い感情が吹き出してくる。

 それにしても、ローブ野郎の死体がない。何人かは殺したはずだが……わざわざ持ち帰ったのか……?? 戦場には兵士の死体があちこちに放置してあったのに。

 まぁ、特権階級は文字通り特別扱いって訳だ……封建社会ではよくある話だが、これまたムカつくな。

 気分を悪くしながら神殿から出てくると、群れの連中はあらかた食事を終えていた。

 さてと、神殿を警護していた兵士達は、向こうの山脈に向かっていった様だったが……。

 神殿の彫られた岩山の上に登って山脈の方向を見渡すと、遠くに夜営している一団が見えた……アレか?!

 兵士達の装備を見る限り、間違いないなさそうだ……。オマケに例の赤い太陽のような旗印があった。

 一応、念のために反対側の様子も確かめておく。こちらも遠くに夜営する一団が見える。川の向こう側だ……。兵士の装備と旗印を見れば、やはり山脈側で夜営している方がお目当ての軍隊で間違いないようだ。

 よぉし……標的も判明した処で、行動開始だ!

 一声吠えて、群れの連中を集めると……。

 山脈側で夜営する一軍に向かって全速力で駆け出した。


 ※


 速い。さっきの獣も速かったが……こいつは一段と速い。10分とかからずに追い付く事が出来そうだ。

 ある程度の距離まで近くと、気付かれないように物陰に隠れながらゆっくりと進む事にした。

 大勢の兵士の姿が見えてきた……。

 幸い、今夜は曇り空だ……月明かりも弱々しい。

 この暗さなら人間の目は俺の姿は殆ど認識出来ないはず……そして、俺からはヤツ等の姿は丸見えという訳だ。

 絶対的に有利な条件だが……この数は少しばかり厄介だ……。千人は優にいる……さすがにこの中に突っ込むのは無謀過ぎるか……。

 さて、どうする……。

 まぁ、まずは標的の確認をしておこう。

 少し離れた場所に群れを待機させると。俺は一人……いや、一匹で、もう少し近づくと夜営地の様子を探った。

 一般の兵士はその辺に寝転んでいるようだが……アイツ等は多分、身分が上のはず。ローブ姿の連中も見当たらないしな……。

 なら、中央に並ぶテントの中か……。ここからだとかなり距離がある。オマケにテントの周囲には松明も灯っている。

 気付かれずにあそこまで行くのはちょっと無理だな……。

 すると、中央の一際大きなテントの中からあの黒衣のクソ野郎が出て来た。

 野郎……やっぱり、いやがったな!

 一瞬、どす黒い感情が吹き出しそうになると、アイツの顔がこっちを向いた。目を細めて凝視してくる……マズイ!!

 引き波のように感情を静めて、身を屈めると……。黒騎士は『気のせいか』という顔をして隣のテントに入っていった。

 全く、とんでもない野郎だぜ……。やはり、強引にあそこまで行くのは止めた方が良さそうだ……。

 それにしても、喉元をえぐってやったはずなのに、傷が見当たらなかった……魔法とかで治したのか? 厄介だな……まぁ、殺してしまえばいいだけだが。戦場には死体が結構たくさん転がっていたからな……さすがに復活の魔法とかはないか……。いや、一般兵士だから捨て置いていったのかもしれない。

 王公貴族とかは、自分達以外はゴミ扱いだからな。一応は留意しておこう。

 さてさて、どうするかな……。

 ふむ、処でコイツ等は何処へ戻るつもりなんだ……? この先は険しい山脈が続いている……まさか、この大軍で山越えはないだろう。何処かに抜け道でもあるのか?

 よし、調べてみるか。俺は群れを率いて山脈に向かって走り出した。


 ※


 しばらく行くと山脈の間に狭い峡谷が見えてきた。

 あそこか……その先には何がある?!

 全速力で峡谷を駆け抜けると……突然、目の前に巨大な壁が現れた。

 なんだ……これは?!

 一見、崖と同じ岩で出来ているようだが……。どうにも、人工物のような印象を受ける。中央に大きな洞穴が口を開けていた。

 中を覗いてみると、奥に金属製の大きな扉がある。

 なるほど、ここは砦なのか……。

 壁の下をうろついて様子を窺っていると、壁の上から松明を持った兵士が姿を見せた。こちらを指差して何か話をしている。

 間違いない、峡谷を塞ぐ様に巨大な砦が築かれている。

 そして、ここがヤツ等の帰還場所って訳だ。

 ふ~む、マズイな……こんな所に閉じ籠られたら、手が出せないぞ……。

 その前に、この峡谷で襲撃しないとな。

 となると……。

 峡谷を挟む左右の崖の上を見上げてみれば、松明と小さな小屋が幾つか見える。恐らくは監視小屋だろう、崖に木の板を渡して小屋同士を行き来しているらしい。

 アレは邪魔だな。潰しておくか……。

 崖に向かってジャンプすると爪を立てて、垂直の壁を登ってゆく。このトカゲは恐らく岩場を棲みかにでもしているのだろう。大した苦労もなく崖を登り切ると、他の連中も難なく後を追ってきた。

 崖の上に着いてみると大きな岩や丸太が幾つも置かれていた。多分、攻め込んで来た敵を撃退するためのモノだろう。

 こいつはいい、便利なモノがいっぱいあるじゃないか。ありがたく使わせてもらおう。ヤツ等も味方の陣地からこんなモノをお見舞いされるとは思っていないだろうからな……。

 さて、それでは邪魔者共には消えてもらおう。

 小屋の中を覗いてみると五人ほどの兵士が寛いでいるのが見えた。

 長い尾の先にある爪で小屋の入り口を開けると……。あり得ない突然の来訪者に中にいた全員が呆気にとられていた……。

 悪く思うなよ……恨むんなら、あの黒い騎士にするんだな。そう言ったつもりだったが……低い唸り声しか出なかった。

「グルルル…」

 俺の唸り声を聞くと我に返って臨戦体勢を取ろうするが、間に合うはずもなく……五人全員を叩き潰すのに1分とかからなかった。

 実にすっとろい連中だ。まぁ……俺が以前より素早いのかも知れないが……。

 小屋の外に出ると砦側の板通路を叩き壊して、松明を新しい物に替え……次の小屋に向かった。松明が消えなければ、すぐには気付かれないだろう……夜だし。まぁ、何かしらの異変に気付いても通路がなければ簡単には調べに来れないだろうがな。

 こうして次々と片側の監視小屋を襲撃し終えると、崖を駆け降りて反対側へ向かった。

『ーーー…!!』

『…ーー!』

 兵士が何かを叫んでいたが何も気にならなかった……いや、むしろ心地よさすら感じていた。

 ハハハハ、死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇ!!

 全ての監視小屋を沈黙させると……ようやく我に返った。足元にはバラバラになった兵士達の死体が山積みになっている……。

 マズイ……まただ。このままでは心まで獣になり果てちまうまでそんなに時間がかからねぇぞ……。

 くそぉ……アイツ等……絶対にぶっ殺してやる!!

 抑えようがないぐらい、どす黒い感情が沸き上がって来る。

 が、それもすぐに波が引くように収まっていった……。

 寄せては返す波のような激しい感情に翻弄されながらも、冷静に次の一手を考える。

 この峡谷の中で味方の陣地から足止めを食らえば、かなり動揺するだろうが……。まだ弱い、もう少し混乱させてから突入しないと……。何かないか……。夜営する軍を遠くに見下ろしながら考えを巡らせる…………と。

 夜営の灯りの向こう側に何かの動物の群れを見付けた……体温があるという事は哺乳類だろう。

 ふむ、アレは使えそうだな……。

 俺はトカゲの群れを率いて崖を駆け降りると、もう一つ群れに向かって全速力で走っていった。


 ※


 近づくに連れ、群れを構成している生き物が判ってきた。

 どうやら羊のような動物らしい。頭にねじ曲がった三本の短い角が生えていて、首の後ろから肩にかけて硬質化した皮膚に覆われている

 こちらに気付くと、逃げるように移動を始めた。

 イノシンのように敵に向かって来るタイプの動物ではないようだ。いいぞ、やはりコイツ等は使えそうだ。

 大きく迂回して、三つ角羊の群れの後方に回り込んだ。

 トカゲ共を指示して、群れを取り囲むように夜営地に追い込んでゆく……。唸り声である程度は意思の疎通が出来るし、コイツ等は賢いのでこちらの意図をすぐ理解してくれる。本当に役に立つ連中だ。

 夜営地に向かって爆走する三つ角羊の群れ。

 異変に気付いて兵士達が騒ぎ始めたが、時既に遅しだ。

 慌てて防御の陣形を取ろうとするが間に合わない。羊達に次々と弾き飛ばされてゆく。

 それでも、中央では何とか特権階級の連中を守ろうと防御の陣形を取り始めた。その隙に鱗のある馬らしき獣が用意されていた。それに乗って特権階級の皆さんは一足先に峡谷に逃れるつもりらしい。勿論、あの黒騎士と赤いローブの女も一緒だ。

 まぁ、いつの世でもお偉いさんは真っ先に逃げるわな。

 その様子を後ろに見ながら俺は既に崖に向かっていた。トカゲ共には引き続き、羊の群れを追いたてるよう指示して。

 ヤツ等の馬擬きより、俺の脚の方が何倍も速い。夜陰紛れて先回りをすると、崖の上でヤツ等が来るのを待った。


 来た……。後ろばかりを気にしていやがる。まぁ、当然だが……。

 崖の上でほくそ笑むと、岩や丸太を次々とヤツ等に向けて落としていった。

『ーーーー!!』

 突然の味方陣地からの襲撃に、慌てふためく騎馬兵達。何人かは馬擬きから振り落とされていた。

 さすがに黒騎士は落馬しなかった。そればかりか、赤いローブの女が乗る馬擬きの手綱を取ると器用落下物を避けていた。……が砦まではたどり着けず、計画通り立ち往生だ。その後ろから三つ角羊の群れが迫って来る。

『ーーー!!』

『ーーーー!』

 パニックになる騎馬兵と特権階級連中……。

 砦の門はまだ開いていない……。よし、行くぞ!

 残った丸太を落とすのと同時に崖を駆け降りる。

 落下物に紛れて、距離を詰める。

 どんどんと、あのクソ野郎に近づいてゆく。

 転がる岩のすぐ向こうに、ヤツの気配を感じた。

 ……今だ!!

 一気に岩を越えて黒騎士に襲いかかった。

『ーーー!!』

 さすがのヤツもこの不意討ちは予測出来なかったようだ。

 剣を抜く事も出来ずに俺の一撃を肩口に喰らった。

 だが……野郎は一撃を食らいながらも、体勢を立て直して地面に降り立った。ちっ……鬱陶しいぐらいに反射神経がいいヤツ。

 俺も相対するように積み重なった岩の上に降り立った。

『…………』

 眉間にシワを寄せて、俺を睨み付ける黒騎士。

 おいおい、怒り心頭なのはこっちの方だぜ、クソ騎士さんよぉぉ!!

『ーーー!!』

 あの赤いローブの女がまた何かを叫んでいる。実に鬱陶しい。

「グロロ……」

『…………』

 一声吠えて、威嚇すると静かになった。そう、それでいい……。

 オマエもコイツの後で始末してやる!!

 どす黒い感情に染まりながらも、俺の頭の中は冷静そのものだった……。よし、殺れる! 今度こそ、コイツを……!!

 クソ野郎が剣を抜く……と同時に俺はヤツに飛びかかった。振り下ろされる剣を前肢で受け流して、尻尾でヤツを地面に叩き付けた。やりぃ、そのまま地べたに這いつくばりやがれ!!

「…!?」

 だが、またしても……。血反吐を吐きながらも地面でバウンドした勢いで半回転して、片手を付きながら体勢を立て直した。

 大したヤツだ、クソ野郎ながら感心する……。

『ーーー!!』

 そして、アイツは実に鬱陶しい……。 

 再び、何かを叫ぶ赤いローブの女を睨み付けると黒騎士に突進した。

『ーーーー』

 黒騎士が何かをつぶやく……。と途端に動きが変わった。

「…?!」

 全ての動作が速くなり、反射速度も上がった。俺と互角のスピードに。

 なんだ……これは?? コイツ、一体何をした……。

 先ほどとは打って変わって、素早い連撃が立て続けに繰り出されて来る。くそ、くそ、この野郎ぉぉ!!

 次第にヤツの剣が俺を捉え始めた……。僅かづつだが確実に斬られている。おのれぇぇ……。

 一旦離れて距離を取ると、ヤツを睨み付けながら考えを巡らせる。ヤツは恐らく、俺を獣だと思っているはずだ……道具も使えない獣だと。なら……手はある。

 尾の先にある爪で地面に落ちている剣を引っかけると、ヤツに向かって突進した。尾の先をヤツの死角に据えたまま、剣をしっかりと持ち直す。

 ヤツに向かって前肢を振るうと同時に反対側から尻尾で握った剣を突き出した。

『ーーー?!』

 かわしきれずに、背中に一撃を食らって倒れ込む黒騎士。

『ーー!』

 赤いローブの女が悲鳴をあげる。

 ハハハハ、やったぞ。今度はオマエが死ぬ番だ!

 地面に倒れ伏したクソ野郎にもう一撃を食らわせようとした瞬間。俺の視界の外れから迫って来る大きな銀色の塊が見えた……。

 何……?!

 慌てて、身をかわすと後退った。

「…………?!」

 俺と黒騎士との間に巨大なハンマーを振り下ろす大男がいた。

 なんだ……コイツは?!

 上半身裸のハゲ頭にヒゲモジャのゴツい大男だ。

 こんな目立つヤツ……さっきまで何処にもいなかったぞ……。一体何処から現れた……??

「…?!」

 更に俺の後ろに弓を構える緑の髪の女が……。

 慌てて、矢を避けると……。反対側からも幾つも矢が飛んできた!!

 何……?!

 立て続けに飛んで来る矢を避けて、周囲を見回せば……。いつの間にか幾人もの弓兵に取り囲まれている。

 バカな……まさか砦からの援軍……?! あり得ない……さっきまで門は閉まったままだった……こんな速く来られる訳が……!!

 しまった……何処かに隠し通路でもあったのか?!

『ーーーー!!』

 大男が何かを叫びながらハンマーを振るう。

 そいつを飛んで避けると、着地地点に矢が飛んで来る。

 ええい、鬱陶しい!! どんどん、あのクソ野郎から遠ざかっていく……。

 ちっ、こうなったら……。俺は飛んで来る矢を全身に受けながら大男に向かって突進していった。

『ーー!』

 これぐらいの痛みでぇぇ怯むかよぉぉ! 命なんざ、アイツをぶっ殺すまで持てばいい……!!

 まずはテメェだ、邪魔野郎ぉぉ!!

 大男に向けて、尾の剣を振るうと……。激しい痛みと共に剣を握った尾の先が切断されて宙を舞った!!

「?!」

 更に後ろから袈裟懸けに振り下ろされる銀色のきらめきが俺の視界に入ってきた……あのクソ野郎が握った剣の。

 しまった、いつの間に……?!

 くそったれがぁぁ……!!

 心臓に食い込む鋭い激痛が俺の意識を飲み込みかける……が。死力を振り絞って、振り向きざまにヤツの頭に食らい付いた。

 まだ、死ねるかよぉぉ……テメェも道連れにしてやる!!

『…!?』

 ヤツの涼しい表情が驚愕に変わる。

 ざまぁ……このまま、頭蓋を噛み砕いて……。

 だが、俺の意識はそこで途切れた。


 ※


 くそがぁぁぁぁ……!

 またしても、全身を貫く激痛と共に意識を取り戻した。

 くそ、くそ、くそ、くそ、くそぉぉ……後少しだった!! 邪魔さえ入らなければ、確実に殺せた! くそぉぉぉぉ!!

 再び、波が引くように激しい感情が収まると、冷静に辺りを見回す……。

 森の中だ……さっきの枯れ木の森じゃない。ちゃんと葉の茂った生きた木々の森だ。

 何処なんだ……ここは。砦からどれぐらい離れている……??

 くそ、声が出ない……またもや、発声器官のない生き物に変わったのか……。

 ああ……身体中が痛い……前よりずっと……。

 くそったれ、死ぬ度に痛みが増していくのか……?! 冗談じゃねぇぞ……。

「……??」

 何か……変だぞ。

 近くにある木の葉がやたらとデカイ……。

 いやいや、デカ過ぎるだろう……これは。木の葉の上で寝そべる事すら出来そうだ。何なんだ、このバカデカイ大樹の森は……??

「…………」

 これは……ひょっとして、俺の方が小さい……のか?!

 葉に触れようと手を伸ばすと虫の脚のようなモノが見えた。

「……?!」

 くそ、なんてこった……。俺は今……虫なのか……?!

 身体を見回せば、背中には羽が……。下半身には虫の……いや、ハチの腹のようなモノが付いていた。

 くそ、マジで虫ケラだ……。こんな格好じゃどうしようもねぇ……。何も出来やしねぇぞ、くそが!!

「…………」

 いや、待てよ……虫か……。

 再び、冷静な頭になって考える。

 そういや、虫ってのは人間より圧倒的に速いんじゃなかったっけか……?? 以前、何かの番組で見たぞ、ハエには人の動きがスローモーに見えるって。今の俺の姿はハチのようだが。

 試しに羽を動かして、飛んでみた…………速い……速いぞ!! あのトカゲよりもずっと。まるで弾丸のように!! しかも、容易に空中で方向転換が出来る。おあつらえ向きに尾の先にはハチらしく毒針も付いている。

 ハハハハ、これは意外にいけるかも知れない。

 アナフィラキシーだったか……死ぬまで毒針をぶち込んでやる。

 よし、そうと決まれば……さっきの砦を探さねぇと。

 そう遠くはない筈だ……。いや、待てよ……この身体だと結構遠いのか?! くそ、そこは盲点だったな……。

 この身体にはどれぐらいの持久力があるのか……少し不安が残るが、今は砦の場所を探す事が先決だ。

 取り敢えずは、この木のてっぺんまで飛び上がれば、辺りが見渡せそうだ。

 一気に上昇を試みると…………速い。メチャクチャ速いぞ!!

 30メートルはありそうな高さをものの数秒とかからなかった。

 梢のてっぺんに出ると……。

 さほど遠くない場所に砦らしきモノが見えた。谷間を塞ぐように建てられている。

 恐らくはアレだろう……。

 さて、あれぐらいの距離なら飛んで行けそうだが。一応は念のため……。

 梢の更に上、20メートルほど飛び上がると……グライダーのように滑空して砦に向かった。小さな生き物だからな……。なるべく体力は温存しておくに越した事はない。

 風に乗って、空を滑るように移動してゆく。

 意外に速度が出るようだ。これなら数分で砦に着けるな。

 と、ここで俺は少し考える……。冷静に冷え切った頭で。

 ふむ、幾ら小さいとはいえ……今の俺の大きさはスズメほどもある。虫としてはかなりデカイ。当然目立つ……何処かで一旦降りた方が良さそうだな……。

 手前の森の中に一度降りて、木々に隠れながら近づく事にした。少し手間だが仕方ない、こちらから攻撃するまでは見付かりたくないからな。念のためだ。


 この虫はあまり歩くのが得意ではないらしく、少し手間取って結構な時間がかかってしまった。

 だが、そのかいもあって見付かる事なく十分な距離まで近づくことが出来た。早速、砦の中の様子を窺うと……。

 兵士共が大勢いる、格好を見ても間違いなくヤツ等の仲間だ。

 砦の中には建物が幾つかあったが、中央の広場らしき場所に大勢の兵士が集まっていた。負傷者が目立つ、あの襲撃はかなり効を奏したようだ。座ったり、寝転んだりして寛いでいる様子だ。

 多分、人数が多過ぎて建物に入り切れないのだろう。

 処で、このハチ擬きは赤外線の他にも色々な波長の電磁波の類いが見えるらしい……。

 多分、可視光の領域が人間より遥か広いのだろう、おかげで少しばかり奇妙な視界になっている。少し慣れが必要だな……。

 それに負傷者が多いとはいえ、かなりの人数の兵士もいる。

 これは昼間より、夜になるのを待ってから砦に侵入した方が良さそうだ……。

 しばらくは中の様子を観察する事にした。

 中央に大きな四、五階建ての塔のような建物が一つと、その周囲に二階建てくらいの建物が四つほど並んでいた。

 手前の建物のそばに巨人が三人ほど鎖で縛り付けられている。兵士共がはしゃいで、その巨人を蹴ったり、剣でつついたりしていた。トカゲの時を思い出して少しムカつく気分になった。

 う~ん……それにしても、兵士ごとに色彩や明暗がかなり違って見えて実に鬱陶しい。一体何が見えているんだ……??

 波長ごとに視界を切り変えられればいいんだが……まぁ無理か、機械じゃないんだしな。慣れるしかないな……。

 砦に向こう側に目をやると……峡谷が続いていたが、その先は平野の草原になっていて、こちら側の荒野とは対照的な光景だ。

 そこを舗装された一本道が通っていた。

 更に、その先に塀に囲まれた城塞都市のような場所が見える。

 恐らくは、あそこがコイツ等の国って訳だ……。

 再び、砦に目を向けると……。

 砦の上を、うっすらと半透明のドームが覆っているのに気が付いた。

 なんだ…………これは?? さっきまでは目がよく慣れていなくて気が付かなかったが……ひょっとして、結界とか言うヤツか……。

 ふむ、恐らく普通には見えないモノなのだろう……この虫の身体だから見えるのかも。

 マズイな……出入口以外は中に入る事が出来ないのか……??

 試しに石ころを拾って、砦に向けて投げ付けてみた。

 すると意外にも、石ころは半透明のドームを突き抜けて砦の中に落ちていった。

「…??」

 おや……? てっきり、弾かれるか、砕け散るとかすると思ったんだが……何も起きないな。

 いや、待てよ……一瞬だが石ころが結界を通り抜ける時に接触面の色が変わったように見えたな……。あるいはこの結界、センサーの類いなのかも知れない……。

 少しの間、反応を待ってみた……。

 だが、俺の予想に反して中からは何のリアクションもなかった。

 ふむ、石ころ程度では反応しないのかな……。ならば、今の俺のサイズならどうかな……?? いや、無生物だから反応しなかったってパターンもある。もう少し調べた方が良さそうだな。

 とはいえ、この身体ではあまり大きな物は扱えそうにない。

 さてさて……何処かに適当な動物でもいないかな……。こいつの毒のレベルも確認しておきたいしな。


 周囲を探すと、左手奥の木々の間に何か動くモノが見えた。

 いた……。トカゲの時に食ったシカのような獣だ。そいつが五、六頭いる。

 よし、まずは毒の確認をしておこう。

 素早く、シカ擬きに近づく……。と、すぐに俺に気が付いたように反応したが、生憎とこちらの方が圧倒的に速い。

 瞬時に横に回り込むと首筋に毒針を突き立てた。

 すると、シカ擬きは途端によろけて転倒すると、泡を吹いて激しく脚をバタつかせていた……が。

 やがて、その動きも緩慢になり二、三回脚を痙攣させて動かなくなった。

 こいつはいい、思った以上に使えるぞ……この虫の毒は。それに上手く毒の量を加減すれば、獲物を暴れさせる事も出来そうだ。

 よし……早速試してやろう。

 少し離れた所に移動して、こちらの様子を窺っていた他のシカ擬き達に標的を定めると、瞬時に接近して次々と毒針を突き立てていった。

 一頭目は死んだが、二頭目と三頭目はすぐに泡を吹いて暴走を始めた。並走しながら針でつつき、上手く砦へと誘導してゆく。

 山側の壁は少し高くなっていて、砦の中からはこちらは見えない。半狂乱になったシカ擬きが壁の上を飛び越えてゆく。

 途端に何人もの兵士達が武器を手に集まって来た。

 やはり、このドームはセンサーの役割をするモノらしい。しかも、かなり正確に場所の特定が出来るようだ。

 なかなかに厄介だぞ……。

 暴れ回るシカ擬きに兵士達が手こずっていると、あの黒騎士が姿を現した。野郎……やっぱり、ここにいやがったな。

 あっさりと二頭のシカ擬きを仕留めると、こっちを訝しげに見上げてきた。

 おっと、ヤバい……。慌てて壁の影に隠れると注意深く野郎の様子を探った。この小ささだ、見付かる訳はないが……念のためだ。

 しばらく、こちらを見ていたが、近くの兵士に何かを話して、ようやく建物の中に戻っていった。

 全く、とんでもない野郎だ……油断ならない。

 だが……これでアイツがどの建物にいるのかが判ったぞ。

 さて、もう一度シカ擬きを暴走させて、それに紛れて侵入してもいいが……。そのせいでアイツを余計に警戒させる事はないな。

 ここは一つ、当初の計画通りに夜を待つ事にするか……。

 そんな事を思案していると、監視小屋へと続く通路の門が開いて何人かの兵士が出てきた。

 アレは……さっき、黒騎士と話をしていた兵士か……。

 どうやら、シカ擬きの暴走の原因を調べにきたらしいな。何処かに隠れようかとも思ったが……あの黒騎士以外は大した事がないのを思い出した、特に一般兵士は。

 なら、せっかく門を開けてくれた訳だし、わざわざ夜まで待つ必要もないな。

 兵士達を大きく迂回して門の中に入る……。

「…………」

 何もしてこない。思った通り、出入口にはセンサーが働いていないようだ。

 少し安心はしたが、油断しないよう注意深く周囲を確認しながら素早く近くの建物へと移動した。

 中に入ると大部屋が並んでいて、二段ベッドが幾つも設えてあった。ベッドの上には表にいた連中より深い傷を負った兵士達が寝かされていた。

 ふむ……どうやら、この建物は一般兵の宿舎らしいな。

 ヤツは二つ隣の建物に入っていった。多分、そこは士官専用だろう。

 そういえば、あのデカぶつと緑の髪の女が見当たらないな……まぁ、女は別の宿舎だろうが……。

 さて、ヤツの寝込みを襲ってもいいが……なるべくなら混乱に乗じた方がいい……。

 ここにいる連中を使って一騒動起こしてやるか。さっきのシカ擬きのように……。その隙にあのクソ野郎を仕留めてやる。

 俺は宿舎の床下に潜むと夜になるのを待った。


 ※


 兵士共がすっかり寝静まると、床下から這い出て辺りを確認する。外にいる連中の中はまだ起きているヤツもいるようだが……。

 頃合いだな……。作戦開始といこうか。

 まずはこの部屋からだ。

 ベッドで眠る兵士達に次々と毒針を突き立ててゆく。

『ーーー!!』

『ーー……!!』

 奇声を発して、ベッドから跳ね起きると暴れ回る兵士達。突然の騒ぎに、他の兵士達も次々と飛び起きる。

 目の前で暴れ回る仲間の姿に一瞬唖然となりながらも、慌てて取り押さえようとするが、半狂乱になった連中に逆に吹き飛ばされる始末。

 その間にも俺は次々と他の部屋を回り、犠牲者を増やしていく。

 たちまちの内に砦中が大パニックに陥った。いいぞ、計画通りだ。

 さぁて、いよいよだ!!

 俺はヤツがいる宿舎の出入り口前で待ち構えた。

 さぁ、出て来い……くそったれの黒騎士さんよぉぉ……!!

 するとほどなく、剣を手に野郎が走り出て来た!!

 喰らえ、くそがぁぁ!!

『…?!』

 なんと野郎、すぐに俺に気付いて攻撃をかわしやがった……。

 が、十分に避け切れず、毒針は肩に突き刺さった。

 くそったれが、本当に勘のいいヤツ……。いや、シカ擬きの一件を踏まえて、あらかじめ警戒していやがったか。

 慎重に行動した事が裏目に出たな……。まぁ、いいさ……どっちみち、もう右手は使い物にならないからな!

『…………』

 すると、あのクソ野郎が左手に剣を持ち替えて、俺を迎撃して来やがった。

 なんだと、この野郎……?! 本当に呆れかえるヤツだ!!

 だが、微妙に技の冴えは劣る……。

 一瞬は驚いたが、ここまでだ。

 振り下ろされた剣を難なくかいくぐると、左肩にも毒針を撃ち込む。

『!!』

 剣を落として、驚きの表情を見せる黒騎士。

 悪いな、もうテメェの間合いは十二分に理解してんだよ……。何しろ、三回もぶっ殺されてるんだからな!! いや、一番最初を含めると四回かな……まぁいい。

 今度こそ、テメェが死ぬ番だぜ、クソ野郎が!!

 まさに、とどめの一撃を喰らわせようとした瞬間。後ろから信じられないほどの衝撃を受けて態勢を崩された。

 何……?! 今のは一体……??

 直後、左後方から銀色の光が迫って来るのが見えた。

 ハンマーを握ったデカぶつが目に映る。また、テメェか……。

 だが、さっきの攻撃はコイツじゃない。

 難なくハンマーをかわすと、デカぶつの肩口に一撃を喰らわせて、衝撃が飛んできた方向を確認する。

 そこには金色の刺繍を施した派手な黒いローブを身に付けたヤツがいた。長い鬚を蓄えたジジイだ。右手を前に突き出して立っていやがる。

 なんだ、この派手な魔法使いみたいなジジイは……。

 …………いや、ちょっと待てよ……何みたいだって……?!

『ーーー』

 ジジイが何かを呟くと、突き出した手のひらが陽炎みたいに揺らめいた!!

 くそ、コイツ……本当に魔法使いなのか?!

 ジジイの手のひらから撃ち出された衝撃波が俺をめがけて飛んで来る。慌ててかわしながらも、俺は既に落ち着きを取り戻していた。

 今、ジジイが魔法を放つ時に身体が明るくなって見えたな……。

 赤外線とは違う色の明るさだ。

 派手な衣装のせいで妙に明るく見えるヤツと思っていたが……どうやら違うらしい。

 おそらくだが……この明暗の差は魔力の差だ。つまり、今の俺には魔力ってヤツが見えるらしい。

『ーー?!』

 ジジイめ、あっさりとかわされた事に少々驚いた様子だ。

 全く、魔法使いとか……次々と鬱陶しいヤツが現れやがる……。だが、不意を突かれなければ、どうと言う事もない。

 とはいえ、放っておいて、つまらない事をされても腹が立つ。さっさと片付けるか……。

 俺はジジイは向かって一直線に突っ込んだ。

 ジジイが何か目配せすると左右から一斉に矢が飛んできた。

 が、今の俺に当たるスピードじゃない。簡単に振り切ると、一応射手の確認はしておいた。

 思った通り、例の緑の髪の女と弓兵共が建物の影にいた。

 相変わらず、うす汚い連中だ……。だが、今はこの鬱陶しいジジイを片付ける方が先だ。

 ジジイの目前にまで迫った瞬間、青い壁のようなモノが俺とジジイの間に立ち塞がった。

 なんだ……?! 慌てて、空中に急停止した。

『ーーー!!』

 またも、ジジイが驚きの声をあげた。

 やはり、何かあるのか……この壁は?? 青い壁に向かって毒液を飛ばすと、壁に当たってジジイまで届かない。

 くそ、物理的な攻撃を防ぐ結界か……。

 しかも、ジジイの明るさは変わらない…………おそらく、アイテムの類いだろう。自動的働くヤツだ……全くもって実に鬱陶しい。

 だが、前方だけで四方を完全に覆ってはいないようだ。

 なんだ……この中途半端な結界は……??

 ひょっとして、完全に覆い尽くすと空気も通らないのか……?!

 だとしたら、実にマヌケな話だ……隙だらけで幾らでもやりようがあるぞ。

『ーーー!!』

 その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。赤いローブの女が黒騎士の元に駆け寄っていくのが見える

 ちっ……またしても。

 だが、あの女も明るく見えるな……アイツも魔法が使えるのか?

『ーーー』

 黒騎士の肩に手を当てて、何か呟いている。手のひらの間から、うっすらと緑色の光が見える。恐らく、回復の呪文か何かだろう……傷が治ってゆく。なるほどな……やはりアイツも魔法が使える。そして、前の傷もアイツが治したって訳か……。

 どいつもこいつも実に鬱陶しい!!

 更にジジイの周りに黒いローブを身に付けた連中が集まってきた。ジジイほどではないが明るく見える……くそ、コイツ等も魔法使いか……??

『ーーー』

『ーーー』

 俺の予測通り、何か呪文を呟くと手のひらをこちらに向けてきた。赤い光が灯ると、光る矢が次々と撃ち出されてくる。

 なるほど、魔法ごとに色彩が異なるようだ。

 だが、魔法自体は大して速くはない……光の矢とはいえ光速で飛ぶ訳ではないようだ。むしろ本物の矢の方が速いくらいだ。

 警戒に値するのはジジイだけだな……。

 いとも容易く光の矢を避けると、魔法使い共に毒液を浴びせかけた。

『ーーー!?』

『ーーー!!』

 慌てふためきながらも、光の矢で応戦する魔法使い共。

 馬鹿め、俺をただのハチの化け物だと思うなよ!

 周囲に撒き散らされた毒液がどんどん気化し始める。

『?!』

 ここでようやく、ジジイが俺の意図に気付いて口元を袖で塞ぎながら、その事を知らせようと必死に手を振るが。

 もう遅いのだ。気化した毒液を吸い込んだ連中が次々と咳き込んで膝をつく。血を吐くヤツもいる。

 当のジジイもかなり吸い込んで足元がふらついている。

 ハハハハハ……ざまぁ。

 その間も、本物の矢が雨あられと降ってきたが……俺に当たる訳がない。運動会の障害物走のように容易く矢の雨を潜り抜けて、ジジイの目前に達した。

 両手をついて荒く息をしている、結界も消えていた。

 楽に殺せる状況だ……。

 テメェが悪いんだぜ、爺さん。俺の邪魔さえしなければ……。

 毒針を突き立てようとした瞬間、またしても視界の隅から銀色の光が迫ってきた。

 何だと!? 身を捩ってかわすと、銀色の光は僅かに羽をかすりながら地面に突き刺ささった。剣だ……。

 そして、憎々しげに俺を睨み付ける黒騎士がそこにいた。

 馬鹿な……何でコイツがここにいる。さっきまで向こうで赤いローブの女が……。

「……?!」

 赤いローブの女と一緒に黒髪の女がいた。魔法使い連中と同じ黒いローブを身に付けている。何より、ジジイと同じくらい一際明るい。くそ、また厄介そうなヤツが……。

 大体コイツ、何処から……。いや、そもそも気配をほとんど感じないぞ?! どうなっていやがる……さては魔法で気配を絶っているのか。

 なるほどな、コイツが魔法を使って黒騎士の気配を消したのか……。

 それで接近に気が付かなかったって訳だ。全く、魔法ってヤツは実に鬱陶しい。

 まぁいい……一瞬驚きはしたが、問題はない。むしろ感謝してもいいくらいだ。

 わざわざ、このクソ野郎を俺の手の届く距離まで来させる手助けをしてくれたんだからな。ありがたくぶっ殺させてもらおう。

 どす黒い感情をたぎらせながらも、氷のように冷静に黒騎士と対峙した。

 俺に向かって走りながら素早い剣撃を繰り出すが……。正直、脅威を感じるスピードじゃない。すっとろいくらいだ、笑えるほどに。

 二撃、三撃と、黒騎士の攻撃を避けながら、毒針が届く距離に近づいてゆく。四撃めをかわすとヤツの足に毒針を突き刺した。

 大きく態勢を崩して、片手を地面に付く黒騎士。

 それでも、まだ俺を睨み付ける黒騎士。

 意欲は認めるが、残念……テメェはもうチェックメイトだ!

 アバヨ、クソ騎士さん♪

 だが、その時。俺と黒騎士の足元一帯に魔法陣のようなモノが広がっていった。

 なんだ、これは……?! 解らない……が、ヤバい!

 俺が異変を察して移動するより速く、魔法陣が輝き出した。

 途端に凄まじい勢いで身体が下に引っ張られてゆく。くそ、重力が増す魔法だと?! そんなゲームみたいなモノがあるとは……。

 視界の端っこで、あのジジイが魔法陣に手を置いて、こちらを睨み付けている。くそ……ジジイめ、もう回復しやがったのか……。

 なんとか落下は免れたが、かなり素早さがダウンした。思った通りに上手く飛べない……クッ。

 マズイな……しかし、ヤツも魔法陣の中だ、条件は同じはず……。

 だが、あの黒騎士は立ち上がって悠然とこっちに歩いて来やがった。なんだと、何でコイツは平気なんだ……?!

 胸元に青く光るペンダントが見える、アレか……。アレが魔法を無力化していやがるのか!! くそっ、そんな便利な代物まで用意してあるとは……くそったれ共がぁぁぁ!!

 ヤツの刃だけが、変わらないスピードで俺に迫って来る。ダメだ、避け切れない……。銀色の輝きが俺の身体を真っ二つに斬り裂いてゆく。

 凄まじい激痛と共に、俺は地面に叩き付けられた。

 ぐぁがぁぁぁ……!! やりやがったなぁぁぁクソ野郎ぉがぁぁ!!

 激しい怒りとは裏腹に、俺の身体はピクリとも動かなかった。

 落下した際にもバウンドせず地面に半ばめり込んだ処をみると、凄まじい重力が働いているようだ。

 あのクソ野郎が涼しい顔をして、再び悠然と歩いて来る。

 くそったれがぁぁぁぁ……!!

 死力を振り絞って半分になった身体を起こすと……一歩……また一歩……とヤツににじり寄る。

 黒騎士とジジイが目を丸くして驚いてやがった。くそが……何を驚いてやがる……これぐらいの事で。ふざけるなよぉぉ……俺がぁぁこれぐらいの事でぇぇ……この俺がぁぁ。

 脚をへし折りながら、地面にめり込みながら、俺はクソ野郎に向かって前進していった……。

 にじり寄る俺の前で後退りする黒騎士……。くそがぁぁ……待ちやがれぇぇ……くそがぁぁ。

 必死に地面を這いずる俺に予想外の方向から止めの一撃が飛んで来た……。斜め後ろから巨大なハンマーが振り下ろされて来る。

 また、後ろからかよ!

 くそったれ……ハゲのデカぶつが……次は真っ先にテメェから殺してやる……。

 全身を叩き潰される筆舌し難い激痛に俺の意識はぶっ飛ばされた……。


 ※


 く…そ……ったれぇぇ……。

 今まで以上の激痛に戻った意識が途切れそうになる……。

 くそがぁぁぁぁ……。

「ごぁあぁぁ……」

 声が出た……。って事は……また別の身体に移り変わったのか……?!

 目を開くと(まぶたもあるようだ)はっきりと周囲の景色が見える。建物がある……まだ、俺は砦の中にいる!

(ーーー)

 頭の中にあの訳の解らない言葉が響いてきた。

 なんだこれは……聞こえてる訳じゃないぞ?! 直接、頭の中で鳴り響いてやがる……。繰り返し、繰り返し、同じような文言が……その度に激しい頭痛がする。くそ、一体どうなってやがる。

 ぬうぅぅ……身体が思うように動かねぇ。また、何かで押さえ付けられているのか……?? 鎖の音がする……そいつで押さえ付けられているのか。

 目だけを動かして周囲を探ると、あの魔法使いのジジイが俺の頭の横にいた。しかも何かを懸命に呟いていやがる。くそジジイが、この頭痛はテメェの仕業か……。

 いや、待てよ……。ジジイがやけに小さい……目と鼻の先にいるのに。やたらと小さいぞ……まるで小人のようだ。

 ジジイの周りに魔法使い共もいる、やはり小さい……。

 つまり、これは……今の俺がデカイのか……??

 自分の身体を見渡せば、手足が鎖で縛り付けられている。

 そうか……建物の近くに何人か、巨人が捕らえられていたな……。なるほど、今度は……あの巨人共の一人に移り変わったって訳か。

 現状を理解すると、途端に頭が冷えて気持ちが静まっていった。冷静に自分の状態と周囲の様子を探る。

 静かになった俺を見て、ジジイが呪文の詠唱を止めた。するとみるみる頭痛が治まってゆく。やはり、頭痛はジジイの仕業か。

 ふむ……。どうやら、俺が静かになったのを自分の呪文の効果と勘違いしているようだ。ちょうどいい、しばらく静かに様子を探るとしよう。

 他の巨人達も息を吹き返したのか、唸り声をあげて鎖を引きちぎろうとしている。それをジジイが次々と呪文でおとなしくさせていった。

 それにしても妙だ、こいつ(巨人)は哺乳類の類いじゃないのか……感情の制御がトカゲや虫の時と変わらないぞ……。しかも視界の範囲が虫の時のままだ……異様に広い。頭を動かさなくても、ほぼ真後ろまで見える……。おかしい……少なくとも、こいつは人型だったはず、どうなっているんだ?? オマケに可視光域も広いままだ……。

 ひょっとして、これは……受け継いでいるのか? 痛みが蓄積されていくのと同様に能力も蓄積されている……?!

 こいつはいい、痛みが増すのはゴメンだが能力の継承は大歓迎だ。

 あのクソ野郎をぶち殺すのに役立つからな。

 さて、当のクソ野郎は何処にいやがる………………?!

 いやがった、向こうの宿舎の前だ。デカぶつと赤いローブの女もいるな……それに魔法使いの女も。結構距離があるな……。

 なら、ジジイの方を先に片付けるか。

 少し腕に力を込めると鎖が軋んだ……簡単に引きちぎれそうだ。

 この巨人……パワーは圧倒的にありそうだが、逆にスピードはかなり劣るな…………まぁ、その事を理解していれば戦い方はいくらでもある。

 もう一度、ジジイの方を見ると好都合な事に、魔法使い共と一緒にあの緑髪の女と弓兵までがいた。

 フフフフ、神様ってヤツは公平だな……目の前に鬱陶しいヤツ等をまとめて置いといてくれるんだから…………な!

『…?!』

 一気に鎖を引きちぎると残った鎖を握って、ジジイ共を叩き飛ばした。

 だが、ジジイだけは鎖が当たる直前、結界を張り巡らせたようだ。

 しかし、それもガラスのように砕け散った。それほど強い防御力はないらしい。

 それでも、即死は免れやがった……忌々しいヤツめ。だが、かなりの深手を負って、宿舎の壁に叩き付けられたようだ。ピクリとも動かない。

 それ以外の直撃を喰らった連中は、手足がちぎれ飛んだり、肉片になって散らばった……ざまぁ。どいつもこいつもくたばりやがれぇぇ!!

 両腕に鎖を握って辺り構わず振り回す。

 弓兵共も魔法使い共も肉片になって四散してゆく。緑髪の女は死体の破片に当たって、ジジイ同様壁に叩き付けられた。

 ちっ……コイツも運のいいヤツ。まぁいい、ジジイもコイツも何本もの骨がへし折れる音が聞こえた。すぐに起き上がれはしないだろう。

 さて、いよいよ本命だ!

 クソ野郎がいる方向に向き直ると……。

『ーーー!!』

 あのハゲのデカぶつが何かを叫びながら走って来る。その後ろから黒騎士も走って来た。二人揃って怒り心頭って感じの顔だ。

 このボケ共が、怒り心頭なのはこっちだ!

 地面に腕を突きたてると、石畳もろとも砂利と土くれをかき上げて二人に投げ付けた。

『!!』

 避ける事も出来ず、まとも食らって吹き飛ぶ二人。

 ハハハハ、ざまぁ。この身体、さっきの虫ほど速くはないがパワーは段違いだぜ!!

 前の身体よりトロくったって問題はねぇ。

 要は防げないパワーで、避けられない広範囲の攻撃を喰らわせてやればいいだけだ。

『ーーー』

『ーー』

 顔を歪めながらも起き上がる二人。顔を見合せ何か言葉を交わすと、今度は二手に別れて左右から突っ込んで来た。

 なるほどね、二人で同時に攻撃しようって訳かい。考えるじゃないか。

 だが、全然解ってないな……。

 二人が距離を詰め、まさに飛びかかろうとした、その瞬間。

 俺は思いっ切り、地面を踏み鳴らした。

 その振動で思わずバランスを崩す二人。すかさず、両腕に持った鎖を叩き付ける。

 骨の折れる鈍い音が響いて、二人は建物の壁に叩き付けられた。

 はははは……ざまぁ!ざまぁ!ざまぁみろ!!

 どんな攻撃もちゃんと大地を踏み締めて初めて放てるってもんだ。一時的にでも体勢を崩してやれば、マトモな攻撃は出来ないだろうが。

 解ったか? くそ野郎共!! はははは…。

 お……?!

 血反吐を吐きながらも、必死に二人が立ち上がろうとしていやがる。

 おうおう、根性だけはあるな……だが。

 再び、土くれと石畳のかけらをすくって広範囲に投げ付けると、避ける事も出来ずに吹き飛ばされやがった。

 はははは、ざまぁ。実にいい気味だ。てめぇ等、このまま土くれと石ころを当て続けてミンチにしてやるぜ!!

『ーーー』

 ヤツが何かを呟くと、僅かに身体が明るく光る。

 お……?! またしても、例の呪文か。そいつは能力値を上げるんだったな。

 だが、所詮は無駄なあがきだ。今の俺には十分に対応出来る程度の能力アップでしかない。

 来いよ……。今度こそ、確実にぶつ殺してやる!

 クソ野郎が全力疾走して来る。

『ーーー』

 ん……?! その後ろに隠れて、あの魔法使いの女が何か呪文を唱えてやがるな……。

 残念、よぉぉく聞こえるぜ……聴力も受け継いでいるでね!

 俺は足元に転がっている死体の一つを拾い上げて、魔法攻撃に備えた。

 クソ野郎が素早く、横に移動すると同時に女が魔法を放って来た。

 そらよ♪ 死体を顔の前にかざすと魔法が命中して炎が上がった。なかなかいい腕だ。だが、顔を狙うのはセオリー過ぎるな。

『…?!』

『ーー!!』

 はい、ご苦労様でした。魔法攻撃はさっき散々見せてもらったからな。威力はまあまああるが、貫通力がないんだよ。そいつにはな!!

 燃え上がる死体を魔法使いの女めがけて投げ付けると、予想通り黒騎士がその前に立ちふさがり、飛んで来る死体を斬り飛ばした。

 ご立派な騎士道精神だ! ……だが。

 すかさず、手にした石畳を握り潰すと黒騎士めがけて投げ付けてやった。

 まともに石つぶてを喰らって黒騎士が倒れ込む。

 ストライクゥゥバッターアウトォォ!! はははは、やったぜ♪ 今度こそ、確実にぃぃ!!

 おお?!

 だが、またしても黒騎士が立ち上がった。

 全く、しぶとい……実に鬱陶しい、クソ野郎だ。さっさと死ね! もう一度、投げ付けてやろうと石畳を拾い上げると…。

『ーーー』

 クソ野郎が後ろの魔法使いの女に何かを言ったようだ。それに頷く女。なんだ……まだ何か企んでやがるのか……?! 鬱陶しい、実に鬱陶しい連中だ。

『ーーー』

 ちっ……あの女魔法使いが呪文の詠唱を始めやがった。同時にヤツがこっちに向かって走りだした。

 おかしい……さっきとまるで同じ動きだ。考え過ぎだったか?

 いや、何か変だぞ……何かが。あのクソ野郎の構えがさっきと違う。それに女魔法使いの色もさっきと違う……違う魔法?! ふん、つまらない事される前に、さっさと片付けるか。

 念のために砕いた石つぶてを両手に持って、時間差でヤツに投げ付ける。ふらつきながらも辛うじて、それを避ける黒騎士。フフフ、だいぶ足にきてるな……。

 もう、一回……!!。

『ーー!』

 いきなり、クソ野郎が立ち止まって何かを叫んだ。

 何……この状況で立ち止まるだと?

 間髪を入れず、ヤツの足元に魔方陣が浮かび上がった。

 しまった、何かの補助魔…。

 途端にヤツの姿が目の前から消え失せ、真後ろに気配が出現した。

 なんだと!? 瞬間移動……転移魔法……そうか、あの時も気配を消した訳じゃなくて…!!

「がぁあぁぁ!!」

 振り向き様に、腕を振り下ろしたが。既に構えていた分、ヤツの方が一瞬速かった……。

 肘から先を斬り飛ばされて、バランスを崩した処を心臓を一突きにされた!

 くそったれがぁぁぁ!!

 残った左腕でヤツを抱えて締め上げた。

『ー……?!』

 さすがのヤツも、この状況から反撃されるとは思わなかったらしい。実際が処……俺自身ですら、反撃出来るとは思っていなかったのだから、当然だろう。

 どうやら、生命力……しぶとさも累積しているらしい。いいぞぉぉ、もう少しだ。あと一歩、コイツを殺すまでは……死んで堪るかよぉぉ。

『ーーー!!』

 野郎が血反吐を吐いて絶叫する……あと少しだ。絞め殺すまで……持ってくれよ、俺の命!!

 ヤツが白眼を剥いてのけぞる。死ね!死ね!死ねぇぇぇぇ!!

 その時、俺の腕が大きく下がった! いや、下に引っ張られたのだ。

 これは……?! 足元にあの重力魔法陣があった……。

 馬鹿な!! そんな馬鹿な事……。

 右手を失い、顔の半分近くが潰れた状態で……あのジジイが魔法陣を発動させていた! 血を吐きながら、必死に魔法陣を維持している……。

 くそが……何で…そんなになってまで……こんな人殺しのクソ野郎を……。

『ーー!』

 意識を取り戻した黒騎士が剣を振るう。喉元に迫る切っ先。

 凄まじい激痛と共に視界が勢いよく回転した!! 何度もぐるぐると回る視界の隅に頭のない巨人の姿が映った……。

 くそったれがぁぁぁ……激しい怒りと悔しさと共に、俺の意識はまた闇に落ちていった……。


 ※


 気が狂いそうになるほどの凄まじい激痛の中で、俺の意識が再び目覚める。闇だ、何も見えない。あがく、あがく、ただひたすらに、闇の中であがき続ける……。

 痛い、痛い、痛い、痛い、感じるのは痛みだけだ……。

 くそ……くそ……くそったれがぁぁ……。

 激しい激痛の嵐の中で何度も何度も意識が浮き沈みする。

 まだ、だ……。まだ、終わらない……終わらせて堪るか……。

 アイツ等をぶっ殺すまでは……絶対に!!

 ようやく、激痛を振り払って意識が覚醒した。

「がぁあぁぁ……」

 声が出た、どうやら今度の身体にも発声器官があるらしい。

 視界がクリアになってゆく……。天井のようなものが見える、建物の中か……。

 その天井に向かって、あがくように手が伸びる手が見える。人間の手だ……。人間の……。

 誰の手だ……あれは……。いや、誰の手でもない。あれは……。

 俺自身の手だ!

 俺は今、人間なのか……?! 両の腕を伸ばしているはずなのに、片方しか見えない。右手は……ない……のか。

 視界も狭い。半分ほどしかない。大きく左側に偏っている……多分、右目もないのだろう……。痛い、痛い、相変わらず身体中が猛烈に痛い……。

 くそぉぉ、せっかく人間になれたのに……この身体はひどく死にかけのようだ……。

『師匠……!!』

 何……?! 今、声が聞こえた……ぞ!! しかも……。

 辛うじて頭を動かして、声の聞こえた方向を見ると。そこには黒いローブ姿の長い黒髪の女性がいた。こちらにやって来る。

『……生きておられたのですね……師匠!!』

 言葉が理解出来る……だと?! 人の身体になったからか……?

 この女……見覚えがあるぞ。そうだ、あの魔法使いの女だ……俺の邪魔をした、アイツだ。

 いや……そうじゃない。俺はこいつのことを知ってるんだ……。 何故、知ってる……??

 そうか……この人間の記憶だ。コイツが彼女のことを知ってるんだ。彼女はコイツの愛弟子だ。確か名前は……。

「リディア……か」

『はい、師匠……』

 そうだ……ここはこの男の部屋だ。そして、コイツはあの魔法使いのジジイだ!

 なんてことだ……あのジジイに移り変われると判っていたなら、もっと手加減したのに。いや、手加減していたら、あの赤いローブの女が傷を治していたか……。

 顔に手をやると、包帯越しに顔の右側がメチャクチャになっているのが解る。くそぉ……ひどいな、これは……。右腕もないし、アバラも何本か折れていやがる。息をするのもしんどい状態だ。

 慎重に言葉を選びながら、彼女に話しかける。

「リディア……鏡を……」

『……しかし……』

 悲痛な顔でためらうリディア。

「構わん……」

 彼女から鏡を手渡されて、自分の姿を見てみれば……確かに、あのジジイの姿がそこにあった。

 くそぉ……想像以上にひどいな。と言うより、これでよく生きているものだな……。

 結局の処、俺は死にかけ身体にしか移り変われないのか……。

「……くっ」

『少し、お待ち下さい。今、治癒の魔法を…』

 こいつにもそんな魔法が使えるのか……。いや、ジジイにも使えた筈だ……確か。ええと……くそ、他人の記憶は思うように引き出せないな……身体で覚えている事はすぐに使えるのにな。

 ああ、これか……思い出したぞ。

「いや、それには及ばん……自分で…」

 そう言って呪文を詠唱した。処が思うように回復しない……くそぉ……魔法の行使にはコツや経験がいるようだ。怪しまれてはマズイぞ……。

『ご無理なさらずとも……私にお任せ下さい、師匠』

 だが、意外にも怪しまれずに済んだようだ。どうやら、傷のせいで上手く魔法が使えないものと勘違いしているらしい。やれやれ、助かったか……ボロが出るとまずいので、今は彼女に頼むとしよう。

「うむ……頼む」

『はい』

 コツを掴むもうと彼女の治癒の様子をつぶさに観察する。その一方で、あれこれとジジイの記憶を探った。例え、治癒が上手くいっても、この身体はそう長くは持たないだろう……今までの経験から。

 それに受け継がれる記憶は俺が乗り移っている間に引っ張り出したモノだけだ。さもなければ、今まで使ってきた獣の記憶が全て累積されているはずだからな……。

 うむ、だいぶ痛みが引いてきた……治癒魔法は移り変わりの際の苦痛にも結構効き目があるようだ。

 さて、今の内に有用な魔法を出来るだけ覚えておきたい。まずは……憑依相手を指定する方法があった……はずだが……。

 ええと…………あったぞ、あったぞ、これだ!

 他には……そうそう、あの鬱陶しい魔法陣を打ち消す手段もあったな…………よし、こいつも手に入れたぞ。

 後は……結界の魔法……くっ……視界がブラックアウトしやがる。意識が……飛びそうだ……まずいな、思ったより時間が残っていないようだ。

 よし、見付けた……これで必要最低限の魔法は手に入れたか……。

 さて、急いだ方が良さそうだ……時間がもうない。

『取り敢えず、傷はふさぎました……が』

 治癒を終えると、沈痛な面持ちで彼女がそう言う。

「良い……長くは持たない……ことは……わ……承知して…いる」

 気にするなって、すでに判っていたことだしな……。ジジイの記憶のせいか、少し彼女に同情的なっているらしい。

 まぁ、コイツはそれほど邪魔をした訳でもないしな。ともかく急ごう。

「手を……貸してくれ……」

『そのお体では……』

「構わ……ん、どうせ助からん……のだ。その前にやるべきことが……残って……いる」

 そうだとも……俺にはまだやるべきことが…………。いや、今のはジジイの思いか……??

 コイツにも何か、心残りなことがある……のか……?

 まぁいい、時間は残りわずかだ……急がないと。

 彼女に肩を貸してもらって、ベッドから起き上がると……既存の魔法陣を探す。コイツがいつも魔法を駆使する時に使っていたヤツだ。アレを使って、今度こそ五体満足な人間の身体になってやる……あの忌々しいクソ野郎共をぶっ殺すために!!

『それほどまでに、あのトロールに宿っていた魂は危険なモノなのですか……?』

「……何?!」

 何だと……この女、今なんて言った……!!

 俺の正体がバレて……いる…?!

『申し訳ございません。てっきり、師匠は亡くなられたとばかり……それで、姫様から例の呪術について色々とお伺い致しました……』

「…………」

 いや……そうではないらしい。あの巨人の身体に宿っていた事まではバレていたらしいが……それより。

 姫……だと?! あの赤いローブの女のことか……。ああ、そうだ、彼女は大国の姫だった……な。やはりアイツが元凶……いや、待て……違うぞ! 呪術を彼女に持ちかけたのは……このジジイだ!!

 そうだ、魔力を累積させる手段として、魔獣の身体を使うと言う……苦肉の策を……んん……?! 何のためにそんなことした…………確か、何か重大な理由があった筈……。なんだ……記憶の一部にモヤがかかったように思い出せない。ジジイめ、自分の記憶に魔法をかけたのか……そんなに秘密にしておきたい事柄なのか……?!

『師匠……?』

「……いや、何でもない。それで姫…………いや、アイツは?」

 そう、アイツ……あの黒騎士は王家の近衛だ……確か、彼女が一番信頼を寄せている男……名前は…。

『ローグ様はかなりの深手でしたが、姫様の治療のかいあって一命はとりとめました』

「…………そうか」

 そうそう……あのクソ野郎はローグと言う名前だったな……。にしても、しぶとい……まぁ、死んではいないだろうと思ってはいたがな。

 さて、移り変わる身体を確保しておきたい処だが…………死んだ連中の中にマトモなモノが残っているかな……。

「……他の者たちは?」

『はい、ご指示通りに魔力の高い道士たちの遺体は聖堂に安置致しました』

「なっ……」

『……何か、ご指示と違う点が……?!』

「……いや、問題は……ない」

 くそジジイが……くだらねぇ指示を出して逝きやがって……。それじゃあ、すぐに移り変われる人間の身体がないじゃないか。

「くっ……」

『大丈夫ですか、師匠?』

「大丈夫……だ」

 くそぉ……あまり大丈夫でもないな……。

 時間がない……早く陣の用意を……しなければ。これ以上、あの苦痛を何度も味わって堪るか……。

 仕方ない、少々遠くとも怪しまれるよりはマシか……。何処か別の場所で死んでいる魔力の高い人間に望みを託そう。


 転生の陣を用意すると中に入って、儀式を始めた。

『本当によろしいのですか? 十分な準備もない状態では一時的にしか……』

「構わん……事の成り行きを見定める時間さえ取れれば……それで良いのだ」

 そうとも、下準備など必要ない。行き先を決められればそれでいい。そもそも俺には魂の呪いがかかっているのだから……。

『解りました……』

「……では、始めてくれ」

『……はい』

 彼女が呪文の詠唱を始める。輝きだす魔法陣。

 よぉし、いいぞ……ようやくマトモな人間の身体になれる。

「…んん?!」

 呪文が……違う?? ジジイが記憶している呪文と若干違うぞ!

 しまった、俺の正体に気付かれていたのか!?

「リディア!!」

『ご安心下さい、師匠。後は私に任せてゆっくりとお休み下さいませ』

 違う、コイツ……どさくさ紛れにジジイの後釜に据わる気だ。

 くそがぁぁ、本当にろくでもないヤツしかいないぞ。この世界は!! 冗談じゃねぇ、何百年も先に飛ばされ堪るかよ。アイツ等はこの俺がぶっ殺すんだ! 誰にも邪魔はさせない、させて堪るか!!

「ボケがぁぁ!!」

 魔法陣を強制解除すると彼女の首根っこを掴んで吊し上げた。

『?!……がはっ……そんな…』

「オマエも……オマエも俺の邪魔をするのか!! 邪魔をするなら……死ねぇぇ!」

 片腕だけだが、驚くほどの力が出た。その力で彼女の首を締め上げる。

『……まさか、あなたは……。待っ……』

 ようやく、俺の正体に気付いたようだ……が。

 都合のいい事を言うなよ、そうそう自分の都合だけ通ると思うな!!

 満身の力を込めて首を締め上げた。

『……ぐ…ぁ…』

 彼女が天を仰いで痙攣する……このまま死ね!! さらに力を込めようとした途端。激しい痛みと共に景色が暗転した…………またかよ。くそったれぇぇ!


 だが、今回は意識が飛ばなかった。

 暗闇の中、渦巻く激痛に自我がバラバラになりそうだ……。

 なんだこれは……一体なんなんだ……?! 今までと違うぞ……なんなんだよ、これはぁぁ……。

 おかしい、魔法陣は打ち消したはずだ……どうして?! くそぉぉぉぉ痛いぞ! 痛い……痛い……痛い……ただひたすらに痛い……。

 まさか……痛みに対する耐性まで累積されていたのか……?! 今までは意識を失っていた過程も耐えられるほどに……アホか…………冗談じゃないぞ!! そんな耐性欲しくねぇぇ!

 必死に治癒の魔法を唱える……だが、魂だけの時にはまるで効果がない……くそがぁぁぁぁ……!!

 痛いぞ、死にそうに…………いや、死んでいるから正に死の苦痛だ……!!

 くっそぉぉお……早く、別の身体にたどり着けぇぇ……早くぅぅ……発狂しそうだぁぁぁぁ!! 

(!!)

 光が見える!

 早く、あそこにたどり着かなくては……早く、早く、早くぅぅ!!

 光が近づいて来る……どんどん、近づいて……。

 まるで、トンネルを抜けたのように目の前一気に光が広がった。


 ※


「うぐぉおぁああ……!!」

 光に包まれると同時にさらに激痛が増した……。いや、もはや激痛なんてモノじゃない……まさに発狂寸前ってヤツだ。早く治癒の魔法を……気が狂っちまう前に。早く……!!

 のたうち回りながら魔法を唱えた……。

「うぇろあぁぐれおぇうぅ……」

 言葉にならなかったが、構わず続けた……何度も何度も……。

 どうやら、効果があったようだ。呪文は知識さえあれば正しく唱えなくともいいらしい。激しい痛みはまるで嘘のように引いていった……。と同時に氷のような冷静さが戻ってきた。

 横たわっていた地面から立ち上がると、辺りを見回した。

 森の中らしい……鳥のさえずりが聞こえる。木漏れ日が暖かい。

「うぉおぁああ……」

 声が出ない……。また、獣の身体か……? いや、不恰好ながらも腕が付いているな。

 ゴツい三本指の付いた手のひらを動かしてみた。どうにも不器用な動きしか出来ない……まぁ、手があるだけましか……。

 どうやら、あの巨人のスモール劣化判って感じだ……。確か、ジジイの記憶にそんなヤツがいたな……そんな気がする……な。

 しかも、首輪が付いている……誰かに飼われているのか……??

 う~む、そんな気もする……。

 んん……口の中に何かある! 吐き出して見てみると、それは人の頭が付いた蜂のような生き物だった。

 こいつは……あの時、俺だったモノと同じヤツか?

 バカか、こいつは……こんなモノを喰ったのか……?? この蜂擬きは猛毒を持っているんだぞ。それのせいで死んだのか……?!

 全く……とんだアホに移り変わったもんだぜ。アホな精神構造まで累積しないといいが……。

 まぁいい、さっさと魔法陣を使って人間になろう。今度こそ、マトモな身体に。

 しかし……もう一度、あの苦痛を味わうと思うと……実に憂鬱な気分になるな。まぁ、仕方ない……この不器用な身体ではどうしようもないからな……。しかもアホだし。

 さて……適当な広い場所を見付けて……。

『ウーリー!! ウーリー!!』

「……?!」

 何処からか、声が聞こえてきた……女の声だ。聞き覚えのある懐かしい優しい声。気分が和らぐ……実に。

 そうだ、この声は彼女の……こいつの飼い主の声だ。

 木立の向こうから彼女が姿を見せた。長い金髪の実に美しい女性だ。絵画で見たような農婦らしき服を着ていた。

『まぁ、ウーリーったら。こんな所にいたのね』

「うぁあぇ……」

 何か言おうと思ったが、唸り声のようなものしか出なかった。

「さぁ、お家に帰りましょう♡」

 彼女は俺の手を取って、今来た道を歩き出した。俺の首輪には鎖が付いているのに、わざわざ手を引いて歩いて行く。

 実に優しい、そして暖かい手だ……。少しばかり人間の優しさを思い出した気がする。それに彼女は少し明るく見える……赤外線の明るさではない魔力の明るさだ……。農婦ではないのか? それとも、先天的に魔力が高いだけか……。

 森を抜けると広い牧草地に出た。丘の上にレンガ造りのサイロと家畜小屋、それに住居らしきモノが見える。

 見覚えがある、ここが彼女の……そして、このアホな少巨人の住まいだ。確か、彼女のつがい……じゃなくて、旦那がいたな。

 そんなことを思っていると家の扉を開けて、もう一人の飼い主が出て来た。人の良さそうな顔をした小太りの中年男性だ。彼も明るく見える……ひょっとして、この辺りの人間はみんな魔力が高いのか??

『おお、戻ったか、ウーリー。また何処かで良からぬモノでも拾い喰いしていたのだろう。しようのないヤツめ、顔色が良くないぞ!!』

 いや、全くその通りだ……さすが飼い主、よく解っていらっしゃる……。俺の事でもないのに、なんだか申し訳ない気分になった。

『今、毒消しを用意してやるから、アンナと小屋で待っていろ』

 そう言って、彼は顎をしゃくって妻に指示すると、住居の中に戻っていった。

『さぁ、おいでウーリー』

 俺は彼女に手を引かれて、サイロの隣にある家畜小屋へ歩いていった。

 小屋に入ると、人の倍くらいもあるアルマジロのような動物が沢山いた。ああ、そうそう……いつも、こいつ等と一緒に寝てたっけな。

 小屋の一角にある自分の寝床に座り込むと、彼女が優しく俺の頭を撫でながら……。

『いい、ウーリー。もう一人で森へ行ってはダメよ』

 まるで我が子供にでも言い聞かせるように優しく忠告してくれた。

 んん~なんだか、亡くなった母親を思い出すな……。実にホッコリとした気分になる……おそらく、この世界に来て初めて。

 ああ、自分もかつては人間だった事を思い出すな……。

 そんな感じで、少しばかりノスタルジックな気分に浸っていると旦那がタライのような入れ物を持ってやって来た。中には薬臭い液体が入っていた。なるほど、民間療法の毒消しってヤツか。

 それを俺の前に置くと……。

『そらウーリー、毒消しだ。ちと苦いがちゃんと飲むんだぞ』

 そう言って、彼も俺の頭を撫でてくれた。

 俺が毒消しを飲み干すのを見届けると。

『よく休むんだぞ、ウーリー』

『また明日ね』

 そう言って二人が小屋から出て行くのを、俺は軽く手を振って見送った。

 実に優しくて仲むつまじい夫婦と言った感じだ。この世界にもあんな人間がいるんだな……ホント。

 さて、それじゃ……そろそろ、おいとまするかな……。悪いがあまりのんびりとはしてられないんだ。あの魔法使いの女が生きてたら……まぁ、多分生きてるだろうが。魔法を使って俺の行き先を突き止めるだろうからな。

 俺(少巨人)が死んだら、彼女は泣くだろうなぁ……。でもまぁ、優しい旦那がいるんだ……彼に慰めてもらいなよ。

 ほんのちょっとの間だが、この世界にも優しい人間がいると判って……少しホッとしたよ。正直、今までろくなヤツに出会って来なかったからな。

 それじゃあ……始めるとするか。

 アルマジロ擬き達を退けて、小屋の一角に広い場所を作ると、俺はそこに魔法陣を描き始めた。

 不器用な手で一から魔法陣を描くのは中々に骨の折れる作業だったが、なんとか出来上がった……。

 全く……どんだけ不器用なんだよ、このでくの坊は……。今までの経験値があって、これだ。よくこんなヤツを飼ってるな……感心するよ。

 さて、これでいいはず……ジジイの記憶が確かなら。まぁ、大丈夫だろう。治癒の魔法はちゃんと使えた訳だしな。

 さてと……これから死ななきゃならないと思うと気が重いな。

 とはいえ、この不器用な身体ではどうしようもないし……まごついてると、ここに追っ手がやって来るかも知れない。

 小屋にあった斧を握り、俺は少しばかり思案した……。

 頭をかち割るのと、喉をかっ捌くのとでは、どちちが早く死ねるかな……?? この斧は人間用なので、かなり小さい……頭はちょっと無理かな……。その点、喉なら即死しなくても出血多量ですぐに死ぬだろう……よし、喉をかっ捌く事にしよう!!

「…………」

 さすがに少し躊躇する……あの凄まじい苦痛を思い出すと。

 だが、やらなければ何も始まらない。時間もないかもな……。

 …………南無三! 俺は斧で喉を切り裂いた。

「ぐぼぉ…ればぁああ!」

 痛い……!! やはり痛い……!! 痛いなんてモノじゃない、凄まじいばかりの激痛ぅぅ……いや、それすら生易しいぃぃ!! まさに筆舌尽くしがたい死の痛みだぁああ!

 くそぉぉ…これも全て、アイツ等のせいだぁぁ……! 絶対に、絶対に、絶対に許さん!! 必ず、必ず、必ず……ぶっ殺してやるからなぁぁああ!

 凄まじい激痛の中、景色が暗転する…………だが。

 やはり、意識は途切れなかった。くそ、くそ、くそ、くそ、くそぉぉお! またかよぉぉお!

 意識がバラバラになりそうだ……。

 自我が崩壊しそうだ…………ふざけるな!!

 アイツ等をぶっ殺すまで……俺は……。

(?!)

 闇が晴れて明るくなる……思ったよりも早く意識が次の肉体に到達出来たようだ。

 近くに死にかけの人間がいたか……。せめてもの幸運だな…………だが、安心は出来ない。肉体に宿った時、更なる苦痛が待っているのだから。

 治癒の魔法を詠唱し始め、更なる痛みに備える。

 そして…………。


 ※


「うぉおぁああ……」

 予想を遥かに上回る激痛の嵐が襲いかかってきた……。

 早く……治癒の魔法を……気が狂いそうだ……痛い、痛いぞ、ちくしょうがぁぁぁ…………。

 魔法を詠唱する……詠唱する……詠唱する。効果がほとんどない!

 なんだ……これは……?? 何故、魔法が効かない……?! 何故、痛みが引かない……!!

 身体を得たはず……どうして、治癒の魔法が効かない……。

 ぼんやりとした景色がだんだんとはっきりしてきた。

 彼女が目の前にいた……あの農婦が……。驚愕に目を見開いて、口元を手で押さえて震えている。

 その足元には血まみれのナイフが落ちていた……。

 なんだ……何なんだ、これは……一体何がどうなってやがる……?!

 しまった!! あの夫婦の家に強盗の類いが押し入ったのか……?! くそぉぉ、平和な雰囲気に飲まれ過ぎていた……そもそも、この世界はろくでもないヤツばかりだったぇてのに……。

 なんて事だ、この身体は強盗のモノなのか……?! しかも、殺されかけてる……いや、傷が治らない処を見るともう死んでいる?! 旦那がやったのか……女房を守るために。くそ、またしても……こんな事がぁぁぁ……忌々しい呪いをかけやがってぇぇ……。

『うぁ…ぁああ…』

 彼女が泣きながら、震えている。旦那は何処だ……旦那は……。

 …………いや、違うぞ!

 俺が(この身体が)……彼女の旦那だ!

 この女……てめぇの旦那を殺したのか……?!

「うぇお……ぁあ…」

 くそったれぇぇ……喉が切り裂かれて……声が…。

 痛い……痛い……痛いぞぉお! ちくしょうがぁぁ……。

 何が優しそうだ……。何が仲むつまじい夫婦だ……。

 このアマ、とんだくそ女じゃないか……!

『ぁああ……ハンス……ハンスゥゥ!!』

 ……ハンス……誰だ、ソイツは……?? 聞き覚えはあるが……俺(旦那)の名前は……。

『どうした?! 何を喚いてるんだ……早く、片付けちまえ…』

 そう言って、半ば呆れ顔で部屋の向こうから姿を見せたのは……見覚えのある若い男だった。

 コイツは……確か、下男の……?! ああ、そういう事か……自分の牧場で働かせていた若い男に女房を寝取られちまったのか。

 哀れな旦那だ……。

 まぁ、よくある話だが…………しかも。

 女房だけじゃなく、牧場まで奪おうとした訳か…………全く、欲が過ぎるぜ、ハンスさんよぉ。

「……ハ…ンス…ゥ…」

『なんだと……?!』

 まだ、平然と立っているかつての主人を見て顔色を変えるハンス。

『この、くたばりぞこないが……さっさと死にやがれぇぇ!!』

 そう言って、部屋の隅にあった椅子を両手で持ち上げて、殴りかかって来た。全く、恩を仇で返すとはよく言ったものだな……。

 行き場のなかったオマエに衣食住を与えてやったのに…………だと思ったが……まぁいい、他人の事情なぞどうでも。

 問題なのは……今、オマエが俺の邪魔をしてるって事だ!

 オマエ等がこんな下らない真似をしなければ、今頃はマトモな人間の身体になっていたはずなのに……よくも、よくもやってくれたな……。俺の邪魔をするヤツはただではおかんぞ!

 ぶっ殺してやる……!!

 またしても、どす黒い感情が俺の頭を埋め尽くしていった。そして、ヤツが椅子を振り下ろすより先に顔面にパンチを繰り出していた。すると、パンチ一発でヤツの頭は生卵のように砕け散ってしまった……。

 なんだと……?!

『ひぃぃ……!!』

 飛び散る血と脳みそを浴びて、思わず彼女が絶叫する。

 なんだこれは……一体どうなってる……??

 俺はしばし、呆然として自分の拳と血まみれの頭がなくなった下男とを見比べていた……。

 いくら何でも、あり得ないだろう……そもそもこいつはただの農夫だぞ。例え、火事場の馬鹿力だったとしても人間の頭はこんな簡単に吹き飛びはしないぞ。

 …………ひょっとして、これは………トロール力が継承されている……のか?!

 ハハハ、これはいい。実にいい。これほどの力が出せるのなら……。

 女の身体でも、何も問題はない!

 俺が視線を向けると……彼女は喚くのをやめて、目を見開いた。どうやら自分の運命を悟ったようだ。

 ゆっくりと近づいてゆくと……彼女は震えながら後退る。だが、すぐに背中が壁に触れた。

『?!』

 逃げ場のない彼女に向かってゆっくりと歩いてゆく。

『……ごめんなさい……あなた。ごめんなさい……ごめんなさい……』

 何を今さら……。オマエの旦那はもう死んじまったんだぜ。

 可哀想に、こいつの心に残った思いは悲しみだけだ……。怪し気な兆候があっても……こいつはオマエを信じていたのに。

 全く、とんだ悪党だよ……オマエは。

『……お願い……あなた、許して…』

 やれやれ、悪いが情に訴えかけても無駄だぜ。そんな人間臭い代物はとっくの昔になくなったちまったからな。さっきはウーリーの身体だったから……少しは情も沸いたが……今は違う。さっさと諦めて死んじまいな。

 ゆっくりと優しく……彼女の首を絞めてゆく。これから俺が使う身体だ……なるべく傷物にはしたくない。

「…うぁ……が…ぁぁ……」

 涙を流しながら、痙攣する彼女…………一体、何を思って最後を迎えるのか。まぁ自業自得ってヤツだがな。

 徐々に痙攣が収まってゆく……既に息はしていない。

 さて、そろそろいいかな……?? 力がありすぎるので実に加減が難しい……。

 うん、完全に動かなくなってきたな……。掌に伝わる脈動も感じ取れない……死んだかな?

 ゆっくりと力を緩めると、崩れ落ちるように床の上に倒れ伏した。

 さて、すぐに治癒の魔法をかけて死にたての死体を保存しとかないと……。

 脳ミソは酸素と栄養が滞ると数分で壊れると言うからな。

 治癒の魔法をかけても息を吹き返す兆候は見られない……よし。

 今度こそ、マトモな人間の身体になれそうだ。

 おっと、目が霞んできた……急がないと。床に魔法陣を描くと、呪文の詠唱を始めた。再び、激しい死の痛みが襲って来る……。

 くそぉ、今度こそは……。

 激痛の中、景色が暗転する……よぉぉし、死んだな……。いや、よくはない……痛ぇぇ、マジに……物凄ぇぇ……痛ぇぇ……ぞ!

 くそ、くそ、くそ、くそ、くそぉぉ、早く移り変わりやがれぇぇ……。

 …………。

 …………光が見えた!! よし、これで…………。


「うぁ…ぉお……ぇえ…ぇ…」

 くそぉぉ……痛い、痛い、痛いぞぉぉ…………身体の移り変わりってヤツは……なんでこんなに痛いんだ……!!

 オマケに喉が潰れかかってやがる……あんなに手加減したのに。

 くそ、治癒の……魔法を……早く。痛ぇぇぇぇ……。

 …………ようやく、激痛が和らいできた。

「はぁ……はぁ…………ハ…ハハ…」

 喉も治ったようだ……ちゃんと声が出る。

「ハハハハハハハハハ!!」

 思わず、口をついで笑いが漏れ出た。

「やった……やったぞ……やったぞぉぉ! ハハハハハハハハ!!」

 俺は床の上を転がり回って、喜んだ。それはもう、こんなに喜んだ事はないくらいに……。

「ハハハ……ハ…………」

 ここで、天井を見ながら……ようやく我に返った……。

「おっと、まずはこの身体をちゃんとチェックしないとな!!」

 血だらけの床から身体を起こすと、早速ボディーチェックを始めた。

「変な病気持ちとかじゃないよな……こいつ……確か……。ええと……」

 更に過去の記憶を探る……。ジジイの時の経験があるからな、今回は比較的楽に記憶を引っ張り出せた。

「よし、現在過去と極めて健康! 実にいい素材だ♪ ハハハハハハ♡」

 再び、笑いが口をつく……実に実に実に嬉しくてしょうがない!

「ハハハハハハ……ハハ……ハ」

 再び、我に返って辺りを見回した……。

「………んん~ん、改めて……見ると……実に凄惨なありさまだな……。さてさて……どうするか……??」

 別に、このまま姿を消していいんだが……。なるべくなら、俺の痕跡なるようなものは残したくない。

 この世界の魔法ってヤツはなかなかに厄介だからな……。

「……何か、いい方法は……。ウム、ここはやはり……悲劇の人妻を演じるのがベタ……もとい、ベターだな。こいつはなかなかの美人だし……説得力もある。俺をめぐって主人と使用人が争って相討ち……と。うんうん、いいぞ…………ただ…」

 足元に目をやると……。転がっているハンスの死体には頭がなかった。これは少々まずい……。何しろ、ものの見事に木っ端微塵なのだから。

 旦那がやったと言うには無理がある……さて、再び困ったな……。

 そういえば、ハンスは明るく見えなかったな……よそ者だったからか……?? いや、俺(女房)もよその出身じゃなかったか?

 まぁいい、そこら辺は……今はこの状況をどうするかだ…………。

「……!? おお、いるじゃないか。旦那の助っ人が!! 鈍重だが、力だけは強いヤツが」

 俺は早速、家畜小屋に行って少巨人ウーリーを担いできた……実に軽々と。

 そしてウーリーの死体を部屋の床に転がして、シチュエーションを確かめる……。

 美人の女房に色気を出した使用人が主人を殺害。

 主の断末魔を聞きつけ、やって来た少巨人と使用人が相争って共倒れと……。

 よしよし、いいぞ……実に説得力がある。このシチュエーションなら、さして怪しまれはしないだろう。

「おっと……床の魔法陣は消しておかないとな」

 血糊の魔法陣をきれいに拭き取ると、念のため鍋にあったシチューらしきものをぶちまけておいた。

 ただ、こいつは少しもったいなかった……なかなかに旨かったのだ。久しぶり……というか、この世界に来て初めてありついた人間の食べ物だった訳だし……実にもったいなかった。が、仕方ない……証拠なるようなものはなるべく残さないようにしないとな。

 まぁいい、これからは思う存分人間の料理が食えるのだ。今は我慢しよう。

 さて、この惨状をどう世間に知らしめるか……だが。

 確か、近くに親類縁者がいたな……。ええと……そうそう、旦那の弟夫婦が隣の農場にいた! 

 あの二人に証人なってもらおう。

 俺は早速、二人のいる隣の農場へと向かった。血だらけで漏らした小便の付いた服は少しばかり気持ち悪かったが、この方が説得力があるのでそのまま着て行く事にした。

 今の俺なら、走れば5分とかからない距離だが……魔獣の全力疾走並みの脚力を使うのは色々と問題がある。

 なのでハイキングにでも行くような気分で弟夫妻のいる農場へと歩いて行った。

「フンフンフ~ン♡」

 そう、実にウキウキと鼻唄混じりに♪


 ※


 おおっと、そろそろ農場だ……。悲劇のヒロインを演じなくてはな……。

 彼女の記憶を引っ張り出して、悲しい気分に浸ると……自然に涙がにじんできた。んん~ん、実に便利だ。

 さて、次は声を荒らげて……いや、疲労困憊の方がいいかな……。「はぁ…はぁ……ヨシュア……」

 よし、これで行こう。

 俺はわざとらしく、おぼつかない足取りでフラフラと農場に入って行った。

「……はぁ…はぁ……ヨシュア…ァァ……マリアァァ……」

 母屋が見えて来てので、身体も震わせて……ヨロヨロと。

「ヨシュアァァ……」

 窓からこちらを見て、慌てて義弟夫妻が表へと出て来た。

「義姉さん……?!」

「ヨシュアァァ……」

 取り乱した風を装って、俺は弟の胸に飛び込んだ。

「あの人が……あの人がぁぁ……ハンスが……ウーリーがぁぁ……血がいっぱい出て……ああぁぁ……」

「落ち着いて……義姉さん……ああ、血が…こんなに……ああぁぁ…」

「どうしよう……ヨシュア……どうしようぉぉ……」

 かなり、弟夫婦は動揺したらしい……演じている俺よりも取り乱した感じになっている……。おいおい……落ち着けよ、おまえ等。

「と……とにかく……義姉さんを家の中へ……何か…暖かい物を……」

「わ……わかったわ……ヨシュアは……?!」

「俺は……兄貴の牧場へ行って来る。とにかく…何が起きたのか……た…確かめない……と…」

 義弟は震える手で俺の身体を妻に預けると……。

「ああ……兄貴……嘘だろ……兄貴…」

 そんな言葉を呟きながら馬小屋へと向かって行った。

「……気を付けて……ヨシュア…」

 妻の方も震えながら俺を抱き締めている…………大丈夫か、こいつ等……人選を間違えたかな……。

 思わず、そんな事を脳裏に浮かべながら妻のマリアに付き添われて家の中へ入って行った……。


「と…とにかく……こ…これを飲んで……落ち着いて……義姉さん……」

「…ああ…あり…がと…」

 マリアは震える手でカップに入ったミルクのようなものを手渡してくれた。

 …………いやいや、まずはおまえが落ち着けって。俺は心の中で彼女にツッコミを入れながら飲み物を口にした。

 ああ……これも旨いなぁぁ……。と思わず、和みそうになるのを我慢して……慌てて飲み干した……だいぶこぼしながら……。そうするとらしく見えるだろうと思ったからだ。

「ん…んぐ……」

 …………案の定。

「落ち着いて……義姉さん…。大丈夫よ……もう、大丈夫だから……」

 マリアが慌ててカップを押さえて、俺を制してくれた。よしよし、上手く演じられているらしい……。俺は心の中でほくそ笑んでいた。

 ふむ、この夫婦にも魔力の明るさはないな……だとすると、俺の処だけ特別だったのか……。だからこそ、魂の移転先だったのかも知れないな……。なら、特別な事をしなくとも構わなかったのか?

 いやいや、少なくとも魔獣の方が人間より魔力は高いからな……移り変わりの優先順位も高いはずだ……その点は留意しておこう。

 もう、移り変わりは二度とゴメンだが…………この先も絶対ないとは言い切れないからな……。

 その後、しばらくマリアはうろたえていたが……俺が少し落ち着いた様子を見せると……。彼女も落ち着きを取り戻して着替えを持って来てくれた。

「……サイズが合うかどうか分からないけど、着替えて……義姉さん…その服は……あんまり…」

「……ありがとう……マリア……」

 俺は消え入りそうな声で返事をすると……わざとらしいおぼつかない動作で服を着替えた。

 ふぅ~、正直なとこ……この服は早く着替えたかった。ホントありがとう、マリア♡

 着替えが済んだ俺に毛布をかけてベッドに座らせると…。

「……大丈夫……大丈夫よ…義姉さん……きっと大丈夫…」

 まるで自分に言い聞かせるように、そう呟きながら俺を抱き締めてくれた。

 ああ、こいつはいいヤツだろうな…………多分。いや、いいヤツだと思っておこう……。そんな事を思いながら、俺も彼女を優しく抱き締めた。


 一時間ほど経っただろうか、ヨシュアが真っ青な顔で戻って来た。

「ヨシュア……あの人は……」

 俺の問いに悲壮な表情で首を振るヨシュア。

「……ダメだったよ……義姉さん……」

 まぁ、当然だろうな……逆に生きていたら驚くけど。そんな事を思いつつ、演技を続け……。

「ああぁぁ……そんな……そんなぁぁ…」

 その場にへたりこんで泣き崩れてみせた。

「……義姉さん…」

 再び、マリアが優しく抱き締めてくれた……やはり、この夫婦はいい心根のヤツ等だ。


 この後、ヨシュアが村長と神官を呼びに行った。

 冠婚葬祭は神官なる者が執り行うらしい。何の神を崇めているのかは知らないが……なんとか言う女神だとか。

 まあ、その辺はどうでもいい。

 神官は用事があって隣村に行っているらしく、葬儀は翌々日になった。

 この村は実に保守的で閉鎖的だ……なので、よそ者が犯した事件をあまり公にしたくない様子だった。

 ろくに調べもせず、色恋沙汰の末の悲劇って事で幕引きと相成り、すぐに葬儀が行われた。被害者についても同情より自業自得という雰囲気だった。

 村の連中がこそこそ話していた内容によれば、あの旦那は神官の素養がありながらも父親の牧場を継いだのだとか……。なるほどね、やはり天賦の才があった訳だ。

 その後、自分と同じ才を持つ女性を見初めて妻にしたらしい。

 偶然か、はたまた運命ってヤツか……まぁ、その辺りはどうでもいい。

 ……で、その後だが……。未亡人となった俺(彼女)もよその出身なので村にいて欲しくはないらしく、無言の圧力をひしひしと感じた。

 それに対して、義弟夫妻はしきりに俺を擁護していた…………ホント、心根のいいヤツ等だ。

 まぁ、この村に長居するつもりはないので、俺としては実に都合がいいのだが。

 なので、葬儀の翌日には村を出る事にした。

 牧場は義弟夫妻に任せ、僅かばかりの路銀を持って。


 ※


 翌日、義弟夫妻は村外れまで見送りに来てくれた。

「義姉さん…ごめん……」

 ヨシュアが辛そうにそう言った。隣でマリアが涙ぐんでいる。

「……ありがとう、ヨシュア。でもいいの……ここにいても、あの人の事を思い出して……辛いだけだから……」

 と最もらしい事を言っておいた。

「……義姉さん…」

 ヨシュアはなんとも言えない顔で唇を噛みしめたいた。

 気にすんなって、こっちとしては願ったり叶ったりなんだからさぁ♪

「じゃあ……もう行くわね…」

「…本当にそれだけしか持たなくていいのかい……義姉さん…」

「大丈夫……料理も裁縫も得意だし、働き口はいくらでもあるわ。知っているでしょう??」

「そりゃ、知ってるけど…………そうだね…」

 ヨシュアはとても心配そうに、俺を気遣ってくれていたが……思い直したように笑顔を見せてくれた。

 なぁに、今の俺には用心棒や賞金稼ぎだって楽に務まるんだ。何も問題ねぇよ、お二人さん。

「それじゃ……二人共、元気でね…。何処かに落ち着いたら手紙を書くわ」

「……ああ、義姉さんも…元気で…」

「…うぅ…」

 マリアは始終涙ぐんで言葉にならない様子だった。

 峠を越えて姿が見えなくなるまで、二人はその場に立って俺を見送ってくれていた。ホント……いいヤツ等だ…。


 こうして、二人と別れ、俺は一人隣町へと続く街道に向かった。

 さぁて、もうくさい演技は必要ない……自由だ!!

「ククク…」

 思わず、笑いがこみ上げてくる。さぁて……何から始めようかな……?

 う~ん、まずは戦略の基本として情報収集だよな。

 何しろ、俺はこの世界については、ほとんど何も知らないからな。能力的には圧倒的有利に立っているが……何が起こるか分からなければ対策の立てようがない。

 それに、ヤツ等の国は指導者を頂上とした一大宗教国家だ。ある意味、独裁国家より達が悪い……。何しろ、信念のためには死すら厭わない連中がワンサカといるんだからな。あの黒騎士やジジイのように……。

 ともかく、十分な情報収集と準備をしておかなくては……。

「……ん!?」

 分かれ道の大木の所に誰かいるぞ?? 木に寄りかかって、こっちを見ている。しかも、大木の後ろに複数の人間が隠れてやがるな…………二……三……五人…か。

 もう、追っ手がかかったのか…………それとも、ただの盗賊か……。

 いいや、待てよ……見覚えのある顔だな。

 そうそう、事件の実況見聞に町から来てたヤツだ……。執政官……だったか……確か、この村も兼任してたんだっけ……?!

 そういえば、以前の家畜泥棒の時も来ていたな。

 ええと、名前は……。

「オルソン……さん…??」

「やぁ、名前を覚えていてくれるとは……感激だよ、アンナ♡」

 何でこんな所にいるんだ…………やはり、あのクソ野郎共の…。

「いやはや、今回は大変だったねぇ……しかも被害者なのに村を追い出されて……本当に同情するよ」

「…どうも……それで、私にまだ何か……??」

 俺の警戒に対して、ヤツは…。

「いやいや、行く宛もない哀れな未亡人を保護してあげようと思ってねぇ」

 そんな事を言いつつ、肩に手を回してきた。

 ああ、なんだ…。コイツ……俺(彼女)の容姿にほだされて、スケベ心を出しただけか……。

 つまりは追っ手とは無関係な、どうでもいいヤツだ。

 そういえば、コイツ……事あるごとに家に来てたな……。

 俺は随分とモテるらしい……。

 やれやれ、これから先もいちいち面倒な事になりそうだ。モテる容姿というのは結構大変だな……そういうのは今まで経験なかったからな。

「……いえ、私は…」

 さっさと、スルーしようとしたのだが……。奴さん、俺の肩を掴んで…。

「まあまあ、他人の好意は素直に受け取っておきたまえ……。お互いのためにも……ね♡」

 そう言って締めくくると、大木の影から複数の胡散臭い連中が姿を見せた。見る限り、魔法が使えそうなヤツは一人もいない、寄せ集めの雑魚集団だ。

 ああ、ホント……実にめんどくさい姑息な下っぱ役人め。

 せっかくの晴れ晴れとした気分が台無しだ。

「はぁ……仕方ない…」

 ため息混じりに呟くと、何を勘違いしたのか…。

「そうとも、他人の好意は素直に受け取った方がいい♡」

 このアホが、俺が言いたいのは…。

「……殺しておくか」

 …って事だよ、マヌケ!!

「…え?!」

 一瞬、呆けたマヌケ面を両手で掴むと180°回転させた。

 鈍い首の骨が折れる音が辺りに鳴り響く。

「…ったく、余計な手間をかけさせるなよ……。まぁ、死体が出なけりゃ怪しまれる事もないか…いい加減なヤツが蒸発した処で」

 そう言って、マヌケの死体を路上に転がすと。

「え…?!」

「な!!」

「はぁ?!」

 これまた、実にマヌケなリアクションが五人から飛び出した。

 ああ……アホだな、コイツ等も……。

 実にしみじみとそう思った。

 さて、コイツ等をどうするかな……。念を入れて殺しとくか?

 なんて思案していると…。

「……なんて真似を…!!」

「野郎ぉぉ…!!」

「このクソアマ……よくも!!」

「ふざけやがって!」

 ようやく我に返ったのか、全員が武器を構えて毒づいた。

 そして、一番ガタイのいい男が大剣を片手に凄みを効かせた顔でこっちに歩いて来る。

「せっかくの金づるをよくも……このアマ、調子こきやがって、ただで済むと思うなよ!」

「殺すなよ、ダビット。いい女だ、高く売れるぜ♡」

 そう言ったのは、狡猾そうな細身の男だ。ボウガンのようなモノを持っている。

「ああ、分かってるって……手荒にはしねぇよ。だが、しつけは必要だぜ、しつけはなぁ♡」

「おいおい、傷物にすんなよぉ……何しろ、てめぇは不器用だからなぁ……へへ」

 槍を持った意地悪そうな小太り中年男がそう言うと。

「かわいそうに……アイツが一番じゃ……クク」

 一番若そうな短剣を持った男が応じて言った。

「言ってろ、ボケ共!!」

「あ~あ、ブタ共が……。喰う事とやる事しか能がないのかねぇ…」

 そう言ったのは紅一点の弓使いだ。

 ああ、やっぱりアホだな……コイツ等。如何にも三下ってなセリフ回しだ。

 オマエ等、始末決定な!

「ああ、そうだ♪ ついでだから、少し試してみるかな……」

 この時、俺は実にいい事を思い付いた。

「へへ、何を試すってんだよ……ええ、べっぴんさんよぉぉ♪」

「こう言う事…」

 軽く上体を沈めると、一気に回し蹴りで首から下を吹き飛ばした。上半身はバラバラになり、辛うじて腰から下だけが原型を保って草むらに転がった。

 そして、残った首が地面に落ちる前にひっ掴んで治癒の魔法をかけた。

「おっ?! 思った通りだ♪ 首だけでも治癒魔法をかけ続けていれば、しばらくは生きているな……。まぁ、血が通っていないから、そう長くは持たないだろうが…」

 掴んだ頭を顔の近くに持って来て、そう言うと。

「…?!」

 ようやく、にやけた顔が驚きに変わった。

 が、気が付いたところでもう遅い……。

 残りの四人は何が起こったのかすら解らずに呆然としている。

「どうした、何か喋ってみろよ??」

 必死に何か言おうとしてはいたが声が出ないようだ。

「ああ……無理か。声帯あっても肺がなけりゃ声は出ないよな……当然。ふむ、ファンタジーとかじゃ、話が出来るんだがなぁ……。まぁいいや……こういう事も出来ると理解出来たからな。実に有意義だよ、さっきまでの嫌な気分が吹き飛んだ♪」

 生首を草むらに放り投げると、残った四人に向き直る。

「……さて?!」

 見られたからにはこいつ等も始末しとかないとな。

 今はまだ、俺の情報が漏れるのは好ましくない。まぁ、能力的には大丈夫だろうが、いつもいつも肝心なところで邪魔が入るからな。迎え撃つなら準備は万端にしとかないと。

「…!?」

「ひぃぃ…!」

「なんだ…こいつぅぅ…」

「うひぃぃい!!」

 再び、我に返った四人が今度は恐怖の悲鳴をあげた。

 ホント、アホだな……コイツ等。

「ま…ま…待ってくれ……俺達はあんたと殺り合う気はねぇよ……ほら、この通り」

 そう言って交渉を持ちかけてきたのは例の狡猾そうな男だった。彼が武器を地面に置くと……他の連中も次々と武器を投げ捨ていった。

「はぁ……?! 武器を構えといて、何を今さら」

 またか……いい加減聞き飽きたフレーズだ…。

「全く、どいつもこいつも……。形勢が不利になってから交渉を持ちかけたって意味ねぇっての」

 半ば呆れながら、俺はそう言った。

「ひぃ…」

「そんな…」

 四人の顔が絶望に歪む。

「た…頼む…よ……お願いだ……。あんたから見れば俺等なんて虫けら以下だろ…?? 気にかける必要もねぇぐれぇの…」

 尚も狡猾男が言い訳がましく取り入ろうとしてきた。

「……ふ~ん…」

 そうだな、まだ攻撃された訳でもないし。仮に攻撃されたところでどうという事もないような連中だ。

 冷静になった頭で少し考え直した。

 正直、脅威にならないヤツ等なんて……どうでもいい。

 とはいえ、このまま放って置いて俺の情報が漏れるのは少々マズイ……。

 ふむ……そうだ!!

「オマエ等…………レティアデナというの国を知ってるか? ローグとか言う黒騎士のいる王国だ」

 ジジイの記憶は詳しく読んでいない。だから、ヤツ等の国の名前とそれがある大陸の名前しか分からない……。

 確か、ロデリア……だったか……??

 この女(俺)の記憶によれば、ここはディナムとかいう大陸の東の外れらしいからな。ヤツ等の国は別の大陸って訳だ。

 コイツ等が知っているのなら道案内に使える。まぁ、知らないなら何処か他で道案内を見付けるだけだが……。

「レティアナ王国……ロデリア大陸の? ああ、知ってるよ。何度か行った事がある…」

「そうか、それは良かった……お互いに」

 思わず、俺は笑みを浮かべた。それを見て、交渉相手が脈有りと理解したらしい。

「…じゃあ、そのレティアナ王国まで案内すれば…」

「ああ、命は助けてやろう……それが交換条件だ」

「…わ…解った、任せてくれ」

「よし、決まりだ!」

 途端に安堵の表情を見せる四人組。ホント現金な連中だ。

「さて、出かける前にこの死体は片付けておくか……。確か……ここらにもいたと思ったが…」

 俺はレクロコッタ(例のトカゲ魔獣)の遠吠えを真似て呼んでみた……すると。すぐに三頭ほどの魔獣が姿を見せた。

「…?!」

「……レクロコッタ…!!」

「…ウソ?!」

 慌てて、武器を拾って身構える四人。

「心配するな……コイツ等は俺が呼んだんだ♪」

「…え?!」

「…呼んだ…って」

「ウソだろ……」

「さぁ、懐かしいトカゲ共……ご馳走だぞ。遠慮なく喰うがいい」

 最初は戸惑っていた魔獣共だったが、すぐに二つの死体を見付けると我先にと食らい付いていた。

「……フッ♡」

 こいつはいい……証拠隠滅にはうってつけだ♪

 魔獣共があらかた喰らい尽くすの見届けると。

「さて、行くか?!」

 と四人組に気楽に声をかけた。

「……!!」

「ああ、分かった……よ…」

「…お…おう…!」

 呆然とかつての雇い主と仲間が喰われいく様を見ていた四人組は突然我に返ったように驚いて、魔獣を見るより恐ろしげな表情で俺に応えていた。

「そんな顔をするなよ、少なくとも俺は敵対しない者には優しいぜ」

「……はぁ…」

「ホントに……??」

「…バカ、余計な事を言うな!!」

「……!?」

 うっかり口を滑らせた女が慌てて口を押さえる様子に……ホント、コントみたいなリアクションだ……などと思わず苦笑した。

「心配するな、そんなくだらない事で怒ったりはしないさ」

 四人にそう言って、安心させると…。

 助かったという表情で大きなため息を吐く女。

「フフ…」

 そうとも、俺は今…すこぶる機嫌がいいんだ♪

 そんな上機嫌の俺に恐る恐る一人が質問してきた。

「…あのう……」

「何だ…?」

「その……あんたの事は……一体、なんて呼べば……いいんですかい?」

「……」

 そうか……名前がいるな。今までは魔獣だったからそんなモノ必要なかったが。人間になったからには必要か……ふむ。

 かつての名前を使ってもいいが…………いや、もう思い出せない。俺がかつて、なんて呼ばれていたのかなんて。

 まぁ、いいさ……今さらだ。かと言って、この女の名をそのまま使うのも……。

「そうだな…………『アギト』なんてどうだ!!」

「……アギト……」

 ヤツ等の喉笛を食いちぎるアギト。

 ククク、実にいい名前だ♪

「ハハハハハハハハ♪」

 今の俺の気分を代弁するかのような澄みきった青空に思わず笑いが漏れる。

 実に最高の気分だ。

 さぁて、今度こそ正真正銘……リベンジマッチの始まりだ!

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